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10.教育の日




 大会3日目。午前最初の試合。



 「ふむ…もう準々決勝?いや、やっと?」


 今日の相手が誰だろうと思って昨日久しぶりにトーナメント表を見て初めて気がついた。

 これ準々決勝だ。要するにここまでくればベスト8ということ。


 あ、今更なんだけど、今回の大会の参加者は合計128人だ。ちなみに冒険科の生徒全体は約1200人。そのうち冒険科以外からの参加は12人。

 少ないと思うでしょ?でも意外とそんなことはない。この学園の冒険科ではひと月に一度上級生が下級生の授業に呼ばれるというものがある。それを見て大抵の下級生の生徒は「あ、これは戦っても勝てないや。慢心してたな」などと考えて参加しないのだ。

 それを見てもまだ慢心してるような奴は大会でボコボコにされる。

 それでもまだ少ない?いいや、やっぱりそんなことはない。上級生が来て自分の現在の実力を理解できる。さらに、上級生になるにつれて今の自分の限界が理解できるようになる。強くなりたいのなら訓練で模擬戦をすればいいので、わざわざこんなところで敗北の汚名を受けて冒険者としての自分の名に傷をつけないで済む。

 ということで、この大会は参加者は貴族に出された教養科の人と実験として参加した魔法科を除くと、実力に絶対の自信のある人、自分よりも強い人と戦ってみたいという力試しで来る人、下級生をいたぶりたいアホ、名を売りたいアホのどれかなのだ。

 …ん?結局息抜きやストレス発散になってないと?いやいや、そんなこともない。いつも偉そうな奴がボコボコになるのを見てストレスを発散するし、賭けとかを学園が公認でやってるから娯楽としても楽しめる。



 『Bグループ準々決勝第1試合…4年シエン対3年エルドレットの試合を開始します!』


 ああ、結局僕の相手は赤色君になったんだよ。4回戦では二人のものすごい激戦が見られたらしいけど、その間に僕はマリーと夕食を食べに出かけてたからね。エルシーが僕の食べる量に騒いでたけど、面白かったよ。



 『では、両選手入場!』


 今日の放送の人はなんかやる気が入ってるね。

 あれかな?昨日僕がちょっと披露したからやる気になったと思ったのかな?

 …残念。遊びに来たよ?


 壁に立てかけていた槍を持って入場する。

 穂先は鎌槍と呼ばれる十字型に近い形をしたもの。柄は木製で、黒い漆を塗ってある。



 「槍…?」 

 「そ。フェアーでしょ?」

 「ふざけてるのか?先輩。俺、槍だったら負けるつもりないんすけど」

 「それは良かった。せいぜい頑張って…あ、その頭に血が上りやすいクセは早く治すべきだよ。もし盗賊とかとか戦うことがあったら、きっと君のせいで周りが被害を受ける」

 「ぐっ…」

 「そう。頑張って〜」


 赤色君は一歩離れて槍を構えた。



 『えー、すでにやる気のようですが…両者準備はいいでしょうか!…試合、開始ッ!』


 赤色君が合図と同時に突きを放つ。

 穂先に乱れはなく、いい突きだ。一直線に僕の胸元へと伸びる。



 「よっと」


 穂ので軽く受け止めて突きをずらす。

 そのまま棒の方をくるりと回して腹部へ叩きつける。急いで後退されて避けられたので、追撃せずに一度止まった。

 


 「先輩、剣士じゃないのか?…いや、事実前の試合では魔法を。魔法剣士か?」

 「残念。僕はどっちでもないよ〜。僕は魔物使い」

 「……行くっ!」


 現実逃避かな?

 突き、なぎ払いを躱して、次に来た切り下ろしを蹴っ飛ばす。

 崩れた体制へ槍を振り下ろし、躱したところへ蹴り。転がってかわすので次は突きを出す。



 「ほら、逃げてばっかじゃダメだよ?」

 「…まだ」


 体制を立て直すまで待ち、構えて突っ込んできたら片っ端から攻撃をいなす。

 隙あらば突きやなぎ払いを加え、こっちのペースに持ち込んだら一旦攻撃を止める。そしてちょっと助言。

 再び攻撃が開始されたら躱して攻撃を加える。それからまた助言。

 突っ込んできたので槍で足を引っ掛けて一瞬隙を作って蹴っ飛ばして、また助言。

 立ち上がると見せかけて突きが来たので軽くいなして石つき…穂先とは逆の方で突き飛ばす。立ち上がる間に助言。


 何をしてるかって?

 見ての通り稽古だよ?

 攻撃をしては止まり、助言。攻撃をしては止まり、助言。その繰り返し。

 そんなやり取りを繰り返すうちに放送の人もやる気になったんじゃなくてふざけに来たことを理解したようで、あきれ顔。



 「ほら、もっと空いてるところに。そっちに意識がいきすぎてるよ、こっちガラ空きじゃん。ほれっ」

 「ぐっ…はっ!ふっ!」

 「今度はこっち。隙に見せたいんだったらちゃんとカウンターを入れる。無理だったらもっと別の方法を考える」

  

 一つ一つ律儀に攻撃全てを受けて躱して、足りないところを石つきで突き飛ばす。

 …ごめんよ、穂先。今日は君の出番はもうないようだ。



 * * *



 赤色君は降参した後しっかり僕に礼をして帰った。

 完全に訓練あったためもはや最後の方は観戦というより、見て学ぶ一種の授業のようだったね。放送の人が半ば投げやりだったのは気のせいだということにしておく。 



 「さてと…じゃ、次はディランがこの試合で勝ったらディランとやって、それからハイド君かな」


 貼ってあるトーナメント表を眺めてつぶやく。

 今はディランと誰か知らない人の試合をやってる。その次が先輩と誰か。その次がハイド君と誰か。

 今日は午後に準決勝をやって明日が最終日だそうだ。結局4日間も大会やるので普通の人は5連休ということになる。

 ああ、学園は1週間…つまり10日間の内2日が休みで4日ごとなので、週の始まりから4日間学園、休みが挟まってまた4日間学園で休みっていうのが通常だ。なので週の初めから4日間大会だから大会に出ない人は5連休。

 はぁ…僕も本当はゆっくり連休だったのになぁ。



 「あ、シエン先輩」

 「ん?あ、ハイド君か〜」


 ぼーっとトーナメント表を眺めてたら後ろからハイド君がやってきた。

 どうやら次の相手の確認をしにきた模様。トーナメント表を見て「ノーンドって誰だ?」とか言ってる。

 …ん?ハイド君も試合を見てないのかな?



 「ねぇ、ハイド君も自分の試合をする時以外どっかに行ってるようなタイプ?」

 「え?あ…あー、どうでしょう。言われてみてそういえば見てないなって思いますね」

 「ブルータス、お前もか…」

 「ぇ…?」

 

 全く、どいつもこいつも自分以外放置だなんてアホなんじゃないのかな?

 冒険者をやってれば初見の敵と戦うのが大変だっていうことぐらい理解できるっていうのに試合を見て知識を高めようと思わないだなんてなんと嘆かわしい。

 少しぐらい頭を使うべきだと思うんだよ。なんのために通常の授業もやって知識を蓄えさせてると思ってるのさ。ディランですら1回言えばちゃんと納得してたぐらいだから教えてすらいないのかな?それなら教官をバカにしておこう。



 「全くさ、もうちょっと…」

 「い、今…ブルータスって…」

 「ん?知り合いにそんな名前の人でもいた?」

 「 い、いえ。そうじゃなくて…」

 「…あ。あ〜。ふふっ…これは傑作、ガリュさんもびっくりだ。転生者の孫が、転生者だなんてさっ…」


 なんか気になる物言いだったからちょっと視て(・・)みた。

 そしたらなんということでしょう。実はハイド君、転生者だったよ。

 転生者っていうのは魂に記録された肉体の形と実際の肉体の形が半分ほど間違って生まれる。前世の肉体の情報に引きずられるからこんなことが起きるんだけど、そのために見るとすぐにわかるんだよ。


 ハイド君の前世は高校生。

 多分黒髪黒目のままだから日本人かな?太っているわけでもないし、ひょろひょろなわけでもない普通に大人しめな外見の男の子。強いて言うなら目の下の泣きぼくろがチャーミングかな?

 死亡記録は…ああ、事故だね。なんでこうも転生させる対象に事故を選ぶのかって言いたくなるかもしれないけど、老衰とかじゃ魂が消えかけで使えないし、病死とかも精神が弱ってて転生させても面白みが足りないことが多い、まだこれからだったのにって思ってるような若者を転生されるから面白いんだんからしかたないんだよ。



 「え?転生者って………まさか、シエン先輩もっ⁉︎」

 「ああ、僕は違うよ。こないだの戦争で呼び出されたまま帰らなかった人」

 「そうなん…え?それじゃあ年齢が…」

 「一種の不老不死でさ、僕は永遠の17歳なんだよね〜」

 「は、はぁ…」


 納得したようなしてないような表情を浮かべる。

 …あれだね。このままいくとしばらく色々と勝手に推論されて哀れまれそう。

 ちょっと連れ出してお話しようか?…ああ、肉体言語じゃないよ。



 「ねぇ、もう少しおしゃべりしない?後2試合分あるし、ハイド君は暇でしょ?」

 「あ、はい」

 「じゃあ、どこに行こうか?さすがに立ち話っていうのもなんだしさ。どこかいい場所知ってる?」

 「いつも冒険者として仕事をした後に食べるところでよかったら…」

 「じゃあそこに行こうか」


 僕はハイド君について歩き出す。

 学園を出て、ギルドのある方へ曲がり、そこから少し歩いた通りにある大衆食堂に着く。外観からして冒険者御用達の酒場みたいな感じだ。多分いつもはついでに上位の冒険者から話を聞くとかをしてるんじゃないかな?


 ちりん…と鈴の音がして、中に入る。

 中はテーブルがいくつか並んだいかにもファンタジーの酒場みたいな感じの店。昼間っから酔ってる冒険者や次の仕事の相談をする冒険者、依頼の話をしてる商人なんかも見受けられる。どうやら以外にちゃんとした店のようだ。


 入るとハイド君があちらこちらから声をかけられ、僕は値踏みするような目つきを向けられる。

 ハイド君は常連のようだ。というかうっとおしいから威嚇してやろうかな?身の毛もよだつような殺気的な何かを。

 そんなことを思ってるとハイド君が席に着いたので僕は向かい側に座った。

 ハイド君が何かを注文する。僕もオススメで飲み物を頼んでおく。



 「いい感じな店だね〜。なんかいかにもファンタジーで」

 「あ、やっぱりそう思います?俺もそう思って入ったのが初めだったんです」

 「ははは〜。さすがは高校に入りたての男の子だね」

 「…俺、高校だって言いましたっけ?」

 「言ってないよ〜。ただちょっと視ただけで。どうせハイド君にも何かしら能力ぐらいあるでしょ?」

 「そうですね…前世の俺のこと、どのくらいわかってるんですか?」

 「外見だけ〜。でも多分死因は事故でしょ?こっちに来る人はほとんどそうだから」

 「はい…」


 ハイド君が少し目を逸らした。

 ちょうどウエイターが軽食と飲み物を運んで来る。



 「どう?転生してみてさ」

 「えっと、それはどういう意味ですか?」

 「よかった?」

 「…はい。転生して今こうやって生きているからこそエルドレットやサーファイスやエルシーと会えました。ですから、よかったです」

 「そっか。それはよかった。じゃあさ、なんで焦ってるの?こないだの模擬戦してあげた時、随分と強さに固執してなかった?」 

 「ええと…傲慢だと、そう思うんですけど。俺、この世界だと結構強い方に入るじゃないですか」

 「うん。まぁかなり強い方だと思うよ」


 弱いなんて言ったら他の冒険者の人たちに怒られるぐらいには強いよ。



 「俺は生まれた時から意識があったから、だからいろいろやって強くなれたんです。なれたと思ってたんです。でも、住んでたところから出て、街に出てみると俺よりも強い人は意外といっぱいいて。そこでみんなより強くなりたいと思って努力しました。でも、この前の戦争があって怖くなったんです」

 「怖くなった?」

 「…はい。この前の戦争で、俺の知り合いが死にました。その間、俺は街で何も知らないで生きてて…周りのみんなより強くなって、仲間を守った気でいて、自分が小さい存在だったことに初めて気がついたんです。あ、俺はラノベの主人公じゃないんだなって思ったら、いつか仲間を守れない時が来るんじゃないかって。それはもしかしたら明日かもしれないし、永遠にこないかもしれない。でも、怖いんです」

 「ふ〜ん。ま、わからなくはないよ。僕も似たようなものだし」


 だって、マリーのために名前を売って、権力を作って、目立ちまくって危険な目に合わせないようにいろいろしてるからね。



 「え…?」

 「ねぇハイド君。向こうの世界に心残りはある?」

 「まぁ、それなりには」

 「僕はね、一切ないんだよ。向こうの世界に残してきたものが一切ないから」

 「…ないんですか?」

 「うん。妹と母親は事故で死んだ。父親は僕を毛嫌いしてる。家族は向こうにはいないんだ。あ、友人はいるけどね。だからさ、向こうの世界よりマリーのいるこっちの世界の方が大事なの」

 「なんか、済みません」

 「何を謝るのさ?だから失うっていうことも知ってるし、これから失う可能性の恐怖も理解できる」

 「…なら、どうしてそうやっていられるんですか?」

 「そうやって?」

 「シエン先輩は楽しそうです。いつも自分のやりたいようにやってるように見えます。どうしてそうやっていられるんですか?俺は怖くて自分を少しでも鍛えて仲間を強くしようとしてるのに…」

 「ああ、そういうことね。簡単だよ、とっても」

 「…簡単ですか?」


 ズズズと飲み物を飲んだ。

 メロンソーダっぽい味がする黄色い飲み物。なんか今更だけど外見に違和感が満載だね。さすがに僕はもう慣れたけどハイド君は慣れるまで大変だったろうね。トマトが青かったり桃が黄緑だったりとかさ。



 「そ。マリーを守るために僕が何をしたか知ってる?」

 「シエン先輩…ハイガミが。大陸大会で何年も優勝したり、SSSランクになったりとかですか?」

 「いいや、それはマリーが学園でクロリスとおしゃべりするのを邪魔させないためだけのものだよ」

 「は?いや、それだけのためって…だったら何をしたんですか?」

 「街を消し飛ばして、国を壊して、宗教を消して、敵対するものをかたっぱしから消した。簡単でしょ?失いたくないなら、失う可能性の方を消せばいい」

 「…⁉︎そ、そんなことをできるのは」

 「ま、能力的にできるのは僕だけだろうね。でも、近いことはやってるんじゃない?君が仲間を強くしようというのは仲間が死ぬのを防ぐため。自分を強くするのは仲間を守るため。今の君にできることをやってるんだ。絶対なんてものはないんだから、少しずつ頑張ればいいと思うよ。少なくとも仲間も君レベルまで強くなれば危険はほとんどなくなるだろうし」

 「いや…でも」

 「ま、まだ時間はあるし、相談ぐらい付き合うよ。ハイド君にはマリーを守ってもらってるからね」


 それからしばらくの間はハイド君の相談と愚痴に付き合ってあげた。

 ハイド君の言葉は僕に話しても困らないものを選びとって一番重要なものを隠すような話し方だった。


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