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閑話:旅人神野の旅行記〜その3〜




 「よし。じゃあ、まずは食材からだな。買いに行くぞ!」 

 『わ、わかった…!』

 「やっぱり乗り気じゃん。結構楽しみなんだろ?」

 『そっ、そんなことはない!』


 目をそらして照れているような、恥ずかしがっているような、そんな感じがする。

 騎士だから人のために生きろと育てられてきたのだろうか、ヒゥルは自分のために何かを知るということに抵抗があるような感じだ。



 「あはは。じゃ、とりあえず市場に行くか」


 結局ギルドに聞いて目的に合った宿を教えてもらった。

 大通りからはちょっと離れている場所だが、汚くはないし、部屋も狭くないし、それでいて結構安い。優良物件だと思う。

 …いや、普通は優良ではないと思うけどな。宿っていうのは食事と身体を拭く布とかまでがセットで宿だ。だから食事をするために外に出るという手間ができるし、泊まるためだけにある宿っていうのは基本的に夕方遅くとかに街についてどこの宿も満員で泊まれないときに使うようなものだしな。

 ま、そんなんだからキッチンも借りられたわけだし。別に俺にはどうってことない些細な問題だ。



 「ところでヒゥル、何かやってみたい料理とかってあるか?」

 『そうだな…』

 「何もないんだったら、初心者でも失敗しなさそうなものを俺が選ぶけど」

 『…それで頼む。私はこんなことをするのは初めてなのでな』

 「よし、わかった。んじゃ、生姜焼きと味噌汁とおひたしにするか」

 『それはどんな料理なのだ?』


 隠しているつもりなのかは知らないけど、すっごい興味津々なのが声に現れている。餌を前にして待てをされている犬のような…そんな感じがする。

 やっぱ楽しみなんじゃん。



 「生姜焼きっていうのは簡単に言うと肉を生姜っていう野菜…だったかな?とりあえずそれをすりおろしたものを使ったタレにつけて焼く料理。味噌汁は味噌っていう調味料を使ったスープ。おひたしは普通に野菜を出汁で調理したものだな。小学校とかで調理実習でやったものだから多分失敗はないと思う…って言ってもわからないか。とりあえず俺が小さいときにやってもちゃんとできたから大丈夫だと思うよ」

 『そっ、そうか…!』

 「楽しそうだな」

 『べ、別にそんなことは…』

 「いいじゃん、楽しんだって。俺はヒゥルが楽しそうにしてくれる方が嬉しいし、何より俺も嬉しいよ」

 『…そうか。なら、私は今とても興奮している。今までにない経験をこれからすると思うだけでもな』


 心なしか言い方が危ない気がするのは俺の心が汚れているのだろう。

 …うん、きっとそうに違いない。



 「さ、さて。とりあえずついたか」


 宿を出て数分、野菜を並べている店の通りについた。

 夕食のための食材を買いに来る主婦やメイドやらで賑わっている。こうやって料理をするのも久しぶりなので、こういう買い物も久しぶりだ。

 俺もほんの少しだけワクワクしている。



 「んじゃ、まずは生姜だな…とは言ってもこの世界だと名前はなんだったっけな?確かなんとかの根って名前だったと思うんだけど」


 店を覗きながら目的の食材を探す。

 とりあえずこの世界のほうれん草は発見した。あとは大根とねぎと生姜。



 「お、あった。人参。おばちゃん、それ一束くれ」

 「はいはい。1Bだよ」

 「おお、安いね。ありがと」

 「まいどー」


 人参が3本で1Bってことは日本だと100円。うちの近くのスーパーだと一本60円はしたと思うから相当お得な気分になる。

 ああ、ちなみにこの世界だとスーパーみたいな便利な店はなく、農家が露店を出すとか八百屋みたいな店が農家から買い取って売ってるとかだ。

 さらに言うとさっきから俺は農家が出してる露店で買っている。その方が安いからな。



 「さて、あとは…」

 『楽しそうだな?』

 「ん?ああ、楽しいよ。俺、こうやって人と料理するのって相当久しぶりなんだよな。最後にやったのって多分魔王討伐のときだから…1年半前くらいか。それも野営してるときの当番だったけど」

 『野営での当番か。私はしたことがないな』

 「野営はしたことぐらいあるだろ?手伝ったりとかしなかったのか?」

 『私がそういうことをするくらいであれば周囲を警戒をしていてくれた方が有意義だと言われてな』

 「おう…そうか。じゃあ楽しみにしてろよ。あ、残りも発見」


 ヒゥルって料理が下手だったのか?いや、やったことがないって言ってたな。じゃあただ単に警戒していてくれないと野営もできないような状況だったのか?

 まぁとりあえず大根と生姜を発見。いや、こっちだと違う名前なんだけど、覚えるのも面倒だからそのまま俺は向こうの名前を使っている。新は全部こっちの名前を使ってたけど、俺は全く覚えられるような気がしないから諦めた。どうせ匂いと味だけである程度は判別できるわけだし。



 「ねぎは…これか。おっちゃん、これ一本」


 俺は店員のおっちゃんに料金を支払ってねぎを買った。



 「にしてもほんとこの世界の食材の色って変だよな」

 『そうか?私は普通だと思うが?』

 「まぁそうだろうな…俺たちの世界だとねぎはこんな水色なんてカラーじゃなくて緑と白だし、人参も青くはないし。他にも色々と違うんだよ。なんか違和感満載で最初のことは戸惑ったっけなー」

 『そういうものなのか』

 「そういうもんだよ。だって、ヒゥルだって今までそれが絶対だって思ってたものが突然変わったら戸惑うだろ?」

 『…なるほど、そういうものか』


 なんか納得してくれたようだ。

 ウンウンと頷いている様子が想像できる。



 「確か包丁とかは入れっぱなしだったはずだし、調味料はまた何かあったときのためにって元の世界で入れてたのがまだ半分以上残ってるし、肉はこないだ狩ったのがいくらかあったはず…よし、足りないものはもうないな。んじゃ帰ってやるとするかー」

 

 胸元に下がっているネックレスをいじりながら持ち物を確認する。

 ゲームのアイテムボックスみたいに中身が見れればいいのにと思うのだが、さすがはリアル。そううまくはいかない。今度リストでも作るべきか?いや、そんなことをするぐらいだったらホワイトボードとかに書いて入れとけば済むか。

 …よし、今はとりあえずメモ帳に書いておいて、向こうに帰ったらそうしよう。俺の頭は勉強ができないわけじゃないけどそんなに記憶力がいいわけじゃないからな。



 『タ、タクミ…そのだな?』

 「ん?どうした?」

 『私は本当に一度も料理などしたことがないのだが、大丈夫だろうか…?』

 「なんだ?緊張してきたのか?」

 『い、いや、そうではないのだが…失敗をしたらと』

 「あはは。ま、そんときはそんときでいいんじゃないか?何事も経験」

 『そ、そういうものか…?』 

 「そういうもんだ。さ、宿に帰ってきたし、やるか」


 俺は宿の受付をやっている店主に声をかけてキッチンに入る。

 どこにでもあるような一般的なキッチンだ。自分の家が定食屋なだけあって、むしろちょっと違和感を覚えるがそれはこの際置いておこう。

 ネックレスから布巾を取り出して調理台を拭き、そこに買ってきた野菜や肉などを置き、鍋や包丁などの調理器具、それから調味料など、必要なものをどんどん出していく。



 「さて、これで準備完了。ここからは交代だな…ええと、どうすればいいんだ?」

 『私に体を貸すという意識と魂が体から抜け出すようなイメージをすればいい』

 「なるほど…お』


 幽体離脱っていうのはきっとこういうことなのだろう。

 体からすぅっと抜け出し、自分の体を上から眺めるような形になった。今、中にはヒゥルが入っているのだろう。俺が動かしていないのに自分の体が勝手に動いている。なんか変な感じだ。



 『よし。じゃあ、始めるか』

 「わかった。私はまず何をすればいい?」

 『まずは…とは言っても初めてなんだよな?手際よくとか言っても難しいだろうし、最初に食材を全部切っちまうか。じゃあ、とりあえず野菜を洗ってくれ』

 「野菜を洗うのか…」


 俺の体…ヒゥルが調理台に置いてある野菜に手を伸ばし、流し台に持って行きそこで止まった。



 「タクミ…水はどこだ?魔道具はないのか?それとも井戸に行けばいいのか?いや、川か?」

 『あれ?ヒゥルの時代って魔道具とかってなかったのか?』

 「いや、存在していたが」

 『その水道って魔道具なんだが』

 「そうなのか?だが触れても水が出てこないぞ」

 『ああ、今と昔じゃ魔道具の使用方法とかも違ったりするんだな。それはそこに青い結晶があるだろ。そこに魔力を流すと数秒間水が出るようになってるんだ』

 「なるほど…こうであったか」


 ヒゥルは水が出てきたのでそれを確認するように何回か繰り返した。 

 納得したのか次は再び野菜を手に取る。



 「タクミ…野菜を洗うというのはどうするのだ?タワシでこすればいいのか?それとも浄化をかけるのか?」

 『いや、普通に…って言っても初めてだもんな。水で野菜を軽くすすいでくれればいいよ。ついてる土とかを取れれば問題ないから』

 「そうか」


 ヒゥルは野菜を洗うだけなのにとても楽しそうにしている。

 今さっき気がついたがこの状態だとある一定の距離を離れなければ動き回れるようだ。そのおかげでいつもは見れない表情が見れて少し嬉しい…?言葉にするのは難しいけど、初めてヒゥルの人間らしいところを実際に見れて安心するというか納得するというか。

 声だけじゃなく表情が見れてこれがヒゥルなんだなって改めて思った。



 「タクミ、洗ったあとはどうすればいいのだ?」

 『そこにまな板…木の板があるだろ?そこに置いとけばいいよ』

 「わかった。これだな…?」


 ヒゥルが野菜をまな板にのせていく。



 「肉は洗わないのか?」

 『ああ、それは大丈夫。とりあえず次にいこうか』

 「そうなのか」

 『そうなんだよ。じゃあ次な。次は野菜を切る。そこのまな板の上で切るんだ』

 「わかった…」


 ヒゥルが右腕を横に広げ、大剣を呼び出した。



 『…よし。ちょっと待て』

 「む?どうかしたのか?」

 『どうしたもこうしたもないわっ!なんで大剣で切ろうとしてんだよ⁉︎』

 「ち、違ったのか…?だが私は切ると言われたから…」

 『あー、うん。俺が悪かった。とりあえずそんなしょげるな』

 「うん…」

 『そこに包丁…刃物があるだろ。料理をするときはそれを使うんだ。使い方はわかるか?』


 ヒゥルが申し訳なさげに首を振る。

 どうやら本当に何も知らないというのが正しいようだ。

 というかどうしてそんなことも知らないんだよ。さすがに見たことぐらいないのか?

 …まぁとにかく今回はヒゥルが楽しむことが目的だし、俺が丁寧に教えよう。



 『じゃあヒゥル。それを…利き手ってどっちだ?』

 「利き手か?右だ』

 『よし、じゃあ右手で持ってくれ。ああ、構えるようにじゃなくってその…柄のところを軽く握るような感じでいいから』

 「こ、こうでいいのか?」


 でも、さすがに包丁の持ち方からレクチャーするとは思ってなかった。

 なんか箱入り娘みたいに感じるのは俺だけか?ヒゥルってやっぱりいいところのお嬢様みたいに感じる。



 『そうそう。それで切るんだ。まずはその葉っぱだけの野菜…そうそう。それを切ろうか』

 「わ、わかった…!」

 『んじゃ、まずはそれをまな板に横向きにおいて』

 「このような感じでいいのか?」

 『まぁ切りやすければどうでもいいからそこは細かく気にしなくていいぞ…じゃあ、まずはそのまとまってる部分を切り落とす…あ、俺の体とかは力が強いからうっかりまな板まで切らないようにな。多分切れはしないと思うけど』

 「斬り落とす…」


 ヒゥルはその手に持った包丁を高く振り上げる。

 刃物。剣士。これが揃った時斬り落とせなんて言えばどうなるかは想像に易い。



 『ストップ。やっぱそうなると思ってたけど…包丁っていうのはそうやって剣とかみたいに使うんじゃないんだよ』

 「ち、違ったのか…?」

 『まぁヒゥルのことだからそうなると思ったよ。まず今空いてる左手を軽く握って野菜に添える。上に乗せるっていうか置くっていうか…そんな感じだな』

 「こ、こうでいいか?」

 『わりぃ…俺が口下手で』

 「…気にするな。そもそも何も知らない私が悪い」

 『いや、知らないことは別に悪いことじゃないだろ?まぁとりえずわからないところは片っ端から聞いてくれ。できる限り答える』

 「わかった」

 『手を添えるっていうのは…一回ちょっと体の力抜いてくれ』


 主導権を奪い返すというより、後ろから手を添えて動かし方を教えるような感じに俺が体を動かす。

 こういうのは少女漫画とかでよくある感じだが、自分に自分でやっても何にも感じないな…あ、言い訳をするが俺が少女漫画を読むんじゃなくて新の妹が読んでたのをちょっと読んだことがあるだけだ。

 …まぁ男が少女漫画を読むことに対して忌避感はないけどな。



 『こんな感じだ。切るのは』

 「おぉ…」


 初めての体験に感動?…はなんかおかしいがそんな感じなヒゥル。

 どうやら俺の旅の道は険しそうだ。

 俺が世界を見て回るのではなく、ヒゥルにいろんなことを教えるのが旅の目的となるような気がする…というかしよう。



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