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閑話:これまでとこれからと〜その2〜




 「…今日もまた呼び出されたというわけか」

 「いいじゃん。どうせ夜中なんて寝るか起きるかしかないし」 

 「そんなもの当然だろう…」


 初めて呼び出されてからと言うもの、彼女は私を気まぐれに呼び出すようになった。

 確かに私が夜中にすることはない。起きてタクミを見ているか、意識を落としているかだ。

 だが彼女もそれは同じようなもの。

 何もせずにただ惚けているか、仕事に追われるか、趣味に没頭するか。



 「さ、行こうか〜」

 「まったく…」


 そして毎度変わることなく風呂へと連れて行かれる。

 …これも悪くはないと感じる己がいるということに驚きと寂しさ、それからほんの少しの喜びを感じる。

 おそらくかつての私を知るものが今の私見れば温くなったと思うだろう。 

 だが、それでいいのだと思う。

 今は昔ではない。無論、昔を忘れたというわけではないが。

 ただ、過去を過去と思えるようになった。ただそれだけのことだ。



 「そっちは今日は何をしてたの?」

 「今日か…今日は美術館に行ったな。私には芸術というものは理解できないが、素晴らしいとは思えたぞ」

 「ふぅ〜ん。美術館か〜。僕は自宅が一種の美術館だからな〜…」

 「ふふっ。そうだな」

 「いやいや、ちょっとは否定してよ〜…あ、やっぱり否定しなくていいや。事実だし、美術館で悪いことはないし」

 「そうか」


 服を脱ぎ、髪を洗い、体を洗い、湯に浸かる。十数度も繰り返せば手馴れたものだ。

 他愛ない時間だが、私はそこに安らぎを感じる。昔の私からは考えられないような時間。

 こうして何度も呼び出されるうちに私は彼女と対話をするようになった。たわいのない日常の話や彼女の話。算数や理科などタクミの世界のことを教えてもらうこともあった。

 そういったことを聞いてから私はタクミに勉強を少し教わってみている。自らの知らないことを知る喜びを改めて私は知った。



 「他にはどこか行った?確かその街だと領主が裕福で暇人だから結構色々あったと思ったんだけど」

 「いや、今日はそこだけだ。そろそろ旅費が厳しくなりそうだと言って料亭の手伝いをしたのだ」

 「あらら…それはお疲れさん」

 「お疲れさん?…ああ、そんなことはなかったぞ。ああいったことも楽しいものだな」

 「ふむ。ヒゥルからすると楽しいのか。拓巳に言って色々と体験してみたら?迷子のペット探しとか、草むしりとか、子供のお守りとか。ギルドの依頼には結構色々とあるし」

 「お守りか…私にはできそうにないな」


 守れなかったものにお守りなど片腹痛い。

 …いや、もう考えないようにしようと決めたのだ。あれは過去。すでに通り過ぎた二度と戻ることのできない不可能な現実。せめてそれを戒めにこれからを私は生きなければならない。

 


 「…確かに向いてなさそうだね。ヒゥルって子供と長く一緒にいたことあるでしょ?」

 「わかるものか…?」

 「いや、なんとなく。いつもそういう時にそんな顔するから」

 「そうか」


 話すべきか?

 いや、私の懺悔を聞かせて何になろう。

 苦しみを共有する。辛さを分かち合う…不可能だ。これは私だけの痛み。誰かに理解してなど欲しくない。うわべだけの理解など必要ない。



 「ああ、僕には話さなくっていいよ。話すなら拓巳にして」

 「…へ?」

 「ん?だから話さなくっていいって。僕はそういう気持ちは割とわかる方だよ。いろんなことを経験して、いろんなことを知って、いろんなことを観てきたから。だからいいよ。それは本当に話したい時に話したい人にでも話せば」

 「そ、そうか…しかしなぜタクミなのだ?」

 「え?…あ〜、うん。いや、別になんとなくだよ。うん、なんとなく」

 「……?」

 「そんなことは置いておこう。それにしてもヒゥルはいい体つきしてるよね〜」

 「ひゃぁっ⁉︎と、突然何をする!」

 

 彼女は突然私に抱きついた。

 こうされることに嫌悪感はないのだが、突然そうされると驚くうえに恥ずかしい。私の体など筋肉ばかりで女性らしさといえば無駄に発達した胸ぐらいだろう。



 「いやぁ、妬み?」

 「ね、妬み?」

 「ほら、僕のこの体は見ての通り貧相だからさ〜。ほら、ぺったんこ」

 「ぺ、ぺったんこなどでは…」

 「うぅ、これが持つものの余裕とでもいうのかちくしょう」

 「そ、そんなものでは…私など」

 「いやいや。なんなら言ってやろうじゃないのさ。ヒゥルは自分を卑下しすぎだよ?髪は綺麗だし、顔も美形。胸もあり、お尻もあり、それでいて痩せててどこへ出しても恥ずかしくない体型。傷ひとつない綺麗な肌。身長も170くらいあってすらっとした美人。これのどこに卑下する要素があるっていうのさ。世界中の女性に謝ってきなさい」


 そう言われても私は戦いにしか能のない人間だ…いや、だった。

 そんな人間がどこに自信を持てというのだろうか?

 いや、その問題以前に彼女は何も言えないだろう。彼女は何を差し置いても圧倒的に美しい。



 「そ、それを言うのならば貴方のほうが」

 「僕はいいんだよ。どうせ未来永劫ちみっこい芸術品だから」

 「…否定はしないのだな」

 「するわけないじゃん。この肉体は僕の考えうる最高の美の結晶だよ?」

 「そ、そうか」

 「そうだよ。ま、望んでこうなったわけじゃないんだけどさ〜」


 望んだわけではない?

 変えられたとでもいうのか?いや、考えうるということは自らなったはず。

 どういう意味だ?



 「どういうことなのだ?」

 「ん?何が?」

 「望んでなったわけではないと言っただろう」

 「そのことね…あ〜、聞きたい?」

 「言いたくないのでなければ」

 「できれば聞きたいと…はぁ。まぁいいよ」


 彼女はあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべた後、立ち上がった。

 そして羽を広げ…羽⁉︎羽など今までなかったはずだ。

 


 「これがこの魂に最初に記憶されたオリジナルの姿なんだよ」

 「……?」

 「僕の本来の…人として生まれた時の肉体は男だったあっちの方。神…正確には神魂っていう種へと進化した時、僕の本来の肉体は失われた」


 そう言った瞬間、彼女は光の粒となって散り、一つの銀色の光が残った。

 そしてその光が再び形を作り、彼女になった。


 

 「神魂という種はエネルギーそのものなんだ。そのエネルギーの塊に人としての姿を…神としての姿を定着させたものがこれ」

 「……?つまりはどういうことなのだ?」

 「あのエネルギーの塊から人になろうとすると、勝手にこの姿になる。これは最初に僕がなろうとした人の姿に依存してるんだけど」

 「なろうとしたということは望んだのではないのか?」

 「ちょっと違う。普通に元の体を作ろうとしたんだけど、しっかりとイメージせずに肉体を作った結果、種そのものの意思に引っ張られて僕の想像する神に姿を変えられた」

 「変えられた…?」

 「そ。神魂という種は自らの姿を神へと変えようと勝手に作動するんだよ。僕らには寿命がないから、元の姿のままだと精神が壊れるから」

 「そういうものなのか?」

 「ちょっと想像してごらん。自分の体は一切年老いることなく、周りだけが変わっていくのをさ」


 取り残される。

 …今の私に近いのかもしれない。それは恐怖だ。

 知らぬ間に自らを置いて世界が変わる。己だけが進むことのできない地獄。



 「…恐ろしいな」

 「でも、それが神だからと思えるなら…多少はマシでしょ?」

 「そう…だな。私は耐えられないだろう」

 「ははは〜。まぁ…そのせいで別のものに悩まされるけどさ」


 それのみでも私はきっと死にたくなるほどの不安と恐怖にさいなまれるだろう。

 それ以外にもあるというのだろうか?

 きっとそれは恐ろしくてたまらないはずだ。

 私は初めて彼女に尊敬を覚えた。

 だからつい聞いてしまった。聞かなければ良いものを。



 「…別のものとは?」 

 「自分が誰だかわからなくなる恐怖。鏡を見るとたまに思うんだ。”君は誰?僕はどこ?”って。そこにはかつての僕はいない。知ってはいるんだ。昔感じたことを、思ったことを、願ったことを…何もかも。だけど、それがどういうものだったのかを思い出せない。理解できない。覚えていないんだよ」

 「そ、それは…」

 「そうして思うんだ。僕はあの時死んだんじゃないのかって。本当はここにいるのは僕じゃなく、僕の記憶を持った別の誰かなんじゃないのかってね」

 「………」


 何も言えない。

 何も言ってはいけない。

 途方もなく大きな隔たり、理解を拒絶する絶対的な境界線を感じた。きっとこれが人とそうでない者との違い。 

 理解し合えない悲しみ。

 いつも笑っている彼女は心のどこかでそういった悲しみを抱えている。



 「…ま、どうでもいいことだよ。考えたって何にもならない。なら考えなければいい。言うなれば現実逃避だね。どうせ考える時間はいつまででもあるんだ。気が向いたら考えてみればさ」


 彼女の笑顔がとても儚く寂しげに見えた。

 彼女がとても遠かった。



 「それにしても早いもんだね〜。もうヒゥルたちが旅立って一月半だよ。残り5ヶ月ちょっとしかないよ」

 「…そうだな」

 「ははは〜。そんな暗い顔しないで?楽しくいこうよ。悩みなんて時間が解決してくれる…僕の場合はほとんどがね」

 「そうか…」

 「まったく…いつまでそんな暗い顔するのさ?

 「…すまない」

 「ふむ。じゃあそんな暗い奴にはこうだ〜」

 「ひゃああ⁉︎」


 きっと彼女も理解されることを望んでいない。

 単なる呟きだ。

 ならば私は彼女の願うように笑うべきだろう。



 「やっ、やめっ…んっ」

 「ふふふ…人体の構造を神として理解する僕に抗えまい…」


 いつからだろうか。私が彼女を友として見るようになったのは。

 いつからだろうか。私が姫様を妹のように感じるようになったのは。

 


 「やっ、やめろと言って…いるんっ!」

 「いるんって何さ。ふふふ…いるんって…くくく」


 いつだろうか。彼女が救われる日は。

 いつだろうか。私が許せる日は。



 「わっ、私がっ…悪かっ…たっからっん!」

 「たっからっんって…くくく」

 「わ、わらうなぁ〜」


 どこだろうか。彼女の笑える場所は。

 きっとここだろう。私の笑える場所は。


 私は2人に救われた。

 タクミに今を生きることを教えられ、彼女に過去との付き合い方を教わった。

 それ故に今の私がいる。

 おそらく、2人にあわなければ私は今もなお過去に囚われ、自らを憎み、戦いに身を投じていただろう。


 これでいい。そう思える日まで、私はここに。


これでこの章は終了です。

一月か二月後ぐらいに復帰する…かもしれません。もう受験ですので。

どんなに遅くても3月過ぎれば更新再開します。

今度は学園の話を書こうかなと。

お待ちいただければ幸いです。

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