1-1.退屈に勝る平和はない
多視点から書いてみたくて、
0→?
1→彩月
2→新一郎
3→?
X→閑話
になってます。おかげで時間がかかってます。すみません。
俺にとっての優先事項は”騒々しい日常をいかに退屈に過ごすか”。そして、その退屈をいかにたわいなく無意味に消費するか…だったはずだ。
別に厨二病とかそういうわけじゃない。確かに”自分は特別だ”とか、”俺は他の人間とは違う”とか、思ったことがないわけじゃないけど、そういう話じゃない。
ただ、俺の周りが煩すぎる。それだけの話…それだけの話だったはずだ。
「さぁ、いっちゃん。とりあえず、今日は2時間鬼ごっこしようか〜?」
「ふ、ふ…」
「ふ?」
「ふっざけんなー!」
後ろから拳銃片手に笑いながら走ってくる兄貴分を睨みつけた。
一体どこのトリガーハッピーだよ…
* * *
よく、小説や漫画の主人公は”始まりは突然に”だなんて言うが、あれは案外事実だったんだと思う。
「ふぁぁ〜…あ」
親父が学校に通っていた頃のように教科書ノートなんてものはなく、タブレットとスマホだけで事足りる今時の現代っ子は恵まれてる。そう思いながら、特筆すべきものも入っていないリュックサックをロッカーに丁寧にしまい、運良く手に入れた一番後ろの窓際の席に座った。
外は真夏のギラギラとした太陽が照りつけているが、あいにくここはクーラーの効いた教室…とはいえど、俺の肌は日本人に比べれば弱いほうなのでカーテンを閉める。
そして、閉め終わると同時に後ろから声をかけられた。
「よっ、いっちゃん。今日もゲームか?」
「おはよう比呂。オンラインで顔合わせてただろ」
「アッハッハ。それで、宿題やってないんだけど…?」
「選択だったんだ。それぐらいやっとけ」
「いやぁ…寝落ちして」
「VRで?」
この世界の技術は残念なことにフルダイブできるまで進んではいない。確かに昔よりはVRも発達しているし、擬似痛覚なんていうものすら開発された。”数年後にはできるようになるのでは?”とは言われているものの、少なくともラノベのようなゲーム世界が実現されるのはまだ先ということだ。俺は早く実現されることを祈っているが。
…つまり、立ったまま寝落ちするとは随分と器用なやつだということ。
「はい、すみませんでしたっ!気が付いたら朝だったんです!」
「はぁ…ほら、持ってこいよ。ささっと教えてやる」
「ありがとー!愛してるぜっ!」
「むさい男からの愛なんていらねぇよ」
走って行く後姿を眺めながら肩をすくめた。
こいつはいつもそうだ。
俺が休んだらどうするつもりだったんだろうかね。ま、今のところ小中と皆勤賞をとってることを知ってる幼馴染だからできるんだろうけど。
「あー、また比呂のこと甘やかして〜!」
「ん?なんだ、美耶か」
「なんだって何よ?なんだって〜」
「はいはい…」
こうして幼馴染み2人と顔を合わせて俺の騒がしい1日が開始される。
いつも通り、何も変わらない。
今日も充実した退屈な日にしよう。そう決めて学校へ来て、その決意は早々に叩き折られた。いつになったら俺の願いは聞き届けられるんだろうか?
「よっしゃ、頼む…って、なんで美耶がここに⁉︎」
「なに?私がいちゃいけないっていうの?」
「い、いやいや、そうじゃないって。だ、だからな?」
「また宿題サボってきたんでしょ…?」
「そ、そんなことは…」
「もういっちゃんから聞いてる」
「ええ、ちょっといっちゃん言わないでくれよー!」
「俺は言ってない」
「だ、騙された…⁉︎」
「がーん」などと言いながら俺の前の席を勝手に使用して比呂が座る。
そうこう言いながらも俺に手伝わせる気満々なあたり図々しいやつだと思う。別に俺もそれに対して文句はないのだが。
「さ、教えてくれ!」
「復活早いな」
「俺の心は頑丈なのさ」
「へぇ〜…この間、散々負かされて落ち込んでたのはどこの誰だった?」
「さ、さぁ!勉強勉強!」
「全く…で、どこだ?」
それから教師が来るまでの間ひたすらタブレット端末の画面を叩き、計算問題を片付けることとなった。
全くやっていないとは思ってもみなかったのだから仕方がない。朝から思わぬことに時間を費やすこととなったのは誤算だ。ログインボーナス回収をしようと思ってたんだけどな。
仕方がないので教師の話をBGMにスマホのゲームを片っ端から開くこととなった。
特に今日の行事がないことだけを頭の片隅に書き留めたところで教師がこちらを見るのがわかったので何事もなかったかのように顔を上げる。
俺は気配?視線?昔からそういうものには敏感だった。本当にこういう技能が必要そうな人には謝るべきだろうが俺は全力を期してそれを無駄使いする。俺の退屈な日常に教師の叱咤という新鮮さは必要ないのだから。
「…では、今から送るプリントを親御さんに読んでもらっておくように」
明らかに俺の方に目線をやる教師を無視して、タブレット端末の画面を占領した三者面談と書かれたページを閉じる。
三者面談は嫌いだ。いや、むしろ高校生たるもの三者面談というものは嫌いであってしかるべきだと思う。なにが悲しくて親と教師に挟まれて日頃の行いを話し合われなければならないのだろうか。それに学校の奴らに親を見られると言うのも高校生としてはあまり好ましくないはずであろう。
「高校は三者面談を廃止すべきだ…」
ボソッとつぶやいたそれに反応した隣の女子生徒がこちらを見た後、あわてて反対を向いた。
ああ、別に嫌われているというわけではない。むしろ好かれているという方が近いはずだ。
なぜなら…俺はイケメンだから。
もう一度言うが、俺は厨二病ではないし、ましてや痛いやつでもない。
ただ、それが事実だというだけ。
さらに言うのならば学年トップの学力、中学では全国までなんども行くほどの身体能力、家庭科や音楽、図画工作、大概のことはそつなくこなす。そして性格も温厚かつ謙虚。それが俺。
強いて言うのであればその最後に”ゲーマー”と言う特徴が追加され、校内有数の残念なイケメンと扱われているということぐらいだろう。
「はぁ…」
だが、そこまで色々と言いながらも俺は微塵たりとも自分がすごいと思ったことがない。
俺の周りがうるさすぎるのだ。
スポーツをすればなぜか両親に負け、学業では圧倒的に天才な兄貴分がおり、イケメンだなんだといえど近くには俳優がいる。俺の近くには俺より優れた人があまりにも多すぎた。
まぁ、そのおかげで俺は自分の能力に増長した愚かな人間に育たずに済んだとも言えるが…やはりうるさすぎると思うのは、間違いだろうか?
「素晴らしいほどに退屈だ…」
「お〜い、いっちゃん?聞いてるか〜?お〜い」
とはいえど、俺はそんな生活が気に入っている。自分が勝てないものに囲まれた生活というのは丁度いい無力感をもたらしてくれる。勝つ必要のないという精神的余裕と無意味という名の退屈さは、俺の心を掴んで離さないのだ。
きっと堕落というのはここから始まるのだろう。
さて…
「どうかしたのか?」
「いや、聞いてるなら返事ぐらいしてくれよ⁉︎」
「わるい。面倒だった」
「そんな馬鹿なっ!」
ふと、体操着に着替えた比呂が目に入った。
「ああ、これから着替えるから」
「そうだろな⁉︎じゃなかったら今も制服でいるわけないもんなっ!」
ワイシャツのボタンを外しながらズボンを脱いで、椅子にかけて着替えは終わる。
暑いのを我慢してあらかじめ制服の中に着てきてよかった。
「よし、行っくぞ〜!」
「はいはい」
確か今日は…ああ、ラグビーか。
ラグビーは嫌いだ。暑いのにもかかわらず人とぶつかり合うとは随分とおかしな話だと思う。
できればもっと退屈な競技がいい。サッカーとか野球とか、自分の仕事が分担されているような競技が好ましいな。そうすれば…
その後1時間、誰一人にも追いつかれることも触れられることもなく得点を入れる俺の姿があった。
「い、いっちゃんのその身体能力は絶対おかしいって…」
「知らん。ほら、教室に帰るぞ」
そうすれば、少しは楽しめるかもしれないのに。
俺が自由に動ける競技は楽しくない。どんなに頑張らなくてもある程度の活躍は約束され、俺のいるチームの勝利が決定する。せめて俺の動ける範囲の決まった競技であったなら、チーム全体の力が試される競技であったなら、もう少し楽しかったかもしれない。
息を荒らげ終始俺と鬼ごっこをした比呂は楽しそうだ。
昔は楽しかった。自分の努力がどんどん実を結び、スポーツの天才だなんだと話題になる度に疑問を抱き、そのほとぼりが冷めるより早く俺は…いや、これより先を言えば憂鬱になるだけだ。やめておこう。
かくして運動の面白みのなさは理解できただろう。
運動に比べれば勉強のほうがよほどマシだ。
その1時間後、言われた問題を解き終えて、窓の外を眺める俺の姿があった。
「あぁ…つまらない」
いっておくがつまらないのと退屈は違う。
つまらないというのは楽しくないという意味であり、退屈は暇を持て余すという意味だ。
まず、この勉強ということの意味がわからない。よく「数学なんて将来一体何の役に立つんですか?」何て言うが、俺からすればそもそも勉強するという行為の意味がわからない。今の俺からすれば一度見聞きしたものはちゃんと理解できて然りだし、定期的な復習さえすれば一定以上の学力は維持できるもの。なのにもかかわらず時間を費やし学ぶということに意味を見出せない。
まぁ、こればかりは能力の差異である以上、持つ者にしかわからないものと自覚はしている。だがやはり、意味というものが見出せなかった。
そんなことをするぐらいならば俺は退屈していたい。暇を持て余して、廃退的に日常を謳歌したい。
才能のあるものは大変だ。他者との差に自らの努力の意味を見出せなくなる。
「…いや、そもそも才能でもない、か」
正確に言うのであれば、俺のこれは才能なんかではないと思う。
昔…幼稚園ほど程度の頃であったら一般人となんら変わらない知力身体能力だった。”俺の身体は異常”そう本格的に気がついたのは中学生になる直前あたりのことだ。実際に身体能力や知力などが高かったのはもっと前からだったが、俺がはっきりと自覚したのは確かその頃だったと思う。
俺の身体はまるでゲームのように使えば使うほどに強化されていく。怪我を何度も繰り返せばそのうち怪我自体をしないほどに皮膚は強くなり、筋肉も使えば使うほど強靭に、脳が焼き切れるほどに頭脳を酷使すればどんどん頭も良くなっていくといった具合だ。
それがおかしなことだという自覚もあったし、普通じゃないとも思ったから人前で披露することはなかった。そこそこ程度にスポーツで見せはしたがそれでも一般の域を超えないように気を使った。
…でも、なんだ。俺もかつては厨二病というやつだったというべきか。人とは違うこの能力を後先考えずにひたすら伸ばしまくってしまったのだ。誰にも気づかれないように注意まで払って。
その結果がこれといえるだろう。
全力で走れば世界記録など屁でもないし、交通事故に逢っても無傷でいられる。
同世代どころか、世界の大半に対して競える相手がいなくなった。
そうなった後からだろうか?俺が日常に新鮮さと面白みを求めず、ただ甘美な退屈さを求めるようにしたのは。
簡潔に言うのであれば競うことを諦めた。確かに周囲には俺を越える人物はいる。親父や兄貴分がそれだ。だが、それと対等に争えるようになった時、今度は俺は何を目標にすればいい?俺は何を基準に生きていけばいい?誰と争えばいい?それを考えるのが嫌になった。だから一定異常に白熱することをやめ、努力の程度を考え、程よく退屈であることを望む。
退屈であることを望めば俺に余計なことを考えさせる原因とぶち当たることはない。
…まぁ、周囲がうるさすぎてそうも言っていられないのが現状でもあるのだが。というかなぜ親父はこんな俺と同等以上に競えていたんだ?
「…家系ゆえ、か?」
もしかしたら俺の親父もそういった特殊な人間だったのかもしれない。
俺みたいな人間がいるのだから他にいてもおかしくはないはずだ。実は探せばいっぱいいるのではないだろうか?超能力者や魔法使いのようなまるでラノベやアニメのような存在が。
…いや、出来れば会ってみたいとは思わないか。俺のこの退屈な日常を脅かす存在はお呼びではない。ただ、退屈な日常を謳歌できればそれでいい。
それでいいんだ。
何度も頭をよぎる”世界で一人きりになる”という恐怖をぬぐった。
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