83.英雄神野の御伽噺〜その2〜
渡部と別れてしばらく。ついに俺も敵と遭遇した。
目的の街の一歩手前。街の外壁を背にしてそいつは立っていた。
黒い髪に一部赤い毛の混じった変な髪色が遠くから見える。だが、こちらを見る顔は明らかに日本人のそれであり、俺たちと同じ召喚された勇者であることが伺えた。
「止まってくれ。ここまで乗せてくれてありがとな」
俺はある程度近づいたところで騎竜から降り、そいつの方へ視線をやった。
そいつの視線が俺の方へ向いているのがわかる。
「ああ…やっと来た。待ち侘びた。君に…ずっと会いたかった」
そいつは俺の顔を見るなりそう言って両手を広げた。
「…いや、誰だよ?」
新が召喚してくれていた騎竜が赤い光を放つ陣を通って消えるのを見送る俺の頭に浮かぶのはただそれだった。
おそらくそう言うからには俺と関わりが深いだとか、昔俺と仲が良かっただとか、俺が前に恨みを買っていただとか…とにかく、何かしらはあるのだとは思うのだが全く心当たりがない。
…いや、もし何かあるんだったらほんと悪い。全く覚えてねえ。
俺は距離を少しずつ狭めてそいつに近づく。
なんというか、敵意を感じないんだよ。俺に攻撃しようっていう感じより、寧ろ親近感を抱くような気配がする。ともかく俺に攻撃しようって感じがしなかった。
だいたい距離が20mくらいになった時、再びそいつが口を開く。
「初めまして…だよね?きっと、君が僕に会うのは…いや、僕とこうやって話したりするのが初めてだ」
「…多分そうだな。って、じゃあなんで俺にそんなに会いたかったなんて言ったんだ?」
「理由?あまり共感はされないと思う。僕、君に憧れているんだ」
「なんか俺がすごくないみたいに聞こえるんだが…」
共感されないってことは、俺に憧れるのが変みたいな言い方だな。なんか俺が憧れたりされるのはおかしいみたいに聞こえるんだけど。
なんか憧れられるのもちょっと恥ずいけど、それよりそう言われると結構くるものが…
「ああ、そうじゃない。ええと、なんて言えばいいのかな?あまり上手く言えない…なんだろう。とにかく僕、他の人とは少し考え方が違うんだ」
「違う?憧れたりするのに何か違うってのがあるか?普通にすごいなとか、かっこいいだとか、あと…なんだ、そういう感じじゃないのか?」
「…きっと、元はそうだ。でも、それだけじゃ、足りないよ」
「足りない?」
そいつは俺から目をそらして俯いた。
ゾッとするような寒気を感じ、俺は一歩退く。
剣を強く握り、両手を添え、いつでも攻撃できるように身構える。なんというべきか、嫌な予感が身体中を覆った。
「憧れ。それは羨望…羨み、望むことを包含する。僕、君のようになりたい。いや、君になりたい。そう思う。その場所に”僕”が座ってみたい。そこで”僕”が物語を綴りたい。僕は主人公じゃない。けど…なりたいと思って、何か悪いのかな?」
再びこちらを見たそいつの表情は恍惚とし、それでいて狂気にあふれていた。
身の毛がよだつような感覚に襲われる。
何か、こいつから離れなければならない。本能がそう感じている気がする。
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかった。改めて…初めまして、神野拓巳。僕、遠野春樹。よろしく」
表情が戻り、そう名乗ったそいつの後ろに赤い魔法陣が浮かぶ。
俺は後ろに飛び退き、その陣に目線をやる。
「お前が召喚の勇者か…!」
「召喚の勇者?ああ、これか。違うよ。これは”僕のもの”じゃなかったんだ。けど彼がくれた」
「わけがわから…っ!」
陣の中からきっと街で戦ってる化け物の同類と思われるものが出てきて、俺に飛びかかってきた。
飛びのいて躱し、剣をしっかりと構える。
再び飛びかかってくるのを待ってカウンターを仕掛けようと思ったが、どうやらそいつが命令…と言うか説教をしていた。
「だめだよ、まだ。僕、正々堂々戦って君が惜しくもボロボロになって負けるところが見たい。だからまだ襲いかかっちゃだめなんだよ。憧れが失望に変わって初めて僕は君を凌駕する。その時はきっと僕は君よりすごくなれるんだ。いい?」
「チッ…だからわけわかんないっつの」
そいつは俺を倒すつもりなのはわかったんだが、行動が読めない。
俺を倒したいって言うならいきなり襲いかかってくればいいのにそいつはわざわざその化け物に攻撃をやめさせた。
一体どういうつもりなんだか。
「じゃあ、まずは一体だ。頑張って」
「まずって…」
そう言うからにはまだ大量に控えがいるのだろう。そんなことを思った次の瞬間、3m近くある巨体がありえない速度で俺に向かって突進するのが見えた。
多分、これが新の言っていた速度を重視した化け物だろう。
「【魔法剣】『電撃』」
剣が雷を帯び、チリチリと空気が焦げる。
それを横薙ぎに振るえば化け物は一刀両断された。
俺の横に化け物が横たわる。俺はその化け物を見て、少し目を瞑る。
「こいつが速度重視?まだ余裕で見えたな。あいつ、俺の今の能力を弱く見積もってるのか?」
新は勇者でやっと対等とか言っていたが、普通に一撃で片付いたぞ?
俺たちの能力を軽く見積もって言ってたのか?それとも俺たちが新の考えるよりも成長してるとか?このぐらいだったら魔王城の周りにいた魔物の方がよほど強く感じる。
「何を考えてるの?…どうでもいいか。さ、次だ。一体程度じゃ戦いにすらならないね…15体ぐらいはどうだろう?」
再び赤い陣が浮かび、その中から化け物があわられた。
本体を倒せば召喚されなくなり向こうも楽になるとは思うのだが、こいつがこの化け物を召喚する限り容易には近づけない。まだ奥の手を隠しているかもしれないし少し様子を見よう。
「…そんなのは言い訳か」
化け物がこちらに向かって突進してくる。拳を握り、俺を叩き潰そうとしてくる。魔法を使って俺を焼こうとしてくる。
「【魔法剣】『輝撃』」
俺の剣に光が宿る。
様子を見るなんていうのは俺が同じ学校だった人を殺したくないっていうだけのただの言い訳だ。こいつを倒さなければ街にいるみんなが死ぬ。なのにどうして俺は躊躇するのだろうか?
心の中で何かのスイッチが入った気がした。
「はぁぁあ!」
剣を振るう。
剣に宿る光はそのまま飛ぶ斬撃となって向かってくる化け物全てを切り捨て、本体まで…
「危ないな…」
届くことはなかった。
そいつは手を前に突き出し、その前には透明な壁が生み出されている。どうやら召喚するだけが能じゃないらしい。
「僕、敵はしっかり用意してるんだよ?僕に攻撃したらだめだよ。きっと今の僕には君は勝てない。でも、それじゃ僕は君に失望しないんだ」
「チッ…さっきからわけわかんねぇよ!【魔法剣】『豪炎』」
攻撃は防がれた。
だが、今なら行く手を阻む化け物はいない。
赤い光を放つ剣を叩きつける。俺の目の前に爆発が起き、炎と爆煙がそいつを飲み込む。
「さっさと進まなきゃいけないんだよ。邪魔すんな!」
脳内で現象をイメージする。
空気が発火し、炎が生まれ、風がそれを強くする。
「…だめだよ」
俺の目の前に生まれかけていた炎を消す。
何一つさっきと変わらない声の様子に俺は攻撃の効果がなかったことを悟った。無駄な魔力は使いたくない。長期戦になるのは避けたいが、ここで尽きてしまっては意味がないのだから。
「マジか…なんだよこいつ」
「酷い言われようだね…でも君なら」
思った通りにそいつは砂埃を払いながら何事もなかったかのように立っていた。
「……うん。やっぱり君にはこのぐらいじゃ足りないね。できれば向こうにも集中したかったんだけど、君のために一旦やめるよ。どうしてだろう?君を直で見てると前よりももっと憧れる」
「なんのつもりだ?」
「別に。きっと向こうを気にかけてばかりいると君が本気で戦ってくれないみたいだったから」
そう言いそいつは何らかの魔法を消した。魔力が消えたのがわかったので、街への召喚を止めたのか、監視を止めたのか…何はともあれ街への召喚が一時止まったのは確かなようだ。
「それに、”スキル”っていうのにも制約があって、強力なのは他のことをやりながら出せるようなものじゃない」
「そんなにペラペラと敵に話してもいいのか?」
「いい…君だから。君にはすべて知った上で勝てないことを知ってほしい。絶対的な壁を見てほしいんだ」
「ダメだこいつ。わけがわかんねぇ…」
まぁとりあえず、話すのが無駄だというのはよくわかった。
それと、これから召喚するのはさっきまでよりも強い化け物だということも。
「まずはどうにか勝つ方法を考えないと…か」
早いとこ本体を倒して先に進みたいが、そうもいかないようだ。
さっきのように攻撃が防がれるようでは意味がない。召喚される化け物を倒しながらいろいろ試していこう。
…それでもダメだったら。
「…まぁ、新も頼めば手伝ってくれるだろ」
「何をぶつぶつとつぶやいているの?ほら、次のが行くよ」
最後の手段としてそれは取っておきたい。
俺はそいつから距離をとりつつ、浮かび上がる召喚陣を眺める。
さっきのものとは少し違うようで、色が赤というより紅に、陣自体も少し大きくなっているようだ。
「ああ、そういえばさっき速度重視って言っていたね。確かにあれは速さに重点を置いて作ったって言っていたけど…失敗作だよ?」
「…は?」
陣から出てきた化け物はさっきのやつとは比にならない速度で俺に突進をかます。
急いで横に飛び退くが…間に合わない⁉︎
「くそっ…!」
近くにあった空気を固めて自分の体を無理やり押し出す。
体の骨が軋む。横から強い力で吹き飛ばされ、化け物の体が俺のすぐ横を通過する。
動きはかなり早い。だが、止まる様子がなく結構遠くまで慣性に従って走り抜けて行ったので一体ならどうにか対処できそうだ。突っ込んでくる前の予備動作を見ていれば避けることはできるし、カウンターもいける。
「ああ、まだいくよ?」
「…だよな」
陣が消えることなくそこからさらに2体の化け物が出現した。
やっぱり一体じゃ許してくれないようだ。
「これはマジで頑張らないと死ぬな…『風よ。知らせる音となれ。ウィンド・アラーム』」
周囲の風が渦巻く。
化け物が俺に向かって突っ込んでくる。風の揺れを探知し、それに合わせて当たらない程度に移動した。
さらにもう1体が突っ込んでくる。避けた瞬間を狙ったかのように。こいつら連携するのか?
「【魔法剣】『閃光』」
眩いほどの光を放つ雷が剣にまとわりつく。
突っ込んできた化け物をそれで弾き光が散る。もう1体が突っ込んできたのをしゃがんで回避した。
「マジか…」
切りつけ弾いた化け物には焦げ抉れたたような跡があるのみで、致命傷には程遠い。
割とマジでやったのだが、ここまで効果がないと少しくるものがあるな。
化け物が俺に休む間を与えず、再び突進をかます。どうやら知能はそこまで高くなくて突っ込むぐらいの攻撃しかしないようだ。
「…っ⁉︎」
そう思った瞬間、化け物は腕を伸ばしラリアット。背中を無理やりそらして躱したが、後ろからもう1体が突っ込んできて俺を蹴り飛ばす。
地面を転がり避けようとしたが間に合わない。左腕に鈍い痛みが広がり視界が宙を舞う。
そして地面に叩きつけられ…ることもなく、空中で再び化け物に吹き飛ばされた。
…空が青い。
「空中なら…『光よ。裁きの鉄槌を。イラ・ブレイク』」
魔法陣が浮かび、細い光の線が化け物に照準を合わせる。
光の魔法についてだけなのだが、イメージがあまりうまくいかず詠唱魔法を使っている。どうにも光が攻撃になるイメージがわかない。治癒なら想像できるのだが。魔法とは不思議なものだと未だに思う。
落下しながらひどい痛みを訴える左腕とあばらに治癒をかけた。
光の筋は白い煌きとなって視界を塗りつぶす。
「これでやっと1体…」
視界が開けると1体が地面に横たわるのが見えた。
プスプスと煙を上げ焦げた匂いが漂う。
俺は空気抵抗を増やして減速し地面に降り立つ。
「あーあ。やられちゃったね。じゃあもう1体…いや、次は2体増やそうか」
「は…?」
再び陣が浮かび上がって化け物が増える。
そちらに気を取られていたせいか後ろから迫る化け物に気づかず殴り飛ばされた。




