5.償うのなら
引越しが済んで約半年。
本格的に大学も開始され、レポートを見せてもらったり代返をお願いする日々を謳歌している僕である。今僕の通っている大学を出て教師になった先生が僕と同じような生活を送っていたと言っていたことがあったので、たとえ大学が本来こういった遊ぶだけの場所ではないとしても僕は気にしない。強いて言うならそれでいて毎度テストで点を落とさないので教授やら何やらからは文句を言われはしないものの、目の敵にされているような気がしてならないくらいだ。
「それにしても…仕事増えたな〜」
何よりの問題は仕事。仕事というのは無論あっちの仕事だ。
魔術師としての拠点を手に入れたことで魔術師と完全に認知されたらしく、結構な量増やされた。今までは監視だとか巡回、調査…まぁ、危険の及ぶ可能性の低いものを複数人で行うものに付き合わされる程度だったんだけど、最近は補助ではなく参加させられるようになったのだ。
魔術師見習いから魔術師になったということなのだとゆーちゃんは言うが、正直どうでもいいね〜。確かに仕事とはいえど、僕からすれば副業だ。本業は職人、デザイナー。そっちの暇とお金のためにやってるだけなので、最悪やらなくったって生きていけるし。
「おや…?」
リリン…と部屋の中で風鈴が鳴る。
外部から侵入があったという知らせだ。大気の揺らぎを探知して音がする。
かくいう今日もその仕事のせいで代返を頼んでおいたわけなのだが、まだ待ち合わせの時間には十二分に早い。どのくらいか早いのかといえば午後と午前の違いくらいだ。
ちなみに現在は午前1時。仕事はお昼から。
「仕方ないし外に出て確認しますかな〜」
彫っていた最中のものを作業台の上に置き、僕は工房を出る。
工房を出た目の前は庭。ラベンダーとバラの咲く庭だ。ポプリを作ろうと思って植えてある。
その中には上空から落下してきたものと思われる女の子が落ちていた。中学生ぐらいで、長い黒髪をツインテールにしているそこそこ可愛らしい女の子。
…多分、侵入した直後に魔術が阻害されて落ちたんだろうね。とりあえず縛り上げて持ってる刀を取り上げておこうかな。
一度工房に戻って縛り上げるためのロープを持ってくる。
気を失っているようだったのでそのまま持ち上げて花壇の外に出し、ぐるぐると縛り上げて工房の中へとかつぎ込んだ。それから椅子に足を縛り付け、手錠で椅子の後ろで手を繋ぎ、放置して外に出る。
全くいい迷惑だね。どうせ落ちるのなら花壇以外の場所にしてほしいよ。せっかく育てた花が折れるじゃないのさ。周囲にあったバラの木は一部が折れているし、ラベンダーの上に落ちたせいでラベンダーは押しつぶされたように茎が曲がっちゃってるし。
「『紋章:救世主、解放』」
腰に下げているカードケースから取り出したトランプ程度の大きさのカードに魔力を流す。
音声認識と魔力によって魔法が発動し、折れたバラの木や潰されたラベンダーが修復される。
まぁ、これが何かといえば向こうの世界で作っていた紙を媒体とした使い捨て魔術の完成形だ。この世界に来てからは基本的な不可視などの魔術を除けばこれしか使っていない。別に問題なく魔術を使うもできるけど、普通に生活しても面白みがないのでこれを使っていくことにした。時間も十分にあったおかげで完全に新たな魔法として完成したので、しばらくはこれで遊ぼうという魂胆だ。
ちなみに僕は外面的には紙面魔法と、魔術師からは使い勝手の悪い護符魔術ということで劣悪護符魔術と呼ばれていたりするね。そもそもカードがメインじゃなく、紋章の方がメインだから正確には紋章魔法なんだけど、そこはどうでもいいか。
で、トランプ程度の大きさのちょっと丈夫な紙に6種類の紋章が印刷され、属性ではなく効果によってそれを分類してある。今の救世主は見ての通り治癒。他にも狂戦士が攻撃、聖騎士が防御、理想が異常状態、戦乙女が支援、棺が異空間倉庫となっている。まぁ、他にも二つほど実験中なのもあるけど、今はとりあえずそれだけ。
そのカードに書かれた魔法はかなり多数あり、カードケースから出して実際に見るまで何を書いてあるかよくわからない仕様。完全にカードゲームだよ。「俺のターン、ドロー!」って言いながらやればいいのかな?
…まぁそういうわけでカードケースの中で紋章ごとに分類はされているものの、相当数あるので引くまでわからないというトリッキーな魔術と自他共に思っているし思われている。今回は救世主のカードを全部出して使った。
「さて、戻って水でもぶっかけようかな」
カードが粒子になって消えたのを見届け、工房に戻る。
扉を開けても中で気絶している女の子に変わりはないようだ。相変わらず首をガックリと落としている。
地面が濡れても構わないような位置まで椅子を引きずり、バケツに水を汲む。
「せーのっ」
思いっきり水をかけて覚醒を促す。
今は秋の夜中。要するに水を浴びればそこそこ寒い。これで起きなかったら次は…ああ、起きたね。
女の子は起きて早々に結構大きめの声を上げた。夜中も作業できるように工房を防音にしておいてよかったよ。まぁ近所に人はほぼいないけどさ。
「うっ…私は、っ!お、お前!だれだ!」
「それはこっちのセリフだとは思わない?何か音がしたと思ったら庭に人が落っこちてるってさ〜」
「あ、いや、それは…っ!お前、松井新一郎だな?」
「え?何が?」
「…へ?ち、違うのか?」
「違うけど〜?」
何事もなかったかのように嘘を吐く。
どうせ面倒ごとを運んできたんでしょ?おかえりいただこう。なんか馬鹿っぽそうな感じだし、騙せば帰ってくれそうな気がする。
「…ぬ。ではお前、何者だ?」
「アクセサリー職人兼デザイナー。ここは僕の作業場だよ」
「へ?いや、だが、魔じゅ…」
魔術と言う直前で口をつぐんだ。
僕が一般人で、ただこの場所が何らかの理由で魔術を使いづらいだけと言う可能性を考えたのだろう。魔術師の家が近いためにそうなっているとすればありえない話ではないから。
…ま、その魔術師の家がここなわけだけどさ。
「で、君はなんでここに落ちてたの?」
「えっと、それは、その…じ、事故だ!そう、ちょっとした事故だったんだ!」
「事故?何の?明らかにどこかから落ちてきたんだと思うけど」
「あ、あれだ!あの、なんていうんだ…へ、塀!塀から落っこちただけだ!」
「塀?」
「そうだ!塀の上を歩いていて落ちたんだ!」
「ふ〜ん…じゃあ、なんで刀なんて持ってたの?あれ本物だったよ?」
「刀は…」
「刀は何さ?」
「か、形見なんだ。爺様の形見なんだ!返せ!返せよ!」
刀がないことに今更気がつき、ジタバタとまるで駄々っ子のように暴れる。
まぁ、先生が生徒を怒るように自分が悪かったということをしっかり自覚させてやればうなだれて帰ってくれるだろう。
「そっか…でもさ、刀持った人がいきなり庭で倒れてて、僕どう思ったと思う?」
「う、うるさい!そんなの知らないよ!返せ!」
「もしかしたらヤクザとか暴力団みたいなのに巻き込まれたんじゃないかって怖かったよ。なんで僕がこんな目にあわないといけないんだってすごく思ったよ。なのに君は勝手なこと言って暴れて…このまま君を引き取りに来た人に突き出せば助かるんじゃないかなって僕は思ってるからね?」
「………」
女の子は俯いてこちらを見ない。
ま、一般人だったらこう考えるだろうね。僕も感情さえ除けばこう考えるけど。
「…なんてね。とりあえずこれから警察呼ぶからさ、そこで話でも聞いてもらいなよ。僕はそういうのには関わり合いになんてなりたくないんだ」
「け、警察だけは呼ばないでくれ!そんなことされたら私…」
「だって危険物持った人と近づきたくないもん。何するかわからないし、解放した途端に切りかかってくるかもしれないし」
「そ、そんなことは…しない」
「じゃあ証拠は?」
「や、約束する!私は絶対にお前を傷付けない」
「誓って?」
「…うん」
さ、これでこの子は僕を傷つけないって言ったよね?言質とったよ?
僕は壁に立てかけてあった刀をいじりながら女の子の方を見る。
「じゃあ、今回だけは見逃してあげる。ただし、ここじゃ解放しないからね。門の外にこのまま追い出す。それからは自分でどうにかして。離れた場所にちゃんと刀は返しておくから」
「へ…?」
「約束はしてくれたけど守るとは限らないし、念には念をね」
僕はそのまま椅子を引きずって家の前の道路まで持っていく。
ズルズルと引きずって行ったあと道路に放置し、僕の家から少し離れた方に刀を置いた。
「じゃ、後は頑張って〜」
「MATSUI…松井。お前!騙したな!」
「あ、表札があったっけ。まぁいっか。そうです、僕が松井です。でもその状態じゃ何もできないでしょ?」
「くそー!解けー!私と戦えぇー!」
ジッタバッタ暴れて椅子を倒し、そのまま刀まで無様に移動している女の子。
それを見ながら僕は家の領域に入る。
「やだよめんどくさい。それになんで僕が君と戦わないといけないのさ?」
「爺様の仇だ!お前が爺様を!」
「誰がどうしたって〜?僕は誰も殺したり傷つけたりした覚えはないんだけどな〜」
「…嘘だ!」
「うん」
「お前ぇー!」
頭に血が上ってて冷静じゃないせいだからだと思うけど、僕の家から出てるんだから魔術使えばいいのに。
さっきの刀…この前に仕事で痛めつけた爺さんの持ってた刀だった。その爺さんは敵対勢力の魔術師で、刀を使う武道家。身体強化系統の魔術をメインとした魔術師だったはず。ならその血筋も身体強化系統のはず。
「それにさっき君は僕を絶対に傷つけないって約束したじゃん。嘘つきは君だろ?」
「そんなもの無効だ!私は一般人に手を出さないからそう言っただけだ!」
「ふ〜ん…じゃあさ、君の爺様とやらが一般人に手を出すのはいいんだね?あくまでも君は手を出さないんだろう?」
「…ぇ?」
「あれ?もしかして知らないの?君の爺様とやらは一般人に手をかけたから粛清されたんだよ?」
正確に言えば犯罪者だ。
彼は魔術を大っぴらにしようと思ってる勢力の一人で、凶悪犯罪者を斬り殺すということを何度も起こしている人。今回はちょうどよく尻尾を掴めたので強襲した。
爺様とやらは頭の固い良い人だったよ。警察だけでは手の回らないような犯罪者を魔術師が取り締まるとか、そういったことをしようと考えてた。
でも、その方法はダメだ。一般に魔術が知られれば、それを学ぼうとする人が増える。そうなれば当然魔術を使った犯罪も発生するようになるし、そうしたらむしろ以前より規模がもっと大きくなることだろう。明らかに無意味だ。隠して行うとは言っていたが、大っぴらになってもいいと思っている時点でその発言に意味はない。
彼は魔術師という世界にいながら、純粋だった。
「そ、そんなの嘘に決まってる!」
「いや、本当だよ〜。彼は証拠がなくて捕まえられなかった犯人を斬り殺した」
「…な、何が悪いっていうんだ!爺様は悪い人を倒していた。ヒーローだったんだ!」
「その犯人は近いうちに僕らの仲間の手によって警察が捕まえる予定だったんだよ。魔術で秘密裏に証拠を見つけて、一般に魔術が知れ渡らないようにね。彼はそれを問答無用に斬り殺した」
「いいじゃないか!爺様はお前らなんかより早く悪い奴を倒したんだ!」
「…本当に?」
「な、何が言いたい?」
「被害者が望むのは断罪だ。殺したいほど憎むような事件でも、大衆の前で裁かれることに、自分の手で裁くことに意味がある。犯人だったということも知らされず、ただ被害者はいつまでも見つからない犯人をこれからも探すんだ」
「で、でも悪い奴は…」
「もういないって?そんなのは関係ないね〜。今君がやっていることだってその証拠だよ?君は自分の手で僕を倒しに来た。もし、僕が全く知らないうちに誰かの手で殺され、それを知ることもできなかったとしても…君はそれで満足?」
同じ話を彼にもした。魔術を全て封じ、同じように椅子にくくりつけた上で。
ただし、もっと細かに、もっと重たく話したよ。それこそ僕の実体験を元にしてまでね。その手の類は僕には記憶があるゆえに、いらぬ天誅を下す輩が不要だということもよく理解できる。
わざわざ仕事の後処理を引き受けてまで話をした。
…結果から言うのならば、彼は自ら処刑台へと登ったよ。無論、表向きではなく魔術師たちの中でのだけど。
「そ、そんなの…」
「許せるわけがないだろう?僕はその感情をよく知っている。だから君の爺様を倒しに行った。その悪行を止めるためにね」
「爺様のしていたことは悪行なんかじゃ…」
「ないかもしれない。けれど、それが多くの人にとって悪行以外の何物でもなかったというのは事実だよ。よく考えるんだね〜。ほら、魔術でも使ってさっさと退散しなよ。今なら僕は見なかったことにしてあげるから」
僕はそのまま見捨てて工房に戻る。
いつまでもかまってるつもりはないし、これから味方になるかもしれないという家を叩き潰すつもりもない。なにせこのまま味方にできれば僕の功績として邪魔に思って来る奴らを黙らせられるしね。
その夜は街に女の子の泣く声が響いた。
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