28.変化の日
1限目が始まる少し前。
僕らはこれからの予定とここでの設定を話してから職員室へ向かった。ま、当然のことだ。向こうの世界でだって有名人が何の許可もなく学校に入ってきたらなにかしら問題があった時対処できないだのなんだのとうるさいのだからこっちの世界でも当然そうなるだろう。ま、向こうで有名人にあったことはないし、会うことなんてのもないだろうけど。生憎僕は歌手だとか芸能人だとかに強い興味はない。
何はともあれそんな理由で職員室へ向かった。
「はぁ…やっぱり職員室って嫌なんだよね〜」
「何かがあるのか?」
「いや、偏見とトラウマじゃないけど嫌な思い出的なものかな」
「ふむ…そうか」
「さて、入りますかな〜」
軽く扉をノックする。
ガラガラ…と経年によって建て付けが悪くなった扉を開けて中に一歩踏み入った。
「失礼しま〜す」
朝の連絡のために担任をする教師は職員室にいないので、半分以上の教師がいない。
でも、そんな時間にどうしてきたのかと不思議に思う人は多いのだろうか、僕への視線は結構多かった。都合がいいね。
「兄さん、入ってきて」
一歩踏み入ればそこへ職員室中の視線が集まった。
きらびやかな仮面と剣、この2つが揃った上に僕が横にいる。それが意味するのは当然…
「兄さんが学園を見学したいらしいので、ひと月程僕と一緒にいるから、よろしく」
「すまないが、しばし世話になる」
「じゃ、失礼しました〜」
軽く一礼して職員室を出る。
口元がつり上がっているのは気にしないでほしい。だって、あまりにも教師の反応が面白かったんなもの。
僕が職員室を出ると、中でぎゃーぎゃー少し騒ぎ、それから僕らを追いかけるためだろう、焦って職員室から出てきた教師が扉の前で待ち構えていた僕らを見て再び驚いた。
「落ち着けば?」
「あ、いや、えっと、いや、その、だから…」
「はい深呼吸〜」
「いや、でも、いや、あの…はぁぁ……ふぅぅ…わ、悪かったね、なんかひどい状態で」
「ま、そんなことはいいよ。ということで、兄さんが学園の見学に来たっていう話だよ。別に入学するつもりじゃないけど、僕もマリーもいるからちょっと興味がわいたんだってさ。だから、1週間ほど僕のクラスに編入って形でいいから入れてもらっていい?」
「そうかい…いや、そんな急に言われても」
「あ、別に君らに言わなくていいのか。学園長からそういうことをしてもいいって許可が下りてるから、報告しに来たわけだし」
ここに来る途中に話をつけた。
いやぁ、元々は連絡用にじゃなかったけど、絵距離で話せる道具があってよかったよ。ちょっと事情を話しておいたから、問題もないしね。
「え?あ、そうなの。え?あ、いや、でも…うん、わかったよ。とりあえず許可は下りてるんだよね?」
「うん。それについては後で本人にでも確認取ってくれればいいから。僕が言いたいのはそれによって起こることへのあらかじめの配慮かな。騒ぎが起きたり、ちょっと大変だろうから、生徒たちに勧告するなり、規則を作っておくなり、周囲に適当に人員配置するなりしておいてって話。ああ、周囲に配置するのはこっちじゃなくて生徒側が被害を被らないようにってことね」
「そ、そう。まぁ、わかった。それなりに対応は取っておくから、また後で話をしに来てもらってもいいかな?できれば放課後に」
「いいよ。じゃ、僕らは教室に行くから、また放課後に」
僕は職員室に戻っていく教師を見届けてから、ハイガミの方に振り向く。
別に言わなくても通じたのか、僕が歩き出すとその後ろについて歩き始めた。まだ、H・Rが終わっていない時間だったのを幸いに階段を急いで上がり、僕らの教室へ。
ここに来るまでに見られたらしばらく騒ぎになるだろうからできるだけ物音も立てないように走った。ま、多分1限が始まるときに見られるだろうけど、それまでには教師たちがどうにかしてくれてるでしょ。というか、くれてないと面倒くさい。
「僕が先に入るから、呼んだら入って」
「ああ、わかった」
僕はハイガミがこちらを見て頷いたのを確認して、前の入り口の扉を開ける。
話の途中だったようだが、オーバが僕を見て怪訝そうな目をしてから驚愕した。僕はオーバに手招きをする。
「あ、ああ。みんな、少し待っていてくれるかい」
そう言い残して僕の方へ来たオーバ。
結構冷静だ。表情は少し引きつってるが、それでも騒がないあたり優秀と言えるだろう。
「こ、これはどういうことかな?」
「兄さんが1ヶ月程ここの教室で編入って形で見学する。よろしく〜」
「え、ええ⁉︎…許可は下りてるんだよね?」
「当然でしょ〜。ということで、頑張って。あまり騒ぎが起こるのは好ましくないからさ」
「はぁ……よし、わかった」
小声で会話を終え、オーバが教室に戻る。
「あ〜、今日から1ヶ月くらいこのクラスに編入という形で見学者が入る。みんなも良く知るような人だ。できればあまり騒がないでおいて欲しい…じゃ、じゃあ、入ってくれ」
僕が教室に入る。
僕を見た瞬間に驚いた顔をした人はその意味を理解したのだろう。ま、でも僕の後ろを見て驚かなかった人はいなかったから、結局みんなが驚いたわけだが。
「ま、見たらわかるだろうが自己紹介を頼む」
「私の…私の名はハイガミ・クラウディア。既知のことであるかもしれないが、剣聖の名を冠している者だ。しばしの間ではあるが、厄介になる」
「兄さん、もっとフレンドリーな自己紹介しようよ。好きなものはなんだとか、趣味はなんだとか」
「ふむ…好きなものは、娯楽。趣味は悪戯といったところか」
「…シュトロム、君の中でのハイガミについてあとで話そうか?」
耳元で囁く。
色々と聞きたいんだけど、まずはキャラクターがえらいことになってるような気がする件についてかな。確かに、ハイガミは人を驚かすことをよくやるし、王様たちとゲームをすることも結構あった。実際僕は楽しんでたしね。だけどそれを好みと趣味にするってどうよ。
まぁ確かに人間らしさは出たけど、なんか違うって…
ハイガミの僕が何もしてこなかったところは全部任せたけど、何かが起きる前に一度話し合いをした方がよさそうな気がする。
「じゃあ、席は…シエンくんの後ろでいいかな。今席は空いてないから後で持ってくるとしてね」
「了解〜。じゃ、また移動の時に他のクラスと遭遇してうるさくなるといけないから僕らは先に訓練所に行ってるね〜」
「あ、ああ。それがいい」
「じゃ、兄さん。行こうか」
僕はそのまま教室を出て訓練所に向かう。
多分、訓練所に行けばすでに教官がいるはず。こっちでも説明しないといけないから、さっさと行って説明しておくとしようかな。
「ま、そんなことよりだよ。とりあえずシュトロムの中でのハイガミのキャラクターはどんなのなのさ?」
「私の想像する”剣聖ハイガミ”は”完璧ではない超人”といったところでしょうか。剣士としては完璧ですが、人としてはどこか不十分…優しき故に不器用、不慣れ故に人を頼る。気弱という事ではないですが、どこか甘さを垣間見るように。いかがでしょうか?」
「…ふ〜ん。ま、いいかな。引き続き頑張って。大体は僕の動いてたイメージに近い感じだし」
「ええ…ありがとうございます」
人に逢わないために少し歩を早めた。
階段を降りて廊下を突っ切り訓練所に脚を踏み入れる。その間僕らは何ひとつ話はしない。
そもそも僕らには会話自体が不要なのだ。僕の思ってた事は僕をコピーした時点でシュトロムは理解している。つまり、会話が必要なのはそれから今までに変わった事、もしくは新たに考えた事。今までにしてきた会話は確認とシュトロム自身の意志を聞いていた。また何か気になることがあれば聞くと思うけど、それ以外に会話は必要ない。
ま、人前だったら不自然じゃないようにそれなりの会話はするけど。
「あ、そうだ。もし…っていうか多分させられるけど、僕と模擬戦することになったらその剣の使用は禁止ね。ここに貸し出ししてるやつがあるからそれ使って」
「ふむ…わかったが何故だ?」
「僕がそれとやろうとしたらそれなりの剣を用意しないといけないでしょ?その剣のスペックは知ってるはずだよ」
「…そうだったな」
「ということで、ここのやつを使うからね」
訓練所に入る直前になって思い出したので言っておく。
ハイガミの剣は”宝剣”と呼ばれる類のものだ。魔剣や聖剣、神剣などと呼ばれるものには劣るが、それでもそれに続くレベルの上等な剣。しかも僕が作った剣だ。勝らずとも劣りはしない。
”その剣の一振りは空間を引き裂き、相対することを許さぬ絶対の剣戟をもたらす”とまで言われるほどの剣だ。ま、何でそんな評価がされてるのかといえば一度人に貸し与えたことがあるからなんだけどね。
「さて、教官に説明をすましちゃおうか」
訓練所に入るとステージ中央で教官が片足を組んで座っている。
僕らが来たことに気がついたのかこちらに視線をやり、何故まだH・Rも終わっていないのに来ているのだろうかと疑問符を頭に浮かべた後、僕の後ろを見て驚きの声を上げた。
「剣聖ハイガミ…か?」
「ま、見ればわかっちゃうよね〜」
「なんでその剣聖がこんなところにいる?いや、兄だったか?」
「そそ。見学ってことで1ヶ月ぐらいはこの学園で僕のクラスにいるから」
「そうか。だったら1限目はお前らで模擬戦してくれ。本当は俺がやるべきだが、お前にも勝てる気がしない」
「正直は美徳かもしれないけど、何かが違う気がするね〜…ま、多分そうなるだろうとは思ってたよ。危ないから他のみんなは観客席ね。武術だけでやるけど下手したら結界切り裂くから…兄さんは」
「そ、そうか。来たら観客席に移動してもらうことにする」
「お願いね〜。じゃ、兄さん。剣選びに行こう」
「ああ、わかった」
はたから見れば仲のいい兄弟に見えるだろうか?
僕には年上の親しい人がいないからわからない。というか、僕と仲のいい人に上の兄弟がいる人が少ないのも問題じゃないかな?どれを基準にしていいのかがわからない。
…ま、やっぱり中身のことがある分兄弟とは最も遠い関係だろうけどね。
何せ同一人物なんだから。それを除いても僕らは兄と弟ではなく、主人と眷属。家族には違いないと僕は思っているが、どちらかというと親と子なのだ。
「なんだかんだで兄に近いのってロメかな?でもロメは僕の執事って感じだし…」
「どうかしたのか?」
「いんや、うちの眷属を家系図にしたら僕の兄とか姉っていないなって思ってさ。言いたいことはわかるでしょ?」
「ふむ…ならば私が貴方の兄になるべきだろうか?」
「ははは、それはいいね。兄さん」
「そうか…ふむ。では、私は貴方の兄でありましょう」
なんか僕に兄ができたよ。
そのうち本当に兄みたいになるんじゃないかな?いろんな人コピーして、人格模倣して、兄と言える人格でも作れば。
…ん?その場合それってシュトロムじゃないね。別人じゃん。
「ま、自分を見失わない程度によろしく」
「…?承りました」
「さ、この中から適当に選んで」
剣が樽のような箱に乱雑とまでは言わないが、それなりに適当な放り込まれ方をしている。
ま、実際結構適当に使ってもいいような安物の剣だからね。これらはこの訓練所内でのみ使用を認めているくらいのもの…つまり、命を預けるには些か問題がある剣なのだ。訓練中に折れることはしょっちゅうとまではいかないがそれなりの割合で起きるし、刃が欠けていたり、錆が入っていたり、相当年季が入ってるなんていう物たちがここに置かれている。
なんでそんな物が置かれているのかというと数を揃えるためにまだ見習いの鍛冶師から買ったり、死んだ冒険者の遺品だったり、学園の卒業生たちのお古だったりするからだ。ちなみにそれによって街の鍛治師育成やら行き場のない物の引き取りやらに一役買ってたりする。
…ま、そうは言ってもそれなりにいい物は練習で好んで使われるのでまともな状態で残ってるのは新しく買った見習い鍛冶師の剣ぐらい。しかも量産品で、一般兵に配られるような安物…を作る練習でできた物だ。要するに、練習で作った物。まぁ、ある程度の基準があって買われてるからサイズはまちまちでも重心がおかしかったり変な形状をしていたりする物はない。
「細いのだな…」
「その剣と比べるのが間違ってるからね。普通の両手剣より見栄え重視に腹の部分を大きくして飾りを入れて、振った時の美しさを考えて柄の長さと刀身の長さを調節し、それの状態を維持しつつ最高の物を作るために思考錯誤したんだから」
「ふむ…シエンが作る物と比べることが間違いであったな」
「そういうこと。ま、僕もこれだとちょっと短いんだけどね〜」
2人?で剣を振り回しながら雑談して1限目の開始を待った。
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