8.腹いせの日
太陽が四分の一ほどまで昇り、少し昼に近づいてきた時刻。
「はぁ…めんどくさい。誰だよ僕を脅そうなんてアホなことを考えたアホは」
僕は訓練所の入り口にもたれかかって呟いた。
『これより、Bグループ第二試合…4年シエン対5年グランの試合を開始します!』
アナウンスが聞こえる。
そう。結局僕は大会に出てるのだ。
「なんだったかな〜、この大会の名称…魔法学園内力試し大会?」
…どこかに書いてあるのをちらっと見たんだけど、いろんな人が言ってるのと混ざってどれだかわからなくなった。みんな略して学内大会って呼んでるから魔法学園なんとか大会なのは間違いないんだけどさ。
やっぱり思考能力落ちてるな〜。
『では、両選手入場!』
入るよう指示が来た。
面倒くさいからおとなしく訓練所に入場。訓練所内の真ん中あたりに書かれてる印まで歩く…なんか向こうの世界の柔道とか空手とかの試合みたいだな〜。
僕らが入場している間に僕らの紹介がされてる。
…でも情報がなくてよくわからない編入生っていう紹介は勘弁して欲しかった。
「げっへっへ。お前がハイドを倒したって噂の編入生か。喜べ!このグラン様が可愛がってやる」
「君みたいなのに可愛がられても気持ち悪いだけじゃないかなぁ〜…」
可愛がるっていうのはボコボコにするっていう方だろうけど、ちょっと愛でる方を想像しちゃった僕に謝罪しろ。筋肉の塊みたいな大男に愛でられる趣味などないわっ!
あぁ〜,ゾワッとする…
というか噂って言われてるのにそのことすら言わない紹介ってどうなの?
『では、両者準備はいいでしょうか!…試合、開始ッ!』
スピーカーからアナウンスが聞こえ、大男が「グベェッ⁉︎」って変な声をあげて吹き飛ぶ。
さ、多分見えなかっただろうから説明してあげよう。
僕は吹き飛んだ大男に近づく。
…ちゃんと調節したんだよ?ステージ外に出ちゃうと失格扱いだから。
「お〜い、聞こえる?聞こえてる〜?」
「う、ぐ…」
「あ、大丈夫そうだね。じゃあ説明しよう。今、君はね、吹き飛んだんだよ。重力ってわかる?君は重たそうだったからあれの向きをちょっと横に反らしてみたんだ。いい具合に落ちたね〜。今日からは横に落ちる変態って名乗るといいよ」
僕はそこまで言ってから、大男を蹴っ飛ばす。まぁ、そこそこ痛い程度での力だけど。
さて何回でギブアップするかな?
確か気絶するか、消えるか、場外に出るか、ギブアップしないと負けにはならなかったはず。僕の今の力だと外まで運ぶのは簡単だけどつまんないし、剣は今持ってきてないから消せないし、殴ったりしても意外とタフみたいだから気絶はしなさそうだし、魔法を見せびらかすつもりもないし…しょうがないよね?
「ほら、ギブアップしなよ〜。僕が外に運ぶのはちょっと辛いし、あいにく剣とかは持ってきてないからさ」
「ギ、ギ、ギ…ギブッ…ぐっ…がっ…うぐっ…ぐあっ…くっ…かはっ…いぎっ…うっ…つっ…ちょっ…まっ…ギブッア…⁉︎」
結果。12回。
…今思うと結構シュールな光景だね。筋肉ダルマをひょろっとした男が蹴飛ばしまくってるってさ。
『え、えー…4年シエンの勝利です』
歓声もクソもない。
だって観客引いてるんだもん。
…まぁ、僕は今回嫌がらせしかするつもりなくて大会に出てるからね。無理やり出されたんだからそれぐらいの報復はしないと気が済まない…っていうわけじゃないけど。まぁ、ちょっとした仕返しだね。これで出したことを後悔するといいさ。
放送の生徒の指示で僕は退場する。
次の試合はまだまだ先だから暇してていいはず。
「はぁ…」
「うわぁ。人の顔見るなりため息作って酷くない?」
「シエンが悪い。あれはねぇだろ…」
「出そうとした赤色君と水色君と先輩が悪い」
「誰だよ、先輩っつうのは」
「ええとね…ああ、そうそう。ゼノグラフっていう人だよ。なんか爽やかに暑苦しいあと青い髪の先輩なんだけど」
「ゼノグラフ…去年の準優勝者だな」
「ん?じゃあ、ハイド君が倒したっていう強い人?」
「ちげぇよ。普通に考えろ。シエンが言うハイドが倒した強いやつっつうのは去年卒業してんだろぉが」
「…あ、そっか。じゃあ、普通にそこそこ強い人かな?」
「学園2位のな」
「へぇ〜…ま、どうでもいいね。僕とは当たらなそうだったし」
トーナメント方式で上がっていくこの大会はAグループとBグループに分かれてて、僕はBグループ。ハイド君と先輩はAグループだったから決勝戦までは当たらないで済む。ま、赤色君と水色君はどっちかと当たると思うけど。
「…本当にやる気がないな。敵の視察すらしねぇのかよ」
「ん?なんで?」
「今やってんのはシエンが次の次にあたんだろ。少しぐれぇ気にしろってんだよ」
「…いやぁ、興味ないし?というか僕が見る必要ないもん。せっかくハンデにしてあげてるのに見ちゃったら意味ないじゃん」
「ハンデってなぁ…」
「それに観戦してても面白くないし。あ、ディランは見ておきなよ?勉強になるよ、多分」
「…チッ。わかってる。できるだけ多くの戦い方を見とけってんだろ。行ってくる」
「楽しんでね〜」
ディランには暇さえあればいろんな人の戦い方を見て勉強するように言ってる。うちの可愛い弟分は僕の言うことはちゃんと聞いてくれるいい子なのだ。
…おかげで言わなくても伝わるようになったのは楽になったと喜ぶべきか、僕がそればっかだと思われてることを嘆くべきか?
ま、どちらにせよディランが成長するんだからいいことのはず。この大会が始まるまでにとりあえず振方の矯正だけでもどうにか間に合わせようと思ったんだけど、無理だったからせめて対人戦に備えて身の振り方とかを覚えて欲しい。
多分ディランはちょっと前までいろんな人に喧嘩売ってたとか言ってたから多少はわかってるんだろうけど、力で押し切る頭を使わない戦い方だったから、これからは頭もちゃんと使って戦うことができるようにね。それだけでも対人戦は結構ましになるんだから。
例えば闘牛の牛だったら、同じ能力値の場合ただ突っ込んでくる牛よりもカウンターを入れたりこっちの動きを見て突っ込んでくる牛の方が絶対怖いでしょ?間違いなく。そういうことだよ。
「はぁ…憂鬱だなぁ〜」
そういえばなんだけど、さらに文句がもう一つあるんだよ。
もうこの際だから僕が剣聖だってバラすっていう脅しをかけてきた赤色君と水色君は許してあげよう。ま、バラされてもいいような言い訳を考えたから問題はないけど。
何に文句があるって?今日はマリーがいないんだよ。なんかさ、エルシーとお出かけの約束なんだって。マリーが見てるわけじゃないのに頑張る意味ってあると思う?…ないよ。即答しよう。微塵たりともないね。
ワイワイ歓声が聞こえてる訓練所を後にして僕は寮に帰って次の番を待つことにした。
* * *
その日の夕方。
『え〜…Bグループ第二回戦第一試合…2年フォーレイ対4年シエンの試合を開始します!』
訓練所訓練所の入り口で待機させられてた僕は椅子をしまって立ち上がる。
『で、では両選手入場!』
心なしか紹介をやってる放送の人の声が嫌そう。
武器として持ってきた煌びやかな杖をつきながら入場する。
…きっと気のせいだろう。たとえ紹介で1回戦で相手をギブアップというまで蹴り続けた非道な編入生とか言われてるとしても気のせいだろう。
「はぁ…めんどくさい」
「おい!貴様!」
「はいはい。次は何?ぶっ倒してやるって?」
「あんな勝ち方をして嬉しいのか!卑怯だとは思わないのか!開始した瞬間不意打ちなど…!まさか、始まる前から詠唱を開始していたのではないな?」
「嬉しくもないし、卑怯だとは思ってない。後、あれは不意打ちでもルール違反でもなくて普通に魔法使っただけ。無詠唱って知ってる?」
「くっ…私はあの者の様にはいかんぞ!」
「…もうちょっと礼儀ってものがあると思わない?偉そうでうるさいよ」
僕の前に立ちはだかっているのは正義感の強そうな騎士の青年。多分、教養科の貴族のお付きとして入学でもしたのがご主人様に力を見せびらかしてこいって言われて出されたところだろう。
…あ〜、めんどくさい。
でもどうせいきなり魔法で吹き飛ばしたら卑怯だなんだって言うんでしょ?これで僕の評価が悪化したらどうするつもりなのさ。
『では、両者準備はいいでしょうか?…試合、開始ッ!』
きっと放送の人が苦笑いを浮かべてるのが見えたのは気のせいだろう。
「はぁああああ!」
剣を構えた青年騎士くんは僕に向かって飛びかかってきた。
とりあえず避けておく。
そのまま身を翻して剣を振るのが見える。
「あ〜、面倒くさ。あれだね、僕が相手をするから疲れるんだよ。『召集:ドロップスライム』さぁ、飲み込め〜」
「ムグゥッ⁉︎」
剣を振ろうとした青年騎士くんを地面に浮かんだ魔法陣から出たスライムが持ち上げた。
呼び出したのはドロップスライムというスライム。ああ、垂れるじゃないよ?飴の方ね。
半透明な白色のそのスライムはハッカ味。半固体状で水飴みたいな感じの肉体?で、サイズは大きくなればちょっとした街を飲み込むサイズ。ま、さすがにそんなのは邪魔だからステージを半分程度のサイズのやつを呼んだ。
そして青年騎士くんはスライムに飲み込まれ、瞬く間に体内でもがく様子が観察できるようになった。
「顔だけ出して〜」
『グゥイ』
変な鳴き声で返事をしたドロップスライムが青年騎士くんの頭だけを僕に差し出す様な形で体外に解放した。
「かは…っ!」
「おはよ〜。気分はどう?」
「き、貴様…!『炎よ、槍とブゲッ…⁉︎」
詠唱を開始したのでビンタ。
「さ、言ってみよう。僕に続いて〜…”偉そうでごめんなさい。”さ?」
「ふ、ふざゲッ⁉︎」
ビンタ。
「さ?」
「き、貴様など…ぐっ!」
ビンタ。
「さ?」
「誰がいぶッ⁉︎」
ビンタ。
「さ?」の後に口答え。ビンタ。
これを繰り返して26回。騎士の割に頑張った。
まぁ、こんな姿を人前で晒すのと僕に謝罪するのとどっちが屈辱的だったかの差だからね。
頬が真っ赤になった青年騎士くんはその後逃げるようにギブアップした。
『えー…4年シエンの勝利です。退場してください』
…観客からの歓声がないのと放送の生徒のもうどうにでもなれとでもいうような表情が愉快だった。
放送の生徒に免じておとなしく退場しておく。
さ、次はどうしようか?というか本当は今回は魔法で戦おうと思ってたんだけど、結局武力…ビンタって武力に当たるのかな?まぁいいや。次はもうちょっとマシなのにしようか。
「はぁ……」
「なんかため息長くなってない?」
「るせぇ⁉︎誰のせいだと思ってやがる⁉︎」
「赤色くんと水色くんと先輩のせい。あくまでも僕は悪くない」
「聞いたオレが悪かった…」
「ははは〜。で、ディランはどうだった?」
「オレが負けるとでも思ってんのか」
「うん」
「うんじゃねぇよ!やっぱりオレをなめてるよな?な?」
いや、なめて…いるね。
というか剣の振り方矯正してるしてる途中だから戦うの大変だし負けるんじゃないかとちょっと不安に思ってた。
もう今更だから諦めてもらおう。これが僕なりの友情表現ってことで。
「そんなことは置いといてさ、今日ってこれで最後?」
「あぁぁぁあああ!…もうバカみたいになってきた。ったく。シエンはないだろ」
「そっか。ディランはまだ残ってるの?」
「ねぇよ」
「よし。じゃあ夕食食べに行こう。外行こ。おごってあげるからさ」
「はぁ…どうせ拒否しても連れてくんだろ」
「当然。さ、行こう〜」
やれやれみたいな顔をしてるディランを引きずって歩き出す。
この間ディランのジャケット作った時に足りなかった物を買いに出た時美味しそうな店を見つけたんだよ。これは後でディランを連れてこなくてはと思ってね。
「行くのは何の店だ」
「ケーキが美味しいレストラン」
「…ほう」
そうなのだ。意外にディランは甘いものが好きだった。
やったねディラン、ギャップ萌え的なの目指せるよ!
…誰が萌えるのかは知らないけど。
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