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2.許されるのなら




 その日の僕は久しぶりに困惑していた。

 今更ながら当然のことだったはずなのだ。確かに神魂に成ったことで僕の呪いは解かれていると言っても過言ではなかったし、それゆえにありえない話ではないということも考えられたはず。

 それを僕が考えようと思わなかっただけで。



 「ふむ…やったぜ、弟を手に入れた?」


 僕は父親の家にいた。

 膝の上にもう2歳になる弟を乗せて。



 * * *




 始まりは突然だった。

 土曜日の夕方、父親から電話で「日曜にうちに来てくれ」と言われた。詳しい内容も何も言われず、ただ突然に予定を聞かれて話が決まり、僕は翌日にこうして家を訪れることとなったのだ。


 

 「いい、家だね」

 「ああ、そうだろう」


 リビングのテーブルで向かい合う僕らは、ただ何も言わずに座っていた。

 窓から見る庭では花壇にチューリップが咲き、綺麗な芝と子供用のブランコが風で揺れている。



 「なぁ、新一郎」

 「なにさ、父さん」

 「すまなかった」

 「…なにが?」


 本当になにを言っているのかがわからなかった。そもそも僕に他人の感情を理解する能力が足りないっていうのもあるだろうけど、本当になにを言いたいのかがわからないのだ。

 


 「わかっている。許されることではないと自分でもわかっている…お前が嫌いだったわけじゃないんだ。俺な情けなかっただけだ」

 「…?」

 「本当に今更なのはわかっている…だが、謝らせてくれ。いつもお前を突き放して、事故でひとりになってからもなにもしないで、俺だけこうやって生きてきたことを」

 「…ああ〜。そういうね」


 ここまで言われて初めて気がついた。

 呪いがなくなれば、自分のしてきたことを肯定してきた何かが消える。そうさせてきた何かが消える。

 そうなれば当然感じるのは自責の念。

 父さんはそれを感じているのだと、初めてわかった。

 

 僕にとって父さんは元々そういうものだし、そう感じるだなんて思ってもこなかったから、疑問に感じてたんだろう。

 そう言われればわかる。なにが済まなかったのか。なにが許されないのか。



 「別にいいよ。気にしなくても。僕は不自由してないし、結構好き勝手に生きてるからさ」

 「だが、俺はお前に…いや、押し付けだったな。悪いのはすべて俺だ」

 「ふ〜ん。そんなことよりどうなの?今の生活は?」

 「…え?今の、生活か?」

 「そ。子供も生まれたんでしょ?幸せに生きられてる?」

 「それは…」

 「僕の前だから言いづらい?別にいいよ、正直に言ってくれれば。ただ僕は今の父さんが知りたいんだ」


 だが、それは既に遅い。

 あまりにも遅すぎた。

 僕はどうでもよくとも、父さんがよくない。これから僕のことを考えるだけでも後悔や申し訳なさを感じるだろう。それは僕にとってよろしくない。

 なぜかって?僕は気にしてないのに相手に気にされるのがうざったいから。その感情は人の交流において邪魔者でしかない。そんなものを感じるから……おっと。また人らしくない思考回路に入りそうだった。



 「僕が知っているのは、母さんと話していた父さん。鈴と話していた父さん。ただそれだけなんだ。父さんがどんな人で、父さんがどんなことを考えてたのかなんて一度たりとも考えたことがない…まぁさすがにもう覚えてないような小さい頃は除くけどね。だから、僕は父さんが知りたい。たとえ聞きたくないようなことでも」

 「そう、か。そうか…俺はそんなにもお前に何とも思われなかったんだな」

 「まぁ関わり合いが少なかったからね〜。大体の時はおばあちゃんの家にいたし」

 「すまない…」

 「ああ、別にいいよ。僕はあっちの方が幸せだったから。おじいちゃんのパンケーキ食べたことある?すごく美味しかったんだよ。あと、おじいちゃんはマジックが特技だったんだよ。僕もいろいろ一緒に練習してできるようになったんだ〜」

 「そうか…今度、見てみたいな」

 「ふむ…トランプある?」


 なんなら見せてあげようか。簡単なトランプマジックぐらいなら普通にできるし。

 まぁ、なくてもそれなりに色々とできるけど、ちょうどいい感じのものが見当たらないんだよね〜。

 


 「え?いや、今はないな…」

 「そう。残念…まぁ、今度機会があれば見せてあげるよ。子供も生まれたんでしょ?今は…もういくつになるの?確か、葬式の月の最後あたりとか言ってたから…」

 「もう、2歳だ」

 「2歳か〜。男の子?女の子?」

 「男の子だよ。名前は(まこと)…」

 「へぇ〜…じゃあ僕には弟ができたわけだ。あ、でも16歳も離れてると弟っていうより甥って感じだね。そこまことくんは元気に育ってるの?」

 「ああ…元気に育ってるよ。俺が、お前にしてやれなかったことをしてやって、純子がしなかったようなことを今の妻がして…初めてわかったんだ。俺、お前になんて酷いことしてたんだって」


 父さんの目から涙が零れ始めた。

 一度そうなったあとはもうダムが決壊したかのように言葉が次々と溢れ出してくる。



 「最初は…嫉妬したんだ。バカみたいだろ?お前が生まれたのは大学生の時で、俺も純子も子供が欲しかったわけじゃなかった。それで生まれた子供だったからかもしれない。俺は純子がお前に取られてるみたいで……それで、今度はお前をお袋に押し付けた。また、純子が俺を見てくれるって、ほんとバカだと思うよなぁ。それでも、どうにかしてって思ったんだよ。でも、今度は純子の両親から責められて、経済的に不安定だった俺なんか認められないだとか散々言われて、仲間を説得して会社を作って…やっと認められた頃にはお前はもう俺のことなんか見てなかった。だから鈴ばっかりかわいがったんだろうな…それでどんどんお前との距離が離れて…気づけばよかった。小学校に入ったばっかりの頃だよ。お前な、1回だけ俺にテストを見せに来たことがあったんだよ。満点で、大きくはなまるが書かれた。それを俺は仕事が忙しいだとか言って見ないふりして…」

 「…あ、そういえばあったね〜。そんなこと」

 「覚えているのか…?」


 言われて初めて思い出した。

 多分、僕がこうやって神魂になって記憶が記録として全て覚えていられるようにでもなってない限り思い出せないような曖昧な記憶。

 確かあれは…



 「ああ、そうそう。あれ、友達に何か言われたんだよ…なんだったかな〜?なんか、その子が父親を自慢してたんだっけ。僕も何かしようと思ったんだけど、何もできなくってさ。なんか無性に悔しかったのだけは妙に覚えてるよ」 

 「そうか…俺はそんな時からお前に見てもらえなかったのか」

 「そうだね〜…思えば僕と父さんの確執は意外と長かったのかも。こうやって話すのなんて、何年ぶり?というかこうやって面と向かって話すなんてなかったのかもしれないぐらいだし」

 「今まで、何もしてやれなくてすまなかったな…」

 「もういいよ。別に僕は気にしてないし。それに、むしろそれで良かったのかもしれないしね…」


 そのおかげで僕はおばあちゃんとおじいちゃんと共に過ごせた。

 そのおかげで僕は自分だけで生きていこうと思った。

 そのおかげで今の僕が形成され、僕がいる。


 たとえ呪われた運命だとしても、それは絶対的不幸じゃなかった。

 だって、紫たちに比べれば相当マシだからね。 



 「ということで、仲直りといこうよ。僕はいつまでもウダウダ言ってるのは嫌いなんだ。そんな何の得にもならないような後悔はとっとと終わらせよう」

 「…それで、そんなのでいいのか?お前は」

 「別にいいよ。もう、十分にいろんなことは見てきたし、聞いてきた。それに…僕にとっては最後の血のつながりなんだ。せめて、楽しくいこうよ」

 「そうか…そう、だなぁ。わかった。お前がそう言ってるのに、俺がいつまでもこだわるのはおかしいよな」

 

 手を、伸ばす。

 


 「大きく…なったなぁ」

 「いつの間にか父さんの手は小さくなったよ」

 「ああ、そうだな」


 その手は空を掴むのではなく、ちゃんと人の手を得た。

 


 「あの時…純子と鈴の葬式の日。俺はな、お前が邪魔だなんて言おうと思ったんじゃなかったんだ。あの日、俺はお前を…新一郎、新しい家族と共に一緒に歩んでいかないかと言いたかったんだ。今となっては言い訳みたいに聞こえるかもしれない。お前にああ言われて、俺も意地を張ってたんだ。だが、今でも…そう思ってる。なぁ、新一郎。今からでも、一緒に暮らさないか?すぐに答えを出せとは言わない。無論無理にとも…だが、考えてみてはくれないか」

 「奥さんはいいの?こんな時に僕が入ってきたらそれこそ邪魔でしょ」

 「気にしなくてもいい。こうやって話すよりも前に相談はした」

 「そか。でも、いいよ」


 今この家に入ったとしても、奥さんと仲良くやっていけるとは限らないし、何より不都合が多い。

 僕のこの先の生活にはおそらく魔術師関係が多く巻き込まれる。そこに一般人を引きずりこむのは魔術師たちの望むところではないだろうし、僕もあまり望ましいとは思わない。

 それに…



 「…やっぱり今更父親面しても、か」

 「いや、今ちょっと目標があるんだ。高校を出たら、僕は一軒家を建てる」

 「高校?…ああ、大学の言い間違いか」

 「いいや、高校だよ。まぁ一応大学にも行くつもりだけどさ」

 「高校を出たらと言ってもお前、お金はどうする?」

 「大丈夫…それにはアテがあるから。父さん、僕は高校を出たら会社を設立しようと思うんだ。ああ、大企業じゃなくてちょっとしたやつだよ。アクセサリーデザインの会社をさ。今、それに向けて僕は練習中なんだ。ネットで販売を始めたんだけど、そこそこ売れてきててさ。なんか、最近アイドルかなんかがブログに書いてたらしくって、人気沸騰中なんだよね。それで、事務所兼工房兼住居を立てようと思うんだ。まだ未成年だからブランドとかやるにしても非公式に近いもので、ホームページとロゴだけ作ってそこから販売してる。それをちゃんと会社として立ち上げようと思う…だから、高校を出たら独り立ちするから大丈夫だよ」

 「そ、そうか…なんというか、いつの間にかお前は随分と成長してたんだな…」


 最近…とは言ってもネットオークションで売り始めて3回目の辺りでホームページを立ち上げて「移動しました」って表記を出してそこから売り始めたわけなんだけど、なぜかこの数日で注文が殺到し始めた。コメントを見て初めて気がついて自分でも確認したんだけど、購入者にアイドル?がいて、その人がブログでべた褒めしてくれてた。多分その影響なんだろうなぁと思いつつ、このままだとちゃんとした登録とかしてないからコピー商品が売られることもあるし、将来的な面でも色々考えるとよろしくない。

 ということで、ちょうどいい機会だし父さんに話をしようと思ったのだ。未成年で会社を立ち上げるには色々と面倒があるから一時的に父さんが立ち上げてもらって、僕が成人したら返してもらおうかと。

 

 という旨を父さんに細かに説明した。



 「材料や職人は足りるのか?それから、会社としてやっていくなら取引先との話し合いや…」

 「あ〜、ストップ。そこより先の内容は今度にして。今されてもどうにもならないからさ。とりあえず、登録だけしてもらえないかな?商標登録とかだけでもしておかないと、どこかの会社に持っていかれたら笑い話にもならないから」

 「…そうだな。細かい話はまた別の日にしよう。もうじき由貴…妻が帰ってくる」

 「あ、じゃあ僕は帰ったほうかいい?」

 「いたいならいて構わない…できれば、真の顔も見て行ってやって欲しい」

 「…そうだね。弟の顔ぐらい見てから帰るよ」


 ちょうど家のドアが開く音がした。



 「パパー、荷物冷蔵庫に入れるの手伝ってー」


 聞き覚えのある女性の声。これが新しい奥さんの声だろう。何度かうちで言い争うのを聞いた覚えがあった。

 そして、その声は父さんよりも随分と若い女性のようだった。



 「…父さん、一体幾つ下の人に手を出したのさ」

 「いや、その…だな」

 「ほら、呼んでるよ〜」

 「聞こえてるよー!」


 僕は父さんを送り出す。

 そして、その後ろをについて玄関へ向かった。

 


 「あ、これこれ。卵入ってるから気をつけて……えっと、その子」

 「俺の息子だ」

 「初めまして…ではないかもしれないけど、初めまして。松井新一郎です。父さんが世話になってます」

 「え、ええ…あ、あの私」

 「ああ、別に僕は父さんがあなたと結婚したからどうとか言うつもりはないから安心してください。ただ…父さん、一体どこからこんな若い人捕まえてきたの?」


 視た所、27と出た。

 父さんは今38だ。つまり、11歳差。

 …一体どこからこんな若い人を捕まえたのだろうか?



 「いや、それは…」

 「あ、そんなことより父さん。そこの子が真?」

 「え?あ、ああ。おいで真」


 母親の後ろで隠れている男の子を見つけた。チラチラとこっちを見ているので、父さんに尋ねれば案の定。

 父さんが呼ぶと、走って父さんに抱きついた。



 「ぱぱ〜、ひとー!」

 「ああ、そうだな。このお兄ちゃんはな、真のお兄ちゃんなんだぞ?お兄ちゃん」

 「おーにぃ?」

 「そうだよ。ほら、ご挨拶しないとな」

 「まとー」

 「二歳児って…どのくらい喋るのは普通なんだっけ?」


 こっちを見て、ボケーっとしてる真の頭を撫でて、ちょっと考える。

 …向こうの世界のことはあてに出来ないからねぇ。なにせ、2歳で10歳ぐらいにまで成長する巨人種とか、2歳でもまだ赤ちゃんのようなエルフ種とか、色々といるから。



 「まぁいっか。真、クルマ好き?えっと、ブーブって言えばいいのかな?」

 「ぶーぶ!」

 「よろしい…見ててごらん」


 僕は両掌を真の前に出す。

 ひらひらと振った後、何かを包むように両掌を合わせ、その中で創造する。

 …いや、普通にクルマのおもちゃとかがあればマジックとしてできるんだけど、今日は持ってないから。ちゃんとできるよ?別に出来ないわけじゃないんだよ?



 「3…2…1…じゃん!」

 

 手を開くと、その中にはクルマのおもちゃ。

 真はそれを不思議そうに見つめ、手にとって眺めている。



 「凄いな…」

 「それは僕からのプレゼントってことで。じゃ、父さんまた来るよ。今度は資料とかも用意してくるからよろしくね」

 「あ、ああ。わかった。来る日が決まったなら電話してくれ」

 「じゃ、また」

 「ああ、また」


 手を振る。

 それはまるで親子のように。


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