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85.英雄神野の御伽噺〜その3〜



 少年は正義の味方に憧れる。成長し、自らを知り、そして夢をなかったことにする。捨ててしまう。

 …捨てられないことは悪いことなのだろうか?



 * * *



 袖を染める紅、額の傷から滲む血。

 痛みがむしろ意識をはっきりとさせる。



 「くそ…魔力がたんねぇ」


 治癒に使うほどの余裕はすでにない。

 できるだけ敵の攻撃の回避と目くらましや攻撃に使う方が有益だ。と言うより回復に使っていたらその隙に攻撃されて元に戻るだけで無駄になる。

 そんなことを考える間にも化け物は俺に岩を投げてよこす。その場から走って移動し、別の化け物からの突進に備えてしゃがむ。頭上を通り過ぎると同時に走り出して一番近くにいた化け物の足に剣を叩きつけた。



 「…頑張るね。別に逃げてもいいんだよ?まぁ、その場合は街を襲わせるけどね」

 「うるせぇよ…」


 周囲に火の玉を大量に浮かばせ、化け物に向けて飛ばす。

 煙幕が視界を悪くする中でも化け物は突っ込んでくる。地面を蹴って空中に逃げ、下に向けて巨大炎の塊を放った。 

 次に煙幕が晴れた時にはその場にいた化け物の数体が倒れており、他の化け物は上を向いて俺を確認している。そいつらは我先に地面を蹴って空中にいる俺に向けて体当たりをした。



 「がっ…⁉︎」


 それを見て避けようとした瞬間上から衝撃を感じ、次の瞬間には地面に叩きつけられた。

 肋骨が変な音を立てた。剣を持つ右腕があらぬ方向へ曲がった。



 「くっ…」


 最低限の治癒をしてすぐに立ち上がり、痛みを抑え化け物に囲まれたその場から飛び出す。

 だが化け物が次々に飛びかかってくるのを避けきれずに再び宙を舞った。

 痛い。身体中が痛い。



 「【魔法剣】『衝撃(ショット)』!」


 痛みをこらえて剣を振るう。肩が持っていかれそうだ。

 ふるった剣は衝撃波を生み出して追い討ちをかけようとしていた化け物数体を押し止める。

 その隙に酷い箇所のみを治癒をし、立ち上がって剣を構えた。



 「あーあ。なんでそんなボロボロになってまで戦うのかな?逃げてもいいって言ってるんだよ?」

 「うるせぇ…がっ⁉︎」


 目の前から突進してくる化け物を受け流し、次に対処しようとして間に合わず吹き飛び、空中で受け流したやつに足を掴まれて投げ飛ばされる。

 そのまま化け物の集団に突っ込み、蹴り飛ばされ、俺は地面を転がり、そいつの足元に倒れこんだ。



 「ほら、もう諦めなよ。僕、逃げてもいいって言ってるんだよ?逃げた時は襲わないで逃がしてあげるって。ほら」

 「うるせぇ…って言ってんだろ」

 「…なんで?…どうして?」


 剣を杖に俺は立ち上がる。

 腕と足から血が流れているのをほのかに感じる。


「俺は逃げないって言ってんだろ…!」

「どうして…どうして逃げないんだよ!僕が逃げてもいいって言ってるんだ!見捨てて逃げろよ!どうして…」

「できるわけ…ないだろ!知ってるんだ。俺はこの街の人を、生活を、喜びを、優しさを、知ってる。俺は見てきたんだ!見捨てて逃げられるわけ…ないだろうがぁ!」


 力任せに剣を振るう。そいつはスカした顔で手を前に出して剣を防いだ。

 ふるって初めて気がつく。吹き飛ばされた時に折ったのだろうか?左腕からひどい痛み、右足からは寒気がする。感覚が鈍くなっているようだ。

 そいつが腕をふるうと俺ははじき飛ばされて再び化け物の中へと吹き飛ばされた。

 痛みがひどい。力を入れるが立ち上がれない。化け物が俺に向かってくるのが見える。

 そして蹴り飛ばされた。

 しばらく地面を転がり、やっと止まったところで剣を杖に無理やり体を持ち上げる。



 「ま…だ、やれ…る?」


 くらっとよろけて地面が傾いた。

 血が足りてないのか?

 あぁ…意識が遠のく。治癒をしようとするが、魔力が足りず発動しない。もはや魔力も残っていないらしい。

 …ここが限界?

 


 「足り…ない…力が」


 守れなかった?

 また俺は街が消えるのを見るのか?


 魔人に襲われた街が滅ぶのを見た。

 魔物に蹂躙されて消えた村を知った。

 盗賊に襲われ壊れかけた集落を見た。

 間に合わず滅んだ村の話を聞いた。

 種族の対立で半壊した街を見た。


 今度は戦争で消える街を見る。俺が無力なせいで。俺が負けるせいで。



 「嫌だ…」


 のそりのそりと化け物たちがこちらへと歩いてきている。

 そいつはその後ろでこちらを見ていた。

 心配そうに…笑っている。

 


 「…認めない」

 

 こいつに…こんなやつに街を滅ぼされるのを知って俺が諦めていいわけがない。

 俺は街を、みんなを知ってしまった。知ってしまったものを人は手放せない。

 それに何より。



 「俺は…勇者だ」


 『称号【約束された英雄譚(ヒロイズム・エピック)】を取得しました。職業が変化します。職業:勇者→神話英雄…それに伴いスキル【英雄降霊】【技術継承】を取得しました』



 頭に声が響いた。



 『ステータスを更新します』

 「ぁ゛が…⁉︎」


 その瞬間体に激痛が走った。

 歯が抜け替わるように身体中のありとあらゆるものが新しくなる…作り直されるような感覚。

 意識を…失った。



 * * *



 「あれ?死んだ?」


 僕は焦りを覚える。

 そんなに強くやらせたつもりはなかった。

 死んでしまうのは困る。僕の願いが叶わない。これじゃあ彼の力は僕のものにならない。

 まだ息はあるはずだ。どうにかして彼に失望しないと。

 …でも、あんなことを言ってくれると。



 「あ…」


 僕が歩き出そうとした瞬間ゆっくりと彼は立ち上がった。



 「よかった…まだ死んでいなかったんだね。ほら、もうわかったでしょ?逃げなよ」

 「………」


 彼は返事をしない。ただこちらを見ている。

 口の中を怪我したのだろうか?それならばしょうがない。蹴り飛ばしてみようか?無様に転がる彼を見れば僕もなんでこんな人に憧れたんだろうって思えるかもしれない。

 


 「そうしようかな」


 僕は彼に近づく。

 彼は動かない。まるで立ったまま死んだと言われる弁慶のように。

 …まさかね?



 「ぇ…?」


 どんなに近づいても彼は動かない。

 ついに目の前まで、手を伸ばせば触れられる距離まで来たのに彼は動かない。

 呼吸音も聞こえない。

 僕は彼の肩を掴んでゆする。



 「ダメだよ!君は僕の憧れなんだ!僕は君に憧れて同じ学校にまで来たんだ!キラキラと輝く君に!きっと君は覚えていないだろう?僕は昔君に救われたんだ。些細なことなのかもしれない。でも君に救われたんだ。この憧れは僕のもの…なのに君が死んじゃったら…二度と…君は永遠に…」

 「…そうか」


 彼の肩を掴んでいた僕は驚くほど冷たい声にその場から飛びのいた。

 それは彼の声じゃなかった。いや、彼の声をした別の何かだった。



 「この体の持ち主はそのような人なのか。ならばなぜ貴方はこの者と戦う?」

 「誰…?」

 「そうだな。口調のみでは誰だかもわかるまい。私の名はヒゥルヒア。ヒゥルヒア・ベーデルモンド。”慈しみの英雄”とでも言えば伝わるだろうか?」

 

 何を言っているのか全くわからない。

 でも、危険であるということだけは理解した。キラキラと光のチリのようなものが彼の体を覆っているのが見える。

 僕は彼の皮を被った何かから遠ざかり化け物に命令を下す。

 化け物がそいつに向かって力任せに突っ込んだ。


 「…人の話は最後まで聞くようにと教わらなかったのか?」

 「嘘…」


 彼の持っていた大剣とは異なる大剣を構え、化け物の肉片を散らすそいつが立っていた。

 …見えなかった。何があったのかすらも。人を離れ、人ならざる者へ一歩踏み込んでいる僕にすら一切見ることができなかった。

 僕は新たな化け物を召喚しようと陣を描く。



 「まぁいい。対話をする気がないというのであれば早急に終わらせるとしよう。彼の体に負担をかけすぎるのは良くない」

 「何を…っ⁉︎血?熱い?」


 胸に手を当てた。

 赤い。

 喉から何かがせり上がってきている。

 吐き出せば血の塊。

 立っていることができない。

 急いでイメージする。憧れる英雄の姿を。


 視界が2つに割れた。



 「お休み。安らかに眠るといい」

 「神野…僕、は」


 記憶はそこで途切れた。


 * * *



 「い゛っ…⁉︎」

 

 夢を見ていたのだろうか?

 俺は立っていた。



 「…!死んでる…?俺が倒したのか?いや、俺は気絶してたはず…」


 目線を下に向けるとそいつが倒れていた。頭は2つに切り分けられ、胴体はなます切りにされて。

 俺が倒れた後にだれかがここを通ってこいつを倒して行ったのか?

 …いや、それだったら俺が立ってる理由が思いつかない。俺が気絶している間に倒して行ったのなら俺は倒れたままだろうし…



 「って、傷が消えてる?…ああ!これ俺の剣じゃねえ!どこだ俺の剣!ない!ない!ないない!ないない!」

 『少しは落ち着いたらどうだ?』

 「そ、そうだな…じゃねえ!お前誰だよ⁉︎どこからって…頭の中?念話か?」


 突然頭の中に響いた透き通るような女性の声に普通に返事を返しかけてた。

 念話?俺を助けた人? 



 『少し違う。私が貴方に話しかけているのは体内からだ』

 「え゛?寄生されてんの俺?虫⁉︎」

 『へ…?あ、い、いや、そうではない。私は過去の英雄の魂だ。この度貴方の召喚…もしや、無意識だったのか?』

 「召喚…?」


 召喚ってなんだ?

 あー…だめだ。完全に混乱してる。こうやって頭の中が疑問だらけになるともうだめ。少し冷静にならなねぇと。



 『無意識に召喚し、私が体を借り受けていただけだったようだな』

 「あー…そうみたいだ」

 『…そうか。いや、済まない。私が勝手に勘違いをし、舞い上がっていただけだったのか。邪魔をした。私はもう消えるとしよう』


 声だけでも明らかに落ち込んだのがわかる。

 なんと言えばいいのだろうか、このまま消えてしまうのはだめな気がした。



 「…ちょっと待ってくれ」

 『なんだ?』

 「召喚ってなんだ?できれば色々説明してもらいたい…ってのと、こいつ倒したのって」

 『私だ…倒してはまずかっただろうか?』


 明らかに落ち込んでいたのがさらに落ち込んだようになった。



 「いやいやそうじゃなくって…あれだ。ありがとう」

 『…いや、礼を言われるようなことではないよ。そうだな。召喚について説明をしよう』

 「ああ、頼むわ」

 『召喚というのは正確には”英霊召喚”というもので、過去に存在した英雄の魂を意識的に呼び出し自らに宿らせ戦うということを意味する。本来は召喚主がその戦いの記憶や経験を借り受け、意識を共有し戦うものだが、今回は貴方が気を失っていたので私が戦わせてもらった』

 「なるほど。って、それってスキルだよな?そんな不思議なスキルなんて存在してたんだな」


 前から思ってたけど、不思議なスキルって結構多いよな。魔眼とかスキルを持ってるだけで体を作り替えてるじゃん?



 『すきる?その”すきる”というものは何だ?』

 「え?ほら、スキルっていうのは確か、世界が保有者の補助をして…なんだったかな?とにかく、技術を補助するみたいなやつだよ。例えば、【剣術】とか」

 『剣術?それは剣を扱う技術のことだろう?なぜそれがすきるとやらと関係がある?』

 「いや、だから【剣術】っていうスキルがあると…あ、ちょっと待った。もしかして、ステータスって知らなかったりする?」

 『なんだ、それは?』


 ステータスっていう言葉が使われだしたのは勇者が召喚されてからだって聞いた。

 最初に召喚された勇者は俺たちが初めに召喚された400年位前。



 「…なぁ、お前が生きてたのって一体何年だ?」

 『天象歴750年だ』

 「…そりゃ、知らないわけだよな。今、この世界にその歴は使われてないんだよ。というかそれは今から何千年前に存在したって言われてる存在も不確かな大昔のものだ」


 前に古代の遺跡から発掘された魔法技術を調べようと思って読んだ本にその歴が使われていたのをふと思い出した。その時代は数千年続いたと言われているが実際どうかは分かっていなくて、存在するのかどうかもわからない…もしかしたら過去の人が書いた小説のようなものの一部とまで言われるようなもの。

 少なくとも、今それを知る者は俺とこの俺の中にいる彼女のみだろう。



 『…そうか』

 「ああ、いや、悪りぃ…なんて言うんだ。その、気にするな?」


 それはつまり彼女を知る者は誰もいないと告げてしまったようなもの。

 俺は申し訳なさと罪悪感に苛まれた。



 『…ありがとう。慰めようとしてくれているのだろう。気持ちはとてもありがたいよ』

 「そっか…なぁ、できれば何があったのかとか、聞かせてくれないか?今お前はここにいるわけだし、せっかく俺が呼んだんだろ。お前のこと知りたいよ」

 『わた、私のことを、しっ知りたい⁉︎』


 焦っているのが声でわかる。

 …なんか勘違いされてる気がする。俺はラノベの主人公じゃないんだからな。さすがにこういうことが後でえらいことになったりとかはイメージできるからな。



 「いや、どんなことをしたのかとか、何をしたかったのかとかな!」

 『あ、ああ。そうか…』

 「そうだよ…あ。そういえば自己紹介もしてなかったな。俺は神野拓巳。気軽に拓巳って呼んでくれればいい」

 『わかった。私の名はヒゥルヒア・ベーデルモンド。ヒゥルと呼んでくれ』

 「よろしくなヒゥル」

 『ああ、タクミ』


 その瞬間、後ろの方で地響きがした。

 戦争中だということを完全にすっかり忘れていた俺はそちらにものすごい勢いで振り向いた。



 「ヒゥル…俺の中に居られる時間制限とかってあるか?」

 『特にないな。私がいようと思い、タクミが拒絶しなければいつまででもいられる』

 「じゃあ、話は後だ。悪りぃんだけど、今この世界は戦争中。俺は戦わないといけないんだよ」

 『そうか。では補助しよう。戦場へ向かうのだろう?移動しながら”召喚”本来の用途を説明しよう』

 「よし、頼む!」


 俺は街の中へ走った。


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