82.乗り込みましょう
敵が相変わらず増える。
うざったい。僕が行って全部蹴散らしたい衝動にかられる。
「あ〜、もう。僕は面倒くさがりなんだ。なんでこうもうざったいことばっかりするかな〜」
ただ、それをやると戦後処理とかいろんな仕事が回ってきて余計にめんどくさくなるのでやらないでおく。
さっき増えた敵は一般兵士のようだ。あまり強くないので魔法部隊だけで処理ができている。代わりに向こうの勇者がそこそこな勢いできている方への対処に困る。
『全勇者部隊、敵勇者を抑えろ。一般兵士はこちらで対処する。第一魔法部隊、指定魔法”パターン2”を準備。勇者部隊を補佐しつつ準備完了次第放て』
だが、さっきから出てくる量が減っているような気がする。
…というか止まった?さっき一度に大量に出たかと思ったらそれ以来陣は現れていない。もしかしてさっきのが最後だった?そう考えるのは安直だけど、神野らが戦ってるのの誰かが召喚の勇者であれば納得もいくのだ。
眷属を動かして敵勇者を足止め…と言うか喰らい、怖気付いているのを威嚇させて退却させる。
「『大いなる嵐よ。吹き荒れ、喰らい、殲滅せよ。風神の裁き』」
大量にまとまった兵士を荒れ狂う嵐が吹き飛ばす。
残りのこれだけだったら街の人だけでも対処できるだろう。勇者はどうにか押さえられてるし、兵士は僕の眷属に怯えてそんなに出てこないし、化け物はさっきので最後だったかもしれないし。
『これから僕は本陣の方の補助に向かう。今後の指示は各部隊の隊長に委ねる。勇者を抑えつつ時間を稼げ。おそらくもう敵は呼ばれないはず』
もし呼ばれたとしても僕の眷属だけでどうにかできる。数には余裕があるからね。一気に呼ばれたらまた僕が戻る必要があるかもしれないけど、多分もうない。
ざっと見たところ明らかに劣勢になっているのに兵士も勇者も化け物も召喚されないってことは、向こうのストックが切れたか呼べない状況下にあるか、なんらかの策があって待機しているかとかだろう。まぁでも、敵のメインはすでに神野たちが抑えてるし、一応ここに干渉できそうな距離にいるやつらをさっき”目”を増やして探し回ったけどいなかったからそうれはないだろう。
「グレイン、行くよ」
腹を蹴ってグレインを飛ばす。
ついでに”苦痛する悪魔の瞳”も街の上に1つ、神野たちそれぞれに1つ、敵の本陣に1つ、僕の周囲上下左右前後に1つずつ残して回収。これで意識を割く数が減って楽になった。ま、どうせ大量にやろうが少なかろうがあんまり気にはならないんだけどね。
風を切ってグレインが空を飛ぶ。背中に乗る僕はただこの後どうするかを考えていた。
「多分、今見ている限りだとしばらく神野は街の前で引き止められちゃうでしょ。と言うか勝てなさそうだね…ま、いっか。別に死んでも蘇るし、蘇らせるし。少なくとも時間稼ぎしてくれてるんだからその間に敵の本陣を潰しちゃおうか。でも今潰すと世界に供給される魂がまだ足りなさそうなんだよね〜。その場合はもうしばらく戦争を長引かせておかないとだし。そうするとマリーと遊んでいられないし。できればさっさと終わらせたいんだけど、魂の供給をどうにかしないとなんだよね。と言うか勇者倒してもこの世界のものとはちょっと違うものだから馴染まなくって使えないから僕が今から本陣に行く意味だってほとんどないようなものだし。ねぇ、どうしたらいいかな〜?」
僕の真下でグレインが困ったような鳴き声を出した。
「…あ。そういえばみんなゆーちゃんに預けてきてたんだっけ」
ロメとテラが家にマリーとクロリスといるのは元からとして、いつも僕の中にいる聖霊たちも今日は万が一に備えて街にいるゆーちゃんに預けてるんだった。
うん。そりゃ誰も返事しないよね。いろいろ予想外なことが起きてちょっと僕も焦ってたのかな?あんまりよくない傾向だね。ちょっと落ち着こう。
「すぅ…はぁ〜」
深呼吸。
さて。で、本当にどうしようか。
このままだとあんまり作戦もないままに本陣に突っ込むことになっちゃうんだけど?まぁそれでも勝てはするし、ていうか負ける要素がないし。うん。まぁ、たまには作戦なしで突っ込むのも悪くないかもね。どうせ敵は実験体が数十体と勇者1人だけみたいだし。
それにしても僕の予想を裏切るっていうのが未だにちょっと引っかかる。一番付き合いの長かったルーにすら「相変わらず君はよくわからない人だ」なんて最後の言葉を遺されたくらいだよ?そんな僕の考えを読んでの行動としか思えない動きをさせるなんてどういうことなのかね?僕を恨んでる人とかが裏で糸を引いてるとか?
「あ〜…ダメだね。もう恨みを買うような覚えばっかりしかない」
ちょっと考えてみたけど恨まれる理由がありすぎて困る。これじゃあ敵を予想しようがない。と言うかほんのちょっと考えるだけで恨まれる理由が数十個もあるっていうのはなかなかレアだと思うね。いったいどんな生活してるんだって突っ込まれそうだよ、主に神野に。
「…ま、いっか。もう着いちゃったし」
さっと神野がボロボロになりながら戦ってる上を通過し、街の中に降り立った。さすがはニーズの息子。性能が違うね。
グレインを箱庭に戻し、僕は本陣に向かう。
街の姿は僕が前に来た…とは言ってもすでに5,60年ほど前のことだけど、その頃とはまるで違った。というか、同じ街とは思えなかった。
「酷い有様だね…これは」
帝国領最南端に位置するこの街は白い煉瓦造りの家の立ち並ぶヨーロッパ調な街並みの綺麗なところ…だったはず。今僕の目の前に広がるのは崩れ去って廃墟と化した建物たちと幾つもの屍体と実験体のなり損ないみたいなゴミ。風に砂埃が舞ってもはやゴーストタウンだ。
言うなればイタリアの有名な白い街を平坦な場所に建てたもののようだった街だったんだけど、今は西部のカウボーイだとかが銃を打ち合ってるような映画の撮影場所に使われそうな場所へと変貌を遂げている。
…非常に残念だ。いつかマリーたちを連れてちょっとした旅でもしようと思ってたのに、観光地が一つ潰れてしまった。
「多分この辺だと思うんだけど〜…」
視覚を頼りに敵を探すが、周囲がどこもかしこも同じような状態なせいで見つからない。どっちを向いても廃墟。死骸。
さて、どうしたものだろうね?
「なんでおま…いや、そういや姫に連れられてたか」
「あ、発見」
キョロキョロと田舎者が都会に出てきたがごとくあっちこっちに視線を向けながら歩いているとそいつがいた。
瓦礫の中にひときわ綺麗に片付いた場所があり、そいつはそこに椅子を出して座っている。と言うか僕が見えた途端に声を出すって戦闘を舐めてるのかね?死にたいの?それとも傲慢?
「で、俺を倒しに来たのか?」
「まぁね〜。で、さっさと死ぬか、頑張って戦うか、諦めるか選んでくれる?もうめんどくさくなってきて…」
「ああ、じゃあ…お前が死ねよ」
「…お?」
そいつはニヤッと笑ってこちらに向けて何かを飛ばした。黒い塊。腕のような形をした何か。
…スキル?こんなスキル作ったっけ?というかあったっけ?
「…避けたぞ?」
「避けちゃいけないみたいな言い方しないで〜…おっと」
再び飛んできた腕を避けた。
黒い腕…飛ぶ…浮遊?…操作?…あ、思い出した。これ迷宮の悪魔のスキルだ。
ということはこいつ悪魔のスキルを手に入れたのか〜。あ〜…めんどくさ。じゃあ、回復系とか身体強化とかされてるじゃん。
「もうさっさと終わらせようか〜…【武器創造】」
僕の手元にどんどんナイフが生み出され、僕はどんどんそれを投げる。
何時ぞやのジントくんとの模擬戦とやることは一緒だ。大概の敵はこれで片付く。
「うおっ…っと。あぶねぇ、なっ!」
「お〜。がんばるね」
黒い腕がナイフを弾く。どんどん弾く。そしてナイフは周囲にどんどんと溜まっていく。
少しずつ移動させてバランスよく周囲に配置し、100本ぐらいが貯まったところで。
「じゃ、さよなら〜」
「はっ…【大地支配】!」
止めと思ってナイフをまとめて飛ばすが、突如地面が盛り上がってそいつを守るようにドームとなった。
掛かってる力を増やして砕いてみようと思ったんだけど、思いの外厚い。力入れるのめんどい。別の方法の方が楽そう。
「…さ、次に行こう〜」
「どうせ効かないっつの」
次に何をしようかと考えるより先にそいつが腕を飛ばしてくる。
だけど動きが雑だし、大量に動かすことに気が行きすぎてるのかあんまり避けるのが苦じゃない。端的に言うなら手ぬるい。
「あ、そういえば名前を聞いてなかったね。せっかくだから聞いておくよ。君は?」
「…は?いや、突然なんなんだよお前?」
「ん?普通初めて会った人には名前を聞くもんじゃない?」
「んなわけないだろ」
「そう?あ、僕は松井新一郎。しんちゃんって呼んでくれていいよ〜」
「いや、だからしらねぇっての⁉︎」
「ほら、名乗られたんだからちゃんと返そうよ〜。それが礼儀ってもんでしょ?」
作戦を立てるのも戦うのも面倒くさくなってきた。
ということで四方八方からくる腕をかわしながらしばし雑談でもしようと思う。なんか、だるい。気が乗らないんだよね。主な理由は敵が弱すぎるってのだと思うけど。
「あー…本居司だ。これでいいだろ!ていうかお前さっきからなんなんだよ⁉︎ひょいひょい避けやがって」
「ん?だって君が手ぬるいのがいけないんじゃん。ほら、頑張れツカサくん」
「うっざ⁉︎なんだお前うっざ!あー腹立つ!やっぱ言われた通り最初からマジでやればよかった」
「お…?」
言われた通り…つまり誰かが裏にいるってことだよね。割と僕の予想は外れてなかった?
ちょっと聞き出してみようか?もしかしたらこっちに裏切り者がいるかもしれないし。
それにこいつアホそうだから、ぽろっと情報はいてくれそうだし。
「ていうかそれで手を抜いてたんだ〜」
「そりゃそうだろ?なんでお前みたいな弱そうなのに全力でやるんだよ」
「だって言われた通りってことは誰かに勧められてたんでしょ?最初からちゃんと戦えばいいのに〜」
「どう見たってお前、俺に勝てなさそうだろ」
「うわ〜。失礼だな〜。もしかしたらすっごく強いかもしれないよ〜」
「やっぱり、ウザ⁉︎何なんだよお前。ていうかなんで俺はお前と会話なんてしてんだよ!」
「そりゃ君が手ぬるい攻撃なんかしてるからでしょ〜。ほら、早く本気だしなよ〜。特撮ものみたいに最終形態になるのちゃんと待ってあげるからさ」
なんか思ったより会話がそれない。
でもその裏にいるやつがそんなに強くなさそうなのはわかった。だって言われたことに素直に従わないってことは権力とか力とかで押さえつけられてるってことじゃないわけじゃん?つまり単なる助言ってことだからツカサくんとそいつは同等、もしくはそれ以下の関係の筈。
「ていうかさっきから何をそんなに怯えてるんだよ。どう見たってこいつそんなに強くないだろ。纏ってる魔力もほとんどないし、危険察知にも引っかからないし…は?今の内に早く?なんでだよ」
「…ん?誰と話してるのさ?念話っぽいのじゃなさそうだし…二重人格とか?」
「わかった…お前が言うんだから間違いはないよ。さっさとやるって」
「お〜い。聞いてる?」
「じゃ、片付けるか…『エンチャント・ポイズンアクア』」
どこからかツカサくんは鞭を取り出して、僕に向けて振るう。
なんかエンチャントしてたので、多分魔法剣の仲間。痛いし避けておこう。
ヒュン…と僕の横を鞭が通り抜ける。
「まだ余裕そうだな…っ!」
「お〜。がんばれ〜。ほらこっち〜」
飛んでくる腕をナイフで弾き、鞭を避けながら会話を続ける。さっきより攻撃にキレがあるので、まともにやりだしたのだろうか?
鞭を避け、ナイフを飛ばし、弾き、ナイフを投擲、弾かれたのを後ろに回して攻撃、腕を避けて鞭を避けて…しばらくそんな攻撃が続く。どちらにも一度も当たらず、ただ時間だけが過ぎていく。
「なんでそんな当たらねんだよ…」
「まぁ頑張ってるからね〜」
「【天の知識人】まだ鑑定出来ないのか!」
「ん?そんなスキルあったっけ?…あ、声に出てた」
今度こそ全く聞き覚えのないスキル。少し考えれば大抵のものは思い出せる僕の記憶のどこにもない。おかしい。そんなものが存在する筈がない。
どういうこと?
誰か邪魔してる?…怯えてる?…敵対?…僕のところの誰か寝返ってる?
ふと気がついた。
「『データ干渉…世界記録展開…周辺情報…捕捉』…へぇ。ゼウスmark.7…君はどうしてそこにいるのさ?」
「ゼウスマーク7?…なんだそれ?」
「ああ、君は知らないで連れてたんだ。その君が天の知識人って呼んだやつだよ。僕は君に干渉する権利を与えた覚えはないんだけど?反逆行為としてみなしていいのかな?」
ゼウスmark.7と僕が呼んだそれは世界を管理するシステム。僕がこの世界の管理をするにあたってめんどくさいから適当に作った司徒。mark.0〜12までいて確か感情なんてものは持ち合わせていないはずだ。それがなんで僕に敵対行動をとってる?
僕の質問に無機質な声ではなく、感情豊かな声が答えた。
『わ、私の今のマスターは…”本居司”です』
「あそ」
「どういうことだよ!わけわかんねえって⁉︎」
ツカサくんは混乱している。
だけど、僕は裏切り者には容赦するつもりはないんだよ。
それにちょっとだけ体を戻してみてわかったんだけど、ツカサくんは魂と体がほとんどこっちの世界に順応している。丁度いい。生贄にしよう。
この体のままでも倒せそうだし、しばらく遊ぼうじゃないのさ。




