27.擬態の日
全陸大会まではあと1ヶ月足らず。
僕の仕事は順調だ。
「フレルド。昨日言った作戦の件だけど」
「ああ、邪教の件か」
「多分さ、それが終わったらしばらく僕は姿を消す」
「なっ…⁉︎それは、別の世界へ行くということか…?」
「いや、眠りにつくんだ。20年ぐらいだと思う。僕の肉体はさ、精神と噛み合っていないんだ。それを治すための休眠にはいる。だから、しばらく僕は世界に現れない」
「そ、そうか…いや、だがそれもいつかは起こることであるのだろう。僕はそれに備えなければならない…いつまでも、貴方に頼ってはいけないのだから」
「口調、戻ってるよ?」
「む?ああ、いいではないか。今は誰もいない」
「まぁ、そうね…さて、じゃあ僕は学園に戻るよ。僕が僕で居られる最後の時を楽しまないと」
「…ああ。そうするといいだろう」
「じゃね〜。ああ、あと大会の時の影武者は出来たら連れてくるよ」
”扉”を開いて学園都市へ転移する。
作戦は立てた。
防護策も準備した。
最悪の場合も予測した。
その上での一番楽な作戦を選ぶことにしたのだ。
作戦決行は全陸大会の当日。その日は多くの人が一つの街に集まる。つまり、敵からすれば兵力が少なくなった別の街を叩くのにこれほど都合の良い日はない。まぁ、それまでに敵が動かない確証はないが、それまでの間は僕がどうにかして抑える。
こうしておけば、本当に全陸大会の日に攻めてきた場合に被害にあう人が少ないままに敵を倒せる。なにせ街には人が少なくなるのだから。しかも敵は油断してこっちに攻め入ってきている可能性も高いわけだし。それにもし攻め入って来なくても僕らはその日に作戦を決行する。すでに敵の潜伏場所は把握済みだ。授業中にあっちこっちへV mandariniaを飛ばした甲斐があった。大陸全土の街や山などを探し回るのにはかなり苦労した。そして、なによりも自分が弱まっているという事実が身にしみた。
最近になって僕の精神と肉体の状況をまともに理解したのだ。
僕の肉体は内側からどうやってからかはわからないけど無限にエネルギーを生み出し続けている。そのエネルギー自体に僕という意識があり、その意識の考えたものへエネルギーは形を変える。しかし、その意識は人のものであり、その変換をするのもうまくできなければ、行使するのもうまくできない。
まぁ、それもそのはずなのだ。だって僕の意識は人なのだ。どこまで大量の思考を同時にこなせるようになろうと、どんなに知能が高くなろうとどこまでいってもそれは人の域。そのエネルギーを行使する存在ではないのだから。
だから、今僕の意識が弱まっている。人としての精神を神として…そのエネルギー生命の精神へ作り変える。鳥になった人がいたとしても、本能が人である以上飛ぶのがうまくできない。だからそれを鳥の本能に変える。そんな感じに近いんだろう。
「ただいま〜…ま、寝てるよね。というか国王を夜中まで起こしてたら普通怒られるよね、僕」
ベッドにポスンと寝転がる。
今までの僕は長く生きるために、これ以上精神が年をとって死にたくならないように精神の成長が止められていた。だけど、最近その固定が緩んでいる。一度人としての精神が死に、別の生物としての精神に作り変えらようとしているのが今の状況。もうすぐで”精神の死”という形で眠りにつき、一種の”転生”という形で蘇る。その時の僕は僕なんだろうか?
「さて…影武者作ろう」
作戦決行のためには必要不可欠なのだ。
僕は大会の日に会場にはいない。だが、”剣聖ハイガミ”は会場で来賓席にいないといけないのだ。しかし、僕が今の状態で離れた場所で魔法を起動するっていうならまだしも精密な動きが必要とされることをするのには幾らか問題がある。
ということで影武者になるものが必要なのだ。
「…影武者って言ったらやっぱりドッペルゲンガーだよね」
都合よくできるのはやっぱりこいつだろ。
僕のイメージだと迷宮のラスボスとかしてて、相手の記憶と身体能力や技術をコピーして戦ってくる敵。主人公たちが”自分を越える”とかいうイベントに使われてるイメージ…まぁ、言わずもがなこんなイメージの原因は拓巳だけど。前に押し付ける形で貸されたラノベにそんなのがあったんだよ。
「とりあえず、本体はモヤっとした影の塊みたいなやつでいいかな?ラノベに出てきてたのもそんな感じだったし。あとは相手の記憶を読む能力とどんなものも真似できる能力と…あ、せっかくだしこの世界基準じゃなく作ってみよう。ステータスとかスキルとかは一応存在するだけで、能力そのものは種族としての特徴にしてしまえ。と、なれば…ドッペルゲンガーっていう種族そのものの創造をすればいいのかな」
この世界基準だとどうしてもレベルだとかステータスとかの問題でコピーできるものに限界値ができてしまう。だが、それはこの世界基準だから。それらが存在していない世界基準で作り出せば”そういう存在”として固定できるはずだ。
ただ問題はこの世界にはすでにドッペルゲンガーという種族…というか魔物が存在しているので、一旦世界から切り離した状態で種族を固定するという二度手間があることぐらいかな。
「とりあえず、やってみようか。核にするのは…僕の一部でいいや。エネルギーを抽出して、そのまま魂型に変成………ふむ。こんなもんかな。次に種族としての情報書き込み、それから一旦世界から切り離して種としての格の強化を繰り返す………こんなもんかな?やりすぎた感が否めないけどこの際だからどうにでもなってしまえ。で、このまま誕生させると生まれたての子供状態になっちゃうから、精神加速をかけて急速に成長させていく。ついでに最初からハイガミっぽい口調をインストールしておけばあとが楽かな…………長いなぁ。これいつ産まれるかな?多分、今が母親の中に誕生した瞬間ぐらいだよね?ということは最低でも20年分くらいの精神の成熟がないと僕の影武者が務まらないとして、加速掛けてると言っても小一時間どころじゃなく明け方近くかかるんじゃないかなこれ?」
とりあえず生み出してみたものの、これが誕生するまでしばらくの時間がかかりそうだ。
…ま、せっかくだし。しばらく眺めているとしようか。割と今までにこういうのを最初から最後まで見ていたことってないかもしれない。
たまには悪くないだろう。
現在が夜中の1時過ぎ。多分生まれるのは5時か6時あたりだと思われる。
僕の魂から引き出したエネルギーを核にしているせいか、全体として灰色を帯びた光の塊が僕の手のひらで浮いている。その塊は時々脈動するようにゆらりと揺れ動く。
だんだんと形を変え、モゴモゴとうめり始め、数分が経った後には動くことをやめて落ち着いた。
『…たし…私…は?私…私』
「あれ?まだ1時間も経ってないのに意識があるのかな?」
その塊から直接頭に響くような声が漏れている。
「ま、いっか。早いに越したことはないし」
『私…私私、私?』
「私って…何が言いたいのかな?」
『私、私…何?』
「何?…う〜ん。種族かな?名前かな?」
『名…前?私、名前…私』
「君の名前ねぇ…何がいい?要望はある?」
『私…私は…シュト…ロ…ム』
「あら、本当に要望があった。僕らの中のうちの誰かの名前かな?魂自体が多重人格だし、そこにあった名前かな?ま、何でもいいや。じゃあ君の名前はシュトロムだ。よろしくね、シュトロム」
多分、僕の記憶か何かを見て選んだんだろう。
僕があった人の名前の中に覚えはないから、多分僕らの中の誰か。
『シュト…ロム。私…シュトロム…私は…シュト、ロム』
「そ。シュトロムだ」
『私…シュトロム。貴方…何?』
「僕?僕はエクレイム。言うなれば君の創造主だよ」
『エ…ク…レイム。マス…ター。貴方…マスター。私、シュトロム。貴方、マスター』
「おお、よくできました」
なんか、インコに言葉を教えてるような気分になってきて、その後ディランが起きるまでの間ずっと質疑応答に近いことを繰り返した。
* * *
精神はどんどん成長し、いつの間にか普通に言葉を交わすようになった。その頃には肉体の方も完成してきて、灰色の光の塊は灰色の人型の光の塊になった。目と口の部分から光が漏れていて、それ以外はマネキンのような人型。
…夜中にスッと出てきたら相当不気味だ。
「おい、シエン。学校いかねぇのか?」
「ん?先行ってて。多分1限目までには行くと思う」
「そうか…珍しいな。遅刻なんざ」
「そうだね〜」
「まぁいい。先行ってんぞ」
「行ってらっしゃ〜い」
ディランを見送り、僕の陰に隠れるように小さくなったシュトロムを見る。
この姿をディランに見せるわけにはいかない。なぜなら今からシュトロムには仕事があるのだから。
「シュトロム」
『どうかされましたか?マスター』
「…完全に完成してる気がする。ま、そんなことは置いておこう。今からシュトロムには僕…正確には僕が演じる”剣聖ハイガミ”に成ってもらう。できるね?」
『ええ、もちろん…では』
一瞬のうちに光の人型が収束して人の姿へと変化する。
ほぼ僕と背丈が同じで、顔つきも同じ。ただ、唯一の違いは中身。
「いいかい?今日から1ヶ月、君はハイガミだ」
「ええ、承りました…いや、そうだな」
「うん、それでいい。ハイガミは正体不明の剣の達人だよ…っていっても大体僕の記憶から正確とかは想像つくでしょ?」
「ああ。無論だ」
「じゃあ、問題ないね…ところで、装備とかも作り出してるみたいだけど、それ以外の服は?」
「ふむ…作り出せないことはないが、元を見る必要があるな」
「なるほどね。ま、とりあえずはその剣と同じ剣、あと仮面は…っと、これ。これはシュトロムにあげる。僕からのプレゼントだよ」
ポーチから剣と仮面を取り出す。
ま、誕生日プレゼントみたいなものだ。
「…ありがとうございます」
「戻ってるよ」
「ええ…いえ。マスターが”シュトロム”としての私へ与えられたものですから」
「あ、そうだね。あとあげないといけないものは…これ。ギルドカード。ハイガミとしてのギルドカードだから」
「確かに…では、私はこの後どのように?」
「とりあえず、その服じゃ目立つからそれ以外の服を用意しよう。デザインは僕が大量に持ってるからかたっぱしからコピーしてって」
「承りました」
アイテムルームにある服を片っぱしから召喚し、元の場所へ帰還させるを繰り返してシュトロム…否、ハイガミの服装を整える。
今、彼はハイガミなのだ。
「これで良いだろうか?」
「うん。いいよ」
「ふむ…やはり剣と仮面がある限り、私が人の目を引くのは必然のようだな」
「そうだね。ま、しょうがないよ。だって、君はかの”剣聖ハイガミ”なんだから」
「そうか…いや、しかたあるまいか。では、私はこの後どうすれば良いだろうか?」
「まずはその人間性の固定を頑張って。今日は僕の隣であっちこっちに連れまわしてあげるから、それで慣れてくれればいいよ」
「わかった。では、行こうかシエン」
「そうだね、兄さん」
僕は弟で、彼は兄の”役割”。
今日からしばらくこの生活が続く。まぁ、おかげで僕も動きやすくなり、僕らが同一人物じゃないというはっきりとした証拠が出るのだから僕への追求が少し減るだろうし。
僕は兄を連れて部屋を出る。
鍵を閉めて、歩き出す。
「1限目は武術だよ。多分僕との試合になるから、容赦なくやってね」
「当然だ。私が手を抜くわけがなかろう?」
「それもそうか。ま、程よくやろうね。僕がギリギリまで粘るから」
正直なところ、今の状態で本気を出しても武術だけという縛りでは剣聖ハイガミには勝てないだろう。思考状態が本調子じゃないのに肉体の出せるスペックを抑えているのだ。そもそも勝てるわけがない。
前にハイド君に言ったと思うが、技術とは能力がある程度拮抗している上でのもの。差があり過ぎれば意味はないし、逆に差がなければ技術が先頭の勝敗を分ける。
今の僕らの身体的スペックはほぼ等しい。僕が落とした状態をシュトロムが完全にコピーしているのだから。その状態で、普段の僕の思考をするハイガミと鈍った僕では当然勝ち目はない。
「まずはどうしようか?クラスに行って騒ぎを起こしてみる?」
「それはシエンの望むところではないのではないか?」
「いや、それもそうだけどどうせ騒ぎになるんだったら小規模にいっぱい起こした方が事態の収束が楽なんだよね」
「ふむ、そうか。ならば良いのではないか?」
「じゃ、そうしようか」
僕らはクラスへ向かう。
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