31.最後の日
僕の腕輪は結界とリンクしている。
一度に大量の場所に意識をやれないから作ったものだ。砕け散った腕輪は結界が破られたことを意味する。
今、砕け散った腕輪は…
「大会会場…」
「あぁ?」
昔はリャーシャにあった闘技場は今は隣町に移り、数も1つではなく4つに、街の規模もかなり拡大している。これも大会のために色々と変わった結果だ。今日は大会。そこには大量の人がいる。
そこを襲わないなんて道理はない。というか襲うのに都合が良すぎる。そっちを襲っておけば注意も引き寄せられるのだから、他の警備の薄くなった街を襲うのが楽になるしいいことずくめ。
「…向こうは向こうに任せよう。最悪はシュトロムいるし」
そもそも人ごときに僕の演じていた最強の剣士たる”剣聖ハイガミ”は負けたりしないからね。だってあれ人の形をしててもできる限界の動きを素でやってたんだから。
…リアルで2段切りとか、切られていることに気がつかないほど早く切るとかさ。漫画のヒーローじみたことはデフォルトだからね?
そんなことより。今はさっさとここを片付けて下まで制圧してしまうことが先決だ。
地面を蹴って目の前の6人のお腹を貫いて回る。それから通路の先へ歩き出す。
「ごめんね。相手してる暇ないから、とりあえず死んでくれる?…あ、いや。もう死んでる人に言ってもしょうがないよね」
「はぁ?なにヲイッテ…ル?」
完成種はちょっとしたことじゃ死にやしない。
吸血鬼なんて再生しちゃうし、ワーウルフだって治癒力がアホみたいにあるし、他のもそんな感じで頑張れば瀕死の状態でも生き返っちゃう。
ということで、魂をえぐり出して握りつぶした。形を保てなくなった魂は自壊し、世界へと吸収されていく。
後ろで人が倒れているのがわかる。通路に火を放って僕は奥へ。
死体は出来れば残したくない。また同じようなものが出来たら困るし。
「わるいね〜。本当は神様とかって世界に干渉しないのが定石だと思うんだけど、僕は違うんだよ…ふぁ。眠気が」
トボトボと無駄に静かになった通路を行く。
本来は急ぐべきなんだろうけど、もしかしたらシュトロムからの報告があるかもしれないから少しゆっくり歩いている。それに、ちょっと魂に干渉するためにやったことですら体力…僕が起き続けるために無理している分の余力が持ってかれたような感覚がある。
まぁ、僕が相手するべきなのは残り1人だけだし、周りの状況はちょっと確認してみたけど順調のようだったし問題もなかったので少しでも体力は残していきたいのだ。
「さて、残念ながら報告は間に合いませんでしたっと…ちょっとマシにはなったかな?回復しないなんて久しぶりかなぁ」
僕は扉を守るように佇む初老のおじさんに目を向ける。
黒い法衣、背に描かれた悪魔のような影、何よりも赤く光る目が印象的なそのおじさんは…悪魔だった。
僕を見つけるとその背中をはだけさせ、翼と尾を露出させる。爪は赤黒く染まっており、こめかみの辺りからは捩れた角が生えていた。
「迷宮攻略者かな?悪魔っていう種族はそもそも存在していないはずなんだよ、僕が作った以外はさ」
「この姿こそは我が神の象徴、神をこの身に宿しし私はまさしく神の御使い!故に、我らが神は贄を欲している!」
「…何言ってるかわかんないや。まぁ、とりあえず死んでおくれ〜…ほいっ…?あれ?」
パッと地面を蹴ってそのままの勢いで突っ込んだつもりだったんだけど、その手首を掴まれた。
…なんか前にもこんな戦いをした覚えが。ちょうど戦争の最後にさ。そういえばあの彼も悪魔になってたんだよね。やっぱり復活させようとしてた神っていうのは彼で間違いなさそうかな?
ん?でもちゃんと消したはずなんだけどどうして悪魔みたいな姿だって知って…ああ、もしかしてまだ抵抗されたのかな?ゼウスmark.7が最後の力でも振り絞って彼の一部だけ逃がしたとかだったら生きてるかもしれないし、可能性はなくもないなぁ。
じゃあ、神に贄を捧げるって割と復活には間違いのない方法じゃん。魂回収して肉体を作り直すなんて知識さえあれば可能なわけだし。
「やったね、もしかしたら彼は蘇らせられるかもしれなかったよ!」
「ふんぬ!我らが神を敬わぬ不届き者めが!」
「だ〜めだ。これ聞いてないよ…ふぁぁ〜」
僕が話しかけても聞く耳を持たない。
しょうがないので話なんかしないで倒して、早くその神様扱いされてると思われる彼を倒しに行こう…あ、いや、復活してないっぽい言い方だったから封印とかの方が正しいのかな?
まぁ、どっちでもいいか。どうせ一緒だしね。
「とりあえず…君を倒さないと先には進めなさそうだね〜。なんかゲームしてるみたいな気分だよ。久しいなぁ…昔はよく拓巳とやったんだけど全部売っちゃったからもうないんだよね〜。また向こうの世界に戻ったら買ってみようかな?アクションゲームとかはあんまり得意じゃなかったけど、シミュレーションゲームとかは結構得意だったんだよ…って言っても通じないかな?ああ、どうせ聞いてないしいっか。ところでその攻撃はいつになったら当ててくるつもりなの?僕の方の準備は整っちゃったよ?」
ひょいひょいと振り回されてる腕をかわしつつ魔法陣を準備していたのだ。
ちょっと細かいものを書いていたから時間が掛かっちゃったよ。
同時並行できないと面倒だね。いつもだったら数秒で描けるのに2分もかかった。
ま、でもこれを描き終わったんだから戦闘なんてすぐに終わる。人が神に抗おうなんてのがおこがましいのさ。
「じゃあ、消えてくれていいよ」
描いた陣は至極単純。
魂への干渉と改変。
一度触れれば…
「溶ける…溶ける!私の、私のこの身が!崩れてゆく⁉︎何が、何が起きているのだ!………おお、我らが神よ!この身はせめてあなた様が為に!」
「あ、逃げる」
ボロボロと粒子になって世界へと散っていくおじさん。その崩れかけた手で扉を開け放つ。
その先にあったのは薄暗い教会だった。
壁にはレリーフ、祭壇には燭台。
おじさんはその身を祭壇へと投げ…灰塵へと化した。どうやら自らの魂を捧げたらしい。
ここはなんというか…異質な空間だ。別の世界にあるような感じがする…いや、実際にそうなのだろう。ちゃんと調べればここは別の世界として切り分けられているのだと思われる。なぜなら、ここにはオービスには存在することのできない状態のものが存在しているのだから。
「…なるほどね。空間そのものを切り取って別の世界に飛ばしたのかぁ。だったら僕の力がちゃんと働いてなかったっていうのも理解できるよ。僕はこの世界に存在することを拒絶しただけだったからね。まぁ、その様子だと完全に逃げ切れたわけじゃなさそうだね、ツカサくん」
『ツカサ…?我名ハ、ゲニウス。強欲ト傲慢ト憤怒ト怠惰ヲ司ル悪魔神ナリ』
「…あ、だめだこれ。壊れてるじゃん。本体の意識はどこ行ったのさ〜。取り込んだ悪魔とゼウスmark.7を混ぜて別人になっちゃってるね」
黒幕は案の定。
だけどその黒幕は記憶が壊れてて、違う人になってました…と。飛んだ笑い話だね、これは。ちゃんと仕事しなかった結果がこれだよ。もうちょっとまともなのが生き残ってればやり甲斐も沸いたかもしれないけど、これじゃあちょっと…お粗末すぎるよ。
だってさ、知識だけあるお子様に喧嘩売られてもねぇ?
「ま、いいや…ちゃっちゃか終わらせてしまおうか。ちょっと限界が」
『許サヌ!我怒リヲ知ルガイイ!』
ちょっと寝落ちしそうなくらい眠くなってきた。今なら突然倒れてもおかしくないと思うんだよね〜。
と、そんなところで僕の目の前に黒い裂け目が出来た。
…これ、世界のほころびなんだけど?僕が世界を作り直すにあたっていちいち修理に行ったやつなんだけど?しかもなんか中から魔物っぽいのが出てきてるんだけど?
「…うん、もう出し惜しみはやめよう!さっさと終わらせて僕は帰るんだからね!これ以上の面倒ごとは勘弁だよ」
光が散って僕は元の身体に戻る。
そして、軽く手を振って魔物を消しとばし、ついでに穴も塞ぐ。ただ切り開いただけだったから結構楽に塞げた。これが崩れたとかだったらもうちょっと大変だったんだけど、切られただけでよかったよ。
「さぁ、もう次はないよ。意識すら残さない…」
第一に前回ちゃんと消さなかった僕が悪いのだ。今回はもうそんなヘマはしない。
世界から切り離された空間と思われるこの場所もろとも消し飛ばす。
大量の神力にものを言わせ、空間を破壊するのだ。
「『世界崩壊』」
アアァァ…と彼だったものは呻き声を漏らしながら消えていく。教会のような場所は端から崩れ去ってゆき、僕は扉があったはずの場所へ放り出された。
世界中に探知をかけて確認ができれば完全に消え去ったと言えるのだけど、今の僕にそこまでの余力がない。あとで世界の確認をするようにゼウスmark.8に言っておこう。とりあえずこれで仕事は終了だ。
…さ、帰ろう。
「マリーたちが待ってる。マリーにはまだ見せたいものがあるんだから。ディランにはまだ教えることがあるんだ。ハイドくんとももうちょっと話したいし…ふぁ〜…眠い?」
眠い。
なんかとても眠い。
大量に神力を消費したせいで押さえが効かなくなったかな?…まぁ、そんなことはいいや。とにかく帰らないと。
「ああ、そうだ。こんな格好じゃ人前に出れないし」
こんな少女な格好で人前には出られない…というか出たくないし、出ても僕のこれを知ってる人はほとんどいないのだ。
元の肉体を作り上げ……光が散って元に戻らない。
「あれ?こんなに大変だったっけ?…ふぁ……もうちょっと。もうちょっと頑張って…ほら、出来た」
数回の失敗ののち、ようやく元通り。
ちょうどそんなところへ念話が届いた。
(マスター、幹部を名乗る人を2人ほど確保いたしました。いががいたしましょうか?)
「ん?ああ、シュトロムか〜。とりあえずあるだけの情報を吐かせておいて。僕、もうそっちに戻る体力が残ってないかも…あ、そうだ。ふあぁ〜…はぅ。わるいね。えっと…ああ、そうそう。ハイガミの仕事は1年後ぐらいにはやめてもいいよ。ちゃんと後始末はしてね」
(マスター?)
「ごめんね?本当に眠いや…どうにかこっちだけでも片付けるから、そっちは頼んだよ。僕の大切なシュトロム」
(っ…承りました)
「頼んだよ〜」
プツンと脳内の通話が途絶えた。
僕は壁に体重をかけつつも歩き出す。
通路を進み、時折立ち止まっては部屋に魔法を打ち込んで破壊する。だんだんと地下施設が崩落していく。髪の毛ひとつたりとも残しはしない。屍体は回収、資料は焼き払い、情報の残りそうな部屋すらも粉々に破壊し尽くす。
そうして、階段を上って地上に立ったときにはすでに僕の眠気はかなり強くなっていた。
…少し。少しだけ休めば体力も戻って眠気ももう少しの間は抑えられるはず。
「外は…みんなまだやってるみたいだね。でも後少しかな?屍体は頼んであるし、後処理も大丈夫…」
僕は、もういなくても大丈夫。
そう思うと気が抜けた。
別にそれでへたり込んだりするわけじゃない。ただ、気が抜けたんだ。
この世界に僕はもともと必要のない部外者。寂しくて、友人が欲しくて、誰かに覚えていて欲しくて、ただそれだけのために深入りしていた弱いただの人間だ。姿形が変わろうと根本的なところは変わらなかったのかもしれない。いつまでも誰かに愛されたい弱い子供のまま。
「さぁ…最後のお仕事だ。僕が次に起きるときは」
次に起きたときは僕が僕じゃないかもしれない。
ただ、それだけが怖いよ。もし、次に起きたときに誰かが知る僕がいなかったらどうしようか?もう、今のようにはいられなくなっているのかもしれない。いや、むしろ神として君臨するような別の人になっているかもしれない。
それだけが、怖い。
「…もっと、一緒に居たかったなぁ」
多分、僕は20年程度眠りにつくと思う。そのときに周りが…マリーやディランたちが変わっているかもしれない。せめて、卒業するまでは保護者でいたかったなぁ。あ、マリーが結婚していたらどうしようか?「お父さん、娘さんをください」とか言われてみたかったような気がする。
あぁ、勿体無い。これからの可能性を見ていられないのが、とてもつらい。
せめてもう少し…成人するまでは一緒に居たかった。一緒に居てあげたかった。
「ごめんね。マリー」
たとえそれが僕の身勝手な自己満足でも構わない。それが今の僕の望みだったのだから。
僕は眠い目をこすり、アジトだった場所を破壊した。
そして、”扉”を開いてその身を投げ込んだ。
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