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32.夢見た日




 今日は少しばかり森がうるせぇ。



 「バカな新人でも来てんのか?」


 これだから新人冒険者は困んだよ。ビクビクするくせして、森の常識ってもんを知らねぇ。

 


 「まぁ、俺たちもそうだったじゃないか…って、エルシーは?一緒じゃなかった?」

 「あ゛?マリーが一緒だろ。ったく、んなに心配だっつんならずっと付いてりゃいいだろぉが」

 「いやいや、それはさすがにキモくね?」

 「別にいいだろ。夫婦なんだからよ」

 「いや、まぁ…そう言われるとそうなんだけどさぁ」

 「あー、うぜぇ。ほら、来たぞ」

 

 外壁にもたれかかっているオレらに向かって手を振るのが見える。

 黒のローブと水色の魔石の填まった杖を持った九つの尾を持つ狐耳の女の子に弓と砂色のマントを羽織ったエルフの女の子。外見はオレらのパーティで長命種ではない奴がいないから学園を出た頃から全く変わりない。

 …いや、面子は変わったか。エルドレットとサーファイスは別行動をしている。あいつらはしばらくハイドと離れて一人立ちしようと思うだとか言って一昨年パーティを抜けた。



 「ったく…さっさと行くぞ」

 「はいはい。わかってる…で、場所は?」

 

 楽しげだった雰囲気は一瞬で真面目に変わる。

 今日の依頼はAランクの魔物、”フォレストドラゴン”の調査だ。ここ最近のこと、この街の周囲で小規模だが魔物の氾濫があった。原因は裂け目による上位の魔物が発生したことだと推測されている。

 1週間ほど前に目撃証言が上がり、その調査が今日の依頼だ。

 …ま、調査なんざある程度しっかりとした確証がねぇと報酬は激減、手間の割に報酬が釣りあわねぇような仕事だ。誰も受けやしねぇし、ちょうど目ぼしいもんがなかったから受けた。受付嬢に頼まれたからじゃねぇ。



 「『魔のものを見つめろ【魔瞳】』…こっちだ」


 オレの視界が色付いた魔力で変色した。

 強い魔物の発生によるものだと言うのならと思い、魔力を見たが案の定森の中に今までなかったような魔力がいる。おそらくそれが目標だ。



 「マリーちゃん、エルシー、周囲の警戒は頼む」


 無駄に魔物を刺激しないように森を歩き始めた。

 オレらは人だ。いくら鍛えようがどんなにレベルを上げようが絶対的な力にはかなわねぇし、無駄な戦闘をしないに越したこたぁねぇ。ドラゴンやらと正面切って戦えんのはそれこそ人外の域…いや、俺とハイドに限れば可能ではあるか。

 オレとハイドはこの時代…千年戦争と呼ばれたありとあらゆる種族の滅びた戦争の終わったあとの時代の種族じゃねぇ。その昔、戦争で猛威を振るった完成種だ。

 オレの額にはひとつ瞳があり、その瞳にはあらゆる魔眼としての力が込められている。ハイドはその体に鬼神としての血を宿し、強烈な戦闘本能と力を持つ。

 今やSSランクの冒険者にまで成り上がり、人外の域へと片足どころか両足を突っ込んでいる。もう、戻れやしない…いや、戻ろうと思わねぇ。

 

 しばらく歩いたあたりでオレの目に敵が映る。

 …魔力だけが揺らぐように視界に入った。ミミクリートカゲだろう。幻で自分の姿を隠す魔物だが、オレに瞳にはそういった魔物の方がよく見える。

 注意深く見りゃ周囲の背景とのズレがあるから見つけられねぇことはねぇが、まぁ当然それなりに供給が少ないために高値で売れる魔物だ。



 「エルシー、右前方、斜め上あたりだ。打て」

 「はいはーい……よしっ、命中ー」


 大体の指示さえすりゃ目のいいエルシーには通じる。

 弓を構え、矢を放った数秒後にはドサッという物音と立てて死骸が落ちた。額に矢が突き刺さっているのが確認できたからおそらく死んでるだろう。

 ハイドが短剣を構えて近づき、首を切ってしっかりととどめを刺した。



 「…皮が売れる。ハイド、持ってけ」

 「はいはい。人使いが荒いな、まったく」

 「テメェしかアイテムポーチ持ってねぇだろ。当然だ」

 「わかってるって…あーあ、もう1個ぐらい宝箱に入ってればよかったのにな」


 ハイドは死骸をそのままポーチに放り込む。

 ポーチの口に近づけられた死骸はパッと消滅したかのように収納された。

 このポーチは最近…とは言っても2ヶ月近く前のことだが、迷宮(ラビリンス)を探索しているときに宝箱の中から発見した品だ。内部の容量が見た目の数千倍以上あるポーチで、これはウエストポーチの型だが、ドラゴン2体を収納するほどの容量があった。

 確かにハイドの言う通りもう1個あるとありがたいが、滅多に見つからず、見つけた者も売ることなんざしねぇし、もし売られていようが高価すぎて買おうとは思えねぇなんつう代物だ。オレらは運が良かったと言える。



 「ディラン、目標は動いていますか?」

 「同じ場所だ。このまま進めば10分も掛からずに見えるだろうよ」

 「そうですか…」

 「どうかしたか?」

 「いえ、ギルドで話を聞いたのですが、少しおかしいと思ったので」

 「被害の少なさの話か?」

 「はい。ドラゴンならもっと食事を取らなければ死んでしまうのはディランも知っているのでしょう?」

 「当然だ。知っている」


 ドラゴンというのは滅多に外では発見されない…いや、発見されなくなったと表現すべきだな。

 かつて、ドラゴンは巣を作り外界にも多く存在していた。だが、裂け目が発生するようになってからそのドラゴンは狂い始める。確認されているだけでも15回…ドラゴンは山を食いつぶした。ドラゴンによる過剰捕食が原因で魔物の氾濫が起きたということもあり、剣聖によるドラゴン狩りが行われ今やその姿は迷宮外ではほぼ見なくなっているというのが現在。

 竜車として使われていた竜や弱いドラゴンはそうならなかったために、多量の魔力を持つドラゴンが裂け目の魔力に当てられて罹る一種の病というのが学者の見解だ。最近の調査によると1日に数十体の魔物を食らわなければ餓死するらしい。


 オレの視界を彩る魔力は今もなお強く揺らいでいる。



 「…目撃されたのがフォレストドラゴン以外の可能性か」

 「ドラゴンのような外見で、樹木に関連するような魔物が他にいるのかはわかりません。ですが…」

 「警戒する」

 「…はい」

 「行くぞ…!」


 より一層の警戒と共に歩き出す。

 魔物の氾濫が起きたということは上位の魔物であることは間違いないはずだ。だが、フォレストドラゴンは過剰捕食するドラゴン。ならば被害が少なすぎる。ありえねぇ。

 ドラゴンの姿、樹木をその身に宿す、強い魔力、上位の魔物…それらから導き出されるのはフォレストドラゴン、ウッドドラゴンのみ。肉体に草木が生えるのを見たという供述からフォレストドラゴンと推測されていたが、違ぇのか?


 歩けば歩くほど魔力の強大さが見えてきた。

 草木をかき分け歩き、木々の隙間から向こうを見る。その先に見えるのは衰弱した様子のドラゴンが開けた森の中で日光を浴びてその身を横たえていた。

 薄い翡翠色の鱗と体の節々から生える植物、グネリと捻じ曲がった角から生える木、瞳孔の縦に割れた黄色い眼。



 「ディラン。あれはフォレストドラゴンなのか?」

 「ちげぇ。別のやつだ」

 「さすがマリー。ん?じゃああのドラゴンは何?」

 「龍…です」

 

 マリーの呟く声が聞こえた。

 その直後に視界の端に強い魔力が割り込んでくる。それはその龍の魔力すらも飲み込むかのようだった。 



 「…何かが来てるぞ。構えろ。逃げる準備だけはしとけ」

 「了解。俺たちでも無理そうなやつ?」

 「ああ…死ぬな」


 その魔力の主はすでに龍の向こう側にいる。オレらは木々の後ろにその身を隠し、隙を窺う。

 だんだんとその巨大な魔力の色に視界が塗りつぶされていく。

 魔力は龍の頭の方へ移動している。木を透過して向こうを見つめ、その姿だけでも捉えようと気を張った。



 「まだ子龍だね。どうしたの?両親は?」


 ちらりと視界に入ったのは灰色に揺れる長髪の男。



 「シエン…?」


 後ろに手をつき、枝をへし折る音がした。

 その男はこちらへと視線をやり、視界から消える。


 オレの肩に手が置かれた。



 「やぁディラン。元気だった〜?運がいいね、こんなに早く再開できるとは思ってなかったよ。よかった〜。探す手間が省けたし」

 「シエン、なのか?」


 愉快そうにオレに笑みを浮かべ、後ろにいたマリーを見つけて走っていく。



 「マリー、元気だった?会いたかったよ〜。随分と大人になったんだね…どうせなら、その成長をそばで見届けたかったな。突然いなくなってごめんね」

 「お兄ちゃん…なの?」

 「あれ?口調は戻ったのね。うん、僕だよ。久しぶり」

 「んぅ…」


 マリーをシエンが抱きしめる。

 本物、なんだな。

 …なら、あの魔力もシエンの。

 


 「シエン先輩…なんですよね?」

 「うん。久しぶりだね〜、ハイド君。元気だった?エルシーも一緒だね。赤色君と水色君は?」

 「2人は俺たちと別のパーティでやってます。どうしたんですか?こんなところに」


 気のせいだか知らねぇが、ハイドの声に怒りがこもっているように感じられた。



 「ははは〜…まぁ、ちょっとね?まぁ、まずはそこの龍をどうにかするから」

 「やっぱり龍なんですね。で、どうするって言うんですか?」

 「お家に返してあげるよ〜。多分両親も心配してるだろうしね。『召集(コール):ニーズヘッグ』」


 シエンの右手の前に赤い魔法陣が浮かぶ。

 それが一瞬光ると、その後には黒髪の少年が立っていた。



 「ニーズ、そこの子お願いできる?多分、無理やりここに飛ばされたみたいだからさ」

 (わかりました。では、我の地へと招き、治癒したのちに届けましょう)

 「ありがとね。じゃ、お願い」


 黒い煙をその身から溢れ出させてその少年が龍の元へ歩いて行った。



 「あいつ、何もんだ?」

 「僕の眷属。弟のようなものだよ」

 「そうか…それで、今まで何してた?」

 「ん?寝てた」

 「ふざけてんのか」


 ふざけてんじゃねぇのか?

 いったい何年経ってると思ってやがる。そもそもオレらに何一つ言わずに消えやがって。オレらの心配も知らねぇで…馬鹿にしてんじゃねぇだろうな?俺たちがどんな気持ちで大会後に待ち、どんな気持ちで帰ってこなかったシエンを…

 その口から溢れそうになる言葉全てを飲み込む。

 頭ごなしに怒鳴ることの無意味さはよく知っている。シエンの本のおかげでオレは考え方も改めた。まずは話を聞く。全てはそれから…



 「いいや、全く〜。本当に寝てた。20年とちょっとだってね。20年もあったらいろんな人が死んじゃうよ。フレルドは元気?マリーナは?グェンとか、レイジュは?人の子の命は短いから…」

 「前の2人は国王と女王のことですか?」

 「そうだよ〜。2人ともまだ元気?数時間前に目覚めたばっかりでこの世界の今が全くわからないんだよね」

 「呼び捨てなんですね。不敬で訴えられますよ」

 「別に訴えられないから大丈夫だよ〜。で、どうなの?」

 「おそらく元気なのではないですかね?病という噂は聞きませんし」

 「なら良かった。まぁ、起きたんだからそのうち挨拶に行こうかな〜…ところでこんな場所じゃなんだし、依頼があるんだったらそれ早く終わらせて別の場所で話さない?」


 今更だが、ここは森の中。魔物に襲われないという確証はねぇ。そんな場所で喋るくらいなら戻るべきだろう。

 そんなことも考えられていなかったっつうことは、オレも相当動転してたんだな。

 


 「依頼はテメェが片付けただろ。帰るぞ」

 「ああ〜、あの龍だったのね。証拠品とかいるよね?鱗でいっか。その辺に落ちてるだろうし…ああ、あった。これでも持っていけばいいよ。じゃ、帰ろう。これでどうにかできなかった時は僕がどうにかしてあげるからさ」


 草木の巻き付いた鱗が宙に浮いてシエンの手元まで飛んできた。

 シエンはそれを掴むとマリーの手を取り歩き出す。


 森の騒がしさはより一層増した。


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