18.試験日〜その1〜
「知っていると思うが今回君の試験官をさせてもらうことになっている、ベノンだ。俺のことはいないものと思っていつも通り依頼を受けてくれ」
目の前に立つ強面の背の高くごつい人がそう言った。
ちゃんとした武装をしているし、冒険者なのだろうか?少なくとも学校では見たことがない。
「ベノンさんね…ベノンさんは学校の職員?」
「試験期間のみだが、職員という扱いになっている」
「ふ〜ん。普段は冒険者?」
「いや、非常勤だ。普段は警備を担当している」
「なるほど。でもそんな人が試験官をやってもいいの?」
「評価基準は決まっている。まず、学園が使えない人材をよこすと思うか?」
「確かに…じゃ、よろしく」
僕は右手を差し出してごつい手と握手する。
剣だこのある剣士の手だ。きっとそこそこには強いのだろう。なんか場慣れしてる感じがする。
「さて、じゃあいないものとしてた方がいいんだよね?評価的に」
「ああ。俺自身に降りかかるものについても自分で対処するので気にしなくていい。たまたま近くにいる冒険者だとでも思ってくれ」
「了解。じゃ、行こうか」
今は午前9時。
仕事を始めるには少し遅いぐらいの時間だ。だが、別に問題はない。
普通のスボンと普通のシャツとブーツとジャケットと言う冒険者として仕事をするには似つかわしくない格好の僕に怪訝な目を向けるベノンさんを放置して冒険者ギルドに向かう。
…ま、向かうとは言っても学園を出てすぐ横なんだけどね。
「そういえばさ、ベノンさんって冒険者やったことある?」
「昔は冒険者だった。年も取ったのでやめたが」
「へぇ〜…」
校門を出て少し歩き、ギルドに入る。
カランカランと聞き慣れた音を鳴らしてギルドに踏み入った。
学園都市のギルドなだけあって清潔感があり、ガラの悪い冒険者だったり新人いびりをする冒険者もいないようだ。まぁ、最近迷宮が出来たから移って来たばかりなそういうのもいるようではあるけど。
「さぁ、依頼は何が残ってるかな〜」
依頼は高難易度でない限り美味しいものは朝のうちに持って行かれる。
そして大体1日で依頼があらかた張り替えられて依頼がどんどん片付いていくシステムなのだが…
「…やっぱり残ってるね〜」
ゴミ拾いや草刈り、子供の面倒を見るなど、面倒くさい上に実入りの良くない仕事は残る傾向にある。
冒険者も生活がかかってるわけで仕方がない。まぁ、運のいいことにこの都市では冒険者になりたての学生がいっぱいいるから結構処理はされてるし。
「とりあえず、草刈りと掃除はすぐ終わるでしょ。あと外に行って薬草取りと魔石の納品と…ついでにゴブリンの集落の殲滅ぐらいまでは行けるかな」
依頼書を取って受付に行く。
受付嬢が5枚も依頼書を持ってきた僕になんとも言えない表情を向けたあと、渡したカードを見てなお微妙な表情を浮かべた。
まぁ、確かにBBランクが草刈りとかを受けようとしてたらなんとも言えない表情も浮かべたくなるよね。
それでも仕事なのでちゃんと依頼を受注してくれた受付嬢にお礼を言ってギルドを出る。
「さて…まずは草刈りだ」
てくてく歩いてちょっと裕福な層の住宅街に出た。
二階建ての一軒家が立ち並んでいる。なんとなく空気も余裕のある感じがして、ある程度の稼ぎのある安定した暮らしをしてるような感じがした。
その中の小綺麗な庭のある家に向かい、玄関をノックする。
「はい?どなたでしょう」
少し待つと中から小走りする足音が聞こえ、扉が開かれた。
メイドだろうか?落ち着いたクールな感じの女性だ。
「初めまして〜。冒険者ギルドから来ました、シエンです。草刈りの依頼を受けてきました」
「ああ、冒険者の方でしたか。ではこちらへ」
依頼を受けた証拠の板を見せると納得した様子で、僕を連れて裏庭に回った。
まぁ、納得されたのは見た目も若いからこういう仕事を受けるのに違和感がなかったっていうのもあるだろうけどね。
家の影になる裏庭にはつる草が蔓延り、地面が見えないほど雑草が生い茂っていた。
「ありゃりゃ〜…」
「これをお願いします」
「根こそぎ?それとも表面的にだけ?」
「どちらでも構いませんが、根までしていただけるとありがたいです」
「誰か働く人はここを掃除とかしないの?」
「なにぶんこの家にいるのは私のみですので、手が回らぬところは冒険者に任せています」
家の規模から見て確かにこれを一人でどうにかした上で裏庭の手入れまでは無理だろう。
どうせかかる手間もあんまり変わらないし、根こそぎ引っこ抜いておいてあげようか。
「なるほどね…じゃ、根こそぎ引っこ抜いていくとしますか」
「ありがとうございます。ではお願いします」
「はいよ〜。あ、多分10分ぐらいで終わると思うからその頃の戻ってきて」
「…は?10分ですか?」
「そ。魔法でチャチャっとやるからさ。なんだったら見る?」
「え、ええ」
僕の後ろに立つメイドさんにもうちょっと下がってもらい、裏庭を見る。
大体幅が1.5mぐらいで奥行きが20m弱といったところだろうか?
「ふぅ…『大地よ、その身に蔓延る外敵を吐き出せ。地の怒り』」
詠唱を終えると地面が脈動し、プッと雑草と草を吐き出す。
…ああ、本来はこんなことに使う魔法じゃないんだよ?本来は噴火するように地面が隆起して敵を巻き込んで破裂する魔法だからね。
「よし。じゃ、抜いたやつはどこに捨てればいい〜?」
「…はっ。え、ええ。そこの端に焼却炉があるのでそこへお願いします」
「了解〜。『召集:リトル・ノーム』」
手のひらサイズの小人が呼び出され、僕の指示に従い小人たちは草を焼却炉へ運んでいく。僕は焼却炉でその運ばれてきた草をせっせと燃やしていく。
家の壁に張り付いた蔓も剥ぎ取り、宣言通り10分程度で綺麗さっぱり裏庭は片付いた。
…メイドさんがあんぐりと口を開けていたのにちょっと笑ったのは仕方ないと思う。
「終了です」
「…お、お疲れ様でした。こちらを」
「受領印も押してある…と。じゃ、家事頑張ってね〜」
僕は板を受け取り、なんか疲れ切った表情をしたメイドさんに見送られながら家を後にする。
帰り際にほんのお礼だと庭に生えてた果物をもらったのでそれをかじりながら歩く。
さ、次は空き家の掃除だ。
「えっと…こっちかな」
今度は大通りから少し離れた場所の家に向かう。
次の依頼は借りていた冒険者の退去してしばらくの貸家の掃除。新しい入居者が決まったけど結構長い間誰も住んでいなかったために埃がたまっているので掃除をお願いしたいという依頼だった。
ま、これは風魔法で吹き飛ばせば一瞬だからすごい楽。
「あ…大家さんに鍵を借りないといけないのか」
貸家に到着する寸前で気がつく。
依頼書に乗ってた住所だとここの近くだけどちょっと戻る羽目になってしまった。
ちょっとため息をついて大家さんの家に行き、鍵を借りて戻ってくる。
「とりあえず中身を確認〜………一戸建ての家だし、二階建てだけどそこまでじゃないからささっと終わるでしょう」
鍵を開け、扉を開けた瞬間の埃っぽさにため息をつきたくなる気分。
中を覗けば扉から差し込む光に照らされる蜘蛛の巣、扉を開け揺れる埃の塊。これは一体…
「あれだね…家は人が住まなくなると死ぬっていうし」
庭はかろうじて掃除されているため問題はないのだが、家の中はひどい。
きっと手入れとかしてなかったのだろう。カビ臭いとか腐って壊れそうとかはないのだが、基本的に埃まみれ。一体しばらく人が住んでいなかったってどのくらいの期間なのさ。
「とりあえず埃を掃き出そう…『召集:風聖霊』」
『おはよう!王様っ!』
召喚陣から出てきたのは狩人のような格好のボーイッシュな少女…ただし、サイズは手乗り。
僕の周りをひらひら飛び回った後、僕の手の上であぐらをかいた。
「『この家の汚れを掃き出してくれる?あ、ゴミはまとめて森にでも吹き飛ばしてくれればいいから』」
『わかったよ!じゃあやっちゃうね!』
ノトスは『えいっ』という掛け声とともに手を前に突き出して家の中へ風を呼び込む。
そしてしばらく家の扉からゴミが出て行くのを見守った。
…あ、一応言っておくけど聖霊たちはそれぞれ属性を持っているのではなく、その司るものそのものといったほうが正しい。だからこうやって風を動かすのも自分の肉体を動かしているに近いのだ。つまり聖霊魔法っていうけどあれは魔法じゃなくて魔力という対価の代わりに聖霊が仕事をしてるだけなんだよね。
『よしっ!終わったよ王様!』
「うん、ありがと〜。お疲れ様」
『どういたしましてっ!じゃっ、ボクはもう帰るね!今日はみんなでピクニックに行くんだ!』
「へぇ〜。楽しんできてね『帰還』」
『うん!ばいば〜い』
ノトスが手を振って陣に飛び込んでいった。
ピクニックか〜…ちょっと想像したらすっごくほのぼのしたよ。いや、考えてみるといいよ。小さな少女たちがキノコとかに座ってピクニックしてる姿をさ。しかもそれは自分の家族だよ?…和むね〜。
ちょっとニコニコとしながら大家さんに報告し、驚かれ、確認してもらい、苦笑いと受領のサインをもらった。
まぁ、確かに鍵を受け取って10数分で終わったと報告に来た挙句しっかりと掃除されてちゃ驚くよね。なにせついでとばかりに痛んでたところの報告までしてあげたんだから。
これでこの家に住む冒険者は安心して暮らせるだろう。いやぁ、よかったよかった。
「じゃ、最後は外だね…」
外壁に向かって歩きながら残る依頼を確認する。
薬草採集。いつでも足りない状況なのでほとんど常時貼られている。依頼を受けるときにもらった袋に薬草を詰めればいいだけの簡単なお仕事…だとお思いだろう?ここでは違うのだ。実入りがそんなに良くないけど外に出るとき魔物を狩るついででもできる仕事のために多くの冒険者が受ける。それによって近場の薬草はどんどん刈られていくので少し深いところにでも行かないと採取できなかったりするときによって面倒なお仕事なのだ。
で、魔石の納品。これは宿屋の照明やシャワーのようにどこにでも使われるものではなく、一定ランク以上の魔道具の核として使える魔石の納品だ。ランクでいうとEランク程度の魔物…ちょうどホブゴブリンぐらい。これは大体一般的な兵士程度の能力と低脳な脳を持つ一人前の冒険者からすればそこそこ雑魚の魔物。ま、単体っていう条件下においてのみだけどね。大抵が3,4体で固まって動くので一人前になった冒険者ではパーティを組んで戦うのが好ましい。一人前…ああ、Cランクまで上がると冒険者として一人前だけど、それが調子に乗って1人で立ち向かって死ぬという事例がたくさんあったり。
「ゴブリンの集落ね〜…」
最後が集落の殲滅。
これはCランクの依頼で、Cランクとは言ってもその中でもそこそこに強いパーティで立ち向かうのが定石。ただ数が数なので面倒だし、報酬もそこまで美味しくないし、うっかり大怪我でもした日には赤字になっちゃうような依頼なので好んで受けようとする人は少ない…まぁ、ゴブリンだけにいい思いを抱かない人は少なくないのでそういった人たちによってこなされる依頼だ。
それに受ける人がいなくてもゴブリンの集落は色々と問題を発生させるので依頼が貼られて3日以上経てば強制的にこなせそうな冒険者が受けさせられる羽目になったりするのだが、これは置いておこう。
ちなみにいうと僕が依頼を受けたのはゴブリンによっておこされる事件が嫌いだからだ。これは盗賊とか人さらいにも言えることだけどね。
外壁の門番に呼び止められる。
学生は外に出るときに確認が必要なのだ。
「外に出るなら学生証を」
「ほい、学生証」
「確かに。では気をつけて」
学生証を返してもらって外に出る。
で、なんの話だっけ?ああ、そうそう。いや、だって…なんで人のものに手を出すわけ?自分の気に入ったものをどんな形であろうと汚されるのは非常に気分が悪い。それを起こす可能性はかたっぱしから断ち切っておくべきでしょ。まぁ僕もやる側だったりすることがないとは言い切れないけど。
…あ、ちなみにうちの眷属のゴブリン達はそんなのじゃないよ?というか最近本当にゴブリンなのかを疑いたくなってきたよ。
ゴブリンというのは緑色の肌をした醜悪な顔の小人…っていうのが普通抱かれるイメージだろう。ま、実際のところ事実だし、メスがいないから他種族をさらってって言うのも事実だけど。そんなことより、うちのゴブリン達はそれとは大きく違うのだ。いつも外に出すときは顔とかで間違えて狩られそうになったりしたら大変だからフルフェイスのアーマーを着せてて、訓練時とかもそのままだから最近中を見てなかったんだけど、久しぶりに見たらあれはゴブリンじゃなかったね。だってイケメンだったもの。緑色の肌も気持ち緑色に見えるような気がする程度にまで人に近づいてたし、顔なんて普通に人だったもんね。
だから亜鬼種と名付けてゴブリンとは別の種族として独立させちゃったよ。
…っと、話が逸れたかな。
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