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2-1.退屈の邪魔は受け付けていない




 客に混ざって夕食を食べる。

 それは俺の日常にはありふれた風景。更に言うのであれば美耶にとってもありふれた風景。



 「ごちそうさまでした」


 余り物の寄せ集めを食べきり、食器を洗面台に運ぶ。

 それから不機嫌そうな表情を浮かべて椅子に座る美耶の元まで行き、時間だと告げる。



 「そろそろ両親が帰ってくる時間だろ?」

 「そうね。帰らなくっちゃ」

 「送るよ」


 いつも通りのやりとり。

 美耶が不機嫌なのもいつも通り。俺が美耶よりも食べるのが遅いのもいつも通り。時間だと告げるのもいつも通り。

 店の戸を開けて、微妙な表情とともに美耶が店を出るのもいつも通り。

 


 「はぁ…帰るのめんどう」

 「まぁ確かに距離はあるな」


 その微妙な表情の原因は美耶の家からここまでの距離にある。

 車でならば5分程度だが歩けば15分程度はかかる距離で、それを毎日歩かされる身となればそんな表情を浮かべるのにも理解ができる。

 自転車の申請をすれば高校まで自転車で行けるが、この距離のためだけにいちいち面倒な規則に縛られることを考えれば、徒歩で学校へ行った方が随分と楽だ。

 事実、俺も似たような表情を浮かべているのであろう。

 …いっそのこと美耶を担ぎ上げて俺が走ればいいような気もするが、いろいろな問題が発生するためにそれをしようとは思えない。



 「いっそパパ達がこっちの方に引っ越せばいいのよ!」

 「ああ、それがいいな。そうしろよ」

 「できるのならそうしてる…」

 「だろうな。まぁ、まだ近い方なんだからいいだろう。比呂はもっと遠い」

 「でも自転車」

 「…だな」


 学校からの距離は俺<美耶<比呂といったところ。しかもそれぞれの家どうしがそれなりに離れた位置にある。

 なのにもかかわらず幼いころからの付き合いがあるというのは不思議なものだ。

 まぁ、親同士の付き合いがあるのだから不自然ではないが。



 「いっそ少し遠回りして新兄に車を出してもらうか?」

 「そんなことしたら新兄に迷惑がかかるじゃない」

 「いや、でも新兄のことだし…むしろ喜んで車出してくるだろうな」

 「うっ…そう、ね。でもやっぱりこんな時間に行くのは…」

 「なんだ?新兄のこと嫌いになったか?」

 「ちっ、ちがうわ!むしろすっ…」

 「そうだな。そもそも俺もこんな時間からおしかけようとは思わないし、すでに戻るには遠すぎる」

 「うぅ〜…引っ掛けられたわ」


 新兄は俺ら全員の兄のような存在。

 年齢は親父達と同じはずなのに、全く年を感じさせない…というか本当にどうなってるのかわからないほどに若作りな人だ。

 そして、かなりシスコンブラコンの気がある。俺らの頼みを大概聞いてくれてしまう程度には。

 ま、俺らもそんな新兄のことが好きなわけだが。



 「それにしても暑いな」

 「ほんと。もう夜だっていうのに空気が暑いわね」

 「しかも昔よりも暑いらしいからな、これは」

 「へぇ…そうなの」

 「親父曰く、昔はこんなに高層マンションだらけで空気がこもるような地域じゃなかったんだとよ」


 見上げればあちらこちらに人工の光が見える。

 ここ数年のうちにまた高層マンションが増えたような気がする。

 昔は一戸建ての住宅が多かったのに、住人の老化に従ってだんだんと建て替えられていって、東京のような都会でも県の大都市でもないのに背の高い建物が大量に並ぶようになった…と新兄が言っていた。世代の変化に伴い、必要なものや不要なものが移り変わった結果なのだろう。

 俺らからすれば見慣れた景色だが、親父に見せてもらった写真の面影はあまり残ってはいないような気がする。



 「俺らが大人になるころには、また違った景色になってるのかもしれないな」

 「ふふっ…今から何言ってるの?ほんと、そういうところが中身が老人みたいだって言われる原因なのに?」

 「ああ、そうだな。さ、早く帰って俺はゲームするから急ぐぞ」

 「え?ちょ、ちょっと、待ってよー!拗ねてるの?ねぇってばー⁉︎」


 別に拗ねてはいない。

 ただ、視線を感じただけだ。

 じっと俺らを…いや、俺を見ている。ほんの少し前からだ。こんな遅い時間にじっと見つめてくるのはストーカーか酔っ払いぐらいだろう。俺の退屈を妨げるようなものは必要ない。美耶をさっさと送り届けて帰ろう。



 「ところで美耶は俺らとゲームをする気はないのか?」

 「オンラインなんでしょ?私はいい」

 「そうか。昨日新兄とちょうどその話をしたのを思い出したんだが、やりたくないのならこれ以上言う必要もないか」

 「ぁ…う、でも」

 「なんか怖い、か?」

 「うん…だって直接会うんじゃないんだよ?誰だかわからないと怖いじゃん」

 「俺にはその感覚がわからない…」


 きっかけは俺と比呂のネットの怖いことばかりを教え込んだことにあるのだが、そこからはひどい偏見だ。匿名だからひどいことを言う人が多いとか、騙してお金を取ろうとするとか、いったいいつの話だというようなことを教えてみたらどうにも怖くなってしまったらしい。

 すでにそんなことは現代ではできないようになっているし、実際にそんなことはないことは知っているのだが、一度ついた偏見はなかなか消えず、未だに引きずっている。

 変なところで純粋なやつだ。そのうち悪徳業者にでも騙されるのではないかと心配している。



 「ま、克服するきっかけになればとか言っていたんだが、まぁやらないならそれでいい」

 「う…なんかごめんなさい」

 「そもそものきっかけが俺らである以上謝られるのは不思議な気分だ」

 「…!そうよ!そもそも私にいろいろ言って脅かしたのあんた達じゃない!」

 「忘れてたのか…」

 「わ、忘れてたわけじゃないわよ⁉︎」

 「はいはい…ほら、着いたぞ」

 「え?もう?」

 「結構早足だったからな」


 運動部に入っている…もとい、入っていた美耶は意外と体力がある。なんか入ってはみたものの、自分には合ってないと思ってやめたらしい。まぁ、俺にはわからない女子ならではの事情があったりするのかもしれないが、それを聞くのは野暮だろうと思って深くは聞いていない、が…こいつなら本当に合ってないような気がしたからという理由だけでやめそうな気がする。

 


 「じゃ、また明日な」

 「うん。また明日」


 「ただいまー」と元気良く家に入っていったのを見届けてから俺は家への帰路につく。

 美耶の家から十分に離れたところでふと後ろを振り返る。

 至近距離…手を伸ばせば届くほどの距離に男がいた。スーツを着て、顔に笑顔を貼り付けたような男。



 「…なんか用?」

 「さて誰のことなのでしょう?」

 「あっそ。じゃ、俺に付きまとわないでくれないか?」

 「おやおやぁ?気づかれちゃってましたかぁ?」

 「そんなにじっと見られてれば普通は気づく」

 「いえ、普通は気がつきませんよぉ。なにせ私は私の気配を消していたのですから…ねぇ?神野彩月さん?」


 付きまとわれて、名前を知られてるぐらいは良くあること。

 気配を消してとか言ってるこいつのような頭のネジが足りないようなやつもたまにいる。



 「…で、何の用?」

 「これは手厳しい!…では、単刀直入に言いましょう。”この世界は生きにくい”と、そう感じたことはありませんかぁ?」

 「…は?」

 「超能力者、魔術師、人外…この世界はあまりにも私たちには生きづらい。そうは、思いませんかねぇ?」

 「そういうのは間に合ってるから、結構です」


 私たちというからには自分もそうだと言いたいのだろう。

 …が、正直どうでもいい。俺に退屈な世界に入り込んでこないでくれ。本物だろうと偽物だろうと、俺にそれは必要ない。

 目の前の男が突然姿を消した。



 「消えたな…さて、帰るか」

 「えぇ⁉︎ちょっと、興味持ってくれてもいいじゃあありませんか!せっかく迷惑かと思い一人の時を狙いましたのに!」

 「迷惑だから帰ってくれ」

 「そんなぁ…私、ご主人様に怒られてしまいますよう」

 「怒られればいい…」

 「ええ、すでに怒られることは決定事項ですっ!」


 なんなんだこいつ…

 もう一度目の前に現れたかと思いきや今度は空中から見下ろしているし。マジックか?

 …つまりこれはそれを使った悪質な宗教勧誘の類か?



 「ですからせめて失敗を取り繕ってしまいたいのですよ?」

 「知らん。俺に関わらないでくれ」


 うるさいな。

 そんなロクでもないものに関わるつもりは一切ない。



 「ほら、自分が他とは違うって思うこと…あるでしょう?」

 「放っておいてくれ」

 「えぇ〜。でもぉ…おっと、これはこれは兄上。どうかされちゃいましたぁ?」

 

 突然増えた気配に目をやるとガタイのいい大男が立っているのが見えた。

 挟まれたな。

 今の反応から見て関係者のようだし、少なくとも俺のお呼びではないような存在なのも間違いない。



 「おい、いつまでふざけてやがる!」

 「まぁまぁ、落ち着いてくださいよぉ。ほら、彼も怯えて」

 「ないな。なんか忙しそうだな。俺、邪魔だろ?帰るから勝手にやってくれ」

 「いえいえ、邪魔なんかじゃあありませんとも。少しばかりお待ちいただければ…ふむ。やはりお帰りになられて構いませんよ。私も今日のところは帰らせていただきます!」

 「あ゛?どういうつもりだ?命令に逆らうってのか?」

 「いやぁ、ちょいとばかり用事を思い出しましてね」

 「そっちの方が重要だとでも言いやがるのか?」

 「ええ…では、あとはおまかせいたしまぁす。しっつれ〜い」


 パッと消えて、見えなくなった。

 マジックかその類だと思ったが、種も仕掛けも見つけられない。相当なマジシャンと言われれば納得できなくもないが、少なくとも体じゅうから炎を吐き出す男が目の前にいる状況でそれは言えないだろう。幾ら何でもおかしい。

 何しろ、言葉通り身体中が燃えているのに服が燃える様子もなければ、髪が焦げてもいないのだ。さらに言えば、常人よりも多少鼻がいい俺だが、焦げた匂いもましてやそういったものの匂いすらかぎとれない。

 …本当に勘弁して欲しいものだ。これは一体どんなマジックだ?



 「けっ。ふざけやがって、くそが」

 「なぁ、燃えてるぞ?」

 「あ゛ぁ?燃えてんじゃねぇよ、バカが」

 「お前みたいな単細胞そうなやつにバカと言われる筋合いはないんだが」

 「チッ…殺すなたぁ言われたが、怪我させんなとは言われてねぇよなぁ?」

 「そっちの話なんか知るか」


 男が腕を振り上げ、その炎にまみれた拳を俺に向けて振り下ろそうとした…ちょうどその時だ。男の顔面にタワシがヒットしたのは。

 そのまま男は吹き飛ぶというタワシが当たっただけにしてはいささかオーバーすぎる反応をしたが、そんなことよりもなぜタワシなのかということを問い詰めたい。



 「やぁ〜、いっちゃん。何してるの?大道芸?」

 「そんなことよりなんでタワシ…?」

 「いやぁ、明らかに凶器になるものだったら暴行罪とか殺人未遂で訴えられるかもしれないけど、タワシだったらたまたま手元にあったものを投げたっていうことでセーフかなって」

 「普通にアウトだろ」

 「ええ〜…」

 「はぁ…」


 どこから取り出したのかは知らないが、デッキブラシを持って吹き飛んだ男に近づいていく新兄の後姿を眺めながらため息をつく。

 こんな状況で出てきたのだから関係ないという可能性は低いだろう。むしろ関係ないというのならそれでも構わないが。



 「さぁ、答えてもらおうかっ!なんでうちのいっちゃんを襲ってるのかをっ!」

 「…だめだこの人。ロクなことしない」

 「どうせあんなことやこんなことをしようとしてたんだろっ!さぁ吐けっ!吐くんだっ!」


 首に刃どころか殺傷能力すらもないデッキブラシを突きつけてそう言い放った。せいぜいチクチクするぐらいだろうに、誰がそれで吐くのだろうか。

 


 「ふざけんじゃねぇ…俺をだゔぇっ」

 「さぁ、答えるんだ悪党めっ!」

 

 何かを言おうとするの無視して口にデッキブラシの先を突っ込む。

 …というか、明らかに使用された形跡があるということはあれ掃除に使われたものだよな。それを口に突っ込まれるとは、ご愁傷様だ。というかどこから持ってきたんだよ。



 「…なぁ、新兄。俺、帰っていいか?」

 「ん?いいよ〜。別に僕もいっちゃんが見てないんだったらこれその辺に捨てて帰るし」

 「ふざけてるだけかよ」

 「そうだね〜。じゃ、帰るんだったらまた後で」

 「ああ、また」


 顔面をブラシで擦られている男を見ないふりして今度こそ帰路につく。

 一見ひょろっとした外見に反して新兄は喧嘩が強い。新兄の家は代々武術が得意であるらしく、新兄の弟も空手の世界チャンピオンだとかなんだとか…まぁ、やはりうるさいということには変わりない。

 どうしてこうも俺の周りにはうるさい人が多いのだろうか?



 「…というか、炎を纏うとかどこの厨二病だよ」


 大道芸にはとても見えない不自然な炎。近づいてきた拳は確かに熱を持っていた。

 やはり、俺の同類というのはいるのかもしれない。あれが本当にそういった類だったのかは置いておくが、探せばいるような気がした。

 

 翌日、洗剤まみれの状態で道端に倒れている全裸の男が逮捕されたという噂を店に来ていた客から聞いたが、知ったことではない。


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