26.思う日
そろそろ本腰を入れて仕事をするべきだろうか?
学園での生活が始まって早くも3ヶ月近くが経とうとしている。そもそも僕が学園都市に来たのには全く意味はない。ただマリーに会いたくなったのと、学園生活が楽しみたかっただけ。
本腰を入れて調査を開始するんだったら”V mandarinia”を飛ばして周辺の街を調査して叩き潰せばいいので授業の片手間にだってできる。
じゃあなんで今まで仕事をしてこなかったのか?
いや、実際僕は仕事をしていなかったわけじゃない。休みの日なんかにちょいちょい出かけてはあっちこっちで仕事をしていた。闇ギルドと連携して情報集めをしたり、研究の流出ルートを探ったり、協会と協力して邪教徒の拠点を叩いたり。
今まではそれだけでも十分に敵の排除ができていたのだ。だが、最近になって敵の増加速度が速くなっている。この間の事件のように”邪神の使徒”が現れたではなく魔族のような者が現れたという報告を受けた。その死体を見た結果から言うと、多分人為的に人を別の種へと変える魔法が完成したのだろう。今までのは陽動だ。本隊の動きを探知されないためにやっていたことと思われる。
じゃあ本隊はどこか?
そんなもの当然皇国だ…と言い切りたいのだが、そうもいかない。皇国の調査はすでに行われ、大半は片付いているのだ。まだそんな危険地帯に残ってるとは考えづらい。そう考えていくと残るは数ヶ所。戦争で大きな被害を受けた街か、皇都、もしくは深い山の中。
「ふむ…どうしたもんかなぁ」
まずは完成してしまった改造人魔法の回収だろうか。
あれは人を強化する魔法からだんだんと離れ、今や人を別の種へと変える魔法となっている。もはや僕らの作った魔法じゃない。正直だったらもう放置でもいいかなと思うんだが、原因の一因を担ってしまっている以上放置はいけないだろう。
ま、少なくとも知っている人の消滅と記録の抹消は必須だ。
…この間見たときはびっくりしたよ。人が別の種に完全に変化する魔法なんて、もはや魔法じゃない。それは神法の領域だ。魔法で魂の肉体情報へ干渉し、別種族へ書き換えるのは至難の技。それをやってのけた人物がどんな人物なのかちょっと気になるが、何より問題はそっちではない。変化する種族の方だ。
報告のある人から変化した種は”吸血鬼””魔獣人””天狗”と”魔族”その他いくつかの肉体変異種。今名前が上がらなかった種は正直どうでもいい。せいぜい筋肉が過剰発達した人とかだからね。問題は先に名前が上がった種族。
これらの種族は完成種と呼ばれるかつての魔族の上位種だ。青い肌をもち、強靭な肉体と多量の魔力を持った彼らは不完全だった。魔物と人との中間地点。存在自体があいまいだった。だが、残りの完成種は違う。完成された種族だ。千年戦争と呼ばれる種族全てが滅んだ世界の魂の搾取の起こる前まで実際に存在していた完成された種。その者たちは人の姿を持つまさしく魔物だった。
まぁ、肉体情報の元がほとんどなかったせいか…というか見つけたこと自体凄いと思うけど、情報が少なかったおかげで確認できているのか吸血鬼とウェアウルフと天狗と人虎。言っておくがウェアウルフと人虎については獣人種の狼族と虎族とはまったく違う。獣人種が獣の特性を受け継ぐ”人”であるのに対し、魔獣人種は人の姿へ変化した”魔獣”である。当然強さも段違いだ。
「はぁ…また大規模な戦闘かな〜」
実験体にされただけの奴隷たちはまだしも、望んで改造人魔法を受けた人と間違いなく争うことになる。
ま、奴隷だって洗脳されてるかもしれないけど、肉体が変われば耐性がついて今の魔法ごときが効くとは思えない…あ、いや〜、効くかもしれないなぁ。僕が改良しちゃったのが幾つか流出してるし…
ま、まぁ、洗脳してる人倒せばどうにかなるでしょ。
問題はそっちじゃなくて信者の方だよ。あいつらは神の力とか言って改造人魔法を使っているらしいし。なんか、教団内で位が上にならないと吸血鬼だとかの完成種にはなれないみたいだけど、それでも肉体変異種あたりにはなれる。そして贄だとか言って嬉々として人を殺し自分も死んでいくのだ。タチが悪いったりゃありゃしない。
それに聞いた話だと完成種になる権利を得た信者は教皇の直属8名のみで、最初の成功例と安定までの実験台を除けば完成種はそれだけらしい。嬉しい知らせ?いいや、違う。確かに完成種が少ないのは嬉しいが、完成種になるほどの位の者は外に出てこなくなる。問題は中堅くらいのは肉体変異種になる権利、下っ端には邪神の使徒へと変化する魔石のようなものが持たされることだ。
邪教の目的は邪神の復活。そのためにやつらは人の魂を捧げる。じきに至るところで大量虐殺が開始されるだろう。完成種が出てこないにしても邪神の使徒と肉体変異種だけでも十分な被害が出る。
「はぁ…少なくとも警備は増やさないといけないし、街が壊されるのは間違いないから修復にも備えておかないといけないし、何より問題は民からの不満とかをどうにかすることだよね…」
まぁ、結局のところ僕が敵を甘く見ていたことが問題だったんだろうね。
世界の問題はできるだけ世界の力で解決しようとしていたけど、今回ばかりは首を突っ込まざるおえない。これは人には荷が重すぎる。なにせ邪神の使徒ですらBランクの冒険者が最低でも必要だ。Bランクはプロになる一つ手前ぐらいの技量を持つ者。Bランクまでいける冒険者がそれなりにいるとはいっても、街でも70人…農村に至っては1,2人いれば相当運がいいとしか言いようがない現状。さらに肉体変異種に至ってはBBランク以上の冒険者が必要だろう。BBランクとなれば一級の冒険者だ。だいたい街に10人いればいい方だろう。
と言うか人の身である以上一定以上は力は望めない。そこからは技術の世界だ。
相手は化け物。Bランク以上で無ければ力がまず及ばないし、それ以上であれば格上との戦いに必要以上に慣れている者でなければならないだろう。
そもそも基本的な人の能力値の限界がBランクの冒険者のあたり。能力値を分かりやすく言うなら素手で硬い岩を殴って砕けるぐらい?そこからはスキルで強くなるしかない以上、人が肉体変異種を相手取るのは能力値的に難しいとしか言いようがないのだ。パーティで囲んで叩いて時間をかけてやっと倒せるぐらいだろ思われる。
Sランクに到達できる人であれば能力値的にも余裕があるのだが、現在世界中でSランク以上は15人しかいない。しかもそのうちの半分近くが引退している。
「兵士をいくら呼べるかかなぁ…?」
王都の兵士なら時折僕が亜鬼種たちを呼び出して訓練させているから最低でもCランク程度の戦力にはできるが、それでも呼べる人数には限りがあるしあっちこっちに派遣するとなると一箇所の人数はやはり少なくなってしまうだろう。
「やっぱり拠点を僕だけで…」
そう考えるとおそらくそれが一番手っ取り早くて民からの苦情が来ない方法だろう。
だが、それをすれば今後この世界は僕に頼り切って生きて行く事になる。そうはいかないのだからできるだけこういった事に対する経験と記録は残しておいて欲しい。
そのためには本陣と完成種のみを僕が叩き潰して、残りの邪神の使徒と肉体変異種を相手にさせる…いや、一体ぐらいは完成種を残しておかないとボスがわからなくなっちゃうだろう。ハイド君あたりに戦わせればどうにかなるだろうから、うまく誘導してやろうか?…いや、やめておこう。
「…うん。何はともあれやっぱり近いうちに大きな会議を開く必要がありそうかな〜。となれば魔道具製作かな。そろそろ遠距離通信機の進化型を出してもいい頃でしょう」
やはり一度意見のすりあわせが必要だろう。
何よりも世界単位での事件が起こる可能性があるのだから情報の共有は必要不可欠だ。最悪は力でねじ伏せて協力をさせよう。まぁ、でもいつ起こるかわからない以上重鎮達を呼び寄せはできないから、遠距離通信機の進化系を作るとしようか。
となれば僕がしばらく学校を休んで忙しく仕事をしないといけないのは必然かなぁ…
せっかくマリー達と学校が…でもこれをやらないと学校自体に被害が及ぶ可能性があるし…でもそうするとしばらくマリー達とも会えないし…
「よし、全陸大会までは学園生活を楽しもう」
それまでの間に少しずつやる事を済ませて会議を開いて、情報さえ共有しておけば後はどうにでもなる。
できるだけ早いほうがいいから魔道具は今日明日で作ろう。会議は今週末の休みに合わせればいいから、そこまでにあっちこっちに通信機を配る。
あとは敵の状況を理解していなさすぎっていうのもあるね。数匹飛ばして情報収集をしようか。3日もあればちゃんとした情報も集まるでしょ。さすがに邪教なだけあって少数だろうけど邪神の使徒化されれば少数でもかなりの被害は出せる。各街の邪教との状況とかも調べる必要がありそうかな。
となれば今日中に協会から知り合い数名呼び寄せて情報整理を手伝ってもらおう。そうでもしないと協会の動きに邪魔される。
「うがぁぁああああ!いつまで適当にやる気だ、シエン!」
「え?あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
考え事をしていると少し先で地面が炸裂した。
顔を上げればディランがこっちを睨んでいるのが見える。そういえば今は訓練の授業中だった。適当にこの間の鱗を使ってディランの相手をしていたのだが、ほぼ無意識でやるほどに考え込んでいたようだ。やはり最近思考が弱くなっている。僕の限界が近いのだろう。最近になってそういったことが顕著に現れるようになってきた。
やっぱり魔法の研究なんてことに無駄に思考を割いてたのがいけなかったかな?…なんてね。
多分、本格的に神への道を歩み始めているのだろう。
「どうした。らしくねぇな」
「ん?いや、ちょっとこっちの事情でね」
「…王命とかいうやつか」
「そそ。ちょっと最近思わしくなくて」
ディランが僕のすぐ横まで歩いてきた。
どうやら相談に乗ってくれるつもりらしい。ディランは優しいなぁ…
「なんか…オレにできることはねぇのか」
「ん〜、ないね。ま、こうやって話を聞こうとしてくれるだけでも少し気が楽になるよ」
今僕が仕事に集中すれば、ディラン達との楽しい時間を過ごせなくなる。でも、仕事をしなければディラン達を巻き込む可能性と二度とこうやっていられなくなる可能性がある。でも仕事をすれば今という時間は二度とない。難儀だ…
「何をんなに悩んでんだよ」
「今さ、僕がここにいるのは一種の休暇なんだよ。でも、最近仕事をせざるおえないような状況になってきてるんだ。だけどさ、仕事に行ったらこうやってディラン達と過ごす"今"は二度とないんだよ。それなのに仕事しないといけない…仕事をしないとこうやっていることができなくなっちゃうかもしれない…」
「んなもんさっさと行って帰ってくりゃいいだろ」
「まぁ、普通はそういうよね…僕は、僕らには”今”というものがとても儚いんだ。ほんの一瞬、生きてきた時の刹那にも満たないもの。でも、それを充実させるのはとても難しい。僕は今、楽しいよ」
同じ時は二度と歩めない。
生きてきた時間、そのうちで僕が楽しいと感じていた時間はどれ程だろうか?
きっとそうやって楽しいと感じていられた時間はかなり少ないだろう。楽しいと感じられる時間は貴重なのだ。その貴重な時間を捨て世界を救うか、その貴重な時間のために世界を諦めるか。
…普通の人だったら即座に前者を選ぶだろう。
残念ながら僕らは違う。僕らからすればその選択は”恋人との関係を捨て家のために許嫁と結ばれるか、恋人の関係のために家を捨てるか”と言う質問や”自分を犠牲にして他人を救うか、他人を諦めて自分を守るか”などと言う質問に近いのだ。
「でもでもって…テメェはガキか!んなこと言ってもどうしようもねぇんだろ。だったらさっさと行ってさっさと帰ってこいよ!オレらはお前が帰ってくんのをちゃんと待ってんだからよ」
「…ふふ、あはは。ディランに説教されるんなんて思いもしなかった。そうだね、早く帰ってくるよ…できるだけ。それが数十年先だとしても」
「は?」
「ううん。なんでもないよ。いやぁ、僕はいい弟分を持ったよ。さ、続きやろうか〜。教官の表情がよろしくないよ?」
「あ、ああ…それはやばいな」
きっとこの仕事を終えるためにただでさえ弱まっている僕が精神を使うような仕事をすれば、僕の精神の消耗は早まり、神へと至るための眠気に耐えられなくなるだろう。
そうすれば僕は仕事が終わってからかなり早く眠りにつく。起きた後の僕は誰だろうか?
不安だ。
でも、これをやらなければありとあらゆる場所に大きな被害が及ぶことになる。
…僕はマリーやディランやハイド君たちのため、世界のために”今”を消費しよう。きっとそれが望ましい。
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