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6-1.退屈を奪われる




 気がつくと牢屋にいた。

 俺の手には金属でできた手枷がつけられ、それが壁に鎖でつながっている。

 周りを見ると警察ドラマなんかでよく使われるセットのような牢屋。鉄格子であちらとこちらが隔たれ、床や壁や天井は冷たいコンクリートで出来ているようだ。向かい側にも牢屋があり、向かいの様子を見るに俺のこの部屋の左右にも牢屋が続いているのだと思われる。



 「…捕まったんだったな」


 これからのことを考えておくべきか。

 まず問題は格子につなぎ目も切れ目もなく完全に地面とつながっていることと、ここがどこだかわからないこと。それさえどうにか出来れ逃げ出すことも可能かもしれない。



 「お。いっちゃん、起きたか?」

 「この声…比呂か?なんでお前がいるんだ?」


 周囲を見回していると壁の向こうの隣から声が聞こえた。

 比呂の声…まさか俺に巻き込まれて捕まったのか?それともこのわけのわからない集団の一員か?



 「捕まったんだよ。俺も一緒に」

 「…俺が巻き込んだのか」

 「いや、違うって。俺がまんまとひかかったってだけ。あとで話すのも面倒だし、今話しとくけど俺も魔術師。そんで、ここは多分俺たちと敵対してる魔術師たちの拠点の一つだと思うぜ?」


 驚きとかそんなものよりも先に呆れに近い何かが来た。

 この状況で嘘をつく意味はない。あの男の言っていた魔術師などという話は事実だったと考えるべきだろう。ドッキリなんていう可能性もなくはないが、あんな悪質な行動をするのはあり得ないだろうし。

 ああ…ただでさえうるさかった俺の周囲はどんどん悪化していく。ここにきて比呂までだ。そのうち美耶も何か言いだすのではないかと思えてきた。

 とにかく、問いただしたり追求するのは後だ。今はそんなことよりも重要なことがある。



 「…お前らは俺を捕まえて実験とかする方のか?」

 「いや、しないからな⁉︎何でそんなこと思ってんだし⁉︎」

 「やっぱり嘘か」


 完全に俺を捕まえるための罠だったらしい。

 だが、比呂まで捕まっているというのはどうしてだ?俺を捕まえるための罠だというのなら、比呂まで捕まえる必要はないだろう。近くにいて見てしまったからとかか?



 「俺を仲間に勧誘している時にそんな話をされたんだ」

 「お、おう。そんな話をされたのかよ…びっくりしたわ」

 「それで比呂はどうしてここにいる?」

 「いっちゃんが危ないと思って連絡しようと思ったらばれて捕まった。でも、いっちゃんのせいじゃないからなー。俺が注意してなかったからだぞ?」

 「そうか。それで、このあとどうなると思う?」

 「さぁ?俺もわかんないわ。多分、いっちゃんに洗脳でもかけてどっかに連れて行くとかじゃん?それか一通り実験とか…あ、わり。不安煽るようなこと言って」

 「別にいい…ここの場所、どこだかわかるか?」

 「多分、市内から出てないし、そんな遠くまで来てないと思うなぁ」

 「だったら…は?」


 コンクリートぐらいなら蹴破れると思い、まずは壁につながれた手錠を引き抜こうと腕に力を入れて気がつく。

 力が入らない。



 「ど、どうしたいっちゃん?」

 「力が入らない」

 「あ、ああ。びっくりさせんなよ。そりゃいっちゃんを捕まえようとしてんだし、それなりのもんくらい用意してるに決まってるじゃんか」

 「…そういうことか」


 最悪逃げ出せばいいだなんて考えは最初から甘かったらしい。今更話を配所から事実だと考えもう少し慎重になるべきだったと反省する。

 それと同時にただの手枷ならあとでどうにかできるし、ここから抜け出しさえすればなんて考えた数秒前の自分を蹴り飛ばしたい。



 「とにかく、ここから抜け出すよりどれだけ無事な時間を稼げるかを考えようぜ」

 「は?なんでだ?連絡はできなかったんだろ?」

 「連絡はできなかったけど、新兄がどうせすぐに来ると思うぞ。多分、新兄はいっちゃんがこうなることぐらい分かってたと思うし…」

 「…は?新兄?」

 「新兄も魔術師…いや、新兄は魔法使いだぞ」

 「新兄関係あるじゃないか…」


 あの男とは関係がないなんて全くの大嘘だったらしい。

 まぁ、そんなことは今はどうでもいいな。

 


 「それに、無理に抜け出すのもあんま考えない方がいいと思う」

 「なんでだ?」

 「使い魔…巨大な蛇がいる。額に目がある化け物みたいなやつ。ここを守る番人として作られてるっぽいから、相当な時間をかけて作られたやつ…多分、母体だ」

 「…母体?」


 ホラーゲームによくあるようなやつだろうか?

 ラストで出てくるゾンビとかの根源みたいな…つまり強いってことか。

 それは俺でも倒せないほどなのか?…いや、やめておこう。俺の体には毒とかに対する耐性は一切と言っていいほどない。今さっき痛感したばかりだ。こんなところにいる蛇が毒を持っていないはずがない。それに今力が入らないというのを思い知ったばかりなのだ。



 「ああ、いっちゃんは知らないか…とりあえず、使い魔についての軽い説明からした方がいいよな?」

 「ああ、頼む」

 「使い魔っつうのは…ちょっと待った。そもそも魔術がなんだかって聞いてるよな?」

 「聞いてない」

 「おう。そうか…じゃ、魔術についての簡単な話をしてからか。魔術っていうのは体内にある魔力を使って火をおこしたり水を出したりするもん。ただ、魔術一つでも覚えるのが大変だから魔術師一人じゃそんないっぱいの魔術を使えない。だいたい20〜30位って感じだったと思う。で、俺は治癒専門。ま、怪我の治癒とか体力とかを上げたり治癒力を上げたりするのがせいぜいだけどな」

 「…ゲームの魔法みたいなものだと思えばいいのか?」


 要するにゲームの魔法のように魔力(MP)を消費して火とかを出すということだろうか?

 なら、どうすればいい?

 さっき比呂は無事な時間を稼ぐといったが、洗脳だとかそういった類なんて俺に避けようがない。魔術の知識も何もないのにどう対処すればいい?



 「そんな感じでいいぞ。詳しく学ぶっていうなら別だけど、とりあえず対処するだけだったら魔術が発動されるのに必要なものだけ知ってればいい。魔術が発動されるのに必要なのは、”魔力”と”条件(キー)”だ。条件っていうのは、その魔術を発動させるためのトリガーみたいなもんで、俺の治癒なんかは患部に魔力が触れてないと治癒できない。そんな感じにどこの魔術にも最低限満たさないといけない条件がある。だから、相手の行動をよく見て対処すればどうにかなる場合が多い…と思う。俺もまだまだ未熟な魔術師だし偉そうなことは言えないんだけどな」

 「洗脳されそうになるとかそういった場合の対処方法は?」

 「魔術陣を描かせないっていうのが一番なんだけど…いっちゃん、魔力見えないよな?」

 「俺は一般人だ」


 そんなものが見えていたら中学の頃に身に付けようとしてたな。

 多分見えない。俺が見たことがないだけっていう可能性もあるが、多分見えないだろう。



 「だよなぁ…なら、やっぱり相手の集中を乱すとかじゃないか?魔術は魔術陣っていう陣を書いて発動する。その陣は魔力で描くもんだし、かなり細かいから、集中する必要がある。一流の魔術師にでもなれば複数の陣を同時に描くこともできるけど、普通の魔術師じゃ何か行動をしながらだったらせいぜい二つぐらいが限度だから、動揺させるとか手元が狂うようなくらい煽るとか?」

 「…わかった」

 「じゃ、使い魔の話に戻るな。使い魔っていうのは生物を魔術的に品種改良とかをしたもののことなんだ。魔術のサポートのもと強引に別のものと合体されたり、魔術的に強化されたり、長い年月をかけて進化させられていたり…そんな経緯を持って生まれた化け物のようなもの。例えばさっきからそこにいる鼠」


 比呂は繋がれているわけではないのか、牢屋から身を乗り出して俺にも見えるように指をさす。

 その先には赤い目を灯らせた黒い鼠。言われるまで気がつかなかったが、その鼠は向かいの牢屋の間にちょこんと座っていた。



 「あれが?化け物でもなんでもない…わけではないんだな?」

 「ああ、多分な。少なくとも見た情報を使役者に送ってると思う。そんな風に普通の生物が持たないような能力を持った生物だとか、他にも…ああ、ちょうど来るぞ。目とかあわせんなよ?」

 「何と…?」


 言い切るより先に音が聞こえて黙り込む。

 金属を引っ掻くようなカリカリという音だ。その音はだんだんと近づいて、目の前までくればその正体を現す。

 未だ事実を信じていなかった自分はどこかへ消えた。魔術というのが本当に存在し、その魔術師というのも本当に存在している。そう信じるより他なかった。



 「どこが…蛇だよ」


 はじめに言っていた蛇というのはこいつのことだろう。

 …まぁ、蛇というにはあまりにも大きく、化け物じみているのだが。

 深緑色に見える俺の手のひらほどもある鱗が全身を覆い、黄色い目が三つぎょろぎょろと動いている。這っている状態なのに胴体が座っている俺よりも上に…おそらく太さは1m以上あり、長さは数十mどころか数百mあると思う。

 CGにしても何にしてもこんなリアルさはあり得ない。本物だということに寸分たりとも疑いは持てなかった。



 「さっきのが俺が言いたかった別のやつ。ああやって長い年月をかけて作られた本物の化け物みたいなやつがいる。ああいうのは家ごとにかなり違うから正確なことは言えないけど、作り方だけは知ってるんだ。あれ、最初は普通の蛇だったらしい。それを何世紀もかけて遺伝子をいじり続けて、魔術で強化して、そうして完成した数少ない化け物の一匹。あの鼠みたいなのは捕まえた鼠を改造して作り上げた量産品。こっちは精巧に作り上げられたオリジナルだ。さっき言った母体っていうのはこういうやつのこと。本来は蟲使いが使う蟲の本体のことを言ってたんだけど、今はああいうやつとか長い年月をかけて作られたやつのことを母体って呼ぶ。ああいうやつはやばい」

 「やばいってそれは当然なんだろ?」


 あんなものを見てやばいと思わないほうがおかしいというものだ。

 映画に出てくる化け物を間近で見ているのだから。



 「まぁ、そうなんだが…とにかくやばい。そもそも、魔術で強化すると生物はすぐに死ぬ。魔術的な強化っていうのは一種の薬物とかドーピングなんだ。だから、うまく適合しても寿命の半分でも生きればいいほうだ。ほら、見ろあの鼠…別のやつが来ただろ?」


 鼠に視線をやるともう一匹の鼠がどこからか増えていて、その一方が衰弱して死んだ。

 その死んだ鼠をもう一匹が貪り食うのを見て、生々しさに気分が悪くなる。



 「あの母体は死なないのか?」

 「いや、まぁ死ぬっちゃ死ぬけど、普通の状態よりも長生きしたりもする。長い年月をかけて耐性をつけた魔術の強化にも耐えうる肉体なんだ。だからより強い強化にも耐えるし、より強い子孫を残す…あとは言いたいことわかるよな?」

 「ああ…やばいってことか」


 つまり、あの鼠のようにすぐに死ぬどころか長生きする可能性もある上に、あの鼠なんかが比にならないほど強く強化されているということだろう。

 しかも子孫を残すのだから同じようなのが何匹も入る可能性があるということ。もしかしたら今俺が見たのと比呂が俺が起きるより前に見たのとは別の個体である可能性もある。

 …逃げるという選択肢は放棄したほうがよさそうだ。いや、すでに放棄はしていたが、完全にその選択肢が頭から消え去っていった。



 「ただ、ああいった化け物を作るのはすげー面倒なんだよ。だから、大半の家はさっきの鼠みたいな量産された使い魔を使う。さっきの鼠みたいなのでも何年も作り続ければ多少は使える使い魔にできるからな」

 「あの母体っていうのはどのくらいの力とかがあるものなんだ?」

 「わからないっていうのが正直なとこなんだよなぁ…俺の家にはああいうのはいないし、俺もあんなのを見るのは初めてだし。ただ、蛇をそのまま巨大化した以上の力を出せることは間違いないと思う。あんなにまで無意味にでかくするほど魔術師っていうのはバカじゃないからな」

 「そうか…わかった」

 「い、いっちゃん?もしかしてあれと戦おうとか思ってないよな?」

 「そんなわけあるか。それに逃げることは諦めた。もしあれを使われた場合を考えてただけだ」

 

 あんな蛇が俺を締めあげたら俺の体が耐えられるとは思えない。俺の体はあくまでも人のもの。頑丈さやら再生力に関しては別格だとはいえども、完全に人を止めてるような肉体ではないはずだ。骨は砕けるだろうし、内臓も無事では済まないはずだ。

 どうすれば避けられるかが問題。

 俺の平穏な生活を取り戻すのならここを抜け出すのが最低限であり、さらに言えば俺が無事でなければならない。そのためにはうまく俺への被害を…比呂への被害をも無くさなければならない。



 「…新兄はこの状況をどうにかできるほどか?」

 「大丈夫だと思うぞ?だって新兄だし」

 「どういうことだよ」

 「いや、新兄は戦闘に関してならこの辺の魔術師の誰よりも強いから」

 「…まぁ、それはわからなくもないけどな」


 ずいぶん昔の記憶だが、新兄と風呂に入った時見た体…新兄の体は傷一つないほどに綺麗な体なのだが、漫画か何かのようにぎっしりと筋肉の詰まった体だった。無駄な筋肉など微塵もなく、一種の芸術品のようだったと、中学生だった俺が密かに憧れたもの。

 今自分の体を見て思うが、あれは普通の生活では決して到達し得ない。いくら鍛えてもああはなれない。新兄の弟がトロフィーを持った写真を見たことがあるが、その弟の体に近かった。

 要するに格闘家とかそういった部類のものだったと思う。

 俺を襲いに来た炎を出す男をデッキブラシで叩きのめすのだから、そういったことができてもおかしいとは思わない。もうそういった存在がいると知ったのだから、新兄がそうだとしても早速驚きはしない。



 「新兄はどのくらいで来ると思う?」

 「…わからない。新兄は多分、いっちゃんに今の自分の状況を肌で感じさせようと思ってると思うんだけど、それがどれほどのものかがわからない。死の恐怖を味わうほどまでなのか、ほんのちょっと知ってもらう程度なのか」

 「ちょっと待て。死の恐怖ってどういうことだ?」


 すでに現状は理解した。

 その魔術師が俺に関わろうというのはわかった。

 さらにそこに死の恐怖?これ以上何に対して感じればいい?



 「あ、いや、ちょっとしたものの例えだからな?新兄ならやりかねないっていうだけで」

 「さすがに比呂の嘘は割とわかるからな。別に言っていい。というか聞かせてくれ」

 「…いや、いっちゃんが実験に使われるとかだったら、いろんな魔術の強化の実験とか解剖みたいなことだと思う。だから、ものすごい痛い目にあうとか下手したら死ぬこともありえるような目にあうとかあると思う」

 「…そうか」


 恐怖が体を震えさせる。

 そんな目にあうかもしれないのに、新兄が助けてくれないということがあるのだろうか?

 俺の今までの記憶を顧みれば、そんなことはないと言える、絶対に。

 …だが、比呂の声は何かの確信を得たような言い方だった。本当にあり得る。そう言うかのような言い方。



 「…まぁ、さすがに新兄もそんなところまで放置しないと思うぞ」

 「ありえる…かもしれないのか?」

 「…おう。でも、最初からいっちゃんを壊すようなことはしないはずだ。せいぜいちょっとした実験を試されるだけだと思うから、安心しろよ?そんなひどい状態になるまで新兄が来ないはずがないからな」


 比呂の声は曖昧だった。

 新兄を信用していながら、それと同時にやってもおかしくないという信用もしている。

 その後さらに比呂の説明は続く。

 再び蛇の這いずる音が近づいてきた。


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