2-2.そもそも手遅れだったらしいね
「まったくもっていい迷惑だよ」
情報を受け取り、現状を知ってつぶやいた。
うちのふざけ気味に振る舞う密偵は情報だけはきちんと持ってくるのだからどうしようもなくため息が出る。
どうやら、僕が行くよりも早くその場所は見つかり、協会側に伝わらないようにすでに情報の上では後始末がなされていたらしかった。僕が行った意味なかったね。まぁ、そのおかげで離反した側にはすでにいっちゃんの情報は伝わったわけだけども。
「ティアラ、人使いならぬ猫使いが荒くて悪いんだけど、お仕事頼まれてくれる?」
小さな頭に手を当ててお願いする。
「にゃぁ〜う」
「はいはい、ご褒美も用意しておくよ」
小魚でも用意して待っておこう。
そんなことを思いながら猫用の扉から出かけて行ったうちの使い魔の後ろ姿を見届ける。うちのティアラは優秀だ。ちょっとやそっとじゃ死なないし、そもそも見つかることがないし。
「…さて、面倒なのを端から片付けようかな〜」
部屋中に置かれた紙を眺める。
最近の協会本部の内情、ここら周辺の状況、離反者たちの動き、協会の者たちのやりとり、どこにも所属していない魔術師たちの行動の数々、公表された研究や実験の結果…そこから導き出されるのは、どう考えても手遅れとしか思えない現状。
「もう限界かなぁ…あっちこっちで手は回してみたんだけど、どうにも失敗くさいし。はぁ…」
今時めっきり見なくなった煙管なんてものを吹かしながらため息をつく。
ここ近年、世界中で1年につきおよそ1000件ほどの頻度で魔術師による事件が起こっている。しかもそれらは巧妙に隠されてはいるが戦闘したと思われる形跡だ。
そしてその約6割は離反者たちとのいざこざ…だが、重傷者も死者も共に出ていない。程よく被害を出し合って牽制しているのだ。でも、単純に計算すると大体1日当たり2カ所で争いを起こしているということになるのには違和感を覚えないだろうか?そんなに多くの離反者が出ると言う事実に対しても。
「…まぁ、そっちは今はどうでもいいから近場から片付けようかな。というかほぼ真実は掴めたし」
協会がゴタゴタしているのは年中なのでとりあえず放置する。
今の問題はここ周辺の周知されている事件だ。
もっとも最近なのはうちの勇者のやらかしたあれ。もっとも、どこかの魔術師が魔術の実証で山を走り回ったという事件として処理されているようだけどね。
その前はそこから2月ほど遡って冬場の受験シーズンだったりする時期。高校受験生が数名行方不明になったというが…その受験生、調べてわかったのは僕らの学校の生徒の子供だったということ。
で、さらにその前は集団で魔術師たちが対峙し戦闘したというあまり見ないケースの事件がアメリカの方で起こった一週間後に魔術師が実験の失敗で家を一つ吹き飛ばした。表向きはガス漏れということになっているし、何もなかったかのように片付けられているけど、よくよく調べれば本当になんてことのない一般家庭の家だったらしい。
…おそらく、別の場所で同様の事件が起こってるからそれとこっちを混合してごまかしてるんじゃないかな?
「それより前もあるけど…見るべきはそこ以降かな」
そこより前はなんてことのないいたって普通の事件…離反者との戦闘のケースだ。これは除外する。なにせ回避しやすいから放置しても問題がない。
…今回はたまたま間に合わなかっただけだよ?離反者たちが山の件に疑問を持って調べ始め、その情報の裏が取れて離反者たちに伝わったのが一週間前、それを密偵が知ったのが昨日の夜中で、今日僕に伝えるよりも先に仕事として下されてたおかげでさ。
それはもう置いておくとして、問題はそれより後の話。事実、魔術師たちの記録あったものと違う事件っていうのはざらにあるのだ。なにせ”人をいつどこどこで攫いました”何ていう報告を直接的に上げて、なんらかの拍子にそれが一般の目に晒されるようなことがあったらシャレにならないからね。一部の人にしかわからないように隠語を用いて記録されてる。
でも、こうも明らかに違うっていうのはあり得ない。隠語とは言ってもせいぜい”人を攫う”のを”備品を調達する”とかいう程度のいくらか想像のつく書き換えをするからだ。一般家庭で魔術の暴発なんて明らかにおかしい。
「最初がここで…次がこっち。で、その後はここで、最後がこの場所…と」
そんなおかしな事件は数カ所で起こっていて、実際に調べ上げたところわかっているだけでも国内外全部では40数ヶ所、国内だけでも10ヶ所ぐらい…そして関東圏だけでも4ヶ所。というか最近の4ヶ所が関東圏内だ。
あちらこちら…始まりは協会本部のあるフランス、そこから西アジアに移り、次はオーストラリア。さらにアフリカを経由してアメリカ、そこから日本。まるで逃げ回っているように移動を繰り返している…というか、多分何かが逃げ回っているんだろうね。協会にとって都合の悪いものか協会がバレずに手に入れたいものみたいなのがさ。残念ながら、一通り自力で調べまわってみたけどその協会が追っているものが何なのかはわからなかったよ。それがわかれば多少の手の打ちようがあったかもしれないけど、わからないのだから何を避けるように行動すればいいのかがわからない。
「それを記録の中に埋めるために抗争を起こさせているとは思うんだけどなぁ…」
その事件が数ある事件の一つだったとでもいうかのように他の事件の中に紛れ込ませるための抗争だと思う。木を隠すなら森の中ってやつだね。だってそういうわけのわからない事件が起こった時には必ず事件数が急増するし。
離反者たちの一部にそういうことを依頼されてこなす役割の人がいると思われる…というかすでにそいつらはうちの密偵が発見してくれた。今はそこから遡って命令を出している元を辿っている。今の問題はそこに到達するよりも早くいっちゃんたちがバレたということ。
「はぁ…そもそも魔術師の歴史が長すぎるのが悪いよ。調べ始めて10年ちょっと、というかもう20年も経とうっていうのに未だ全貌が見えないってのはねぇ」
再び煙とともにため息を吐いた。
魔術師について調べ始めて早くも19年が経っている。人の身であるという弊害の元調べられたのは魔術師の詳しい歴史、辿ってきた道のり、おそらく全てではないだろうと思うけど現在協会に所属している魔術師の個人情報、既存魔術の種類、叡智へとたどり着くために行われてきた失敗の数々…そして、全ての魔術師の祖とも言える魔術師を生み出すに至った過去の人物たちについて。
それらを収集してなおこの事件の全貌が見えないんだよね〜。
面倒っていうのはこういうのを言うんだよ、本当にさ。
その狙う対象と狙う目的がわかれば誘導くらいはできるのに、何も尻尾をつかませてくれないあたりトップシークレットってやつだと思う。もしくは本当に一部しかまだ知られてないようなものか、誰も興味を持たないようなこととか、知りようのないものか…ともかく、良い迷惑だよ。
「…さ、グダグダ言ってないでお仕事しましょうかね〜」
でも、それを見つけ出すのが今の僕のすべきこと。
他の方法もいくつかは考えたけど、いっちゃんが見つかっちゃった今となってはもう遅い。いっちゃんたちを計画に巻き込む前提でこれからを考えるのであれば戦う相手は間違えるべきではない…何よりうちの勇者たちのせいでね。
拓巳たちはどうせ悪とわかりきっている方には付こうとしないはずだ。だって彼らは勇者だから。
「まず、事件の関連性から行こうか…」
起こった事件は大きく分類すれば仲間集めと抗争と実験と素材集めとその他に分類できる。
仲間集めは離反者側がこちらとの戦闘に備えて仲間を増やそうとして起こっているもの。事件というかどうかは微妙なところだけど、一応魔術師たちは事件として載せているので分類。数時間前のいっちゃんの件なんかがそれに当たる。今の魔術師に不満を抱く者や特殊な者に声をかけて仲間に引き入れるのだ。まぁ、一部を除けば本当に離反している連中なので関係がないわけではないが放置。ということで除外。
次は抗争。これはそのままこっちと離反者との争い。場所や時間なんかはその時々によって変わるし、人数や規模も違う。それどころか起こるのに一定の規則性すらないのだからもうどうしようもないんだよね。まぁ、これに至っては密偵が起こるのを直前までに教えてくれるから結構どうにでもなるけど。
で、次は実験。これは普通に魔術師が実験で爆発を起こしたりすること。あまり関係ないから今回は除外。
最後は素材集めという名の人攫いその他。魔術の実験には人体、珍しい鉱石や植物や動物、その他にもいろいろなものが使われる場合がある。そのための事件。これも今回はあまり関係なさそうなので除外する。
その他に分類するのはさっきみたいなわけのわからない事件や魔術師の関わっている一般的な事件。
「これとこれが関係で、こっちと繋がって…ここで終了。その次のはこっちとこっちで、そこから抗争起こしたところと繋がっているのは知ってるからさらにこっちに持ってきて…で、そこの抗争とこっちが関連で、さらにアメリカで起きたのを誤魔化すためだとしたらこっちとこっちが繋がって、そこからこっちのとこっちのがつながることがわかる。だからそこをこっちに持っていけば、ここの上と繋がるって言ってたからそことここの抗争をまとめて、それらがこの事件の隠れ蓑ならこの事件は本当は魔術師関連だったってことで、そっちとこっちがつながることになる。で、この辺が独断専行だったと考えると、この中の誰かは本当に離反者…他の人たちから一旦分離して、そこの抗争を外せばこっちとそっちが繋がる…」
その関係を洗い出し、人の繋がりと事件を連結させる。そこの事件の中から関連性を探し、そこからさらに事件の内容を想像していく。
そうすると本当の離反者と仲間集めで呼ばれた離反者と”本当の目的”が浮かび上がってくるはず。
「………さて、これで?」
用意した世界地図には大量の事件とラインが引かれた。
事件の順番を辿れば、”逃亡者の追跡”と”隠れ蓑としての抗争”と”本当の抗争”と”なんらかの関係性があると思われる事件”に分けたものたちが繋がる。
逃亡者は抗争の始まる数ヶ月前…つまり46年近く前から逃げ続けているのが見えた。でも、それっておかしくない?そんなに長く逃げ続けるのはさ。もう下手したら老人だよ?家族がいたとしてもそれに協力し続けるほどの理由がある?それほどまでして守りたいものってなんだろうか?
「つまり…その足取りを探せばいいのかな?」
少なくとも逃げるのには協力者が必要だろう。なにせ、こんなに大きな規模の構想を起こし続けるのだ。それなりの協会の地位を持つ者だろう。で、それから逃げ続けてるというからには協会の動きを知らなければ無理。
そこを探し出す。
それから本体を探せばどの辺にいるのかがわかるはず。それさえわかればいっちゃんたちに関わろうとする不確定要素は消える。素材集めに巻き込まれても、その程度なら撃退できるし、最悪は僕が飛んでいくし。
とにかく、それさえ見つけてしまえば事件の全貌が見える。
すべての根源はそこに集約してるからね。
「…問題は、活発化し始めた動きかな〜」
一昔前まではここまで逃亡者を追う動いが顕著じゃなかった。
多分、なめてたか逃亡者の死期が近いとかじゃないかな?始めの頃はあまり事件の起こる頻度も高くなかったし、規模も小さかった。
それが最近になって早まり始めている。大きく変わったのはアメリカの事件後…その辺りから、事件の起こる頻度が上がった。規模は微々たるものだけど、回数が爆発的に増えたんだよ。
なんらかの要因で逃亡者が逃げ切る可能性が生まれたとか、時間がないとか、王手をかけたとか。そんな感じだとは思うんだけど、やはり情報が足りない。
「やっぱり密偵の数を増やすしかないかな〜?」
取れる方法は少ない。
というか、密偵を増やすのはすごく大変なのだ。まず、一番に”古い家もしくは協会に深く関わりのある人物”である必要がある。情報を知るには繋がりやら権力が結構ものを言う。特に手っ取り早く入手するのだから、最低限の権力が必要なのだ。
今の密偵だって僕がわざわざ協会へ行ってまでして手に入れた数人とたまたま手に入ったこの辺の2人だけ。
情報は他からも入ってくるけど、直接なのはそのぐらいなのだ。
…それを増やすとなるとどれだけの苦労が。
「めんどくさい。やめよう。諦めてしばらく警護かな」
そんなことをするぐらいなら今のまま様子を見る方がいい。僕が離れてまでやるにはリターンが見合わない。
灰になった刻み煙草を捨てた。
意見感想等もらえると喜びます。




