1.戻ったなら
しばらく閑話集みたいなものを。
一応本編と関係はありますよ。読まなくても問題はないですけど。
「ただいま〜…かな?」
帰ってきたという感覚はない。
僕にとって、ボクにとって、この家はすでに仮染めの家のように感じるからだろうか。僕の家は…帰るべき場所はここじゃない。この世界じゃない。そんな感じがする。
「はぁ…まぁいっか。とりあえず寝よう」
制服を脱ぎ捨てて、ソファーにダイブする。
寝れるようになったというのは素晴らしいよ。おかげで無駄な時間を浪費できるからね。
こうして元の世界に戻ったのはかれこれ700年ほど経った後のこと。
マリーが結婚して、ディランが隠居して、ハイド君とエルシーが小さな町の領主になって…そしてみんなが死んだ。
で、この世界に戻ってきたのは3時間前。
かれこれ700年は経っているのにちょっと久しぶりかなと思った程度な所を考えると、やはり僕の精神は別の誰かのものにすり替えられちゃったような気がする。
「テラ、おやすみ〜」
もぞもぞと僕のポケットから抜け出して人化したテラを抱き枕に意識を落とした。
* * *
それからしばらく、いつも通り…ただし、どこか一部が違った日常が再開される。
今まで通りの通学路を歩く見覚えのある後ろ姿に向けて自転車を突っ込ませておく。
「おはよ〜、拓巳、ヒゥル」
「おう、おはよう…それと朝っぱらから人に自転車ぶつけるってどうなんだよ」
「お早う」
お分りいただけただろうか?…なんてね。
実はこっちの世界に帰ってくるときにヒゥルも一緒に連れてきたのだ。いや、正確に言えば一緒に来たいと言われたから連れてきてあげたんだけど。
「まぁいいじゃん。で、どうだった〜?ちゃんと変わってた?」
「ああ、まぁ…な」
「なんとも不思議なものだな、あれは。まさか私に母ができるとは」
連れてくるからにはちゃんとそのための仕事はした。
こっちの世界にヒゥルの出生からの情報を埋め込んだ。簡単に言うなら初めからこっちの世界の住人だったということにした。それにより、現在までのヒゥルが存在したという偽の記憶が世界中にばらまかれている。
その記憶は世界が勝手に創造してくれたもので、もしヒゥルがこの世界で僕のいじった通りのシナリオで存在していたらという架空の物語が勝手に綴られた結果のものだ。
ちなみに、そのシナリオは拓巳の家にヒゥルが拾われていたらというもの。親から何からを作るのは面倒なので、出生は不明、生まれて間もない頃に神野家のそばに捨てられていたのを拾われて育てられたということにした。
「…やはり、私はタクミを兄様と呼ぶべきなのだろうか?」
「だからなんで兄様なんだって。こっちの世界で様をつけるのはなかなかいねぇよ」
「いいの〜?”兄”で」
「む…それは、その…だな」
ああ、あとヒゥルがこっちの世界に来たいといった原因は拓巳だ。
辛い過去を拓巳に支えられて乗り越え、1年中共に過ごし、拓巳のいろんな面を見て、決心やら何やらができて…まぁ、何があったかといえば、惚れたと言うやつだよ。吊り橋効果?なんかそういうのにでも引っかかったのかね。ともかく、ヒゥルは拓巳のことが好きだと。
その件についてはこの世界に来る前にヒゥルの口から直接拓巳へと言ったわけなんだけど…さすがは拓巳と言うべきか、全くそういったヒゥルの心に気づいていなかったし、言われて初めて気がついたあとのセリフが「考えさせてくれ」だよ?
まったく。もっと男らしくは出来ないものかね〜。
「ははは〜…まぁ、拓巳が答えるまではしばらくいじり回せそうだからゆっくりやりなよ」
「ちょっ新⁉︎楽しんでんだろ⁉︎」
「当然〜。友人の恋愛事情を楽しまずにして何が高校生さ」
「いや、もう高校生って年齢じゃ…おう、もう言わないからその目はやめてくれ」
「それを言ったら拓巳だって2回も喚ばれて体だけ元に戻ってるんだから高校生じゃないでしょ〜」
「まぁ…それを言ったら、俺たちみんなそうじゃんか」
「そうだね〜…となると、実はヒゥルが一番幼いってことになるよ」
僕は今、2000ちょっと。拓巳が22くらい?ヒゥルは死んだ時の年齢のままだから17ってことで一番若い。
いやぁ、人の年齢って見た目じゃわからないもんだね〜。と言うかそもそも向こうの世界じゃエルフやら何やらと長命な種族がいっぱいいたから今更なんだけどさ。
「私は年下なのか」
「その割には新より身長高いけどな」
「僕はいいんだよ〜。別に変えようと思えばいくらでも変えられるから」
「確かに、エクは小さい少女だったな」
「そういやそうか」
何はともあれ、またこうやって過ごせるのは楽しい。
あと100年も続かない日々だが、できるだけ楽しみたいと今は思っている。
「うるさい〜。いいよ身長なんか。別に低いわけじゃないしさ〜?そもそも平均からすれば2人が高いんだよ」
「あー、それもそうだな。俺も180あるし、ヒゥルは177だったか?」
「そうなのか?私にはわからないが」
「なんなら今視てあげようか?…えっと、身長が177.2cmで、体重が」
「それ以上は言うなよ?ヒゥルはそういうところは向こうの世界基準なんだからな」
「あ、そうだね〜。待っててもツッコミがこないのか」
「…?何かあるのか?」
別に体重が重い軽いでどうこうするのはこっちの世界のように平和なところだけ。
向こうの世界だったら筋肉が落ちたんじゃないかとか、バランスが変わったんじゃないかと別のことを心配するからね。
「重いとか言われると恥ずかしい?」
「それは…そうなのかもしれない、のか?」
「うん、ダメだ。ちょっと安井さんたちのところに放り込んでこよう」
「そうだな。それがいい」
「へ?私は何かおかしなことを言ったのか?そうなのか、タクミ?」
こっちの世界の常識に疎いわけではない。
そもそも、こっちの世界に埋め込んだ情報は埋め込まれた側にも作用する。つまり、拓巳やこのことを知っている魔術師たちにもね。ただし前あった記憶が消えるというわけではなく、それと並列して同じ時間軸の記憶があるという状況になる。
言うなればシュレディンガーの猫状態?生きながら死んでるみたいな。
だから、一通りこっちの世界で過ごしていたという不自然な記憶がヒゥルの頭の中にあるわけ。まぁ、その記憶はドキュメンタリー映画を見ているような、他人の日記を読んでいるような、そんな感じだからしょうがないと言えばそうなんだけどさ。
「さぁなー」
「なっ!それはずるいぞ。私はこの世界に来て間もないのだからもう少し細かく」
「まぁ、そのうち分かることだからいいじゃないのさ〜。ところで拓巳、今日がなんの日だか思えてる?」
「は?…いや、なんかあったっけか?別に何かの記念日だとかそういうんじゃないだろ」
「うん、ないね」
「じゃあ、なんだ?」
「今日はテスト結果が張り出される日なのだよ」
「おう…?それがどうかしたのか」
「今回のテスト…実は僕はじめて真面目にやりました」
「それがどうし………ああ、そういうことか」
僕が真面目に解いた…数学は問題なく満点。理系科目も物理基礎と化学基礎選択だから満点。文系科目は記述の不安な部分を除けばほぼ満点。英語はスキルのせいで自動翻訳されてるから余裕。
…その結果、僕は数カ所しか間違わないという驚異的な点数を叩き出せるのだ。
「先生方のアホ面が拝めるよ?」
「アホ面って、お前な…」
「真面目にやると何かがあるのか?」
「新が何かは知ってるだろ?要するにそういうこと」
「なるほど…」
ちょっと楽しみだ。
神様らしくないと言えばそうなのだろうが、僕は神様らしくありたくないので好都合。この返ってくるまでの間にどれだけ人間らしくあろうと努力したことか。
「それにしてもまた学校に来るのが久しぶりって感じることになるとは思いもしなかったな」
「いやぁ、わるいね〜」
「まったくだ。最初から説明でもしてくれりゃ良かったのに」
「やだよ面白くない」
「おい…てか、やっぱりみんな忘れてるんだよな?」
「なにさ突然神妙な顔しちゃって」
まぁそれを聞きたくなるのもわかるけどね。
こっちの世界に戻る前、レベルが上がって魂の格が上がりすぎて記憶を削れなくなった人だけを別空間に呼び出して話をしたのだ。まぁ、話したのは僕じゃないけど。
内容としては、こっちの世界に戻って来れば【剣術】とかの世界の補助系統のスキルは意味をなさなくなるが、【念動力】や【武器創造】みたいなスキルは残るみたいなこと。こっちの世界に戻る瞬間のこと。一度向こうへ呼び出したことで魔力に目覚めるような人がいるかもしれないってこと。みんなの記憶を消すこと。向こうでひとり人が消えたということ。
ちゃんと説明したので大体は理解してくれたはず。
「…ま、あそこにいた人たち以外はみんな忘れてると思うよ。僕のミスがなければね」
「そうか…向こうではじめて仲良くなった奴らとかの記憶もないんだよな」
「そうだね〜。まぁ、もう一回最初からやり直して、二度仲良くなったとでも考えて得した気分にでもなってよ」
「おう…そうだな」
そうこう言っていると学校の校門に着いた。
拓巳は自転車通学の範囲内から少し離れていて、僕は自転車なのでそこで一度別れる。いやぁ、教室に行ってからのヒゥルはちゃんとやっていけるかな〜?記憶はあるにせよ、それと同じようにこれからやっていけるというわけじゃないし。
「じゃ、自転車置いてくるね〜」
「おう。じゃあまた教室で」
「タクミ、私は今になって不安になってきだのだが…私はものを壊さないだろうか?」
2人が歩いていくのを見守りながら、校門を通り過ぎる。
それを見計らったかのようにちょうど向こうから李川先生が歩いてきた。車の中から降りてきたところを見ると、僕が車でそこで待っていたのだろう。
「やぁやぁ、先生…あ、そういえば先生じゃないね。この学校の名簿にも入ってないし」
「俺は外部顧問という扱いだからな」
「へぇ〜。で、何かご用?」
「お前、やっぱり嘘ついてたな」
「なにを今更〜。その話は向こうの世界で散々したでしょ?」
僕は肩をすくめてやれやれといったように笑う。
その件について詳しくは話してないが、ある程度は向こうの世界で話し合いをしている。
「ああ…そこで、これからのお前の扱いが変わるだろう」
「ふ〜ん?僕との元々の約束はどうするのさ?手は出さない。守る。深く干渉しない…だったよね?」
「くっ…だが、お前は!」
「脅したって別にいいんだよ?まぁ今更だけど、拓巳が強いっていうのはわかったはずだし、だから僕の関連する人に手を出すと被害を受けるだけだっていうのもね」
「…また後で話す。放課後”i”に来い」
「モンブランおごってね〜」
ガシャッと少し古くなった自転車の鍵をかけて、下駄箱へ向かう。
李川先生は悔しそうな表情で生徒会室の方へ歩いて行った。
それにしてもちょうどよく向こうから声をかけてくれたよ。どうせばれた後で話をしないといけなさそうだったから都合がいい。こっちの世界での僕らの今後の扱いがどうこうっていうのはまだ話してなかったからね。
まぁ、ばれてしまった以上今後は僕も普通に色々言われるだろう。色々と向こうを脅したからそれなりのものではあるだろうけど…というか、いっそのこと向こうの世界にどっぷり浸かってしまうというのもいいかもしれない。そうしておけば将来は安泰だし、僕があまり老化していなくてもどうにでも騙せるから。
お金は入るんだしこっちを本業にして、今までのようにシルバーアクセサリーを作ったりなんだりと細々としたことをして稼ごうか。
「おはよ〜」
ガラガラーと勢い良く前の扉を開け、教室に入る。
自分の机に荷物を置き、ヒゥルの様子を伺う。話をしておいたおかげか、結城と安井と拓巳に囲まれ普通に馴染んでいけそうな雰囲気を作り上げている。
「拓巳〜、宿題やった〜?」
「は?…え?そんなんあったか?」
「ないよ?」
どうしようのない日常を再開する。
”このまま平穏な日々が続きますように”なんてフラグは立てない。むしろ、波乱万丈な日々が始まることを期待する。
僕が人らしくあるために、もっと楽しみを。
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