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8-1.退屈を呼び戻す




 「…やっぱあんた新兄の仲間だったんだな」

 「えぇ。ご主人様には指示があるまでは露見するような行動を慎めと言われておりましたのでね?」

 「その割には今もこそこそしてるじゃんか」

 「これからも私はここにいますからねぇ。ほら、お二方の肩に止まっている鳩…無理に逃げようとすれば爆発しますよ」

 「は…ぇ?」


 比呂が素っ頓狂な声を上げた。

 俺は肩にとまる鳩へ急いで視線を向け、振り払おうとして男に止められる。



 「そういう設定です。私はお二方を人質にご主人様から逃げている最中ということになっています」

 「…これからもここで新兄の仲間として行動するっていうことなのか?」

 「えぇ。通路の使い魔は姿は届けられても声は届きません。姿は幻影でごまかしていますし、聞きたいことがあれば何なりとどうぞ」

 

 ご主人様とやらが新兄だとわかってもこの男の胡散臭さは抜けない。

 相変わらず何度も曲がり通路を進んで行くのすら俺らを逃さないための時間稼ぎのようにも感じる。

 …さすがに違うだろう。今言った通りの演技か何かかのはずだ。



 「…同じ道を通ってないか?」

 「それはそっちの道ですよ。ここは同じような通路をいくつも用意して侵入者を惑わすための作りになっていますのでね。また、通ってはいけない道も存在しますので、多少回り道もしていますよ?」

 「よく言いたいことがわかったな」

 「それが私の魔法ですからねぇ」

 「…魔法?あんたは魔術師じゃないのかよ?」

 「ご主人様は魔法使い…なれば私が魔法使いなのも必然と言えましょう?」

 「なるほど。これで新兄があんたをそれなりに信用しているのが理解できた。どうりで魔術を使うのに枷のあるあんたを使うわけだわ」


 比呂は何かに納得しているが相変わらず俺には理解できない。

 魔法と魔術の違いとはなんだ?俺が比呂から聞いたのは魔術についての説明。それが魔法とどう違う?

 それより、どうしてここは人がいない?さっきからずっと歩いているが、誰ともすれ違っていない。足音すらも聞かない。あまりに不自然だ。

 そんな時、通路中に響き渡るほどの絶叫が聞こえた。



 「な、なんだ?」

 「おそらくご主人様でしょう」

 「…は?新兄?なんで新兄が?」

 「ご主人様とあれとの関係をご存知ですか?」

 「なんかあるのか…?」

 「えぇ、勿論。あれはかつてご主人様の幼馴染様を誘拐し実験台にしようとした男ですからねぇ」

 「もしかしてそれって…」

 「はい。その米崎家のお嬢様であっていますよ〜」


 話についていけない。

 どこの家だとか言われても俺には理解できない。

 そもそも魔術というものについて今日知ったばかりの俺にそれを理解しろという方が無理な話だ。これからしっかりと話を聞いて、魔術に対抗する手段を学び、魔術師たちについて知れば…いや、なぜ俺はそんなことをする必要がある?俺は退屈に過ごせればそれでいい。退屈なたわいのない日常を過ごせれば、それでいい。

 こんなことに首を突っ込めばもっとうるさくなることは間違いない。なら、俺は何も知らなかったかのように元の日常を過ごせば…無理か。知ったことを忘れるというより、周りが俺を放っておかないだろう。比呂や新兄が俺を巻き込まないようにしていたというのは聞いたが、それでも今こんな状況になった。一度巻き込まれたからにはこれからもあると考えた方がいい。

 …やはり、しっかりとした魔術師への対抗手段やある程度の知識を持った方がいいのかもしれない。ここを出た後で新兄にそのことを言ってみるべきか?



 「おや?もう来られるようですねぇ…残念ながら時間切れです」

 「何の時間だ?」

 「私への質問がですよ。ご主人様が帰ってこられたので」


 そう言った男の視線の先には巨大な蛇に追われる新兄の姿があった。

 なんで追われてるんだ?というかあの蛇って牢獄にいたやつだよな?あれってやばいんじゃ…



 「いっちゃ〜ん、比呂〜、走って〜」

 「ちょっ、こっちに来んなぁー⁉︎」

 「マジか…比呂、走るぞ」

 「なんでそんな普通に対応してんの⁉︎」

 「では、また」


 俺と比呂が走り出す。

 その横で男は笑顔で手を振ると、追いついた新兄に殴り飛ばされた。

 …は?

 なんで新兄が殴り飛ばしたんだ?仲間じゃないのか?



 「ほら〜、前見て〜」

 「新兄、そいつは新兄の仲間…」

 「何言ってるの?ここにいる敵を僕が殴っただけだよ?嫌だなぁ、味方を殴り飛ばすわけがないじゃないのさ」


 …だから殴ったのか?

 味方じゃないとアピールするために、壁に叩きつけられて気絶するほど強く。

 後ろで蛇が睨むのが見える。



 「あの男は…それでいいのかよ」

 「いいんだよ。あれは彼が望んだ仕事だから」

 「…そうか」


 納得はできない。

 理解はできる。その方法がそうするには必要だとは。

 だけど、納得はいかない。仮にも仲間なのに、あんな勢いで殴るということが、納得いかない。

 子供なんだと思う。

 だけど、初めて新兄のことをこんなにも嫌いだと思った。

 無意識に足に力が入り床が砕ける。



 「新兄…いっちゃんをこんな目にあわせて!」

 「わかってるよ、言いたいことは。今回は全面的に僕が悪いからね〜。情報が漏れたのにも気がつかないのが悪いし、もっと対策を練っておかなかったのも悪いし、もっと早く気がつけなかったのも悪いし、僕の用事に巻き込んだのも悪い…だから、ごめんね?」


 新兄の表情は少しだけ申し訳なさげだった。

 全てを理解した上での今回の行動だと言い切ったところにひどく腹が立った。

 けれど、俺が声を出すより先に比呂が口を開く。

 その表情は苦々しく、声は今にも泣き出しそうだった。



 「くそっ…わかってるのに、わかってたのに…なんで新兄は…」

 「こうしないとここに堂々潜入する理由ができなかった。もし、ここに魔術師として乗り込むことにしてたら、ここの人間を皆殺しにしないといけない。ここに気がつけた理由をでっち上げて、僕の密偵を隠さないといけない。僕一人では来る理由がない…だから、誤魔化さないといけない。今回はいい機会だったんだ。こうすれば、”いっちゃんを助け出す”っていう1人で強行した理由ができる。いっちゃんに今のことを知らせるだけなら、もっと別の方法はあったよ。それこそ、僕らが魔術師であることを教えるとか、一部の魔術師たちに協力を仰ぐとか」

 「…なんでここの人間を皆殺しにしちゃいけないんだ?敵対してないのか?」


 その言葉に引っかかった。

 今にも吹き出しそうな怒りの言葉を飲み込んで、質問を口にする。

 敵対しているのなら、皆殺しになっても問題はないはずだ。さっきの部屋の青年のような奴ばかりなら、むしろ皆殺しにしたほうがいいとすら思う。



 「それは後で話すよ。関わった以上、2人にはもう戻れない道を進んでもらうよ…?」

 「どういうことだよ新兄!これ以上いっちゃんを関わらせるつもりか!」

 「大丈夫、知ってもらうだけだからさ。その後は自分で考えてくれればいいよ。僕はその先まで強制はしない」

 「…わかった。これ以上はもうやめてくれよ」

 「それはいっちゃん次第。ほら、もう抜ける」


 新兄はいつの間にか手にしていた鈴のついた刀を振るう。

 目の前の壁が切り刻まれ、その次の瞬間には異臭が漂ってきた。

 ここは…?



 「下水道…だよな?」

 「そうだよ〜。さ、早く出ようか。臭いところになんかいつまでもいたくないし、ここでも多分…あ、来た」


 比呂の質問に答えるとほぼ同時に後ろから瓦礫が飛んできた。

 急いで通路へ飛び出し、横へ避ける。

 そっと中を確認すれば巨大な蛇は瓦礫を巻き上げるように胴体をゆすりながら俺らを見据えていた。

 下水道の通路を走り出した俺らを追いかけてはこないものの、その口の中から小さな蛇が溢れるように出てきている。

 新兄が走り出すのと同時に俺らは走り出す。



 「先に行ってて〜。この先二つ目を右、その先三つ目を左に曲がったところをまっすぐ行くとマンホールから出られる」

 「…新兄は?」

 「ここを塞いでから行くよ。一応ティアラをついて行かせるから、頑張って逃げて」

 「わかった」


 心配はしてなかった。心配する気もあまりなかった。

 …多分、少しばかり失望しているのだと思う。

 敵対すれば容赦のない一面も見せるが、基本的に誰にでも優しい俺らのいい兄貴分だった新兄が自分の仲間をためらいなく殴ったことに。

 わかってる。あの男が新兄のために殴られ、新兄があの男がこれからあの場所でやりづらくならないように殴ったのも。

 けれど、どこかそれを認めたくなかった。

 例えしっかりとした理由があったとしても、ためらいなく自分の仲間を殴る新兄なんて見たくなかったんだ。



 「いっちゃん?」

 「なんでもない。この先だよな」

 「にゃ」

 「みたいだぞ」


 足元で小さな体を一生懸命に動かし走る子猫が鳴いた。

 …こんな子猫、新兄連れてたか?俺は一回も見たことがないような気がする。

 不思議に感じながらもそのあとを追う。言われた通り道を曲がり進んだ先には梯子があった。

 俺らはそれをいそいそと登り、蓋をしているマンホールを押し開ける。

 周りに人の視線を感じないことを確認した上で俺らはようやく地上へ出たのだった。



 「…?あの子猫が来ない?」

 「下にいるみたいだぞ。登ろうとはしてないから、新兄のこと待ってるんじゃないか?」 

 「…だったら上でも同じだよな?連れてくる」

 「あっ、ちょっ、ちょっと待った。いっちゃんが行くってんなら俺が行く。これ以上なんかあったら嫌だ」

 「わ、わかった」


 比呂の表情は強張りつつも怒りと不安と悲しみとが入り混じった様子だった。

 多分、俺も同じような表情をしてると思う。

 比呂が再び登ってくるまでの間、俺はマンホールの周りを見回しずっと警戒していた。

 


 「…ここで待つか?」

 「いや、俺の家に行ったほうがいいと思う」

 

 比呂は登ってきてからそう言ってすぐに歩き出そうとする。

 俺も確かにこの近くにはまだ敵がいる可能性が高いと思いそれに従おうとしたが、その子猫がそれをやめさせた。

 子猫が俺のズボンの裾をひっかく。それを無視して歩き出そうとすると噛み付いてきた。

 じゃれているだけかと思ったのだが、その子猫を見ればその目には確かに知性があった。



 「…どうする?」

 「待ってろってことだよな?…多分」

 「この子猫…なんなんだ?使い魔なのか?」

 「た、多分、そうだと思うぞ」

 「多分?なんでそんなに曖昧に…?」

 「使い魔にしては大きすぎるんだ、この猫」

 「子猫だろ?そんなに大きくはない…というかあの蛇のほうがよほど大きいだろ」

 「違う違う。サイズのほうじゃなくて、内包してる魔力のほう。今、触って初めてわかったんだけど、こいつ俺より魔力が多い…というか、多分その辺の魔術師なんかよりよっぽど魔力が多いくらいだと思う」

 「それは…あり得ることなのか?使い魔は生物を作り変えたものなんだよな?何年もかけてそうすれば、そういうことが起こるのか?」


 その魔力が多いっていうのがどうなのかがわからない。

 使い魔が魔力を持つっていうのは説明で理解した。だが、その量についてはわからない。聞いていない。

 一般的にどのくらいだとか、魔術師がどの程度だとか、使い魔はどのくらいだとか、そういったことは聞けていない。



 「…無理だ。新兄は新兄の代で新しくできた魔術師の家。そんな方法は取れないし、そうやったとしても同じことを自分たちにし続けてる魔術師より多くなんかならない」

 「魔術師自身もやってるのか…⁉︎」

 「ああ。子供を産む時、その妊婦に魔術陣を描いてその子供の魔力を高めてる。魔力を増やす方法はそれしかなかったから」

 「だったら、この子猫は…?」

 「新兄が使い魔を連れてるなんて話は聞いたことがない。というか、新兄は使い魔が嫌いだ。普通に生きてる生き物を作り変えて死なせたりする実験をすること自体が嫌だって言ってた…でも、これは使い魔に近い」


 使い魔は生物を素材に作るっていうのは聞いた。強引に別生物と合わせたり、肉体を作り変えたりするのが普通だというのも。

 昔から新兄が動物なんかがかなり好きなのはよく知っている。だから、その話は理解できた。

 その話を聞いて新兄への失望感が少しばかり和らいだような気がした。



 「この子猫は一体…何なんだ?」

 「わからない。多分、使い魔だとは思うけど、俺の知ってる使い魔からは遠く離れてる」


 俺らが見つめれば、その子猫はただこちらを見つめ返す。

 だが、動こうとすれば俺のズボンの裾を噛む。



 「…とりあえず、ここにいるか?」

 「そうしようぜ。もしかしたら新兄がくるのを待ってろってことかもしれないし」

 

 この子猫がここから動くのを止めてくるから、何か意味があるかもしれない。

 新兄を待つ必要があるのかもしれないし、誰かがここに来る予定なのかもしれない。とにかく、動くのを必死に止めるくらいだから何かはあるはずだ。

  


 「そういえばこの猫、ティアラって呼ばれてたよな?」

 「そうだな」

 「じゃあ名前はティアラか…新兄も随分変わった名前つけるんだな」

 「そうか?…まぁ、猫に”冠”っていう名前か。確かに変わってはいるな」


 新兄がマンホールから出てくるまでの間、俺と比呂は周囲に気を張りつつ会話でその不安をごまかした。


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