3-2.お土産をもらったよ
ゲーム機器をテーブルに置き、煙管に刻みたばこを詰めて火を入れる。
外見もわざわざ少しずつ変えているけど今の僕の外見年齢はどう見ても20過ぎているかいないかの境目あたり。一度僕の身体がそのまま歳をとった場合を姿を模してはみたものの、個人的に気に入らなかったため相当若作りな顔になっている…まぁ、歳をとった姿をすればいいんだけど、その姿があまりいい感じじゃなかったんだよね。大概は歳をとれば貫禄が出るものだけど、僕は歳をとるとくたびれたようになるだけの人だったんだよ。これはわざわざクローンを作って実証済み。というか、そのクローンをちょっと作り直したものを入れ物にして今この世界にいるわけだし。
だから、少しばかり目元が優しくなったとかだけで昔とあまり変わりない顔をしている。
「ふぅ…」
要するに”僕には年上っぽさが足りない”ということでタバコを始めたんだよ。ちょうど向こうの世界の王様にもらった煙管なんかがあったからさ。
味とかが好きなわけじゃない…というか、そもそも身体の年齢が上がっていないから渋みとかを美味しく感じられないんだよ。というかもはやタバコが入っていなくてもいい。なんか咥えてると落ち着くんだよね。見栄えのためにタバコというだけで、別に棒つきキャンデーでもいいと思う…代わりに貫禄が消え去るけど。
「…さて、お仕事に行こうかな」
時計を確認すると4時40分。時間的にもちょうどいい。
髪を整え、服を着替え、ベルトにカードケースを取り付け、ノートパソコンなどの入った鞄を持つ。
「ティアラ〜、行くよ〜」
「ぅふにゃ」
お気に入りの座布団の上で欠伸をしているティアラを呼び、家を出た。
鍵を閉め、庭に作った車庫というには随分と小さいそれを開ける。その中に止めてあった僕の車に乗り込み、鞄を後ろへやってティアラを横に座らせエンジンをかけた。
僕の車はイセッタというイタリア車を元に自作したもの。飯田先輩たち魔導機械工学に携わる人たちを呼び寄せ、今の世界ではありえないような機能が満載な車だ。この車は相当古いもので、内部も今の車からは想像もつかないようなものだけど、それをいろいろいじくりまわして魔改造した。言葉通り魔法で。
その結果、外観はまったく変わらずに内部のシートや壁は今の車と大差ない…というかそれにも勝るほどに快適。ただし、元の良さを失わないように頑張ったから未だレトロチックな感じは残っているよ。本来はないようなボタンやらレバーやらがかなり増えちゃってるけどね。
「…じゃ、しゅっぱ〜つ」
まぁ、こっちの世界にはないような技術でいじくりまわしたせいでガソリンでも電気でも魔力でも動くし、その気になれば空が飛べるし、下手な乗用車よりも速く走れる…確か、最高速度220km/hだったっけ?でもそんなスピード出すと車の形の問題上曲がれないし、運転すごいしづらくなるからそんな速度は出さないけどね。
というかそもそも趣味でやったものだし、まともなものじゃないのは仕方ないでしょ?一応ちゃんとガレージには一般的な車もあるし、バイクも置いてあるよ…まぁ、バイクは空飛ぶけど。
「えぇっと〜?」
運転の片手間にスマホをチェックする。
今日のお仕事は教会の方ではなく、個人的な方。その連絡の確認をしていたのだが、案の定連絡はない。まぁ、いつも通り家にいるのだろうから乗り込んで行こう。
訪ねるのは協会側の情報を運んでくれる人。普段は本部にいるのだが、たまに帰ってくる。今日は帰ってきたという報告があったからお土産をもらいに行くのだ。ああ、もちろん帰ってきたのは昨日今日の話じゃないよ?流石にそんなところへ押しかけるほど僕も非常識じゃない。
一応の連絡を入れて、家まで車を走らせる。
その人の家はこの辺じゃなくて東京の方にあるんだよね。なんか高級マンションの最上階に住んでるような金持ちだし…というか高級車だったり、腕時計だったり、装飾品だったり、ありとあらゆるものにお金を使ってるのに、なんであの人のお金はなくならないんだろうね?例えば僕の持ってるもう一台の車だってこの人がくれたやつだよ?普通に自分で買おうと思ってたのに買ってくれちゃったからその余ってしまったお金でこの車作った訳だし。
…一体どこでお金もらってるんだろ?仕事聞いても「いろいろ…であるか?」とか言うし、便利屋やってるのは知ってるけどその内容について話すことがなかったから知らないし。というか、たまたま本部にいるときに仲良くなっていろいろ融通してもらってるような仲だけど、実際彼のことを僕はよく知らないんだよね〜。まぁ、信用に足る人物だとわかってるし、僕に対して嘘はつかない人だし、なにより楽しい性格してるからね。
「…そういえば、朝ご飯どうしよっか?」
「にゃ?」
「そうそう。ティアラの分考えてなかったんだよ〜。ごめんね?」
「みゃぁあ!」
「ははは〜。で、僕の分は適当にファストフード店とかにでも行けばいいかな〜って思って出てきたんだけど、ティアラの分はどうする?」
「にゃ!」
「ちょっと待ってね、離れててわからない」
「にゃ!」
「あ〜、わかった。うん、じゃあそうしようか」
僕の横腹に頭を押し付けてるティアラを助手席の方へ転がして、高速道路を降りる。
ティアラはしゃべることができない。無論、僕が多少いじったから頭は普通の一般人よりもずっといいけど、声帯が猫である以上人間と同じ言語は話せないのだ。そのため、ティアラには幾つかの能力…正確に言えば”スキル”を流用しこの世界に適用するように作り直したものを持っている。その一つがこれ。頭を当てれば思考を送ることができるというもの。
…まぁ、かれこれ十年以上一緒に過ごしてるからある程度は普通にわかるんだけどね。
「あ、返事が来た」
通知音の鳴ったスマホに目をやる。
”おはようござます!( ´ ▽ ` )ノ”なんていう普段の口調とかけ離れたバカみたいな件名が付いていたのでそのまま画面電源を切った。重要なことが書いてあろうとなかろうと知ったことではないし、そもそも彼は重要なことを書くときにまでふざけはしない。
それから少しした距離まで行き、コンビニでおにぎりと缶詰を買ってから彼の家に向かった。
「やぁやぁ、新殿。今日も一段と煙くさいではないか。この時代煙のあるタバコを吸うなど貴殿か余程の物好きぐらいであるぞ?」
「まぁ、税金のせいで高くなったし、癌のリスクだなんだって健康志向の人も増えたからね〜。というか、なんでこっちまで迎えに来てるの?まだ結構距離があるんだけど?それに僕と行き違いになるってことは考えなかったのかな?」
「なにを。我輩が貴殿の匂いを嗅ぎ違えるなどということがありえるわけがないであろう?さ、乗せてくれたまえ」
「もう満員だよ〜。ね、ティアラ」
「にゃー」
「そんな……では仕方があるまい。我輩は変身して走って行くとしよう!」
「うん。やめようか〜?」
「では車に乗せてくれたまえ」
「無理。というかバイクか何かで来ればよかったのに、なんで歩きなの?」
「たまたま外に居たのだよ。そこへちょうど連絡が入ったものだ。参上しないわけにはいかないであろう」
「はぁ…じゃ、家の前で待ってるから頑張って走ってきてね〜。変身は禁止」
「やれやれ…では走るとしよう!『形態:獣』」
「…言ってるそばから」
犬耳を生やした青年がまだ薄暗い街を駆け抜けていった。
彼の家系はその名の通り変身…他種族の特性をその身に取り込み変化する。彼はその家系の中でも特に扱いが上手い。秀才、天才、鬼才…彼の協会での評価がそれだ。彼の家系、計良家では種というものについての研究を続けてきていた。まぁせいぜい筋力をちょっと強化する程度のもの…だったのだが、彼は彼一人でその魔術をほぼ完成と言えるまでに引き上げた。
彼は長く続いてきた家でありながら魔術研究の進みの遅さから見下され続けていた計良の救世主。しかも内容がかなり高度であることまで証明したのだから彼は教会内でも有数の地位を得ている。更に言うのであれば身体の変化自体は色々なところでやっているが、計良のものは別格。なにしろ…
「魂の情報を書き換えまくれるのはこの世界では僕を除けばここだけだもんね〜…」
身体の変化はどこでもやっている。ただ、それはロボットのパーツを付け替えるような物理的で強引な変化。例えば鬼を作ろうとすれば、人の身体のあちらこちらを魔術によって作り上げたものと入れ替え、筋肉や神経を魔術によって強化して作り上げる。魂のない人造人間は魔術では結構普通に作られるものなのでパーツを持ってくるのはたやすいのだ。そもそも魂ある人造人間は生命系統の魔術の到達点ですらあるのだから。
少し話が逸れたね。
で、それに対して計良は魂の一部に干渉して別種族の情報を加える。犬や猫などの哺乳類に始まり、鳥類、爬虫類、両生類、魚類と様々なものの情報を加えて自身を変化させるのだ。初めからそうであったように書き換えるから作られた使い魔のような拒絶反応が起こる可能性はない。ただ、定着する前に戻らないとちゃんとした人間には戻れなくなるという問題点があるけど。
その証拠に彼は耳と鼻が異常発達している。
駐車場に車を止めて、マンションの前に立っている彼の元まで歩いていく。
「やぁ、遅かったではないか」
「人に見つかったらどうするのさ」
「コスプレだと言い張らせて頂こう!」
「どうしようもないね〜…ほら、早く中に入ろう。外はあっついよ」
「そうであったな!早くそうしようではないか」
今更気がついたように彼は自動ドアの先へ進む。
エレベーターに乗り込み、着いた先でたった一つしかない扉の鍵を開けて部屋に入った。
相変わらずの豪華さ。フロアまるまる買い取って壁貫いてもはややりたい放題なこの住居…まぁ、魔術師なんてどこもそんな感じだけども、ここのはそんな中でも頭一つ抜きん出ているというより他ないね。大きな屋敷に住むような人は多いけど、こんな都心でお金を湯水のように使って作られた部屋に住むような人は少ない。
リビングのソファーに腰掛けて、コンビニのおにぎりを食べ始める。場違いな感じがすごいけど、気にしない。
「で、今回は〜?」
「ふむ。聞いて驚け…我輩、今回はやったぞ!ここまでのものを持ってきたとなれば新殿も驚くであろう!」
「驚くも何もないよう言ってからじゃないと無理かな〜」
「む。そう急かすでないぞ」
「別に急かしてるわけじゃないよ〜。で、なに持ってきたの?」
「…ふむ。引っ張り過ぎるのも良くない。では、驚け!今回はこれである!」
彼はテーブルの上へ、ドンと一冊の本を置いた。
題名は”|The story of magicians《魔術師たちの物語》”…魔術師の祖たちの魔術師を生み出すまでの物語の描かれた魔術師たちの中ではかなり一般的な絵本。子供の頃からこうやって魔術の世界へと入っていくのだが、そうじゃなかった僕でも一度は読んだことがある程には知られている。
「見覚えがありすぎて驚きようがない気がするんだけど?」
「うははは…!だが驚くのはこれから。これはその原本であるぞ!」
「…へぇ〜。原本ねぇ?なんで原本なのにフランス語じゃなくて英語なの?本部があるのはフランスだし、発祥の地もフランスだったと思うんだけど」
「著者がイギリス出身ゆえな。両親はドイツだったと思うが…まぁ、とにかく読んでみるがよい!」
「はいはい。そんなに急かさなくって読むよ〜」
本を開く。
初めの内容はどこも変わらない。
だが、読み進めていくうちに気がついた…少しばかり長いのだ。僕の読んだことのあるものはほんの十数ページのもの。だが、これは30ページほどある。
「叡智の書…こんなところに書いてあったんだね〜…?」
「そう!この本には叡智の書についての確かな記述がある。我輩ですらも叡智の書については魔術の到達点であるということのみしか知り得ていなかったのだが、これによりその存在が明らかになったのだよ」
「ふ〜ん…でも、これは多分、君たちの目指すべきものでありながらにして触れるべきではないパンドラの箱でもあるようだね〜?」
物語の終わりは叡智の書と始まりの魔術師とその祖である人物が光となって消えるというもの。世界の叡智へたどり着きその叡智と一体化したなんて誤魔化しているが、これはどう見ても世界に飲み込まれたっていうやつだと思う。
多分、魂か何かの塊だったんだと思うよ。同じような現象が起こるのが予測できるし。
「…であれども、我輩は叡智を求めるぞ。そこが我が祖の宿願であるというなれば、それを果たす。それこそが我輩の務めであり命運」
「まぁ、頑張ってね。僕がそれを必要とする時があれば、協力を求めるかもしれないし、協力するかもしれない」
本を返す。
彼はにっこりと笑った。
「それは是非もないことであるな!」
「そうね〜」
それから別の部屋へ走り、彼はヨーロッパ土産を色々と披露し始めた。
気に入ったチーズを塊で買ってきたり、好みのワインを樽で買ってきたり、相変わらずであったということは言っておく。
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