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7-2.踏みにじってあげよう




 「かれこれ40年ぶりくらいかなぁ?」


 僕の目の前にいる標的に向かって話しかける。

 昔とは違い色白な肌と艶やかな髪色を持った青年は僕の方を見た。



 「誰かなぁ?」

 「いやだなぁ、飯塚おじさん…忘れちゃったの〜?僕だよ、新一郎だよ。まぁ、こんなにも成長してればわからなくってもしょうがないかな?」

 「あぁ、君かぁ」


 ようやく理解したかの様子の青年は僕の方を見て笑みを浮かべた。

 その表情は懐かしみと痛みと嫌悪と不快感を混ぜ合わせたような感じだ。思い出したくない思い出でありながら、今の自分を作るもの。それが僕ら…いや、ゆーちゃんとの記憶。



 「さて、僕がここに来たことの意味…わかる?」

 「いぃや。君が魔術師となっていたことすら今初めて知ったくらいだからねぇ」

 「そ。じゃあ、それほどまでに僕のことはどうでもよかったんだ〜?」

 「まぁ、そうなるねぇ。あの頃の私にとって、君よりもあの少女の方が有用だったのだから」

 「ふ〜ん。立心、2人をここから連れ出して」

 「えぇ、承りましたよ。ご主人様」


 バキンと金属が砕け散る音が響き、僕の目の前に立つ2人が解放された。

 青年はその様子にあまり驚かない模様。どうやら予想くらいはされてたのかな?



 「新兄、後で言いたいこと全部言ってやるから覚悟しろよ」

 「巻き込んじゃってごめんね。他にもやりようはあったんだけど、この男と会うにはこの方法が一番確実だったんだよ」

 「…どういうこと?」

 「後で話すよ。じゃ、またあとでね」


 2人の背中を押して、部屋から追い出す。

 こんな僕を見られたくない。



 「話は終了だね?」

 「うん。これで邪魔者は居ないよ」

 「それで、復讐かなぁ?」

 「いいや、腹いせだよ」

 「君の幼なじみの?」

 「いや、僕の」

 「それは…」

 「僕のものに手を出すとはいい度胸だね、人間風情が」


 やっぱり人間というものは嫌いだ。

 こうなってから、それはさらに顕著になった気がする。多分、この体になった頃の僕の感情も含めて書き換えられたからだろうけど、今の僕の性格はかつてと最近が入り混じって出来ているんだよ。要は今まで以上に温厚で過激で凶悪だっていうこと。

 心のどこかにはっきりとした線があって、その一線を越えるか越えないかが全て。それさえ超えなければ僕は大抵のものを許すし、それを越えれば生きるのを後悔するほど苦しめる。



 「…人間風情とは、大きく出たものではないか。この私に対して」

 「そうだね。言い直そう。人にもなれない肉塊だったね」

 「ふざけているのかね?この私が、肉塊?随分と面白い冗談を」

 「だって、手もない足もない…これを肉の塊と言わないでなんと呼べばいいのさ?」


 僕の言葉に表情を少しばかし歪めて青年は反論する。

 未だ武器の類は一切出さず、魔術の準備もしていない。青年が僕を侮ってるか、それともその体はどうでもいいとでも思っているのだろうね。

 …ま、確認したところ本体を殺されれば致命傷どころかちゃんと本人もろとも死ぬみたいだったけど。



 「はっ!私の肉体などすでにどぉうでも良いのだよ。私は新たな肉体を手にしている…つまり、あの肉体など、すでに抜け殻のようなもの」

 「じゃ、殺してもいいよね?」

 「やれるものならなぁ?」

 「大丈夫。場所はちゃんと把握してるからさ。昔君の住んでいた家の地下でしょ?庭にある隠し通路から階段を降りた先にあるさ」

 「…さてなぁ?」

 「ま、いいよ」


 別にそんなことはどうでもいい。

 どうせ許可がおりようとおりまいとやることは一緒だ。

 …この男に最大限の苦しみを与える。

 この未来は決して変わらない。変えるつもりもなければ、変える必要もない。

 任務でも仕事でもなんでもないただの私情により、この男は未来永劫悩み続ける。



 「さ、君は何に絶望する?何を望む?神秘のその先へ、何を欲する?」

 「質問かぁ?」

 「答えても答えなくてもいいよ〜。どうせ君の結末は変わらない。ただ、ちょっと道のりが変化するだけだから」

 「…ほぉう?どんな結末を迎えると?」

 「苦しみの限りだよ」

 

 一つの区切りだ。僕がこの世界を離れるための。

 僕は完全な神様じゃない。

 精神は貧弱で、思考は神に近づいただけの人。肉体がいくら進化しようとも根底の部分は変わらない、変われない。情も情けもある…ただの人に近いのだ。長く生きるために作り変えられた部分も多いといえば多いが、人寄りなのは否めない。

 だから、この世界への心残りを無くしておこうと思うのだ。

 例えば拓巳。あれは僕の数少ない親友だ。そんな大切な友人がいたと、そんな気の良い友人であれたと覚えておくために思い出を作る…僕の記憶にとどめる。死んでしまっても、いなくなってしまっても…僕が僕であれるように。二度と会えぬことに苦しまないために。

 随分と人間らしいでしょ?

 


 「結局は、復讐か」

 「いやいや、だから言ったじゃないのさ。これは復讐じゃなく、ただの腹いせだよって」


 そのうちの一つがこれだ。

 この男、飯塚久幸はかつてゆーちゃんを誘拐し、実験台にしかけたところでゆーちゃんの両親に半殺しにされた。そのおかげでこの男の体は両手両足を全損、皮膚は傷口じゃない部分を探す方が難しいほどに傷つけられ、原型をとどめないほどに顔を焼かれた。

 だが、この男は折れていない。

 研究さえ続けられればそれで良い…そう考えるこの男にとって、その事件自体が時間を削られ自由が多少効かなくなった程度にしか考えていない。もはや一種の気狂いだ。その思考は魔術師というより狂研究者マッドサイエンティストのそれに近い。

 しかも、この男はその不自由さを解決するために行った研究が功をなして研究が進歩したために、むしろそれは幸運だったとすら言うのだから救いようがないよ。



 「もう、正直そのこと自体はどうでもいいんだよ。復讐なんてしたところで誰も喜ばないし、楽しくもないし、どうにかなるわけでもない。だから、腹いせ」

 「何が、違うと…?」

 「かつての無能な僕との決別。その事実を知れなかった僕との。その事実と関われなかった僕との。その事実を教えてもらえなかった僕との。全てを救えなかった僕とのね」

 「正義の味方きどり…というやつかぁ?」

 「いいや、正義の味方はうちの勇者だけで十分だよ。僕のはただの傲慢。もしくは独善とか自己満足と呼ぶものさ。だから、君へは絶対的絶望を与えようと思うんだよ」


 だから、後悔と劣等感と虚無感をくれてやろうと思う。

 全てを否定し、全てを拒否し、全てを認めない。

 この男にはそれで十分だ。

 他者を実験動物か何かとしか考えないこの男にはその実験動物以下であるということを教えてあげるだけで。



 「絶望だと?…はっ、馬鹿馬鹿しい。私に何を絶望しろと?」

 「全てだよ。君のやってきた研究…魂の移植だったね。結論から行こう。それは全て無駄だよ」

 「…私を否定すると?その根拠は?」

 「魂と精神は全く別のもの。君のそれは自らの精神をその体に定着させただけ…ゲームのプレイヤーと一緒だよ。コントローラーで人の形をしたものを動かしているだけ。事実、君はその体の中に…ちょうど、着ぐるみの中に入ったような気分でしょ?」


 冗談だと思っていたものに突然根拠が追加された。

 それでも十分に表情の変化が見れる。



 「それが…それがなんだと言う」

 「そんなもの、複製魔術の劣化版でしかない。あれは魔力を以って対象の物質を再現する。それは君の精神を複製してるに過ぎない。いいことを教えてあげよう。君は自分が最先端だと思ってるんでしょう?計良とかの方がよほど進んでいるよ。あそこは魂に干渉することまですでに成し遂げたんだからね」

 「そんなもの…」

 「簡単に可能だって?残念。それは無理だよ…というか、そもそも君程度の技量で魂への干渉をしようというのがおこがましい。愚かしいよ」


 実験に使う用だと思われるクローンを水槽を叩き割り引きずり出す。

 僕の挙動に一瞬戸惑い、それから冷静さを上辺だけ取り繕って青年は僕をにらんだ。

 その次に発せられた声はすでに怒気を隠しきれていない。



 「なんのつもりだ」

 「見ているといいよ。魔力視くらいはできるでしょう?」

 「…それがなんだと言う」

 「魂というのは、そもそも魔力の上位変換に近い。なにしろ、魔力は魂が崩壊し世界へと吸収される過程における状態のことだからね」

 「ど、どういうことだ」

 「それゆえに魔力を上位変換することさえできれば魂を作ることなんて容易なんだよ。ただ、魔力を結合させて高めて状態を上げればいい。それだけで、ほら」


 出来上がった魂もどきをクローンの体に押し込む。

 ビクンと跳ね上がった後、その肉体を引きずり蠢く。その声は人ならざるもののそれで、うめき声を発しながらただ生きているということを証明するためだけに地面を這いずり回った。

 その姿に青年はただ閉口し、僕は微笑みを向ける。



 「擬似的な魂など、簡単に作れる。そこへ大量の情報を書き込めば人の魂の完成さ」

 「す、すばらしい…!」

 「その程度のことにすら辿り着けない君に…その神秘を求める価値があるのかい?その神秘へと到達できる可能性のない君に、これからそれを続ける意味があるのかい?」

 「たどり着いて見せる!私は!そこへ!」

 「残念ながら、君の魔力程度じゃ無理だし、そもそもここまでのことを君程度の頭じゃ一生かかっても無理だよ…ああ、これは僕が君をバカにしてるとかじゃなくて絶対的な事実。だってコンピューターでもなければ辿り着けないほどの演算を人間にやれって言ってるんだから」


 擬似的な魂の創造ですらこの世界では無理だ。他世界ならまだ可能性はあるが、この世界においては確実に無理。

 世界の補助無しに魂に近いものを形作るのは不可能と言って過言じゃない。



 「な、なら…き、聞かせて欲しい。私にもっと!」

 「誰が聞かせると思う?その足りない頭で考え続けるといいよ」

 「頼む…!どうか!どうか聞かせてほしい!」

 「言葉が通じないね〜?なんで僕が君に教えると思ったの?謝罪も償いも何もしていない君にさ」


 そう言えば、青年は地面へ頭を擦り付けるくらい僕にこうべを垂れた。

 僕はその頭を踏みにじる。足首を動かし、頭部を地面に押し付ける。 

 男はそれを屈辱とはあまり思ってはいない様子だったけど、その屈辱はあまり求めていない。問題はそっちの方じゃなくて、別の方だ。



 「さぁ、神秘を目の前にして知ることのできない苦悩はいかが?自分の人生をとしても知ることのできない領域だと気がつけた悔しさはどう?何をしても絶対に教えてもらえないという絶望の味はいかがかな?」

 「どうか、どうか…」

 「未来永劫、考え続けるといい。自らの愚かさと行動のすべてを悔いて…ね?」


 僕は青年の首元を掴んで強引に立ち上がらせる。

 ちゃんと未来永劫考え続けてもらうのだ。

 それで十分、青年の表情は歪みに歪む。自らの欲するものを目の前にしてそれが一生手に入らないという現実を知った時…人はこんな表情をするのだ。



 「安心するといい。その体の寿命分は…何をしても死ねない体にしてあげるから」


 そのまま頭を鷲づかむ。

 精神のみをこの体に定着させている。この体自体はもともと別人のもののようだ…まぁ、すでに意識は消し去られているけどね。

 だから、魂そのものごとちゃんと移植してあげる。

 この体をその男のものに変える。

 やり方は簡単だ。



 「『紋章(クレスト)戦乙女(バルキュリア)解放(オープン)』…この体、見覚えがあるでしょう?そう、君のだよ。ちょっとアンカーを打って用意してきたんだ」


 もがく青年にベッドに寝た男から引き抜いた魂を移植して安定させる。



 「あ゛ぁああ゛ああぁあ゛ああ゛あ゛あ゛⁉︎…あぁあ゛ぁあ゛あぁっ!あ゛ぁああぁ゛あ!」


 想像を絶するような痛みと苦しみがあるだろうけど…まぁ、知ったこっちゃないね。ゆーちゃんにしたことへの仕返しもあるから、むしろ都合がいい。

 通路に響き渡るほどの耳をつんざくような叫び声が不快だ。



 「次は、調整だ。その肉体は人のもの…それじゃあ、怪我をすれば死んじゃうし自殺も可能だ。だから、死ぬことは許さない。『紋章(クレスト)戦乙女(バルキュリア)解放(オープン)』…過剰回復なんてものを用意してみたよ。傷つけば即座に直し、傷つかなくても細胞を強制的に活性化させる」


 それゆえに骨は悲鳴を上げ続け、筋肉は常に切れては繋がりを繰り返す。

 身体中の神経を痛みが走り続けるだろう。

 …まぁ、知ったこっちゃないよ。



「それと、この感情を忘れないで欲しいんだ。自分の一生を後悔とともに過ごして欲しい…だからね『紋章(クレスト)理想(イデア)解放(オープン)』僕は、冷静さって一つの異常状態だと思うんだ。今日の出来事は君の魂へ深く刻み付けてあげた。だから、これからもずっとその記憶とともに生きてよ。ああ、ついでうちの密偵のさっきの記憶は書き換えておいた…ってもう聞いてないかな」


 僕に頭を掴まれた状態で脱力している青年はもう聞いていないだろう。

 でも、これで十分。

 これで僕は心残りを一つ消せた。

 僕が神へと近づいたことへの弊害のために。

 この名残惜しい世界とのいつか訪れる別れのために。


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