16.捜索日
学内大会が終わってから2週間が経った。
さすがに僕に絡んでくるのはせいぜい訓練をつけて欲しいだとか、魔法科の人ぐらいにまでは減ったよ。おかげで随分と生活が楽になった。
…まぁ、それには貴族たちに話した僕が剣聖の弟だとかいう嘘で本当な情報と王からの勅命があるっていうことによる部分もあるようだけどね。踏みこみすぎるとまずいからかな。
「ねぇディラン。どうしよう?」
「なにがだ」
「お?今日は珍しくちゃんと話に乗ってくれるね?」
「るせぇ。気分だ」
「あら、そう?」
「そうだ」
「ふ〜ん。でさ、僕が孤立し始めてるような気がするんだよ。ほら、この間の学内大会のおかげで一躍有名人だったけど、そこから僕の個人情報が漏れて関わり合いになりすぎちゃいけない人みたいになってるせいでさ」
そうなのである。
今、僕の周囲にはディランとハイド君たちとクロリスと魔法科以外の人が滅多にいない。
やっぱり権力者とのつながりは欲しいけど踏みこみすぎてそういう争いにでも巻き込まれるとまずいと思う人が多いからか、あまり僕と関わり合いになろうとする人がいないのだ。
さらに最近は少し緩和されたみたいだけどディランがいるってのもあるみたいだし?ちょっとディランには悪いけどさ。
「……知るかっ!んなのはシエンのせいじゃねぇか」
返事に間があったからちょっとは考えてはみたんだろうね。
どうやら自業自得だと判断されたようだ。
「まぁ、なにも否定できないんだけどね。あ〜あ…学内大会でもっとふざけとけばよかった」
「あれよりひでぇのがあんのかよ…」
「ん?そりゃいくらでもあるよ〜。なに?聞きたい?」
「誰が聞くか」
「フリかな?フリだよね?うん。えっとね、ナイフとフォークで戦うとか〜…」
「聞かねぇっつってんだろ」
「ええ〜…」
ディランはそっぽを向いてさっさと歩いて行ってしまう。
仕方ないので僕もその後ろを追いかける。
冒険者が横を通り過ぎ、看板娘が客を呼ぶ。
「というかさ、目的地はどこなの?」
「…黙ってこい」
「へ〜い」
休日なのだが、朝からディランに連れ出され僕は街に出ていた。
まぁ、目的は何も言われてないけど、買い物ではないだろうしギルドはとうの昔に通り過ぎたから、多分誰かに会いに行くかご飯でも食べに行くんだと思ってる。
そうじゃなかったらわからない。最近人の心を理解するのが少し難しく感じる。生きてる年月が違うと感じ方にもやはり差が出るみたいで、エルフの長老とかとだったら楽しく話せるんだけど、若者と話がね?
街中を進み、人の少ない方へ歩いて行き、また人の気配が多くなってきている。
…確かこの先はスラムだ。学園都市にスラムなんてものを形成させるなって思うんだけど、このご時世そんなことは当然不可能なのでしょうがない。
「…いいところのお坊ちゃんどもが」などという声が聞こえたり、財布を掏ろうと待ち構える子供がたり、道の端にうずくまるおっさんがいたり、ギャンブルなんかで有り金を全部持ってかれたアホや依頼を失敗して罰金を払ってつらくなった冒険者、他にもいろいろな人が見られる。
こんなところに連れてきて何の用だろうか?
「ねぇ、ディラン〜。こんな場所に何の用さ?先に言っとくけど僕はこの状態をなくそうとも思わないし、救い出してやろうとも思わないよ?」
「んなんじゃねぇよ。第一ここにいる大半が碌でもねぇクズどもだからな」
「うわぁ…ディランのそういう言葉は初めて聞いた気がするよ。あからさまに見下すってディランにしては珍しいね」
「…努力もしねぇバカが嫌いだなだけだ」
「あらら。まぁ、生まれつきいたとかはどうにもできないかもしれないけど、仕事でヘマするとかギャンブルとかお薬とかは自業自得だしね〜」
僕の声が聞こえたのか、周囲が僕に行き場のない怒りや嫉妬の視線を向ける。
ただ、それでもなお僕らに襲いかかってきたりはしないところを見ると、身の程をわきまえているのか、はたまたディランが何かをやらかした後か。
どちらにせよ面倒ごとがないのはいいことだ。
「ここだ」
「ん?あ、着いたの?…家?」
周囲を見回しながら歩いているとディランが突然立ち止まった。
その視線の先にあったのは家だ。小汚いスラムの中で異質な雰囲気を放つ白塗りの家。家の周りをぐるっと魔法結界が貼られ、入り口にも鍵がかかっている。
「結界なんて使う人は珍しいね…地味に大変だし。訓練所の結界だって作るのに何十人もの人手と何十年もの時間がかかってるっていうのに、これはそれよりもふざけた結界みたいだし」
「結界…なんの話だ」
「あれ?知らないの?この家、周りが結界で覆われてるんだけど。というかそうじゃなかったら無人の家が荒らされないわけないじゃん」
「そうだったのか…」
ディランがなんか遠い目をしている。
というかここは誰の家のなの?中に人の気配はないし、無人の空き家みたいだけど。
「で、ここは誰の家なの?こんな特定人物以外進入禁止と劣化軽減と環境衛生管理とその他もろもろ生活に便利そうなものを含む結界なんて貼る変人はさ」
「オレの…育ての親の家だ。変り者だってのは事実だったがな」
「へぇ〜。じゃあ、ディランの剣のもともとの持ち主ってここの人?」
「…さっさと入るぞ」
「沈黙は肯定としま〜す」
ディランが鍵を門に差し込むと門の部分のみ結界が開かれて中に入れるようになった。
そして、入って門を閉めると結界が再び作動する。随分と手の込んだものを作ったものだ。本当にこれを作ったのは変り者だろう。
ま、とりあえず今のやりとりでこの家がディランの育て親の家っていうのと、その人はディランに剣をあげた人であり、師匠と思しき人であるとわかった。これは中も期待できそう。
「なに門なんか見てんだ。早く行くぞ」
「ん。はいよ〜」
玄関で待つディランに返事を返して、家に入る。
…入る直前に後ろから感じた視線は物乞いや浮浪者のものとは思えない粘着質なものだった。
「それで、結局この家に何の用なの?」
「見て欲しいもんがある」
「ふむ。で、それはどこにあるの?」
ディランは無言で廊下を進み、1つの部屋に入る。
そこにあったのは箱だ。その部屋にはそれ以外のものが一切置かれておらず、ただ中心にポツンと箱が置かれている。
「この箱がなんなのかわかんねぇか」
「調べて欲しいと?」
「ああ」
「…ま、いいよ。ディランには色々と面倒見てもらってないけど、お世話にはなってるから」
「るせぇよ」
僕はその箱を視る。
周囲に漂う魔力、形成されている陣や結界、材質、作られた時代、構造…今の僕の瞳は視ようと思えば色々なものが視える。
その目に映ったのは…
「…え?」
「やっぱわかんねぇか…」
「いや、そうじゃなくてね。なんでこんな場所にこれがあるのかが気になるんだよ」
「なんなんだよ、これは」
「兵器だよ、兵器。”企画、僕。開発、僕。設計、僕”なやつ」
「は?」
「コンセプトは持ち運べる軍隊。これひとつあれば魔物狩りはおろか国取り世界征服までなんでも来い」
「…シエンがっつうのは聞かねぇでおいてやる。んなもんがなんでこんな所にあんだよ」
「僕もそれが気になってるんだよね。これさ、さすがに危ないから制作する前に計画自体を取りやめにしたんだよ。だから設計図はあっても実物はないはずなんだ。こんなアホみたいに細かい陣を刻めるのは僕以外少数だったから、作ること自体難しかったし。第一に設計図だってすでに失われてるはずなのにこの人は20年位前にこれを作ってるんだよ。一体どういうことだろ思う?」
世界征服までできるようなものを僕が作って放置するわけがないだろう。
作る前に計画を取りやめて、別の研究の足掛かりとして分解して設計図自体もバラバラにした。だから頑張って設計図を集めること自体難しいはずだし、この設計図自体があるのを知るのは数人で、しかも100年以上前に全員死んでる。これが作られた時代は20年前。
…はて、どういうことだろうか?
こんな変態結界張るような人だ。陣を刻むことができる可能性はなくもない。現にできちゃってるみたいだしさ。
でもどうしてこれが完成してるのかがわからない。だって、最後の設計図は僕が持ってるから知りようがないはずなんだもの。
「知るかよ」
「ま、だろうね〜。とりあえずこれ回収していい?それとこの設計図はどこかになかった?」
「はぁ……んなもんは知らねぇよ」
返事も待たずに箱が僕の影に飲み込まれた。
「そか。ところでどうしてこれを僕に見せたの?」
「シエンなら知ってるかと思っただけだ」
「ふ〜ん。ま、確かに色々と知ってるのは事実だしね」
とりあえず資料とかがないのは気になるけど、回収できただけよしとしよう。
…実際のところどこかで量産とかされてたらシャレにならないんだけどね。
これはゴーレムの一種なんだけど、自動で周囲から魔力を回収して魔法を放ち続ける危険物だし、使用可能な魔法も相当なレベルまで行けるし、近寄っても近距離戦闘までこなす優れものだし。第一に簡単に言うと魔王の最終強化版なわけで…
一般人の勝てるわけがね?勇者とかならまだしも、この世界に人が勝てるとはとても思えない代物なのだ。
「ところで、これ以外にも何かあったりはしない?それと資料とかはなくてもどこで作業してたとか研究したものを置いてたとかって覚えてる?」
「全部ここだ。オレがこの家にいた時、この部屋だけは入るなって言われてたからな」
「なるほど…一応見て回ってもいい?」
「勝手にしろ」
僕を置いて部屋を出て行ったディランは放っておいて、部屋の散策を開始する。
まずはこの部屋だ。実験とかはこの部屋でやっていたというのだから何かしらの痕跡やら地下への入り口やらがあってもいいだろう。ま、なかったら綺麗さっぱり証拠は隠滅されたってことにしておくけど。
「床は〜…窪みどころか魔法の形跡すらないね。いや、確かに作られたのは20年前だからディランが生まれる前だし、ここはできたものを安置する部屋だったのかも」
そういえばディランの発言に意味がないことを思い出す。
とりあえず部屋を視回して何もないことを確認したあと部屋を出た。
「さて、じゃあ怪しそうな部屋は〜…」
簡単に家の中の魔力の痕跡を探る。
一番強い庭のあたりはディランの訓練か実験の際のものだろう。その次に強い部屋に行ってみよう。こっちが研究室だったのかもしれない。
廊下を歩いてその部屋に向かう。扉を開けると埃とカビの匂いがした。
「結界の効果が反映されてないのかな?」
劣化防止がされているはずなのに部屋は小汚かった。
所々に埃がつもり、机には日に焼けた紙の束や固まりきったペンのインク。カーテンには焦げ目がつき、穴も開いている。ここだけが時代に置いていかれたようだった。
「…でも正解っぽいね。あと結界の影響を受けてないのはここにも結界が張ってるからかな」
手頃な位置にあった紙に描いてある陣に見覚えがあった。他の紙も見ていくと結界関連や彼独自の研究と思われるものも見つかる。
どれを取っても有能と言える魔法使いだったのだろうと思わされるほどに緻密な研究結果のレポート。少々字は汚いが、見やすくまとめられ、魔法を学ぶ者ならば簡単に理解できる。それゆえに危険で、価値あるものだった。
「でもちゃんと対策はしてるみたいだし問題ないかな」
周囲を見回すと部屋自体を発見しづらくする結界が貼られている。
多分研究結果は全てここにあり、死んだあとも見つけられないように工夫してあったのだろう。残念ながら僕が見つけちゃったけど。
「…なにより、このあと誰がここに入っても見ることはないからね」
”扉”を開いてそのレポートや実験結果の全てを僕の書斎へ送る。
ものの数秒できれいさっぱりほぼ全てのものをしまい、ほんの少しのものを残すばかりとなった。
「これは多分家の契約書だよね。あと、こっちは手帳、こっちが日記かな?」
家の捜索に役立ちそうだったから残した。
契約書は普通にディランに渡せばいいとして、まずは手帳かな。
「…ふむ。魔道具の類は廃棄したとな」
危険なものは箱のあった部屋に全て押し込み、それ以外は売るなり壊すなりしたという記述があった。
まぁ、危険なものもあの箱以外は後日壊れていたので廃棄したらしいし、問題はない。
それから実験の手順や経過、予定だとかが書かれているのでこれも書斎へ送っておこう。
「さ、次は日記っと…なんか人の日記を読むのって気まずいよね」
古くなってパリパリになりかけた日記を開く。
…読みづらいからちょっと修復しておこう。
「えっと…」
読み始めた日記は研究所に入った喜びから始まり、魔法への興味や願い、誘惑に負けて資料を持ち出し研究を始めたこと、食いつなぐために冒険者になったこと、助られた女性に一目惚れしたこと、魔道具を売って家を買ったこと、告白して玉砕したこと、慰められたこと、研究に成功の兆しが見えたこと、パーティを組んだこと、家族が死んだこと、辛かった日のこと、パーティの女性と結婚したこと、研究をやめたこと、子供ができたこと、亡くなったこと、妻が子供を産めなくなったこと、苦しんだこと、魔道具屋を始めたこと、幸せだったこと、貴族に恨みを買ったこと、逃げだしたこと、引きこもったこと、立ち治ったこと、パーティに再び入ったこと、隠居したこと、プレゼントを贈ったこと、酒を飲んだこと、本を読んだこと、喜ばれたこと、年をとったこと、買い物に行ったこと、目が悪くなったこと、妻が病になったこと、治そうとしたこと、亡くなったこと、研究を再開したこと、寂しいこと、成功したこと、泣きそうなこと、子供を拾ったこと、嬉しいこと、成長していくこと……そこにはひとりの男の苦悩と困難と幸せな日々が綴られていた。
「叶うならば、ディランの幸せを…って、変人っていうよりいい人じゃん」
最後のページに書かれていたのは妻への感謝とディランの幸せを願う言葉だった。
…これはディランに押し付けよう。
「さ、次は…庭かな」
庭に結界の核があるらしいのでそれを見に行こう。
探索は続く。
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