22.暇な日
休暇は長いようで短かった。
実際、4月の初めは1週間ほど大雨なので、実質休みは2週間ほどなわけだけど。
「ねぇディラン〜。暇じゃない?」
「るせぇ」
机で真面目に勉強するディランへ話しかける。
外の雨はもう通常の小雨程度まで収まり、出かけられなくもない天気。多分昼になる前には止んで明日からは予定通り学園が再開されるだろう。
と、なるとだ。僕の夏休みは今日で終了。
そうなっちゃうと僕の長期休暇はディランたちとの合宿が1週間、休暇中の課題として規定個数の依頼を最低限度数で終わらせるのに2日、マリーたちに誘われて依頼をこなすのに1日、ディランの訓練とハイド君との模擬戦に1日、実験のための素材集めに1日、ディランの家の結界とかをディランに説明するのに1日、ハイガミとしての仕事に1日、クロリスとマリーとその他数人とピクニックに出かけて1日、残っていた邪教徒…皇国の宗教の生き残りの対処に1日、ディランたちとの訓練に1日。大雨に入ってからは部屋と食堂と訓練所を行ったり来たりするだけの生活で、もう飽き飽きなのだ。
「遊びに行こうよ〜。ハイド君たちのところとかでいいからさ」
「1人で勝手にいきやがれ」
「え〜…」
学園内の建物が屋根づたいであったことが不幸中の幸い。そうじゃなかったら部屋に押し込められたままとか暇すぎて死んじゃうよ。
ほんと、学園創立時の僕によくやったと言いたいね。
ああ、そうそう。大雨っていうのは台風なみの雨が1週間降り続く現象で、街はそれのために中心部が他より少し高かったりする。意図せずにヨーロッパの街並みと同じような構造になってるんだよね。ちなみに、大雨の時は街の中は2mmくらい、街の外は数cmほど水没してたりする。ま、雨が止めば石の敷き詰められた街並みのために水はすぐに流れていくし、外も2日3日程度で元に戻るから問題はない。
…ま、無論それでも被害はあるんだけど。
この場合の被害は人に対するものではない。いや、最終的には人にも降りかかるけど、直接的なものは人に対してのものではないのだ。
この被害者は魔物たち。大雨によって巣にしている洞窟や集落が被害を受ける。すると、住処を失った魔物は縄張り争いをしなくてはならなくなるだろう。そうして勝ち残った魔物は新しい住処に住み、負けた魔物は人里に下りてくるのだ。
「そういえばさ、ディラン」
「んだよ」
「シフォンケーキ焼いたんだけど食べる?」
「…食う」
キッチンに冷ましておいたシフォンケーキを取りに行く。
で、最終的に何が言いたいのかというと、暇なのだ。
大雨による被害はどうせ冒険者たちによってすぐ鎮圧されるし、雨が止んでも外の店は今日の間は開かないだろう。かといって学園内を回ってもやることはないし、仕方ないからこうして部屋の中でグダグダとしているわけだ。
暇だったからお菓子を作りまくった結果、部屋の中は甘い匂いがする。
「ほい」
「…そのまま持ってくるか普通」
「いや、欲しいだけとって。残りは切ってその辺におすそ分けするから」
「…そうかよ」
ディランはちゃちゃっとナイフで皿に取り、残りを返してきた。
その残りを切り分けて包装して、明日マリーたちにあげるとしよう。
残りを等分に切って、包装用のビニールの袋に入れ、口を紐で軽く縛っていく。
「なぁシエン」
「ん?遊びに行く気になった?」
「ちげぇよ。うまかった」
「…はやくない?結構大きめな型で、しかもその三分の一持ってったよね?」
きれいに皿の上のものは無くなっている。
僕が包装してる間っていってもほんの数分だったんだけど?どゆこと?
「まぁいいけど…飲み物いる?」
「くれ」
「何がいい〜?コーヒー?紅茶?ミルク?酒?」
「紅茶でいい」
「ほ〜い」
そこそこちゃんと紅茶を淹れてディランのカップに注ぎ、差し出す。
…本当にずっと思うんだけど、ディランが紅茶を飲む姿って違和感たっぷりなんだよね。ちょっと想像してご覧。赤髪でオールバックのちょっと強面な青年が優雅に紅茶飲んでるんだよ。
「ところで今日はなんの勉強?」
「…なんでもいいだろ」
「ふむ薬学ね…」
「勝手に見んじゃねぇよ」
机に並ぶ資料と薬草やその他いくつかの草花。
…そういえば薬草薬草って言ってるけど、この薬草って本当はちゃんとした名前があるんだよ?だけど、回復薬の原料ってことで薬草って呼ばれる方がメジャーってだけでさ。
「懐かしいなぁ〜」
「は?今もだろぉが」
「いや、さすがに勉強しなくってもわかるし。僕が何年冒険者としてやってると思ってるのさ〜。いい加減覚えるよ」
「…知らねぇよ」
「うん。言ったことないしね〜。まぁ頑張って。やっぱり冒険者が薬として使うんだったら傷口を消毒するものと止血するものとある程度の毒に対する知識は最低限度として欲しいかな〜。あとは傷の治りを早めるのとか、鎮痛作用があるものだとか、病に効くのとかもあるからその辺も押さえておくといいよ」
「だから、そんなにシエンは知ってんだよ。医者か」
「昔やったことはあったね〜」
「…マジか」
「ということでわからないことがあったら聞くといいよ。ある程度は答えてあげよう」
「はぁ…だったら」
ディランが僕に1本の草を見せる。
「これはどこが薬でどこが毒なんだ」
「ん?ああ、これは花びらと根っこ…ああ、その球根みたいなのも含めてが毒。他の部分は全部使えるよ。ちなみに薬になる部分が止血に使われるのは知ってるよね?」
「ああ」
「じゃあ毒は?」
「……知らねぇよ」
「毒の部分は逆に止血じゃなくて血が止まらなくなるよ。結構強力だから間違えないようにね。ああ…命乞いをしてきた敵に使うといいよ。止血薬だって言って塗ると血が止まらなくなるから」
「誰がするかよ」
「あとは実はあんまり知られてないけど、その花の蜜はちょっとだけ中毒性があるよ。ま、千本分くらい飲んでやっと中毒になるくらいだけど」
「へぇ…は?んなこと書いてねぇぞ」
「あれ?書かなかったっけ?…う〜ん。どの辺までのことを誰にいつ話したのかの記憶が曖昧だ〜。この話したの誰だろう?ルーじゃないんだったら…まいっか」
考え込むのはディランのなんとも言えない表情が目の前にあったのでやめた。
最近近い時期の記憶にまで一部混濁がみられる。もう侵食が進んでいるようだ。もう、あと2年と経たないうちに僕は僕じゃなくなるのじゃないだろうか?
「なんなんだよ…ったく、んでどういうわけで書いただなんだ言ってんだ?」
「いやぁ、知識を貸してくれってその本の著者の友人に頼まれてね〜」
「…この本書かれたの200年前だが」
「そうだね〜…あ。今のはなしで。忘れて忘れて〜」
「はぁ…そのうち話してくれんのか」
「う〜ん…そのうち話してあげるよ、たぶん結構近い未来に」
「…そうか」
「さ、勉強を続けるがよいぞ〜。僕は…ちょっと出かけてくるよ」
「ああ、行ってこい行ってこい」
「じゃ、いってきま〜す」
部屋の鍵と魔法を焼き付けた紙の束を持って出かける。
どうせやることないし、実験でもして時間を潰すことにした。もう明日から学園が再開されるから、多くの生徒は部屋で最後の休日をゆっくり過ごしたり勉強の予習復習をしてるだろう。これで訓練所で魔法ぶっ放しまくっても安全。
「ふむ…結局休みを満喫してないような気がするね。まぁいいけど」
そんなことを言わなくっても退屈な休日はこの先余るほどあるのだ。
ま、こうやってディランたちと過ごすのはもうないけどね。これはこれで良い思い出となるだろう。
寮を出て屋根の下を走ってクラスのある棟に入り、廊下を歩き、棟の間を走って訓練所に入る。
ちょびっとばかし肩が濡れた。だが抱えていた紙の束は無事の様子。
「やっぱり誰もいない…か〜」
案の定誰一人いない訓練所。
まぁ、実験にはもってこいだから良いんだけどね。
中央まで行き、紙の束を地面に置く。そしてその一番上の1枚を手に取り、唱える…というより解除するという方が正しいだろうか。
「『起動』」
コピー用紙はピラピラとはためいて光り、そして魔法を吐き出す。
火球…極一般的な火魔法だ。紙から生まれ出た火の玉はそのまま直進し、壁に当たって掻き消えた。
「威力は設定通り、軌道、速度、制御も共に問題はない…と」
火球を放ったコピー用紙は僕の手の中で光のチリになって崩れ去った。
こちらも設定通り。一度使ったものを使いまわしてたらどれがどれだわからなくなっちゃうから使うたびに消えるようにした。
「…で、やっぱり問題は起動かな〜」
当然ながら問題はまだある。
いくら僕が魔法などの現象に長けてるとはいえど、既存のものを組み合わせて作るならまだしも、それらを分解しどこでも扱えるものに作り変えるなんていうことをほんの数ヶ月でできるわけがないのだ。
ここまで来るのにだって人の寝る間の時間をほとんど費やし、授業やいろいろなものの合間時間までもを常に使って思考し続けてきた結果である。
様々なエネルギーに対応する術式、いかなる条件下でも常に安定して使用できる魔法陣、常に同じものを作り出せるように調整した魔法文字…その他数十個の頑張りの結果がこれだ。
しかも一度に数億数兆の思考をこなす僕であったからこそであり、同じ程度の知識をもってしても一般的な人の身であれば数世紀を優に超える時間を必要とする。
…本当僕よく頑張ったよね。なんでこんなに頑張ってるんだろ?
「とりあえず使い切っちゃうかな…『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』『起動』……」
コピー紙から次々と魔法が打ち出される。
ただし球、壁、槍、剣、矢、鞭、閃光、浄化、腐食、溶解、毒…と、ありとあらゆる種類を備えているわけではない。ただひたすらに灯火と火球と放水と水球のみだ。
作れなかったわけじゃないよ。これ以外にもあと12,3くらいある。まぁ、それだけと言われればどうにも言い訳ができないけど。
いやね、どこの世界でも使える共通の魔法文字とかが少なすぎるのだよ。だからわざわざ文字から作っているせいでまだ言葉の数が足りていないのが現状。おかげで僕以外が理解できない暗号ができちゃったけど、そこは置いておく。
文字を作るっていうのは大変なのだ。完全に新たな魔法体系を作ってるので、意味を持つ文字と言う存在を仮定し、そこへ意味を植え込み確定させる。それを基準にし、組み合わせて魔法を起動できるように組み直して意味を再付与、それらを使って魔法を作り、使用して実験し修正…というのをひたすらに繰り返すのだ。
「ふむ…火と水の基準自体は完璧かな」
そうしてとりあえずできたのが”火”と”水”を意味する文字列。それから”発生”と”安定”と”球状”。
ここからさらに属性を増やせば別の文字列でも同じ意味を生み出すものが生まれてしまうので、修正と実験をまた繰り返すのだ。
「さて、戻りますかな。次の文字を作ろう…あ〜、一体いつになったら完成するかね〜」
…多分完成するには僕をもってしても200~300年は掛かるんじゃないかな?
しかも、どんどん文字が増えて複雑になって、最後は誰も解読できないようなものになっちゃうと思う。別に誰かに教えたりする予定はないからいいんだけどさ。というか教えるんだったらその世界のものを教えてあげれば十分だろうし…最悪別の世界に呼ばれても魔力操作さえできれば習得なんて容易いだろうからね。向こうの世界に帰ったら拓巳に魔術の基本でも教えてみようかな。ちょっと陣が複雑だけど10個ぐらいは使えるようになるだろう。
というか、向こうの世界の陣は少々面倒なのだ。世界からの補助が一切ないから完璧に書かないといけないし、一から発生させてるから魔力も結構消費するし、世代を超えて継承されていくものなせいで基本までは誰でも使えてもこの世界で中位程度として扱われるもの以上は家によって使えるものに偏りがある。
治癒師の家は魔術師としての一般的な透明化だとか人除けだとかは使えても攻撃に関する魔術がなくて癒すもののみとか、火魔術の家は同じく一般的なものに加えて火の魔術のみとかね。
ま、おそらくそれぞれの才能に見合ったものを追求するうちに体内で生成される魔力にも変化が起こってそれに特化し、それに合わせて研究を続けるうちにこうなったのだろうと予測はつくけどね。
僕は訓練所を後にする。
意見感想等もらえると喜びます




