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8-2.理由を作って




 「さぁて、この蛇どうしようか?」


 手に持った”鈴鳴(すずなり)”からリンと心地よい鈴の音を鳴らして、周囲の蛇を切る。

 僕の目の前には巨大な蛇がいた。

 …何があったのかといえば、普通に迷子になったわけだよ。案の定、砕いてばら撒いておいた小石は片付けられ、ただ広い通路が顔を覗かせていた。主な原因はそっちよりもその直前の戦闘だったわけなんだけど。ともかくその騒ぎのおかげでこの馬鹿でかい蛇と遭遇したわけで、その蛇の周囲にいる小さいのを切っては捨て切っては捨てを繰り返さないといけない状況になっていた。

 ほんと、自分の適当さにため息が出る。

 まぁ、おかげで僕が逃げざるおえない状況になったからここの人をこれ以上殺さずに逃げ出す理由ができたわけなんだけど。



 「油断したなぁ…こんなにもまとまってかかってくるとは思わなかったよ」


 無意識ながら頬が引きつる。

 銀色に輝く刀身と鍔の代わりに結われた鈴のついた赤い紐と曇りがかった銀色の柄の美しい刀は、鈴の音を響かせ血を振りまいた。

 周囲には10人と少々の…それでもここを構成する割合からすればあまり少なくはない数の人の亡骸が横たわっている。



 「…また同じ道。ティアラ〜、もうめんどくさいから罠とか突っ切るよ。構えて」

 「にゃ…」


 半ば呆れたようにティアラが鳴いた。

 さっきまでは一応罠とかを警戒して直前に戦った人たちの足跡とかのない場所を避けて走っていたんだけど、もうそれはやめる。

 面倒臭い。

 何より、もうその足跡すらほんの数分前なはずなのにもう消えていることから諦めた。

 …おそらく、この地下の拠点自体が巨大な使い魔か大量の使い魔によって構成されたものなんじゃないかと思う。



 「やっぱり…っ!」


 壁からぬっと出てきた機関銃を切り飛ばして走り出す。

 多分、蟲か何か…触手っぽいものだと思う。しかも、一部のものにだけ反応する。

 その証拠に後ろを追う蛇には何もしない。



 「ティアラ、出口は…?」

 「にゃ」

 「え?あ!」


 ティアラの鳴いた方を見ればいっちゃん達が見えた。

 僕は強引に壁を蹴り、そっちへと空中で体をよじって方向転換する。 

 そして、ついでに叫ぶ。



 「いっちゃ〜ん、比呂〜、走って〜」

 「ちょっ、こっちに来んなぁー⁉︎」

 

 後ろの蛇の音にかき消されつつ比呂の声だけが聞こえた。

 2人に手を振る立心にかなり早口で声をかける。立心も同じく相当な早口で答えていく。



 「出口は?」

 「この道をまっすぐですよ。その先の壁を壊してください」

 「それ出口じゃないじゃ〜ん」

 「ご主人様は一番その道が早いですよ」

 「わかったよ〜。じゃ、ごめんね。任せた」

 「はい…!」


 その返事を聞いた直後、蛇の通路から外れる方向へ立心を殴り飛ばす。

 立身だけが怪我をしていなければこれからのこの場所での活動に支障が出る。ただでさえ肩身の狭い彼にこれ以上の苦労をかけようとは思わない。

 僕の方を確認しているいっちゃんに声をかけ走り出す。



 「ほら〜、前見て〜」

 「新兄!そいつは仲間だって…」

 「何言ってるの?ここにいる敵を僕が殴っただけだよ?嫌だなぁ、味方を殴り飛ばすわけがないじゃないのさ」


 だから、彼は僕らの敵であるというアピールが必要だ。

 僕らを恨むほどのことをされているように見せて、油断させる。僕のできる手伝いはそれが限界。

 生まれながらに魔術師達に馬鹿にされ、初めて会った時からすでに片足を失っている彼に、これ以上の苦労を与えるのは遠慮したい。

 ふざけているように見せて自らの気苦労を僕に一切見せようとしない彼を。

 失敗して僕に小言を言われながら楽しそうに僕を見てくる彼に。

 


 「あの男は…それでいいのかよ」

 「いいんだよ。あれは彼が望んだ仕事だから」

 「…そうか」


 そう。それを望んだのは彼だ。

 僕に恩返しをするために自分の最も役に立てる場所はここだと言って聞かなかった。

 …いつか、僕が恩返しをしよう。僕は恩を忘れる者が大嫌いだ。それに僕がなりたくはない。

 そう思いながら走っていると、比呂が僕に怒鳴った。



 「新兄…いっちゃんをこんな目にあわせて!」


 悪いのはわかっている。

 全てが僕の責任ではないにしろ、この方法を選んだのは僕だ。その点については僕が全面的に悪い。



 「わかってるよ、言いたいことは。今回は全面的に僕が悪いからね〜。情報が漏れたのにも気がつかないのが悪いし、もっと対策を練っておかなかったのも悪いし、もっと早く気がつけなかったのも悪いし、僕の用事に巻き込んだのも悪い…だから、ごめんね?」

 「くそっ…わかってるのに、わかってたのに…なんで新兄は…」

 「こうしないとここに堂々潜入する理由ができなかった。もし、ここに魔術師として乗り込むことにしてたら、ここの人間を皆殺しにしないといけない。ここに気がつけた理由をでっち上げて、僕の密偵を隠さないといけない。僕一人では来る理由がない…だから、誤魔化さないといけない。今回はいい機会だったんだ。こうすれば、”いっちゃんを助け出す”っていう1人で強行した理由ができる。いっちゃんに今のことを知らせるだけなら、もっと別の方法はあったよ。それこそ、僕らが魔術師であることを教えるとか、一部の魔術師たちに協力を仰ぐとか」


 でも、あの男のところへ行くにはこの方法しかなかった。

 あの男はこの拠点からは絶対出てこない。だから僕らが行くしかないのだが、僕らが魔術師として行くのなら拠点の魔術師をほぼ皆殺しにするのは必然になる。だからといって僕が一人で行けば今後動きづらくなる足かせができてしまう。

 それに全員が全員悪人でもないのに皆殺しに…正確には可能な限りしか捕獲せずに殺してしまうのは遠慮したい。彼らとて魔術を使って一般の人を救いたいだとかまともな理由で離反した人だって半数程度はいるのだから。



 「…なんでここの人間を皆殺しにしちゃいけないんだ?敵対してないのか?」

 「それは後で話すよ。関わった以上、2人にはもう戻れない道を進んでもらうよ…?」

 「どういうことだよ新兄!これ以上いっちゃんを関わらせるつもりか!」

 「大丈夫、知ってもらうだけだからさ。その後は自分で考えてくれればいいよ。僕はその先まで強制はしない」


 とにかく、今回のことを元にいっちゃんと比呂にはこの件について知ってもらう。

 どういう状況なのかを知ってから考えさせる。

 できれば協力してほしいけど、今の2人の表情は怒りに近い不安を浮かべていた。まぁ、仕方がないよね。



 「…わかった。これ以上はもうやめてくれよ」

 「それはいっちゃん次第。ほら、もう抜ける」


 突き当たった壁を手に持った鈴鳴で斬り開く。

 コンクリートを砕いた感覚を手に感じた。どうやら入り口付近は使い魔ではない様子。



 「下水道…だよな?」

 「そうだよ〜。さ、早く出ようか。臭いところになんかいつまでもいたくないし、ここでも多分…あ、来た」


 後ろから走ってくる蛇に視線をやり、付近の壁を砕いでこちらに飛ばすのを躱してから2人に声をかける。



 「先に行ってて〜。この先二つ目を右、その先三つ目を左に曲がったところをまっすぐ行くとマンホールから出られる」

 「…新兄は?」

 「ここを塞いでから行くよ。一応ティアラをついて行かせるから、頑張って逃げて」

 「わかった」


 ティアラに案内を頼み、2人を行かせた。

 おそらく、この蛇は僕を狙う。

 さっきも飛んできた瓦礫は僕を中心に飛んできていたし、今も視線の先は僕だ。多分、危険度の高い敵から排除するように命令されてるんだと思う。



 「『紋章(クレスト)聖騎士(パラディン)解放(オープン)』」


 いっちゃん達が進んだ方の通路が新たにできたコンクリートの壁により完全に封鎖される。

 侵入した入り口が少し先に見えるのでこれでいっちゃん達を簡単に追うことはできないはず。他の出口がここから離れていることはすでに知っている。壁を崩すようなことをするのはちょっと大変なぐらいには分厚く作ったからしばらくは大丈夫なはず。



 「『紋章(クレスト)(コフィン)解放(オープン)』」


 鈴鳴をしまいこみ、走り出す。蛇も僕の方を睨みつけ、口から蛇をあふれださせながら這いずってくる。

 だが、狭い壁に体をぶつけて動きを止めた。

 おそらく振動が地上にまで伝わることを良しとしなかったためだと思う。地震だと思われるだけならまだしも、何かあったと思われてこの辺りが検査されるのは都合が悪い。なにしろこの蛇の飼い主こそが抗争を引き起こすよう指示されている魔術師だから。

 …そういえばいなかったね。山本家は蛇使いの家だから本人たちに大した能力はないし、多分どっかで隠れてたんだと思うけど。例えばこの巨大な蛇の腹の中とか。



 「とりあえず今の内〜」


 これでもかと蛇を大量放出する巨大な蛇の口に踵落としを食わらせてから走り出す。これ以上蛇を吐き出されても困る。

 いくらそんなに寿命の長くない使い魔の蛇だとは言っても邪魔くさいことに変わりない。

 飛びかかってくる蛇たちを下水の上を飛び越えては曲がりを繰り返して撒く。自分のいる位置は行くべき方向だけわかっているから問題ない。

 そうこうしながら下水道の端を走る。夏場のせいで水位も少しばかり上がっていて、今にも僕が走っている魔術師たちが作った通路にも下水が達しそうだ。



 「さて、兎もどきの回収をしないと…」


 ここまでの道案内をしてくれたウサギのような使い魔は多分入り口の向こうあたりで隠れているはずだ。

 あのウサギのような使い魔にはマンホールの蓋を開けるほどの力はない。だから、僕が帰るときにこっそり連れて帰る予定だったのだが、ちょっと通路をふさいじゃったせいで探すのが手間になっちゃった。



 「どこかな〜?」


 僕の小さく呟いた声が下水道に響く。

 耳をすませば物音が聞こえるが、それは蛇のものか水の音。あのウサギのような使い魔は一切の音を発しない。姿もとらえられず、その外見すら見ることは叶わない。

 あれにはちゃんと名前があって、”風兎”という。僕の密偵の家が好んで使う…訳ではなく、今の代の人がコソコソと使っている使い魔のうちの一種。ああ、立心じゃないよ。別の家だ。

 名前の通り風のような兎で、体の毛の色はうっすらと緑がかった白、尻尾は兎のものというより犬か何かのようにモサモサと少し長く綺麗な毛並み、羽のような形をした小さめの耳と青い目、普通の兎よりも長い前足を持つ。かなり早い移動速度で動き回り、音は立てず姿を視認するのも難しいほど。ただ、力はあまりなく主に急ぎの伝達や敵の撹乱なんかに使われる。魔力が多めだから見つけることはあまり難しくないので音を立てないとはいえども隠密には向いていない。



 「見つからないね〜…?」


 だから、あっちこっちをコソコソと移動して隠れているはずなんだけど、見当たらない。

 …もしかして見つかって狩られた?いやいや、向こうの味方の使い魔だから殺すということはないはずだ。しかもあの家のは視覚共有も持っているから裏切ればわかる。報復を恐れるのだからそんな安易な行動をするバカな家はこの辺りにはいないだろう。

 何しろ、僕の密偵のもう一つの家は”刀の鏡森家”…正確には身体強化の家だけど、武術と組み合わせた魔術師の中でも数少ない戦闘を前提とした魔術を使う家。元々は神秘を求めることから離れて暗殺業をしていた家だけど、その仕事から足を洗って悪人を切る正義の味方を始めたのがきっかけで当主は協会に殺されている。

 …まぁ、何時ぞやの女の子だよ。あとその弟。ちなみに風兎は姉の方の使い魔。



 「あ、見つけた」


 前方からすごい勢いで飛びついてきたのをキャッチして出口のマンホールを目指す。

 どうやら蛇に追われていたようだ。この小さい蛇は知能が低く、簡単な命令しかこなせないことが仇となったのだろう。

 …あとで文句を言われるんだろうけど、一応敵だしやったことが悪いと思うから知ったことではないね。そんな単純な命令しかこなせないことがわかってるのに味方に攻撃しかねない命令を出す方が悪い。あとで望乃に怒られてしまえ。

 どうせこの蛇の持ち主は協会に突き出すか尋問にかけることになるようなやつだから知ったことじゃないよ。確実に悪人だっていうのはわかってるから。詐欺だとかそういう悪どい商売を表でもしてるような人間だし。



 「さて、ようやく出れる」


 梯子を登り、蓋を押し開けた。

 蓋のすぐそばで待つ2人に苦笑いを向ける。


 

 「少しばかり手間取っちゃったよ」

 「何してたんだ?」

 「でかい蛇の足止め〜」


 マンホールを閉め、風兎を影になる位置でこっそり解放してからティアラを抱きあげる。



 「さ、とりあえず帰ろう。話は…僕の家でしようか」

 「わかった」


 恨みがましい目を向ける2人をよそに僕は歩き出す。


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