24.決闘開始日
かれこれ5日間の間、僕はひとりで迷宮に潜ってボスマラソンをした。
いやね、ちょっと面白そうなドロップを残す魔物でね、1個じゃ全然足りないから500ちょっとぐらい入手してきたんだよ。
そのボスっていうのがさ、鱗の一枚一枚が全部鋼でできた竜なんだよ。その上、鱗一枚一枚の大きさが人の爪よりちょっと小さいぐらいでね、その鱗のうち最も魔力が詰まった丈夫な奴をドロップするんだ。
…これ、【念動力】で飛ばしたら楽しそうだと思わない?
袋いっぱいに入った鱗を見て思う。
「ふぅ…あ、ディラン。今日から決闘挑まれたりするんでしょ?頑張ってね〜」
「わかってる…」
緊張しているのか、床を見てぼーっとしているディランに声をかけて袋を片手に部屋を出る。
多分、訓練所は貸し切られちゃうだろうから行くんだったら迷宮か森…
「さて、どこに行こうかな〜。やっぱり迷宮かな〜」
「いやいや、決闘を申し込まれるかもしれないんですから学園内にいないとですよ、シエン先輩」
「ん?あ、ハイド君ヤッホ〜」
「ヤッホ〜って…ですから学園内にいないと失権になっちゃいますよ?」
「ああ、大丈夫。僕大会には出ないから」
生徒同士の戦いに僕が出るってのもなんだし、何より出れないし。
「え?出ないんですか?」
「うん。というか、出れないんだよね〜…殿堂入りという名の出場禁止食らった」
「な、なんですかそれ…」
「魔道具部門ってあるじゃん?」
「ええ。ありますね」
「あれで圧勝したんだよ。あれ見るのは魔道具好きか貴族とかしかいないからあんまり知られてないんだけどさ」
ちょっと実験として出てたんだよね。
”V mandarinia”の実験で。1匹だけで敵の魔道具使いを全員片付けられるとは思いもしなかったよ。
「は、はぁ…それがどうして出場禁止なんかに?」
「3年連続で」
「あぁ、剣聖と同じようなパターンですね」
「観客湧かすどころか単なる作業ゲーだよ。ま、そりゃ出場禁止されるよね〜」
毎年同じように一瞬で片付けられるものを見ても何も楽しくないだろう。戦いは拮抗しているからこそ見応えがあるのであり、一瞬で片付く無双ゲー以上に酷いものなんて面白くもなんともない。
まぁ、僕としてはいい実験データが取れたからいいんだけど。
「…って、それでも他の部門だったら出場できるんじゃないですか?」
「いや、他の時間帯は僕忙しくって…ね?」
「ああ…そういうことですか」
「そ。ということで君らの戦いは僕は上の方から観戦してるから」
飽きて身代わりの分身置いてたりするけど、それはご愛嬌。視界は繋げられるし、見ようと思えば見れるからね。
いや、しょうがないでしょ?何時間も椅子に座りっぱなしって結構辛いんだからさ。
暇だし、あんまり興味ないし…
ああ、言っておくけど僕は戦闘狂とかじゃないからね。そういうことが割と得意っていうだけで、僕が好きなのは甘いものと可愛いものだし。これについて女子かというツッコミは受け付けない。ま、結構荒事は嫌いじゃないんだけどさ。
「ところで、魔道具部門ってなに使ったんですか?魔道具なんてどれも性能はそんなに変わらないじゃないですか。それなのに三連続優勝って…身体スペックでごり押しとか?」
「そんな不粋なマネするわけないじゃん。普通に魔道具の性能のみで戦ったよ〜」
「じゃあ一体どんなもので戦ったんですか?魔道具って魔力込めて魔法撃つあれですよね?あれにどんな差が」
「ん?見たい?別にいいけど…ほれ」
「ス、スズメバチっ⁉︎これ何ていう魔物ですか⁉︎俺蜂はダメなんですよ…」
「別にこれ魔物じゃないよ。僕が作った魔道具…製品名”V mandarinia”だよ。迷宮深部の魔物の魔石を核に外部の金属は迷宮内鉱物から、魔石には制御用命令式を人の限界を超えるくらいまで刻み込んである」
「…わ、わかったんでしまってください」
「ふむ…ほれ、パ〜ス」
「ぎゃあぁあ!シエン先輩!本当に勘弁してください!」
「ハイド君の意外な弱点発見…」
V mandariniaがハイド君を追いかけて飛ぶ。
割と本当に嫌そうだったのでしばらく追い回した後手元に戻してポーチにしまった。
「昔…っていうか死んでこっちに来る前に刺されて以来トラウマなんですよ…本当勘弁してください」
「へぇ〜…面白かったからそのうちまたやるね。今度はちゃんといきなり襲い掛からせるから安心していいよ」
「それ微塵も安心できませんって…うっかり壊しても文句言わないでくださいよ?」
「あ、それは大丈夫。まだ300匹くらいはいるから」
「お願いだからやめてください…」
「ははは〜。冗談だよ。まぁ、トラウマ克服したくなったら手伝ってあげる」
「そ、その時は頼むかもしれません…」
「うん。ところでハイド君、決闘の申し込みは来てないの?」
「え?あ、はい。俺とかゼノグラフ先輩とかは勝ち目がないと思われてるのかめったに申し込まれないんで」
まぁ、それもそうか。
学園代表の選抜でまず選ばれるのは20人程度。そこから放課後などの時間まで使って代表生徒のための訓練が行われ、最終的に最も強い10名が代表として残される。
今回の選抜に入りたいのだったら下から数えたほうが早い生徒に決闘を申し込む方が早いし、それも自分がその後に決闘を申し込まれる可能性も考えるともっと最終日に近づいてからの方がいいだろうし。
「ああ〜…じゃあディランはなんであんなにいっぱい申し込まれてたんだろ?嫌がらせかな?」
「仕返しじゃないですか?今までにいろんなところに決闘挑んでますし」
「なるほど…ま、対人戦のいい訓練ってことでほっときますかな」
「結構適当ですね…」
「いやぁ、その程度で負けるんだったら鍛え直してあげないと」
「まぁ、それもそうですね」
「でしょ?それじゃ、そういう訳で僕は出かけるね〜」
バイバイと手を振ってハイド君と別れた。
「さて、迷宮に行こうと思ったけど…その前に用事が出来たらしいね」
一階に降りて、寮を出ると向こうからこっちに向けて歩いて来る人影。
装備に見覚えがある。多分初日に冒険者といざこざ起こしてくれたアホ達だ。
明らかに僕に向かって歩いてきている。
ま、想像はつく。多分彼らはそこそこの実力者ではあるのだろう。今見れば胸元に鳥のバッジが付いているし、5年の冒険科の生徒…Dランクは最低でもある程度の強さ。ああ、5年に上がる時の試験がDランクの取得らしいからね。
で、それが最後の年に代表になろうと迷宮に入っていざこざを起こし、僕の報告によって代表選抜の可能性を失った。
恨まれる理由は十分。苛立ちを隠せていない表情からして、想像に難しくないね…大会にでも出れれば貴族に囲われる可能性もあった。うん、苛立ちと恨みは甘んじて受けるかな。
「おい!お前だろ報告したのは!お前のせいで俺らは選抜対象から外されたんだぞ!どうしてくれんだよ」
「うん。自業自得だね」
苛立ちと恨みは甘んじて受けるけど、それでどうこうすのはない。ただ文句を聞いてはあげるというだけだ。
だって悪いのは彼らじゃん?僕がそのために何かをしてあげるのは道理に合わないでしょ。
「お、お前のせいだろ!お前が報告なんかしなかったら俺らは代表に入れたかもしれないんだぞ」
「うん。それはないでしょ。君ら弱いし」
「ふ…ふざけんな!誰が弱いだとぉ!俺らはCランクパーティだぞ!」
「いや、だってCランクとは言っても学内大会じゃ見なかったし、出ても勝てないぐらいの強さなのかなぁ〜と」
「あんなのに出るなんて無駄だから長期依頼に出てたんだよ!」
「なるほど…確かに長期で休みが続くんだから長期依頼を受けておくのは手かもしれないね。まぁ、それをしないとやっていけないぐらいにお金がないとか?」
僕が納得して頷いていると、わなわなと怒りを募らせていくのがよくわかるぐらいに表情が歪んでいく様子が見える。今にも剣へと手が伸びそうだ。
拳を強く握りしめ、ギリギリと歯を噛み締めている。
「……とうだ。決闘だ!決闘を申し込む!」
「え?そこで決闘なの…」
てっきりまた怒って何処かに行っちゃうかと思ってたんだけどなぁ…めんどくさ。
彼は手袋をはめて、それから外して僕に投げつけてきた。
…よく見れば髪や格好、あちらこちらからうっすら気品たるものを感じる。実は貴族の三男とかだったようだ。全く気がつかなかった。確かにそう思えば言動がどこか子供っぽいのにも納得がいく。
僕は手袋を拾った。
「ま、いいや。受けてあげるよ。日取りは?」
「今日だ!今、すぐに」
「え、えぇ…ほら、君ら従者でしょ?ちょっとは主人のさ?」
「すみませんが、俺らにその権限はないんで」
「…はぁ。じゃあいいや。今からね。どこでやるの?訓練所は混んでると思うんだけど」
「フレッド、訓練所を貸し切ってこい!今すぐ!」
「へいへい、了解しました」
従順だけど、彼の従者たちはどこか適当。
多分付き合いが長いのだろう。こういったことにも結構慣れてるんじゃないかな?なんか呆れ顔してたし。
少しの間、待っていると訓練所が近かったためフレッドと呼ばれた従者は割とすぐ帰ってきた。
「貸し切ってきましたよ。意外と決闘申し込みがまだなかったみたいで今すぐだったら使っていいとのことでっせ」
「いくぞ!おい、お前!早く来い!」
「いや、その人武器持ってないですし、武器ぐらい持って来させないと」
「…う、うるさい!そんなことはわかってる!お前!早く装備を整えて訓練所に来い!」
そう吐き捨てると彼は歩き出した。
フレッドと呼ばれた従者が僕の方を見ている。
「なんかすいませんね」
「いいよ、別に。あと、武器はいらないよ。これでいい」
「え?あ、そうですか。んじゃあ早く行きましょう。俺も装備を整えないといけないんで」
そう言って彼のあとをフレッドは小走りに追いかけて行った。
なんか、一対一じゃなくて僕と彼らのパーティの決闘ってことになってるみたいだけど…ま、いっか。ちょうどいい実験台ってことで。
僕もそのあとを追う。
「というかほんと貴族の子の頭とその従者たちってなんであんなに頭が素敵な出来してるんだろ」
あの彼は言わずもだけど、従者の3人もその発言に対して叱ったり収めようとしたりしない。主人のいうことに間違いはない。間違いがあっても気に留めない。
フレッドと呼ばれた従者だってそれなりにすまないとは言っていたけど、その表情はほんの少しもすまなそうじゃなかった。いうなれば社交辞令だ。また来てほしくない相手にだって「またいつでもお越しください」と言う。貴族とはそういうもの…それに近かった。
主人が迷惑をかけたから一応謝罪したという形を残しておく。多分本心ではとりあえず謝ってけばいいだろうくらいにしか思ってない。
そもそも貴族の子供って頭が弱いのだ。冒険者や街の子のように自分でどうにかしないといけないということに当たることが少ないために、精神的成長が遅い。それでも貴族が腹の探り合いや何やらができるのは親がそうできるように長男や長女、もしくは次男次女を育てるから。それにあぶれた三男たちは精神が幼いままに…我儘で傲慢なままに体だけ成長していく。しかも問題を起こしても金でほとんどを解決できるあら苦労は知らないし、従者も面倒な子供を押し付けるために選ばれるのだから下手に頭が良くて三男を持ち上げ家督を継がせようとしない者を選ぶ…それは必然的に貴族の子供を愚かにする者を選ぶわけだ。
「なんか今ちょっと考えただけで解決したね…うん」
まぁ、何はともあれどっちも都合のいい頭をしてるわけだよ。
そもそも人は愚かなんだ。それを正さずに育てたら当然愚かな子ができるよね。そしてその子がまた同じように子を育てると…なんか頭痛がしてきたような気がする。
「…意外と観客いるね。ああ、決闘って言われたから代表のための決闘かと思っての敵情視察か」
中に入れば観客席に人がいっぱい。
真ん中まで移動し、僕が入ったあとからちゃんと装備を整えた彼らはが入ってきた。
『あーあー…決闘の取り仕切り役こと私です!本日の決闘は4年シエン…あ、またこの人ですか。で、対するは5年エッフェンド・メローニア率いるパーティ。決闘の名目は…”失効した代表選出権の再取得”?これ一生徒にどうにかできるんでしょうか?ま、まぁ、良くあるようなことですし、早く始めましょう。両者、構えー…開始ッ!』
声を聞けば、前にハイド君の件で赤色君と水色君と決闘した時の人のようだ。多分決闘の取り仕切りは彼女がすることになっているのだろう。自分でも言ってるし。
「いくぞっ!作戦はAだからな」
「はいはい…了解っと!」
「『火よ、槍となり我が敵を貫け。ファイアー・ランス』」
「フレッド、援護を」
短剣を構えた従者一人が特攻し、その後ろから槍を持ったフレッドが走る。もう一人は魔法を唱え、エッフェンドというらしい彼はその間で長剣を構えて待機している。
「さて、じゃあ実験開始かな」
僕は肩に担いでいた鱗の入った袋をドサッと地面に落とした。
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