10.遊ぶのなら
「お待たせ〜。待ったヒゥル?」
「なに、私も今到着したところだ」
「そか。じゃ、行こうか〜」
ボクはヒゥルと共に歩き出す。
ああ、浮気じゃないよ?だって、今ボクは女の子なのだから。
いやね、ボクとヒゥルは普通に仲のいい友人なんだけど、男の格好だとさすがに指輪をはめた女性と一緒に2人でいるっていうのは少々問題があるかな〜、と思って今日のボクは女の子なのだ。
「それにしてもヒゥルは随分とこっちにも慣れたね〜」
「む?そうか?」
「そうか?って…その格好で言う?どう見たって日本に移り住んでる外国人じゃん」
こっちの世界のズボンとかをなにも違和感なく着ているあたり、随分と慣れたと思う。
なにせ始めは「鎧は着ないのか?」とか言ってたわけだし。
「言われてみれば、確かに馴染んできたものだ」
「この間まで剣は?とか鎧は?って言ってたヒゥルが懐かしいよ」
「む…そ、それはしかないだろう。私は騎士なのだから」
「ふふっ。そういうことにしておいてあげるよ」
楽しくおしゃべりしながら道を歩く。
今、ボクらは東京都内のとある場所にいる。アニメのグッズを売る店や水族館やゲーセンやらがある場所だ。わかる人にはわかるだろう。ちなみにアニメのグッズを売る店に拓巳はあまり来ない。本人はアニメを見たりラノベを読んだりはするが、グッズが欲しいとまでは思わない程度の軽度なオタクだと豪語している。ついでに言えば拓巳にアニメやらを勧めた小鳥遊くんは部屋の壁にポスターが貼ってあるのではなく、部屋の壁紙がポスターなんじゃないかと思うくらいにのめり込んでるけど、最近理解ある彼女ができたらしいね。
…そして、わかると思うけど、こういう場所ってコスプレをした人が結構いる。おかげでボクらが過剰に目立つことなく楽しく遊べるのだ。まぁ、外見だけならどう見ても外人もしくはハーフだからね。それぐらいだったら近年増えてきたし、違和感もほとんどない。
「さて。まずは、スイーツだね。たいやき食べよ〜、たいやき。そこの」
「たいやきか。実は私はまだたいやきを食べたことがないのだ…初体験だ」
「あれ?拓巳は食べさせてくれなかったの?」
「いや、様々な場所に連れて行ってもらった。たまたま頭から抜けているのだろう」
「あ〜…まぁ、結構色々とあるんだし、それもそうだね」
ボクらは行列の最後尾に並んだ。
もう日も昇っているのもあってか、人が多いね。やっぱりもう少し早めに来ておくべきだったかな?
「だったら、普通のたい焼きがいいかな?クロワッサンのっていうのを未だに食べたことがなくて来てみたんだけど、どうせだから同じのを…あ、いいや。普通に両方買って、倉庫に放り込んでおこう」
「便利だな、エクは」
「まぁ、人目につくような場所で堂々とは使えなくなっちゃったけどね〜。こっちの世界はボクらみたいな変わり者には生き辛いよ」
「…そうだな。私も、力の加減というものをするのにようやく慣れたものだ」
「フライパン握り潰してたもんね〜」
「うっ。で、できれば忘れて欲しい…」
「いやぁ…まさか、ヒゥルの力は向こうの世界限定じゃなく、こっちでも使えるとは思わなかったからね〜」
ヒゥルのその華奢といってもいいようなか細い体からは想像もできないような力が出る。わかりやすく例をあげよう。ヒゥルは乗用車を片手で軽々と投げることができるのだ。
ちなみにその力の原因は生まれ持った特性と、それをいいことに過剰なまでに酷使したことによって変質した肉体の性質。元の体をそのままこっちの世界に持ってきたせいでそのままこっちの世界でも馬鹿力が振えるようになってしまった。しかも、向こうの世界ではヒゥルが生きていた頃には知られてはいなかったもののちゃんとスキルはあったが、こっちの世界ではスキルがないためにその力の制御がうまくいかない。
この世界にきて初日にはどのくらい制御が効かないのかがわからなかったけど、教室に入ってすぐに僕がその場で簡易的なスキルを作り上げたほどにはえらいことになりかけた程度にはひどかったよ。幸い、僕が行くよりも前に誰かに見られることはなかったけど。
「…非常に今になってだとは思うのだが、このような話をこのような場でしても構わなかったのだろうか?」
「いやぁ、そんなの当然手は打ってるよ。ちょっと防音してる。だから安心してぶっちゃけていいよ〜」
「そうか…あ、いや、やはりこの世界らしい話をしよう。私もこういった場に来るのはあまり経験がない。都会に出たばかりの田舎者のようには見えないだろうか…?」
「ん?なんで〜?」
「い、いや…な、なんとなくだ!なんとなく」
「恥ずかしくでもなった?」
「ぬぬ…」
ヒゥルが微妙な表情を浮かべて俯いた。
多分、その顔は赤いのだろう。
ヒゥルも随分とこの世界にも慣れた。主な原因は安井やゆーちゃんだとは思うけど、結構この世界の女の子らしくなってきたのだ。多少なれどそういうことも気になるようになったのだろう。
「ま、別にボクらがキョロキョロしてても問題はないだろうけどね〜。何せ見た目が外人だから」
「…ふむ。それもそうなのか。私が気にする必要のない話だったな」
「そうね〜。でもそういうヒゥルもいいと思うよっ!」
「や、やめろっ、恥ずかしい」
「ははは〜。まぁ、見た目だけでもその辺のモデルより随分と綺麗なんだから恥ずかしいも何もないと思うんだけどね〜」
「それはエクも…」
「ふふふ…この格好だとあまりそうも見えないでしょ?」
ボクはヒゥルの前で披露するかのようにくるりと1回転した。
今の格好は”僕のロゴ”入りのシャツとあまり目立たないようなグレーのパーカー、デニムショートパンツとニーハイソックスと白のスニーカー、あと赤いメッシュキャップ。探せば結構どこにでもいそうな小・中学生みたいな格好だ。
まぁ、確かに顔やら全体的な姿形を見れば完璧なバランスをとって作られているこの体だけど、それをごまかすようにしていれば普通の女の子に見える。
…それに、指輪をはめたヒゥルがそばにいるのだ。娘か年の離れた妹ぐらいにしか思われないので僕に興味を持つ人はあまりいないだろう。
「それにヒゥルと一緒にいれば声もかけられないし〜」
「それはどういう意味だ?」
「娘か年の離れた妹に見えるでしょ?そんな人に声をかけようとする人は少ないだろうからさ」
「む…遠回しに年増と言われたのか…?」
「いや、違うからね?普通に身長と僕の外見の問題…あ」
「どうかしたのか?」
「この体だと僕ゲームセンターに長居できない…」
「もとよりそこまで長く居るつもりではなかったのだろう?」
「え〜、でも〜」
そもそも今日来たのはゲームセンターに行くためなのだ。
何時ぞやに言ったVRのゲームがゲームセンターに実装されたので、楽しみにしていた僕は拓巳を誘ったのだが、あやつは「すまん、しばらく仕事から手が離せない」とか言って断りよったのでヒゥルを誘ったところ、おお喜びで一緒に遊びに来たという次第。
すでにお披露目はゲームフェスティバルみたいな行事でされていたんだけど、僕はそういう人ごみに入って行きたくなかったので諦めたのだ。やっと楽しみにしていたものが解禁されるというのに、時間制限があるとは不覚…
「…むぅ〜」
「それに私もあまり遅くなるわけにはいかない」
「はぁ…それもそうだね。なにせ、お嫁さんだから」
「…?」
「どうせ早く帰って夜のプロレスでもするんでしょっ」
「なっ、やっ、ち、ちがっ⁉︎」
「なんてね〜。まぁ、してくれてもいいんだけど…あ、もう少ししたら順番になるけど、ここのお金はボクが出すからいいよ」
「いや、私もタクミからお小遣いをもらったのだが」
「いいよ、ボクは結構お金持ちだからさ。それにヒゥルは別のところで使いたくなると思うから」
僕が結構お金持ちっていうのもあるが、そもそもヒゥルがゲームにハマるのではという懸念からでもある。
今回の目的はそのVRゲーム。昔のホラーゲームやらレースゲームやら格闘ゲームやら…それらあくまでも画面の向こう側だったものはついに実際に体験するかのようにできるようになったのだ。つまり、リアルになったということ。
ヒゥルは…かく言うボクもなんだけどこっちの世界に来てから満足に体を動かせていない。それがそういうバーチャルというものによってそのストレスが解消できるかもしれないのだ。どっぷりとはまってしまうかもしれない。
そんなことを話しながら順番を待ち、少しして結局各3匹ずつカスタードと餡子のたい焼きを購入した。
ボクはカスタードのたい焼きの入った袋を抱え、たい焼きを咥えながらヒゥルに言う。
「そもそも…ヒゥルがゲームセンターに行ったのは随分前でしょ?」
「ふむ…確かに…そうだな」
「で、ヒゥルは…ゲームセンターのアーケードゲームやったことあるよね?あれ、今回の目的なんだけどっ…すごく楽しそうなんだよ」
「なるほど…つまり、私がゲームをするのにお金を使うと…いうのだな」
「そそ。だから…他のところはボクが出すよ」
「…不服ではあるが、妥協する。私が満足に動けていないというのは確かに事実なのだ」
ゲームセンター特有の騒音を浴びながらボクらは中に入り、そしてその実装されたゲームのある階までエスカレーターを登った。
そこにはプリクラのような箱状の機械が並んでいる。
「これなのか?」
「そ。なんか、置き引き防止とかのためらしいね〜」
VRゲームの特性上ある程度の広さが必要ということもあり、白いビニールのような仕切りのついた部屋が用意されている。ちなみにこれはプレイ中に自分以外のものが見えなくなってしまうためと言う他に”恥ずかしいから…”なんて言う人のためでもあったりするらしい。なんとも優しい作りだと思う。
「さ、とりあえず空いてるところから適当にやってみよう〜」
「ふむ…そこが空いているな」
「というか誰もやってないね〜?クソゲーかな?」
音符とダンスをしているような人型のマーク描かれたゲーム。ボクらは別のゲームに並んでいる人たちをよそに、そのゲーム機に入った。
中は3mくらいの正方形の部屋で、前方にお金を入れる場所と手足につけるリストバンドのようなものと目元を覆うゴーグルのようなものがある。あと、気にする人のための除菌用アルコール。ちなみにこのゴーグルとリストバンドのようなものは一般的に売られているもので、自分で持ってきて同期し使うことができる。
「さ、やろうか〜」
「ふむ…ところで私がこれをもらってもいいのか?」
「いいよ〜。もともとヒゥルと拓巳にあげようと思って買ったものだから」
「そうか」
かく言うボクらは持って来る派だ。というか、ボクは家でもよくやってるからね。このゴーグルとリストバンド自体は家庭用のゲーム機で使うものと同じだからさ。
じゃあ、これは家庭用のゲーム機でも使うものなのになぜアーケードゲームとして成り立つのかというと、ゲームの規模の問題だ。いくらVRとはいえど、実際の場所の幅には限界がある。広い場所を使ってやるゲームをゲームセンター用に作っているのだ。
「じゃ、お金入れるね〜」
「…っ!おぉ、このようになるのか」
「みたいだね〜。どうする?外に映像出してもいい?」
「構わないが…いいのか?」
「いいよ〜。ほら、こういうゲームってプレイしている人を見るっていうのも一つの楽しみだとボクは思うんだよ」
プレイ中の映像は外にあるモニターに映すことができる。無論、人自体は映らず操作するキャラクターだけどね。
ちょっとしたゲームのチュートリアルをやって、ゲームを開始する。
やってみて人がいない理由がよくわかったよ。これ、ダンスゲームなんだけど、難易度がおかしい。今までのダンスゲームは機械についたカメラが決まった瞬間のポーズを認識して得点になっていたんだけど、このゲームは最初から最後までそのダンスの動きが得点になるから一般人じゃ得点が稼げない。
もともとこういうゲームが好きか、ダンサーとかダンス好きでもない限りなかなか難しいと思うね。一応難易度に簡単があったけど、高得点が出せないんじゃゲーマー的に面白くないと思う人も多いだろう。たぶん、時間が経てば慣れてきてやる人も増えるだろうけど、今はホラーゲームとか誰でもできるようなものの方が人気になるよね。
「ふむ…これは、意外と、いいっ…運動になるな!」
「ほうね〜。というか、ヒゥルっへダンス上手なんは〜。初ひて知ったよ。もひかひてこふいうゲームは結構上手ひゃったひ?」
ボクの横で難しいと書かれた難易度の中でもランクが高い曲を普通にこなすヒゥル。というか、これ直前に出る映像を追いかけるように動くものなんだけど、多分その映像を一般からは随分と逸脱した動体視力と反応速度駆使して動いてるからできるだけで、初めてやる人にはハードル高すぎると思うんだ。
「…たい焼きを、くわえたまま、言われてもっ…あまり褒められたように、聞こえないぞっ」
「ひや、一応ボクはほら…」
そうこうしながらでも満点が取れるのは元々の身体スペックなので文句は受け付けない。
ちゃっかり昔からこういう系は出来る方なのだ。ほら、それがちょっと強化されただけだし?
「ふぅ〜…意外と疲れるね」
「ふむ、私も思ったより年をとったということなのかもしれない…」
「その年で言ったらあっちこっちから叩きのめされそうだね〜」
何せヒゥルはこの世界ではボクの作った人間もどき。ボクは美しいものが変わる様を望まない…ゆえにエルフ種の亜種みたいになっている。つまり、外見年齢は相当緩やかに進むのだ。ちなみに拓巳は種族そのものが違うのでこっちも年をとるのは結構遅くなるだろう。あ、ボクは何もしてないよ?
「さ、次のゲームに行こう」
「次は何をしようか?」
ハイスコア更新と出た画面のプレイヤーネームに”エクレイム”と記入しヒゥルと笑う。
そういえば、僕はこの名前でいろんなゲームのハイスコアとってるから実は有名だったり…
「あ、次はあれがいいな」
「むー…無双と書いてあるな」
「あれだったらスコアで競えそうだからさ。やろうよ〜」
「なるほど。次は負けん!」
その日のうちにあっちこっちでハイスコアを塗り替えていったことが後でネットの掲示板に上がったりするのだが、それはまた別の話。
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