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5-1.退屈を削る




 体育祭の振替休日。

 気晴らしにあてもなくふらふらと道を歩いているが、考えはまとまらず、思考はこんがらがる。

 やはり、行くべきか?

 そんな考えが頭をよぎっていた。



 「…はぁ」


 話を聞く。

 その選択肢は簡単なことだ。

 ただ少し話を聞いて帰ってくるだけ。いざとなれば逃げればいい。身体能力だけで言えばおそらく俺より高いやつはいないと思う。

 もしも、あの男が言っていたことがすべて本当だとしても炎を出す男のようなやつとは戦っても勝つ自信はある。消える男のようなやつからはおそらく全力で走れば簡単に逃げ切れるだろう。いや、それ以前にわざわざ逃げるそぶりを見せなくてもいい。味方になる振りをして逃げても構わないのだから。

 まぁ、ああいった勧誘に来るのは下っ端であろうし、あれ以上の能力のやつがいてもおかしくはない。だが、相手が俺を味方に引き入れたいというならば俺の選べる手段は多い。

 味方になった振りでもそのまま味方の振りをし続けて何もしなくてもいいだろう。条件付きで仲間になるのも、制限付きで仲間になるでも…それこそ俺の被害を減らす方法はいくらでもある。



 「そもそも事実である可能性も…」


 そもそも単なる宗教集団であるのならただ逃げればいいだけの話。

 だが、本当にあの男の言っていることが事実だったとしたら。それをすることはどうあがいても俺に何かしらの被害を被る結果が待っている。

 味方になったとすればその”味方”のために何かに関らなければいけないのだろう。ならなかったにしてもその件で付きまとわれることや最悪の場合味方にならないのなら殺すということもありうるかもしれない。

 …ラノベの読みすぎか。



 「だが、もし…そこまでして…」


 たとえ本当だとしても、そこまでして知りたいのか?

 …そこまでして知ってどうする?知ればこれからの生活に関わるのか?確かに俺がどうしてこんな体なのかについて興味がないわけではない。だが、そこまでして知る意味があるのか?



 「だが…この機を逃せば」


 そもそも俺はこんな体であることを誰かに言った覚えも聞かれたこともない。それにこれからだって親父たちに話すつもりもない。親父たちの前で全力で動いたことは一度だってないのだ。だから親父やお袋に俺の体のことを聞くつもりはない。もし知らなかった場合に異常な俺の体のことを教えただけになるから。

 それを除いて俺が知る方法はない。

 この話が本当だとして、”この機を逃せば一生ないかもしれない”と考えるとやはり聞くだけでもしたいような気がする。

 やはり…というか普通に俺だって人間だ。こんな体に生まれたことに不安や恐怖を覚えたことがないわけではない。想像してみるといい。もし自分が人にはありえないような力を持っていたとしたら、と。



 「いや、だが…」


 春休みに家族で登山に行った。

 その時に親父と山をどっちが先に登るかというくだらない遊びをした。まぁ、一般的な登山用の道を走っても親父に勝てるとは思わなかったから山道をそれなりの勢いで走った。すると親父に勝ててしまったのだ。

 そう、親父に勝ててしまった(・・・・・・・)のだ。

 俺の中で圧倒的に上だと思っていた親父に。単純な身体機能では勝てていながらもスポーツをしてもなぜか勝てず、鬼ごっこなどのそういう遊びですら勝てなかった親父に。

 親父は「もう歳かー」などと言っていたが、今まで俺と競えるような動きができたのはそれなりにおかしい。だが、そう言われてからだ。

 


 「親父は…人の範疇。俺は…?」


 親父のそれはあくまでもかなり高い身体能力を持った人の動き。

 俺のそれは人間を超えた何かの動き。



 「はっ。何しろ踏み込みで地面がえぐれるからな…」


 自分の異常さを改めて理解した。

 春休み中に物置を新しくした時もそうだ。どこの世界にそれなりに大きいサイズの物置を片手間に持ち上げて移動できるやつがいる?それなり…というかかなりきつそうな表情は浮かべておいたが、正直言えば全く辛くもなんともなかった。親父は「俺も昔はこのぐらいできたな…確か」などと言ってお袋と笑っていたが、あれは冗談の類だろう。

 なにしろ組み立てるのは親父が頑張ってやっていたが、パーツひとつでも「結構重いな」などとこぼしていたのだから。

 

 じゃあ、俺は一体どうしてこんななのか?



 「…興味、じゃないな」


 多分、俺は安心したいんだ。納得したいんだ。

 どうして俺がこんな体なのか、知りたい。

 たとえそれがどんな事実であろうと、知りたいと思っている。今の俺は多分そんな感じだ。

 今ようやく理解した。


 俺の周りは確かにうるさい。才能の塊だ。

 なのにもかかわらず、そんな中で俺の存在は浮いている。いや、そんな中であるからこそとも言えるか。

 あくまでも人の範疇。決して人間からかけ離れたことができるわけではない。才能がある人間と比較できたからこそ、自分の異常さをよりよく理解した。より強く自覚できた。

 …そうだ。だからこそ俺は退屈を望んだ。

 退屈さを望むのならば、そんな比較はする必要がない。退屈さを望むのなら、そんな異常さと向き合う必要はない。



 「…って、今向き合わされてるわけか」


 ずっと逃げ続けてきたことと直面している。そんな感じだろう。

 というか、それを他人に言われたことがそもそもの原因。俺は一般から外れた人間だと、そういったのはあの男だ。あの男が原因以外の何物でもない。

 それさえなければ俺は今まで通りそこまで強く意識せずに過ごせたはずだ。 

 


 「悪いのはあいつだな」


 そう思ったのにもかかわらず、あまり腹が立たなかったのはそのうちちゃんと考える必要があったと自覚していたからだろうか?それとも必然だったと割り切れていたからだろうか?

 …それとも、多分俺が心のどこかでずっと思い続けていたからだろうか?

 あの男はそれを指摘しただけ。

 俺がずっと思っていたことを言っただけ。

 たったそれだけでも揺らぐほどに、俺は限界だったのだろうか?



 「これからも考え続けるか、答えを聞いてみるか…」


 答えが聞ける。

 その可能性があるのだから行ってみるの悪くないかもしれない。少なくとも味方になってすぐバレるような嘘はつかないはずだ。そんなことをすれば俺が味方になってすぐ裏切られるだけ。俺のような同類を集めて革命を起こそうという集団であるなら、裏切られた場合のことを考えないはずがない。俺のような人間が多くいるのなら、その一人によって引き起こす被害の大きさは理解できるはずだ。



 「…話を、もう少しだけ聞いてみれば」

 「おやぁ?ご決断いただけましたかぁ?」


 突然後ろから声がした。

 まるでタイミングを見計らったかのように振り向いた先にスーツの男がいる。

 …俺の話を聞いていたのか?



 「いつかいた?」

 「今さっきですよ。ふと神野彩月さんが見えましたので、ね?」

 「そうかよ」

 「そしてふと聞いてみるという言葉が聞けましたので参上した次第ですねぇ…聞くということは、私たちに協力していただけると?」


 男がニヤリと口元を歪めた。

 まるで何かを隠すような、俺を馬鹿にするような…そんな笑み。



 「…お前、何を知ってるんだ?」

 「それはもう全部ですよ!全部!出生から隠したい秘密まで何でも知っておりますとも!えぇ!」

 「キモいな」

 「でっすよねぇ〜。まぁ、冗談はさておき、どうですか?私たちに協力…していただけることになりましたか?」

 「検討中だ」

 「そうですか。では、良いお返事がいただけることをお祈りしておきますよ」

 「そうかよ」


 信用できるのか否かが問題だ。

 …それに聞きたいことも幾つかある。

 例えば、そう―



 「なぁ、お前らと敵対するところもあるんだろ?」

 「それはもうありますとも。当然です。私たちのように人のために力を使う者がいるのなら、自らのために使うような者もいてもおかしくはありませんでしょう?」


 ラノベにでもありそうなことを言ってみれば案の定。

 ただ、その答えを用意していただけだと言われればそこまでだが、可能性があるのだから話は最後まで聞いてみようと思う。 



 「そうだな。それで、今もそういった力があることが世間に知られてないっていうことは劣勢なんだろ?なんで俺がこっちに付くと思ったんだ?向こうが同じ条件を出してきたらどうする?」

 「それでも当然こちらに付くでしょうねぇ。あちらに行ってみればわかりますよ?神野彩月さんのような体を持つ人間を…いえ、研究対象を捕獲したがらないわけがありませんから。あちらはそういった者ばかりですよ。だからこそ私たちがこうやってそれを防ぐために離反し行動しているのですから」

 「ならさっさと魔術でもなんでも公表すればいいだろ?一度ネットにでも上がればその向こうにだって止められないはずだ」

 「残念ながらそれは得策ではないのですよ。私たちがそれを公表した場合、あちらはありとあらゆる方法を用いてそれを止めるでしょう。そのままかき消されても、もしくは、知られても私たちにとってそれは成功と呼べるものではなくなってしまうのです。もしそのまま私たちの存在が知れれば…危険な者として認識され、私たちは世界には受け入れてもらえません。私たちの生きやすい世界の完成からはむしろ遠くなってしまうのですよ」

 「…なるほどな」


 おそらく向こうに邪魔されれば、魔術師というだけで危険視される世界になってしまう可能性があるということが言いたいのだろう。

 もし、俺みたいなのが事件を起こしたとする。それが大きければ大きいほど、似たような存在に対する世間一般の危機感は強まるはずだ。こいつらはそれを危惧している。だからこそ安易には世間には出ることができない。

 …今までのふざけた様子が一切なかったことから、こいつが本気でそう言っているような気がした。それも罠だと言われればどうしようもないが、やはり嘘という感じがしない。



 「ですから、私たちは一人でも多くの協力者が欲しいのですよ。協力、していただけませんかねぇ?」

 「…そもそも協力すると言っても何をさせられるんだよ」

 「それはもちろん敵対勢力を叩き潰します!私たちのような者が大多数であることが知られれば、魔術師…ひいては神野彩月さんのような存在=危険と思われずに済みますからね。現在の私たちの行動は派閥を広めることだと言えましょう」

 「要するに俺に敵対勢力を叩き潰せと?」

 「いえいえいえ!さすがに私たちとて鬼ではありませんし、一般人と言えるような方々にそれを強制はしませんよう。ただ、私たちと同じ考えであることを主張していただきたいのです。例えば!あちら側の魔術師をこちら側に勧誘するとしましょう。その場合、こちら側の勢力が大きく、勝ち目が薄いことを知れば、こちら側に移っていただける可能性も上がります!」

 「…要するに著名を集めるようなものか?」

 「そういうことです!味方が増えれば増えるほどに私たちが安全であるという証明もしやすくなりますからねぇ」


 胡散臭い。そう零しそうになったのを押し留め、考える。

 そうして考えると不自然な点が発生した。

 あの炎の方の男がなぜ俺を攻撃した?しかも連れて来いと言われたと言っていたところからして、俺を手に入れたいとでもいうような感じすらする。もし俺を戦力として求め、その力を見るために試したなどと言われれば納得できたが、今の話からその理由は消し去られた。

 話を聞けてよかったな。おかげでおかしいという点にしっかりと気がつけた。

 だが、なぜだ?やはり罠という方が正しいと思う。けれど、そうだとしたら俺をどうしたい?



 「結構だ」

 「…あれぇ?これは私たちに協力してくれるという流れでは?」 

 「お前らと関わりたくない。だから、結構だ」

 「そうですかぁ…えぇ。そうですかねぇ。それはそう…非常に…残念ですよ。えぇ」

 

 男は全く残念そうな表情など浮かべていない。

 気味の悪い笑いをこらえて、口元を押さえていた。



 「なんだ…?何がおかしい?」

 「えぇ、なんでしょう。はい。どう告げるべきでしょうかねぇ?」

 「さっさと言え」

 「おやおやぁ?怒ってます?」

 「…とにかく俺は帰る。もう二度と関わるな」

 「えぇ…私はもう二度と関わることはないかもしれませんねぇ」

 「何がっ…⁉︎何しやが…る?」


 後ろから衝撃が来た。

 気配も何も感じなかったのだから、こいつと同じような類のだろうか?そいつが俺を殴った…いや、何かをされた?

 頭が朦朧とする。

 …麻酔か何かを刺されたのか?足が、立っていられない。



 「申し訳ありませんねぇ。既に遅いのですよ」

 「く、そ…」

 「まぁ、ご主人様に会えるのを楽しみしまっていてください」


 両腕を掴まれて担がれたのを感じたところで俺の意識が途絶えた。


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