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4-1.退屈が揺らぐ




 体育祭。

 それは俺を憂鬱にさせる日の一つだ。

 とにかく面白くない。しかも、俺が勝てるとわかっているために得点の高い試合にここぞとばかりに出されるのだからたまったものじゃない。

 まぁ、そこまで嫌いな訳ではないが。



 「いっちゃん、後は任せた!」

 「任せるも何もないだろ…」


 バトンを受け取り、不自然でない程度の速度で走り抜ける。

 歓声の上がるコースを曲がり、走っていく。陸上部も野球部もサッカー部も敵ではない。ただトップを走るだけで2位以下との差が広がっていく。

 そして、圧倒的な差をつけてゴールテープを切った。


 

 「…ふぅ」


 走り抜けた後、何事もなかったかのように結果発表を聞き届けた。

 この程度じゃ息は上がらないし、疲れもしない。人間離れしているということをひどく自覚する。

 ふと保護者席に目をやると、新兄がこっちを見ているのが見えた。ニコニコと笑って手を振っている。ひとしきり手を振ると何処かへ行ったのでおそらく昼でも食べに行ったのだろう。



 「さっすがいっちゃん!」

 「俺が負けるわけないだろ」

 「そりゃな!ま、これで今年も俺たちが優勝だぜ!フゥー!」


 比呂はこういった行事が大好きだ。こういう姿を見れば悪くないと思える。

 あの件のせいで頭をよぎった”世界の生きづらさ”を塗りつぶす。



 「残りの俺が出る競技はなんだ?」

 「残りか?えぇと…学年と学年種目くらいだな!」

 「了解。じゃ、しばらく休憩か」

 「そうだな。だったら飲み物買いに行こうぜ」

 「そうするか」


  美耶のいる生徒席の方へひらひらと手を振り飲み物を買いに行くことをそれとなく伝え、ICカードの入ったケースがポケットに入っているのを確認し……ない?

 いや、俺は確か走る前にポケットにしまって、そもそもウォレットチェーンで落ちないはずだし、どこへ…?



 「…なぁ、比呂。俺のICケース知らないか?」

 「お?どうした?まさか無くしちまった?」

 「…みたいだ。ポケットに入れてたはずなんだが」

 「走ってる最中にでも落としたんじゃね?」

 「いや、チェーンをつけているからそれはない」

 「ぬっ…じゃあ…」


 右へ左へと視線を動かす。

 そもそも落としたのであれば俺は気がついたはずだ。そのくらいの変化は走っていても気がつける。なら意識していないうちに盗まれた?いや、でもそんなことをする機会なんて今退場してここに来るまでにしかない。それどころかそんなことができるのが学校にいるわけが……あるのか。あんな悪質な宗教勧誘のようなものがいるのだから、そういった類もいたっておかしくない。

 むしろ、そういった輩の方がよほどまともにすら感じる。



 「ま、あとで進路指導室にでも行くか。比呂、おごれ」

 「えぇー、マジかよ」

 「いつも宿題手伝ってやってるだろ」

 「アイアイサー…」


 まぁ、そんなものに関わる気はない。

 俺の退屈を妨げるものに自ら飛び込むなど、愚の骨頂というやつだ。もし関係があるとしてもそこへ行かなければ俺が巻き込まれる心配はない。他愛のないことだ。

 行かないのならば向こうから来るということもあるかもしれないが、その時はその時。逃げることなどどうにでもできる。



 「んで、何がいいんだよ?」

 「コーラ」

 「即答だな⁉︎」

 「そういう気分だった。ほら、早く買えよ」

 「なんつーか強請(ゆす)られてる気分だぜ…」


 ピピッ…と音がして自動販売機から飲み物が落ちてくる。

 取りながら比呂の分を勝手に押してお茶を出した。

 


 「ああ!ちょ、おまぁっ!お茶って!お茶ってぇ!」

 「いいだろ。お茶、美味しいぞ?」

 「美味しいけど、そうじゃないんだよ…!」


 比呂が拳を握りしめてお茶を一気飲みしているのを横目に見ながら生徒席に向かって歩き出す。まぁ、よくやることだ。日頃のちょっとした仕返しというやつ。

 新しくスポーツドリンクを買って後ろから追いかけてきた比呂を見て吹き出す。



 「ちくしょう、忘れてた頃にやりやがって」

 「はいはい」

 「うがぁー!」

 

 比呂が俺を置いて走り出したので追いかける。足の速さは俺のほうがよほど早いのですぐに追い抜いた。

 これでもそれなりに体育祭というものを楽しんでるのだろうか、少しテンションが高い気がする。だが、その気分も視界の端に映ったいつぞやの男のせいで掻き消えた。

 じっと俺の方を見ている…訳ではない?普通に競技をしている様子を眺めていた。 

 …こちらから関わらなければ問題なさそうだな。



 「ふぅ…勝ったな」

 「そりゃ負けるって!この中学陸上の全国大会優勝者め!」

 「それ罵れてないから」

 「知ってた」


 直射日光にさらされて熱くなった椅子へ腰掛ける。痛みや怪我なんかには強くなっているのに暑さや寒さには耐性がつかない。ついでに言えば日焼けも。

 


 「あー…これ、明日は日焼けで痛い目にあうな」

 「完全に日光遮断してるようなそのカッコでか〜?」

 「俺の肌は弱いんだよ」


 日焼け止めを塗り、パーカーのフードをかぶった。

 本来はパーカーを着るのはダメなのだが、俺と他数名の肌の弱いハーフなどのための許可は下りている。夏場なのに着なきゃいけないのだから他から文句もあまり出ない。まぁ、一部の女子からは出ているが。



 「で、今はなんだ?」

 「綱引きだな!あ〜、俺もやりたかったなぁ」

 「来年やるからいいだろ」

 「だって来年もいっちゃんと一緒だとは限らないじゃん?」

 「まぁな…それは要するに勝ちたいだけか」

 「そうとも言う〜。ま、普通に綱引きもやりたいけどな」


 やれやれと肩をすくめ、観客席の方へ視線をやる。

 …目が合った。

 夏場なのにもかかわらずスーツを着込み、顔に笑顔を貼り付けた男は俺に向かってひらひらと手を振り、俺のICケースを片手にそれを指差す。



 「いっちゃん?どうかしたか?」

 「…何がだ?」

 「いや、変な顔してるから」


 無意識に苦笑いが浮かんでいたらしい。

 自分の頬が引きつっていたのを戻す。そしてその言い訳を適当に語る。



 「いや、綱引きの一番前の引きずられてるのを見てな」

 「あ〜。スッゲェ引きずられてるもんなぁ。ま、それが面白いんだけど!」

 「そうか…?」

 「おうよ!」

 「お、おう。そうか」


 先頭で綱を引く男子生徒に目をやり、ズルズル引きずられてくのを一通り眺めた後、再び観客席へと目をやる。

 その男は未だその無意味な行為を続けていた。しかもそんな行為をしているのに周りの人たちは目もくれない。まるで見えていないかのよう…この間のあの男の言葉からして本当に気付かれていないなんてこともあるかもしれないな。気配を消してだのなんだの言っていたのだから。



 「…馬鹿らしい」

 「なんか言ったか〜?」

 「いや、何にも」


 どうするべきか…?

 このまま放置した場合にこちら側に被害を及ぼさないという確証はない。だが、わざわざ行くというのも勘弁願いたい。



 「…行っておくか」

 「お?どうした?」

 「いや、次の競技までの時間ここにいるのが嫌になっただけだ。暑いし日に焼けるし」

 「イケメンも大変だなぁ」

 「そうみたいだな」

 「いや、お前だよっ!」

 「知ってる」


 ふざけていた調子が一変し、比呂が少し心配そうにこちらを見る。

 悪い奴じゃないのだ。あまりこうやって騙すのは気がひける。



 「…なんだ。じゃあ日陰に行くか?」

 「そうしてくる。比呂はここで観戦してていいぞ。俺の分まで見ておいてくれ」

 「了解だぜ!後で話してやんよ!」

 「頼んだ。俺はトイレに行ってからその辺の日陰にいるから先生に何か言われたらそう言っておいてくれ」


 半分事実の言い訳を吐いて席を立つ。

 このまま放置してもいいが、それで後になって何かされたら面倒だ。その方が余計な被害を被るだろう。この際キッパリと追い払っておく。

 再びあの男に目をやり、こっちに気がついていることを確認してから歩き出す。今はあまり人のいない校舎の方向。男は同じように歩き出した。


 グラウンドから少し歩き、校舎の影を進む。

 ちょうど人気が少なくなったところで後ろに視線を感じて振り返った。



 「どうも、神野彩月さん。ご機嫌いかがですかぁ?」

 「お前のせいで最悪だよ」


 ふざけた口調が嫌に耳につく。

 男はニヤリと口を歪めて笑った。そして、元のような笑顔に戻り俺を見る。



 「あっはっは…それでこの間の件、考えていただけましたかぁ?」

 「だから余計なお世話だと言ってるだろ…」

 「でもぉ、生きづらいとは思うのでしょう?私たちに協力して、住みやすい世界を作りましょうよう」

 「断る…もうこれ以上俺に関わらないでくれ。正直面倒だ」

 「そんなぁ。またご主人様に怒られちゃうじゃないですかぁ」

 「勝手に怒られてろ」

 「ちょっとお話ぐらい聞いてくださいよう」

 「知るか」

 「じゃあお話聞いてくれるまでつきまといますぅー」

 

 どこの悪質なストーカーだ。飛んだ迷惑としか言いようがない。

 というか、この男意地でも俺につきまとう気だ。おそらく話を聞くまで本当にやるだろう。そんな目をしている。人の話を聞かない悪質な目を。



 「…わかった。手短に言え」

 「おお〜!ありがとうございます。ではでは、お話いたしましょう。まず、私たちは”魔術師”と、呼ばれるものです」

 「………」

 「あれれぇ?何かないのですか?えっ!そんな奴らがいるなんて!みたいなものは?」


 正直そこはどうでもいい。

 俺自身がそもそもそういう部類の存在だ。もし、いたとしてもおかしくはない。

 それに、どうせこれからそういう話をされるのだろうから今から反応していては疲れるだけだろう。早く話を終わらさせ、戻ることを考える。



 「ない。さっさと続けろ」

 「ええまぁ…そう言われるのでしたら続けましょうか。リアクションが薄くて残念きわまりませんが。ええ。では、次に言うべき情報はなんですかねぇ?手短に話すのですから…あぁ!こんなのはいかがでしょう?私たちは魔術師とそうでない人との共存を目指しているのです。協力してはくれませんか?」

 「勝手にやってろ。俺はそんなことに関わるつもりはない」

 「えぇ…ですが、共存がなればいままでに救われることのなかった重症の患者は救われ、他国との戦争の恐怖に怯えることもなくなり、ひいては全人類の幸福へと繋がると思うのですよ?」

 「俺は今のままでも十分だ」


 そう、十分。

 そもそもとして、これ以上何を求めろというのか?

 少しばかり風変わりではあるが良い両親と兄貴分、気のいい幼馴染…他に何を求める?世界平和なんてものは俺には今は関係ないし、不治の病も今のところ関係ない。必要な時であれば藁にすがるような気持ちで関わろうとするかもしれないが、今はあり得ないというより他ないだろう。



 「では他者がどうなろうが知ったことではないと?」

 「そうとも聞こえるか…まぁ、あんまり違いはないな。おれは俺の目に入る範囲内じゃないというならどうでもいい。世界平和だなんだっていうのはいままでだって世界中で騒がれ続けてきただろ?今更変わろうが知ったことじゃない。このままで、いい」

 「ふむ。そうですか…あぁ、そうそう。では、こんなのいかがですか?」


 男はニヤッと笑みを浮かべた。

 そして、俺のことを指差す。

 


 「その体の秘密…知りたくはありませんか?」

 「俺の…体?」

 「えぇ。なぜそんな肉体で生まれたのか、なぜその肉体はそんな能力を持っているのか…興味はありませんか?」

 「…普通だろ?」

 「そんな、小説のように鍛えれば鍛えるほどに”進化する”なんていう体、おかしいとは思いませんか?そんな体の人間が普通に生まれるだなんて…まさかぁ思ってなんかいらっしゃらないですよねぇ?」


 ”進化する”なんて言い方は俺の体を本当に知っていなければ吐けないはずのセリフだ。この男はまるで何かを知っているかのように俺に向かってそう言った。

 思わせぶりな態度を取っているだけかもしれない。

 だけど、そう言われて初めてこの男が言っていること本当であるようにも感じられた…感じられてしまった。

 


 「何を…知ってるんだ?何を言ってる?お前は一体…!」

 「私たちに協力していただけるならお教えいたしましょう…おっと、誰か来るようです。では、これにて失礼いたしま〜す」

 「おい!ちょっと待て!」

 「お話は…またの機会にいたしましょう」

 

 スゥッと男が目の前で消えた。

 それとほぼ同時に後ろから視線を感じて振り返る。



 「あれ?いっちゃんどうしたの〜?」

 「し、新兄か…」


 見覚えのある顔に少しホッとする。

 そしてさっきの言葉に少なからず動揺した頭を落ち着かせようとこっそり深呼吸をした。



 「まだ途中だったと思ったんだけど、どうしてこんな場所にいるのさ?」

 「いや、別に…ちょっと日陰に来てただけ」

 「そか」


 俺の体…こんな体に生まれた理由があるというのだろうか?

 前に一度、俺の体について調べようとしたことはある。だが、子供であったということに加えそんなことができる知識もなかったということもありその理由は見つけられていない。ただ、その時の努力の結果に出した結論は、生物学的には俺はただの人間だということ。血液検査や何やらと調べられるものはやりつくしたが、結果はただの人間でしかなかった。

 もっと精密な検査や何かができれば別の結果が出るかもしれないと思ったが、そもそもそんなことに使える金はなかったし、そこまでして知ろうとも思わない。”そういうふうにできている”と思えばいいだけの話だ。

 …そう納得したはずだ。



 「というか新兄はなんでこんな場所に?帰ったんじゃなかったのか?」

 「ちょっとお世話になった先生に挨拶に行ってたんだ〜。いつの間にか教頭になんてなってたから驚いたよ」

 「へ、へぇ…」


 だが、あの男はその理由について知っているような言い方をした。

 俺の体がちょっとばかり丈夫だというのが知られているのは別にどうでもいい。だが、その理由を知っているというのはどういうことなのか。

 単なる嘘という可能性もある…いや、本当は俺を誘うためだけのただ嘘だろう、きっと。もしかしたら本当かもしれないという可能性にかけて関わりに行く価値があるのか?



 「どうかしたの?というかさっきまで誰といたの?なんか話し声が聞こえたような気がしたんだけど」

 「…気のせいだろ」

 「そう?まぁそうならいっか。じゃ、僕はお昼食べてからまた来るね〜」

 「ああ」


 新兄が手を振って歩いていった。

 そういえば、新兄だって変わったところは多い。そもそも俺の周りには変わった者が多い。

 そうだ、今更だ。今更そんなことを気にする価値がどこにある?俺の退屈を妨げるほどの価値が、どこにある?



 「ない、はずだよな…」


 ”その可能性にかけてみたい気持ち”と”そんな意味のないことをする価値はないという気持ち”の混ざったまま昼休みに入るという放送を聞いた。


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