3-1.退屈を危ぶむ
別に興味がわいたわけではなかった。
そもそも俺の退屈を揺るがすような事態に用はないし、巻き込まれようとは思っていない。
第一にあれが本当だという確証もないどころか怪しいとしか言いようがないのだから。
『なぁ、エクレイム。昨日のあの男、どうしたんだ?』
『ん〜?ああ、あの人?心が汚かったから掃除しておいたよ〜』
『掃除って…』
『何?興味でもわいた?今度対人用のおふざけ教えてあげようか〜?』
『いや、結構だ』
アナログパッドのついたリモコンを振る。
視線に入っていたゴブリンが赤いエフェクトを残して消えた。
『というか、アヤツキはなんであんな人に絡まれてたの?』
『わからないな』
『【ファイアー・エンチャント】〜っ!』
飛んできた矢を新兄が杖で叩き落とした。そして、杖にエンチャントをかけて殴りに走る。
”この世界が生きづらい”そう思わないわけではないが、もし俺のようなのが平気で外を闊歩するような世界になったら嫌だとも思う。俺の体は外見以上の力を秘めている。そんな人間があちらこちらにいる世界なんて知りたくはない。
…きっと、そんな世界でもやはり俺は異質だから。
昨日の炎に包まれた男。あいつは俺を殴ろうとした。直前で新兄がタワシを投げつけていたが、そんなことをしなくても俺は怪我をしなかったと思う。なにせ鍛えて怪我して治ってを繰り返したこの体は、一般人とは比べ物にならない強度を誇っているのだから。さすがに刃物なんかは刺さるが、衝撃であればある程度は耐えることができる。殴る蹴るなどはほぼ痛くない。自転車に轢かれてもかすり傷すら負わなかった。そんな人間…やはり異質だろう。
『さて、片付け終了〜』
『ドロップは?』
『イベント前のランク上げだし…あ、欲しかったら持ってっていいよ〜』
『じゃ、回収してくる』
俺たちの視界の周囲数十mに転がる”小鬼の角”や”蛮族の血”などに視線を当てて回収していく。
新兄からすれば微々たるものだし、ランクの低いアイテムだからいらないのだろうけど、今の俺の装備品の強化にちょうど必要だったので回収させてもらう。雑魚モンスターでも強化などに使うアイテムをドロップするのがこのゲームの難点だと思っている。どうしてもそういうことには時間を食ってしまう。
『…それで、新にじゃない。エクレイムはあれと何か関係あるのか?』
『知らな〜い。そもそも絡まれてたのはアヤツキなんだから僕が知るわけないじゃん』
新兄は知っていてもきっと答えはしない。それにリアルの表情を読み取って表示される顔も嘘をついているようにも見えなかった。
…このことは今は忘れてゲームを楽しもう。知りたくない現実に興味はない。せいぜい関わらないようにうまくやろう。
『それもそうか…ところで次のイベントって何だった?』
そんな思考を端に追いやり、ゲームに頭を戻す。
このゲームではクランを建てることができる。そのクランにはランクが存在し、俺たちはそのランク上げのために”クエスト”を端から片付けているところだった。
『クラン同士の対戦みたいだよ〜。領地取り合うやつ』
『ああ…じゃあ、今回も新兄の一人勝ちだな』
『いやぁ、どうだろうね?旗とりだったら僕が先行して突っ切るんだけど、今回は砦を落とすらしいからさ』
『…前回の新兄ので運営も学んだんじゃない?』
新兄のキャラクターは銀色の羊…本人曰く鉛色らしいが、とりあえずそれなりに率の低いレア種族。羊は獣人種の中でも特にDEXの高い種族で、アサシンとか忍者とかの手先の器用さが必要なジョブの向いているやつだ。このゲームは操作方法が3パターンあり、DEXが高いと”semiauto”と”controller”操作の場合は攻撃の命中率とクリティカル率が上がる。ただ、新兄は"Unhepled"という武器の動きに補助の一切ない操作方法でやっているために意味はない。ちなみに俺は”semiauto”。リモコンを振ると多少のズレを自動で修正して当たる距離であれば敵に当ててくれる。
話を戻す。それで新兄は近距離戦闘のジョブを選ぶべきなのだが、新兄は戦闘職どころか”魔導師”という後方支援職。多分”魔法使い”を選ばなかったのは魔法使用中に移動ができるからだと思うけど、それでも獣人種の利点を叩き潰すような行為であることに違いはない。
そんなジョブ選択をした新兄だが、ステータスはレベルアップで上がる分以外のステータスポイントをMPとINTにほぼ極振りしている。MPとINTの上がりにくい獣人種で魔法系ジョブを選んだのだから当然だが、おかげで数発の攻撃を受ければ死ねる。ただ、種族としては移動速度や回避性能が高いので新兄は持ち前のプレイヤースキルだけで逃げ回ってやっていた。
『うん、まぁあれは大人気なかったと思うよ?』
『大人気ないとかそういう問題じゃなかったと思うんだが』
『そんなことができるようにした運営が悪いね〜』
このゲームにはどのゲームにでもあるような”スキル”があり、そのスキルは使えば使うほどにLvが上がり、Lvが上がるごとに使用できる魔法やアーツが増える。
魔導師の初期スキルは”魔導”、”杖”、”MP回復速度上昇”で、そこに自分で初期選択のスキルを加えた形にするもの。あと、魔法系等のスキルには”魔法”と”魔導”があり、魔法は”〜魔法”という属性ごとなのに対して魔導はそれ一つで全ての属性を網羅できる。無論、その代わりにLvが非常に上がりづらいし、初期で覚えるのはエンチャントとかのしょぼい魔法なので完全な大器晩成型のスキル。ただ、魔導は魔導師のジョブを選ばないと手に入れられないので転職して入手する必要があるのだが。
『あ、でもほら、今でもできるんだからこれは正式な使用だよ?』
『いや、普通やろうとしてできるものじゃないからな』
魔導師と魔法使いのジョブの大きな違いは詠唱。
魔法使いは詠唱を実際に言葉にしないといけないが、魔導師は詠唱を魔法陣を描くという行為で代用できる。このゲームで魔法陣を描くにはリモコンのボタンを画面に出てくる通りに打ち込むだけでいいので使い勝手がいい。また、声を出すのが恥ずかしいとか嫌だというプレイヤーに喜ばれる仕様だ。
『簡単だからやってごらんよ?』
『無理だろ』
『え〜』
武器のアーツはそのアーツを音声認識で呼び出して、視界に出る青いラインに沿ってリモコンを振るうだけ。それによって通常の攻撃以上の威力が出る。ただ、PvPなどではアーツのモーションは決まっている上にそのアーツの発動したラインは敵にも見えるので回避はたやすいため滅多に使われない。
新兄はそれを利用して『バカメ』と文字を出しながら走っていたのだ。なんか、アーツの同時起動というわけのわからないことをしているらしいが、チートではないという。方法としては複数音を同時に発音するという人間離れしたことをしていた。新兄本人が動画投稿サイトに上げていたので間違いはないのだが、これはできない。しかも、そのラインに従いリモコンをふるえば言葉通り同時攻撃ができる。アーツはそのラインに従いリモコンが振るわれた後から開始されるものを複数アーツですればその複数のアーツを同時に発動するのだ。
ただ、同じ手を使うアーツ…例えば【一閃】と【三段斬り】なんかを同時起動とかは不可能らしいので、移動と杖の同時起動なんかをしている。
『というか、クラン人数足りないんじゃないのか?』
『ん〜…そうだね。確かに3人か4人で守るのはちょっと辛いかも』
前回は新兄は旗を”装備品”として武器にしていたが、今回は城か何かを守るのだ。装備できる旗だったから可能だったあの特攻はもうできない。
というか、なぜ旗を槍として装備できるようにしたのかがわからない。多分、勝ち残ったクランへのイベント報酬のつもりだったのだろうけど、それでもイベント中に装備できるようにした意味がわからない。おかげでその旗は新兄が1人で独占してしまったし。
しかも本人曰くこんなネタ装備を逃す手はないだとか言っていたが、結局クランの人数分だけ残してプレイヤーに売り払ってたのだからもうどうしようもない。
『誰か呼ぶか?俺、学校で声かけてみてもいいけど』
『いやぁ、面白いからこのまま行こうよ〜。もうちょっとで魔導のLvが上がって大規模魔導を覚えるからさ』
『…それってフレンドリーファイアできるやつか?』
『そのと〜り』
『分かった。じゃあ、頑張ってLv上げてくれ』
ちなみに、その旗は現在新兄のデザインしたシンボルマークが描かれてクランの家…というか一種の城を飾っている。マークは天使がスライムを抱きかかえるという意味のわからないものだが、描いた人がうまいせいでゲーム内ではかなり好評だ。
『さて、じゃあ次のクエスト終わらせようか〜』
『そうだな』
クランのランクは本拠地である家が城じみた豪華なものなのに対し未だ13。新兄が暇つぶしに狩りに行くモンスターのせいで金は有り余っているが、その倒すモンスターのランクが高すぎてクエスト達成したことになっていない。
クランランク13のクエストの対象モンスターといえばゴブリンやスライムなどの雑魚モンスター。対して新兄が狩ってくるモンスターはドラゴンやサイクロプスなどの60あたりのボスモンスター。クエストに表示されていない魔物を倒してもクランランクは上がらないため、俺が入った当初についでにあげた分の9までしか上がっていなかった。前回はクランランク5以上が出場資格だったのだが、今回は15。そのためにクランランク上げに勤しんでいるのだ。というか、そもそも現在の最高ランクが56なのに新兄は一体どうして倒せるのだろうか。このあいだの攻略情報でようやくクラン全員でドラゴンを狩ったと言っていたのだが…
『えっと〜…次のは竜の卵の納品とレッドチェリーの納品とブルーチェリーの納品と鉄鉱石の納品かな?』
『なんでそんな納品ばっか残ってんだよ…』
『アヤツキが討伐系を端から終わらせちゃってたからでしょ〜。おかげで討伐系は溜まってたけど、納品系が全然足りないんだよ?』
『…ああ、そういう』
クランランク20までは討伐系よりも純粋な素材納品系のクエストも多くあり、クランランクを上げるには討伐系と素材納品系の両方を一定数以上クリアする必要がある。クランランク20を超えればモンスターの素材の納品だったりするために素材納品が楽になるのだが、それまではいちいち草むらをあさったりしないといけない。
悪いのはそもそもあげていない新兄なのだが、そういうのばかりが残っている原因は俺がLv上げついでに片付けられる討伐系を端から済ませていっていたからだろう。なにしろ純粋な素材集めには時間がかかる。
『まぁ、それが終わったら14へあがるからさ』
『やっとか…』
『その後もチェリー系の収集はあるからついでに貯めておこうね〜?』
『はいはい』
まぁ、どちらにせよ俺は悪くない。そもそもクランを建てた理由がひどいのだから。
新兄がこのゲームを始めたのがβテスト時…なんでも、装備とか装飾品のデザインに関わったので実際にそれのチェックがしたいという名目だそうだ。まぁ、実際ははただ単にやりたかっただけだが。
それで参加していたβテスト時に新兄はクランを組まずにひたすら検証ばかりやっていて、そのままに本製品版に入ったからβから組んでいる同士には入れず、本製品版からの人とはレベルが違いすぎてクランに入れたくないと言い、結局俺を含み5人だけのクランになった訳だ。もはやパーティだとしか言いようのない人数なのにはツッコまないでいただこう。それでもクランを建てた理由はクランじゃないとイベントに参加できなかったから。
本当にどうしようもない。
『チェリーはどこだったっけな〜』
『向こうだろ』
武器を振り回しながら移動していく新兄を見て苦笑いを浮かべる。一見するだけではわからないだろうが、やっていることが完全に効率厨だった。
新兄の武器は新兄がゲーム制作時に頼み込んで作ってもらったもの。無論素材入手や作成は自力で行ったらしいし、性能もチートではない…いや、むしろ杖としてはゴミもいいところ。
武器名”呪祭具アルカディアの宝杖”。細かい設定等は制作側が考えたが、性能とデザインは新兄がした過剰なまでの装飾と禍々しい闇色のオーラをまとう新兄の背丈ほどの長さの武器だ。性能は通常の杖の1.5倍弱、直接攻撃を当てるたびにMPを回復するが名前に付く”呪”という名の通り代わりにVITが10%ダウンし被ダメージが確率で5%上がるという呪いを受けるもの。ちなみに耐久値はない。
確かに一般的な武器としては性能が高い方だが、杖だから魔法系のジョブしか基本的に使わないし、なによりこれを前衛で振るとすぐに殺される。
新兄は空中に飛んでいる虫モンスターを叩き落としながら、MPを回復していた。
適当に叩いてヘイトを稼ぎ、近づくものから順番に叩き落としてを繰り返している。
『あ、あった。アヤツキよろしく〜』
『エクレイムもやれ』
『ちょっと待って〜、これ片付ける【フレイム】』
自分を巻き込む炎のエフェクトが巻き起こり、少しばかりHPの減った新兄が現れた。
魔導で回復をして、素材になる前のモンスターの死骸を叩いてMPを回復している。
『これでよし。で、アヤツキは今日何時までやるの?』
『あと1時間で落ちる』
『りょうか〜い』
明日も学校だ。
少なくともゲームをしている間は余計なことを考えずに済む。一応あの男は新兄が叩きのめしたらしいが、どうせまた同じような勧誘が来るだろう。あの手の輩はいつまでもつきまとってくる可能性が高い。いい迷惑だ。
俺はただ退屈していればいい。そんな世界に興味はない。
そう、興味はないのだ。
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