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7-1.退屈と逃げるために




 一通り話を聞き終えた頃だった。

 


 「どうも、お二方。お元気でしたかな?」

 「たった今お前の顔を見て気分が悪くなった」

 「それはそれはお元気そうで何よりです!では、移動いたしましょうか?」


 本当にタイミングを見計らったかのように笑顔を貼りつけたスーツの男が現れた。

 この男は俺を常に監視しているのではないかと思うほど、完璧なタイミングで入ってくる。この男が俺のあとを追い回しているのを想像して寒気がした。



 「…俺だけか?」

 「いえいえ、無論2人ともですよ。その方がご主人様にも都合がいいでしょうからねぇ。では、行きますよ」

 「おい。俺らが牢屋から出てないぞ」

 「おっと、これは失敬!いやぁ、忘れていましたよ。ああ、そんなに睨まないでくださいよう。ちょっとしたお茶目じゃあないですか」


 男は隣の牢屋の鍵を開け比呂を連れ出し、俺の前に来てから牢の前で言う。



 「変な動きはやめてくださいね?神野彩月さんを傷つけると、ご主人様に怒られてしまいますから」

 「人質のつもりか…?」

 「えぇ。あまり動かれるとつい(・・)手が滑ってしまいますよ?」

 「…大人しくしてればいいんだろ」

 「お分りいただけたなら幸いです。いくら鎖でつなぎ、その鎖で力を抑えているとは言っても、体を動かし慣れている人に暴れられてはさすがの私も困りますから」


 俺の目の前で拘束されている手枷につながった鎖を見てそう言う。

 悪役のようにペラペラと話してくれるのは俺らを侮っているからであろうか?…気分は良くない。だが、これは一種のチャンスでもあるだろう。ここで、できる限りの話を聞き出す。そして時間を稼ぐとともに相手を理解する。

 比呂と話し合った精一杯の抵抗。時間を稼ぐのなら、相手も一人であるここがいいだろう。

 鍵が開き、俺も連れ出されたところで話を切り出す。比呂には目線を送ったのでそれで気が付いてくれればいいが。



 「というか、嘘だったな。どこが世界に認められるだ?」

 「いえいえ、私は嘘はついてはいませんよ。ここは、”私たちに”生きやすい世界を作るのですから」

 「…なるほどな。じゃあ、俺の体の話も嘘か」

 「いいえ?ちゃんと分かりますよ。これから飯塚さんがその体を調べるつもりのようですからねぇ」

 「い、飯塚⁉︎それってあの飯塚…なのか?」

 「えぇ。おそらく想像しているその人ですよ。今はこの拠点の総括者であり、かつて協会の懇意にしていた魔術師夫妻の娘を実験台にしようとし、その夫妻によって二度と動けないほどにいたぶられ協会からも見捨てられたその人で…ね?」


 ニタリと男が笑みを浮かべる。

 その飯塚というやつがこいつのいうご主人様なのか?この男は俺にご主人様に会えるのを楽しみにしていろといったのだ。これから会わせられるそいつがその”ご主人様”というやつである可能性は低くないだろう。

 そのご主人様とやらの話をさせれば時間を稼げるかもしれない。



 「そいつがお前のいうご主人様か?」

 「は?」


 だが、帰ってきたのは予想だにしないような冷たい声。

 その次の瞬間には身の毛もよだつような寒気がした。


 

 「あのようなゴミ屑が私のご主人様であると!勘違いはやめていただきたい。あのような…うっうん!少々口が滑りました。お忘れください」

 「…わ、わかった」


 張り付いていた笑顔が剥がれ落ち、浮かべたその男の表情はひとえに恐ろしかった。

 単純な怒りのみによって染まった表情。それはまるで自らが崇める神を侮辱されたかのようなまでの表情だった。

 …こいつにご主人様というやつの話題を振るのはやめたほうがいいだろう。外れた場合、機嫌を損ねる可能性が高い。

 冷や汗と恐怖に握りしめた掌を握り直す。



 「えぇ、わかっていただければ幸いです」

 「…そ、それでその飯塚っていうやつは俺らに何をしようとしてる?」

 「あれは新しい入れ物を欲しがっていましたからねぇ…結城比呂さんはあれの新しい入れ物にされることでしょう」

 「い、入れ物って…マジだったのか、あれは」

 「えぇ。あれはあんなでも一応天才というやつでしてね、身動き一つ取れなくなった自らの肉体を捨て、新たな肉体へと乗り移る術を作り出したようですよ」

 「そんなのが…成功するはずがない」

 「何がだ?俺にもわかるように説明しろ」

 「…いっちゃん、人が何からできてるか知ってるか?」


 それは当然ある程度は知っている。

 筋肉組織や脂肪、血や組織液、その他にもありとあらゆるものによって出来ている…ということか?それとも、根本的に構成する物質か?



 「それは…あれか?鉄だとか水だとかそういう」

 「それもそうだけど、主な構成する要素だ。人っていうのは”肉体”()”魂”(神秘の一端)によって出来てるって言われてる。魔術師はその神秘を解き明かすことこそが目的で、その神秘を知ることは長く続いてきた魔術師たちの宿願でもあるんだよ」

 「つまり…」

 「あれは神秘へとたどり着くという偉業を成し遂げているのか?と問いたいのでしょう?」

 「ああ、それが聞きたいんだよ!」


 …今まで聞いた説明の通りなら、魂やそういったものへの干渉は未だ魔術師の成し遂げていない未知の領域。肉体を作ることは今や当たり前になってはいるが、魂を作ることは誰も成し遂げていない偉業。

 だが、比呂がいうにはそれこそ神の領域だという。魂を作れれば魔術師は生命を作り出せるようになる。神にも等しい存在へと至るほどの偉業なんだと。

 …この男はそんな男をゴミ屑と吐き捨ていた?いまいち関係性が理解できない。犬猿の仲なのだろうか?



 「肯定はしませんね。私も詳しくは知りませんし〜?そもそもあれは私になど話してはくれませんからねぇ」

 「…そうだろうな。魔術をまともに使えないあんたに話す意味なんかない」

 「魔術が使えない…?比呂、こいつは確かに何かそういったものを使ってただろ?」

 「使い魔を使ってたんだ。何しろこいつが魔術を使えないってのは教会どころか魔術師たちの間では有名だしな。だろ?」

 「えぇ。私は魔術を使い魔を介さなければ一切と言っていいほど使うことができません…それが何か?」


 男は笑顔を微塵も崩さず、それどころかむしろ嬉々としてそれを肯定した。

 おそらく比呂はこの男に危害を加えられる可能性が低いと思っての発言だとは思うが、嫌なことを言ったはずだ。この男の嫌がるものを探し、そのついでに出来るだけ俺たちとのおしゃべりをしてもらおうという考えだったのだろうが…この男の反応はなんだ?無事な時間を稼ぐとともに触れてはいけないワードを理解するための発言だったのだが、逆に不意を突かれたような気分だ。



 「え?あ、いや、気にしてないのか…?」

 「えぇ!全く気にも止めませんねぇ!」

 「いや、だけど、それって馬鹿にされてるわけだろ?あんたはそれでいいのかよ?」

 「それがどうかされましたか?ご主人様はそんな私に…いえ、そんな私であったからこそ手を差し伸べてくださったのですよ?その運命を引き寄せたのですから、むしろ誇りにこそ思いましょう」

 「お、おう。そうか」

 「…そんなご主人様とやらもお前らの仲間か?」

 「ある意味では肯定いたしましょう」

 「ある意味で?それはお前らの味方じゃないってことか?」


 ある意味でというのはどういうことだ?

 この男がご主人様と呼ぶのだ。味方ではないのか?ある意味でということは、基本的には敵対しているということか?それとも味方である時と敵である時とがあるのか?

 比呂が言うには拠点は幾つかあるらしい。その拠点ごとの派閥があるとかか?

 今までの予想が覆され、どういうことなのかがわからなくなった。



 「まぁ、私たち全体の味方ではないのですよ。いえ、むしろ多くの者の敵ですかねぇ…」

 「じゃあ、あんたの味方ではあるんだよな?」

 「えぇ。むしろ私がご主人様の味方ですかねぇ〜?」

 「何なんだよこいつ…」

 「お前は何が言いたいんだ…?」


 今の話を聞いて抱くのは疑問。

 それではまるで、この男はここの拠点の主の味方ではないような言い方…いや、既に嫌悪していることに間違いはないだろう。なにしろ自分でゴミ屑と吐き捨てたのだから。

 そして”ご主人様の味方”…その言い方が引っかかる。今しがた言った”ある意味での味方”と”多くの者の敵”を合わせて聞けば、そのご主人様というのがこの中の一部の者の味方であるということが推測される。そして、この男の言ったことを加えれば、その一部もそのご主人様の味方とでも言うかのようだ。

 …ちょうど、主従関係のように。

 ご主人様という言い方と、その言い方からしてこの男とその一部はそのご主人様の部下なのだろうか?



 「いっちゃん?」

 「…お前らは何をしようとしてる?」

 「えぇ、ですから…」

 「違うんだろ?お前が俺にした説明と比呂から聞いた説明を聞けば、食い違う」


 確かに行動理念と行動のそれは一緒だ。

 だが、根本が違う。



 「ここには、正義も何も…何一つないだろ?」

 「えぇ、私たちは魔術師たちに虐げられた者やこの世界において生きづらい者。私たちに都合の良い世界を作るために集まっているのですから」


 この男はその点について嘘をついている。

 この男はその生きづらいという点に何一つとして理解を持っていないし、虐げられたということにもさっき嬉々として誇りに思うなどと抜かした。


 

 「…どうかされましたか?」

 「お前、ここで何をしてる?」


 だったら答えは一つ。

 この男たちはその目的とは別の目的で動いているということ。

 おそらく、比呂の言った向こう側の魔術師たちとここの集団の他に、もう一つ何かがある。この男のいうご主人様の率いる勢力がいる。

 そうでもなければこの男は嬉々としてここでの地位を下げるような発言をするはずがない。



 「見ての通り、しがない使いっ走りというやつですよう。全く、ここの者たちは人使いが悪い!」

 「お前、ここの場所以外のどこかの勢力か何かだろ?偵察か?それともスパイとかか?」

 「ふっ…何を言っていらっしゃるのやら?私が偵察?スパイ?勘違いも甚だしいというやつですかねぇ。私はただご主人様を敬愛し、尊敬し、崇拝するしがない構成員の一人。時期にご主人様もここへ参られます。すぐに会えますよ」

 

 男は俺の言葉を鼻で笑った。

 …違うのか?

 ここに来るということはここの構成員。だったらさっきまでのあの言い方はどういう意味だ?内部分裂を起こしているのか?それとも、ただ単にここの拠点の主と仲の悪い者がそのご主人様だというだけか?

 ただの俺の考えすぎだったのか?



 「…いっちゃん、ナイス。もしもの場合は危なかったかもしれないけど、今回は超ナイス」

 「え?あ、ああ」

 「ようやく理解できた。新兄がどうしてこんなに危険な目にあう可能性の高いところにいっちゃんを放り込んだのかが」

 「…何だったんだ?」

 「今は言えない。けど、これでもう安心できる」


 俺を見てニヤッと笑みを浮かべた。

 比呂は今の話で何かを理解したらしい。

 俺の想像と違うことで、比呂が安心できることとはなんだ?

 …またわからなくなった。今想像したこととは違う真実があるのか?だとすればなんだ?

 少しの間沈黙が続いた。

 男は足早どころか相当ゆっくりと通路を進んでいるので、わざわざ話しかけて時間を稼ぐ必要はない。その間、俺はただ考えていた。

 


 「さて、着きましたよ」

 「…あの飯塚がこの先にいるのか?」

 「えぇ、あれはこの先にいますよ」


 男はニヤッと笑って扉を開く。

 開け放たれた先には手術台と思しきものと大量の試験管などの置かれた机、それから人のようなものが浮いた水槽とその先で椅子に腰掛け机に向かっている青年が一人。

 その青年が飯塚というやつか?



 「あぁ、来たんだねぇ」

 「連れてきて差し上げましたよ、えぇ」


 青年は外見に似合わないねっとりとした話し方で俺らを迎えた。

 こちらを向いたその青年の風貌は俺らと同じくらいの年齢の若々しいもの。黒い髪と黒い目が病的なまでに白い肌に載っている。



 「ようこそ、我がアトリエへ」


 両手を広げ、青年は高らかに宣言する。



 「さぁて、聞きたいことはたくさんあるだろう?…冥土の土産に一つずつ、答えてあげよぅ」

 「…神秘へ到達したのか?」

 「あぁ、そうだねぇ。それに一番興味があるだろぉ?お答えしよう。未だならず、だ。器への精神のみの移植は、すでに成功している…ここまで答えれば、満足かぁい?」

 「その精神の移植ってのは…他人の意識に上書きするってことなのか?」

 「質問は一つずつといったのだがねぇ…まぁ、これから体験するのだから、気になるだろう。特別に答えてあげよう。是、だ」


 俺には何を言っているのかはよくわからない。

 そのままの意味で捉えるのなら、他人の体に自分の意識を押し込んでいるといったところだろうか?

 魔術はそんなことが可能なのか?



 「マジか…」

 「さぁて、次は君だぁ。何が聞きたい?」

 「聞きたいことは…」


 こいつに聞いておくべきこと。こいつにこそ聞いておくべきこと。

 それを考えるよりも前に、後ろの扉が開く音がした。

 聞き覚えのある声が部屋に響く。



 「…久しぶりだね、飯塚おじさん。かれこれ40年ほどぶりかなぁ?」


 振り向いた先には新兄がいた。


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