12.休日
大会が終わった次の日。
僕は学園長室にいた。
「いやぁ、久しぶりだね〜」
「ええ。お久しぶりです、おじさま」
「お、おじさま…昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって可愛かったのになぁ〜」
「そうだったでしょうか?…」
「そうだったよ〜。ルーにかまってもらえないときに僕の方に来て遊んで遊んでってせがってたのに。いつの間にか随分と大人になっちゃったもんだね…」
年かな?…なんてね。
この頃、意識しないようにしてはきたものの、時間の感覚がおかしい。人から神へと足を踏み入れ始めた…そんな気がしてならないんだよね。気がつくと子どもは成長し大人になっていて、周囲の人が消えている。
こんな頃になって精神が体に同調し始めたらしい。
この分だとあと数年…いや残念ながら多分2年くらいで僕はかつての僕ではなくなるんだろう。
昔のことは確かに知っている。生まれ、育ち、生きてきた環境を知っている。だけど、そのとき抱いた感情はもう覚えていない。どうして怒ったのか知っている。だけどその激情を覚えていない。誰かの日記を読んでるような、なんとも不思議な感覚だ。
頑張って精神すり減らして抵抗してはいるものの、少しずつ自分か神へと足を踏み入れているという確かな感覚がある。
…少し、寂しい。
「ふふっ。冗談です。ですが、私はあなたを兄と呼ぶにはあまりにも老いてしまった」
「そうだね…もう二百を越えたあたりかな?すでにエルフとしては成人だし、それが僕をお兄ちゃんなんて呼んだら色々とまずいかもね。一応人間種で通してるんだし」
「ええ…でも、2人きりならばまた兄と呼んでもいいでしょうか?」
「どうぞ〜。それにしても参ったね。僕はいつの間にか3人も妹がいたみたいだよ」
思わぬところで家族が増えていたようだ。
というか今さらながらおじさまもそれはそれで問題なんだよ。
「そのようですね、兄様」
「あ、そうそう。昨日夜中に暇だったから…ほい。シフォンケーキを焼いてみたんだ。あとで食べて〜」
「まあ。相変わらずおかし作りが上手なのですね」
「もう趣味のうちに入りきらなくなってきた自覚があるよ…」
多分向こうの世界で店を出してもやっていけるレベルの味だと思うよ?
何せ夜中に暇だからっていう理由でいろんなものを作り続けて早くも百数年も経つから。老舗を一人で作り上げてるね。
「それに加えてSSSランクなど…私の知らぬ間に随分とご活躍されて。本当に相変わらず自由気ままですね」
「まぁね〜。おかげであっちこっちで引っ張りだこにされかねなかったけど」
「SSSランクともなれば当然でしょう。これで王国はいつでも他国に戦争を仕掛けられますよ」
「まぁ、うちの王様と宰相はいい人だからそれはないってみんな知ってると思うけどね」
第一にSSSランクって言ったってAAランクを倒せる程度の実力だからね。他国に戦争を仕掛けるのにもってこいとしか言いようのない戦力だよ。何せ単体で軍隊を対等に戦えるんだから。
ちなみに、AAに値するのは一匹いれば街を消し飛ばせるような魔物ね。
「ええ。ですが、Sランク以上には変わり者が多いというのは周知の事実でもあるのですから」
「まぁ、基本的に人をやめてるし、というか辞めざる得ない領域だし。おかげで変わり者が多いわけだしさ」
冒険者のAAAランクとSランクには大きな壁がある。
AAAランクがBランクの魔物を倒せる力を持っているのが基準と考えると、Sランクはそれを一人で片手間に倒す。言うなれば銃を持った人と戦車に乗った人、それぐらいの違いがある。
第一に魔物のランク付けの基準も曖昧なんだよ。一応としての基準はこれだけど。
G・・・子供でも倒せる
F・・・子供複数人、又は大人一人くらい
E・・・大人数人
D・・・訓練した大人複数人
C・・・パーティ一つ
B・・・パーティ複数
A・・・熟練のパーティ一つ
AA・・・熟練のパーティ二つ
AAA・・・軍隊一つ、又は熟練のパーティ複数
S・・・勇者一人、又は国一つ
SS・・・勇者のパーティ、又は国複数
SSS・・・勝てない
これは実際に測定したわけじゃない。
戦ったことのある人の経験からこれぐらいじゃないかな?っていう適当なつけ方をされてる。熟練のパーティって言われたって、それがどの程度の強さを持つかも明確じゃないし、せいぜい正確に書かれてるのはBランク程度までだっていうのが世界の一般常識だ。
Dランクまでは兵士を使って調べているし、C,Bランクも6名の一般冒険者のパーティを使って調べてる。それ以上は想像だ。”この程度の強さの冒険者が何名で戦って勝てたから多分このぐらいの強さだろう”みたいなつけ方をされてる。
本当にふざけてるとしか思えないわけなんだけど、仕方ない。だって、もし有能な冒険者を資料作成のために失ったら強い魔物が出てきたときに誰が街を守るのさ?そういう理由でAAAランクまでをランク付けし、それ以上はもう勝てなかったけど召喚された勇者達が倒したからこのぐらいじゃないかな?みたいな感じで相当適当につけられてる。
…そのうちこっそりと正確の判断基準にできるものを作ろうかなと思っていたりするんだけどね。特殊技能と平均ステータスをポイントで分ければいけるかなと。
…っと、話が逸れた。
それゆえにSランクに上がるような人はかなり強い。おかげでSランク以上が1人いるだけでも戦争がかなり有利になってしまう。
その上そこまで強さに執着するのだからこそSランクまで上がった人が多いので戦闘狂が多い。
「そうですか?私には兄様は一般的な人に見えますけど」
「ああ、うん。僕は人じゃないからそれ以前の問題かな〜」
「ふふっ。そうでしたね。ですが、兄様は戦い好きな人ではないでしょう?」
「まぁ確かに戦闘狂じゃないからSランク以上だったらマシなうちに入るのかな?」
「ええ。それに兄様はSSSランクですよ?」
「うん。まぁそれを言われるとなんとも言えない気がする…」
Sランク以上になるための試験は試験じゃない。
…哲学っぽいことを言ってるわけじゃないからね?
Sランク以上の人は強さに大きな差はない。Sランクになるにはギルド長1人の認証が必要。SSランクはギルド長4人の認証が必要。SSSランクは貴族、それも伯爵以上の貴族の認証が必要だ。
というかSランクに上がるには一定以上の強さが必要だけど、認証さえあればSSランク、SSSランクになれる。つまりSSランク以上っていうことは政治に深く関わった人っていうことだ。
…つまり強欲だって言いたいんだよ。
そんな強欲な人が戦争を仕掛けてこない保障はあるか?ない。
「でも各国の方とは気の知れた仲なのでしょう?」
「いやぁ、今は微妙かな?」
「そうなのですか?かつては父に秘密で各国の王城で開かれる舞踏会に連れて行ってくれていましたのに」
「いやぁ、いつの間にか親から子供の代に変わってたりすると知らない人が増えてきてね〜…遊びに行ったらいつもの場所に知らない人がいてびっくりするようなこともしばしばあったよ」
「そうでしたか。確かに長命種ではない種の人の世代交代は早いものですね」
「ほんとにそうだよ〜。こないだも王城に遊びに行ったら小さかった王女様がいつの間にか思春期まっさなかの女の子になってて」
「早いものですね…」
「そうだね〜…」
用意してくれてた紅茶をすする。
相変わらず美味しい。ルーも紅茶が好きだったし、ラトクリフ家は紅茶好きなのかな?今度良い茶葉を見つけたら融通してあげよう。
「いつの間にかユーティリアも大人になってるし」
「それは兄様が学園に来ないからです!」
「…ちょっと拗ねてる?」
「ええ。少し拗ねてますよ、私」
「ははは〜。ごめんごめん。学園に入るって言ってたから学園生活の邪魔しちゃいけないと思ってたんだけど」
「それ以来120年近く放置していたのですからね」
「まぁ、それは僕も忙しかったってのもあるから勘弁してね?」
戦争の準備とか世界の綻びを直してたりとか管理のシステムを大幅に見直してたりとかいろいろ忙しかったわけで。
「兄様が忙しいのは知ってしますが…もう少し連絡を」
「そうだね…じゃあ、これをあげよう。最近作ったやつのあまりだけど、個人連絡用間道具」
「可愛らしいデザインですね…?」
「まぁ、子供用だから………よし。ちょっと待ってて、作り直す。デザインは…紙紙〜」
ポーチから何も書いてない方眼紙を取り出す。
向こうの世界で大量に買い集めて放り込んであるものの1つなんだけど、買った時の店員さんの表情は未だに忘れられない。業務用でもない一般的な文房具屋で買うとああも面白い表情が見られるとは思ってもみなかった。また今度何かを買う時にやろうと思う。
「指輪は結婚のときに見栄え良すぎるとダメだよね。せっかくだし腕輪に作り変えちゃおう。銀色の方が見栄えが良いかな?…縁を……こうかな?…で、ついでにデザインの方もそれに合わせて………こんな感じでどう?」
「素晴らしいですね。本当に兄様の作るものは」
「そう?やっぱり向こうに帰ったらデザインとかで食べていこうかな?個人で工房でも作ってブランドとしてやってけばいけそうだし。趣味で作ったものを売れば普通に…」
「兄様?」
「ああ、ごめんごめん。じゃあささっと作り変えちゃおう…ほい」
マリーたちのために作った指輪のついでに作ったやつを作り直す。
足りないぶんを補うために薄くし、それでも足りないぶんをちょっと創り足す。エルフっぽく森っぽいデザイン。葉っぱとツルと小さな花がいくつかついたもの。植物系のデザインを僕がよく作るのは単なる好みだよ。
向こうでつけるとちょっと浮きそう…いや、これに負けないような外見の人がね?エルフは基本超美形だからいいけど、一般人がつけると装飾品に負ける。
「綺麗ですね…」
「ふふふ〜。ありがと。じゃ、つけてあげる」
左手を借りて腕輪をつける。
うん。やっぱりエルフだからいいものの、別の種族がつけるとつらいのが多いかな〜。妖精種とかだったら大丈夫だろうけどさ。
ユーティリアが嬉しそうに腕輪を眺めているので作った甲斐はあるようだ。
「これはどのように使用すれば?」
「ん。ちょっと待ってて…」
イヤリングにしていた結晶のキューブを左右一つ増やして、前に作った方を書き換えて左側のキューブに寄せ、右側の上のものに新しく魔法陣を刻む。
今、左右の耳にキューブが2つずつ付いているんだけど、片方がゴーレム用2つでもう片方が今の連絡用ともう一つ空き状態になってる。さて、もう一個は何にしようか?
…まぁ、とりあえず後回しにしよう。目の前でお預けっていうのもかわいそうだし。
「それに魔力を流してみて〜」
「はい…どうでしょうか?」
「あ〜あ〜…聞こえる?」
「聞こえますよ?」
「あ、ごめん。ちょっと耳塞いでて」
「はい…?」
「あ〜あ〜…聞こえる?」
「聞こえます…!」
ユーティリアが不思議そうな表情を浮かべた。
今回作った通信用魔道具は音を直接耳元に届ける。だから耳を塞いでいてもちゃんと側で話しているように聞こえたはず。
「じゃ、耳ふさぐのやめていいよ」
「…ふふっ。これでいつでも兄様と話せますね」
「授業中とかは…あ、むしろ歓迎。暇だと思うからどんどん話しかけて〜。忙しかったら断るけど」
「ええ。そうさせていただきます」
「学園長が進んでサボるように言っちゃったよ…」
「ですが、兄様はこの学園で学ぶようなことはないのでしょう?」
「まぁ、一応設立者の1人だしね〜」
この学園はほんの少数の人の手によって考えられ、作り上げられた。
そのうちの1人なのだ。勉強のカリキュラムのほとんどは僕が考えたし、イベントの一部や設備、制服だとかのものも立案者は僕。残りはルーで、その残りほんのちょっとが冒険者や貴族たちによって創り上げられた。
「ところでいいのですか?休日をこのような形で消費してしまっても」
「いいんだよ。別にさ」
「ですが冒険者としての活動は?兄様のことですからまたギルドカードを複数作っているのでしょう」
「あ、そっちも大丈夫。BBまで上がってるし、余計なことをするよりこっちの方がよほど有意義だから」
「そうですか…そうですね!ええ」
「紅茶のおかわりもらえる?」
「もちろんですよ。今淹れてきますね!」
嬉しそうだ。
まぁ、久しぶりにこうやって友人の娘と話すっていうのも悪くない。
むしろ新鮮な気持ちでもある。こういう日々が続けばいいのにね。
…なんかフラグっぽいかな?嫌な予感が…
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