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81.英雄神野の御伽噺〜その1〜




 後ろから声が聞こえる。

 どうやら戦いが始まったみたいだ。


 

 「予定より少し遅れてる…急ごう」


 俺たちは竜の腹を蹴り先を急ぐ。


 今、俺たちは木々に囲まれた狭い獣道を竜に乗って走っていた。これも新の作戦のためだ。

 いわく、「どうせ向こうは転移系の勇者と強化系の勇者が共同で攻めてるんだろうから、潰してきてくれれば勝ちだよ〜」だそうで、俺たちは兵を全部出し切るのを待って本陣に乗り込むという作戦を言い渡されている。向こうの作戦の細かいことまで新は言ってはいなかったが、おそらくいろいろと手は打ってるんだと思う。

 どうせ俺がいろいろと余計なことを考えて戦いに集中できない、なんてことがないための心遣いだろうよ。

 ただ、それでもやっぱり残してきた街の人や召喚された仲間のことが気がかりだった。



 「でも、今は一刻も早く敵を倒すしかない…」


 俺は手綱を強く握った。チクチクと縄が手のひらに刺さる。

 どうせ俺は新のように細かな作戦を立てたりはできない。だから今は目の前のことに集中する。それより他ないからな。


 街から出てしばらくした地点で和也が声を出した。

 


 「拓巳!何かきたぞ!」

 「やっぱり来たのかよっ…!どっちだ!」


 新の予想していた通り、こちらにも刺客が差し向けられていた。

 今まで俺たちは敵に接触しないで来れたが、このあたりで運が尽きてしまったようだ。



 「前…違う!上だ!」


 和也の声に俺たちは上へ視線をやり、そしてその上から襲ってきたものを回避するために横へ避けた。その瞬間さっきまで俺と和也が並んで走っていた場所が弾けるように爆破し、砂煙が舞いそのあとには直径数mほどのクレーターが出来上がった。

 そしてその中心には男が立ちすくんでいた。



 「本当はこんなことは望んではいないんだ…でも、ごめんよ。僕は戦わなければならないのさ」


 その男がそう言った次の瞬間。その男が手に持っているもの…鞭が一瞬目に入り、光を放ってこちらへ飛ぶのが見えた。

 竜に乗ったままじゃ突然に動くことができない。鞭が俺に向かって振るわれる瞬間が把握できるほどゆっくりに感じる。

 目の前が光り、俺はその光に目をやられつつもネックレスから大剣を取り出して衝撃に備えた。



 「あなたは…”鞭の奇術師”エルスチャント。なぜ、こんなことをするんです?あなたはそんな人ではなかったと記憶してるんですが?」


 目を開けば俺の前に再びクレーターはできることはなくて、そこには銀色に淡く光る槍を構えた団長が立っていた。

 そしてその表情は疑問をありありと映し出している。



 「悪いけど、この人の相手は私とジントに任せてもらえるだろうか?少しばかり…因縁があってね」

 「…わかった。けどジントもなのか?」

 「どうやらシン様の言っていたように、すでに肉体は人ではないようなのでね。私一人では少しばかり荷が重い」

 「ならわかった。あとは頼む…!」


 再びその男が腕を動かす素振りが見えたので、俺は急いでその場から動く。

 


 「ここは任せて先に行くぞ!」


 話がよく聞こえていなかったようである石井を除くメンバーに聞こえるように大声を出す。

 安井が心配そうな表情を浮かべているが、ここは任せるしかない。時間に余裕はないから仕方がない…余りそう割り切れるもんじゃないけど、こんな体験はすでに何度も味わった。

 俺は竜の腹を蹴って走りだす。後ろから石井たちが遅れて走り出したのを竜の駆ける足音で確認した。



 「ここから先にも敵が待ち構えてるかもしれない。気を引き締めて行くぞ」

 「わかっている」


 俺の真横まで走ってきた渡部が俺の方を見て答える。

 その表情はさっきまでよりもより険しい。ま、至極当然のことだよな。今移動している俺たちの中でも唯一の二度目の召喚じゃない勇者…つまりはこういった経験をしたことがない。俺たちは魔王の島で兵士が目の前で盾となって死ぬのを何度も見た。それが今俺の気持ちを少し楽にしてくれるなんてなんとも罰当たりだと自分でも思う。

 不意に視線を感じた。

 


 「和也、そこらへんに何かいないか?」

 「ん?ああ、そこだったらしんちゃんが俺らを見て作戦をとか言ってた奴がいるよ」

 「それってあの眼…か?」

 「うん。あの眼」


 あの眼は見ててなんかいたたまれなくなってくる。

 この戦争の作戦の時、なんで新だけ戦闘に初めっから参加しないのかって批判した奴がいたんだけど、そいつどころか周囲にいた全員が絶句するぐらい酷かった。

 新は”苦痛する悪魔の瞳”って言ってたけど、まさにその通りだと思う。何せそれを出した瞬間新の両目から血が吹き出したんだから。それを見て批判した奴は尻餅をつき、それ以外の奴だって一歩退かずにはいられない者がほとんどだったくらいだ。

 そんな状態の中どんな感じなのかって聞いた猛者がいたんだけど、新は「眼の中に大量の目玉を押し込んだ感じかな〜。あ、ちゃんと見える状態でね」などど両目を閉じながらふざけた感じで言ってたけど、あれは絶対そんな軽いものじゃなかったと思う。

 


 「ところで拓巳くん、しんちゃんはどこに行けばいいって言ってたの?私たちあんまりよく聞いてないんだけど、レイジュさんとジントさんちゃんと追いつけるのかな?」

 「え?聞いてなかったのかよ…新ちゃん適当な説明しやがって」


 今頃になってふと思い出したかのように安井が俺に尋ねた。

 新があっちこっちでいろんな人に説明してたからすでに話されているのかと思っていたんだけど…いや、余計なことを考えさせないための気遣いな可能もなくもないか。新のことだし、絶対に失敗しないように念には念をっていうこともあるかもしれない。



 「いや、まぁさすがにこれを知らないのはミスだな。間違いなく忘れてたんだろ。俺らの目的地はこの先の街の次の街。二番目に落とされた街だとよ」

 「あ、そうなんだ。ありがと」


 でもどうして敵はその街を選んだんだろうか?

 聞いたところだとその街よりよっぽど初めに落とした帝国の街の方が利点が大きい。こちらを攻めるのに適しているように素人目じゃなく新やレイジュたちの目から見てそう言われていたのに何故だろう?

 


 「…っと。見えてきた」


 森が開け、街道へ出た。

 街道の先にはそこそこな規模で、立派な外壁に囲われ、少し高くなっている丘の頂上に立つ街が見える。

 見た所敵兵の姿はなく、ただただ静かにそこに佇んでいるようだった。



 「予定通り街には安井と和也が行ってくれ。俺と渡部は本陣に向かう。終ったら合流頼むわ」

 「了解。じゃ、俺らは行ってくる」

 「また後でね」

 「気をつけろよ」


 街道を走り、街に向かった2人を見送る。

 新の指示は街の内部を見て敵の確認。強めなのがいれば撃退、住人が無事だったら被害を受けないような場所に退避させる。確かそんなんだったはず。だけど、新から2人が目的地を聞いてないってことは追いつくのが無理なくらいの強敵がいるってことのなのだろうか?

 …まぁ、とりあえず気をつけてくれ。着いていかない俺にはそれぐらいしか言えない。



 「神野。いいのか?着いていかなくても」

 「なんでだよ?」

 「何故って、自分の表情を見てみるといい。酷い顔だ」

 「え?マジ?」


 俺は自分の頬に手を当ててみた。

 筋肉がこわばっているのだろうか?引きつっているのだろうか?とにかく、酷い表情をしているっていうのは自分でもわかる。



 「あー…本当だな。わりぃ」


 緊張している…多分、前に戦ったのは魔物や魔人。あくまでも敵だって言い切れた。だけど、今回は人だ。俺たちは前の戦いでいろんな人にお世話になっている。だから虐げているのは許せないんだけど、それでも敵だって全員が全員戦いを望んでいないようにさっきの鞭を使っていた敵を見て思った。なのにそれと2人を戦わせている。主な理由としてはそんな感じだと思う。

 


 「…大丈夫か?」

 「あーーー…」


 バシンと自分の顔を叩いた。

 頬がじんじんと痛む。



 「大丈夫。これ以上考えたって何にもなんない。俺たちはとにかく前に行こう」

 「そうか」


 俺と渡部は街道を進む。

 みんなが頑張っているっていうのに俺がどうこう悩んで作戦をダメにしたくない。何よりここで負けるわけにはいかないのだから。街の人や街で戦っている仲間のためにも。

 それに、みんなの中で一番強いからって言って俺を推してくれた新の顔に泥を塗りたくもない。



 「…そういえば、なんで渡部は俺たちと一緒に来てるんだ?」

 「どうかしたか?」

 「いや、普通に気になった。俺とか安井とか和也は前に一度召喚されてて強いって新に推されたからだろ。で、団長とジントは敵討ちみたいなもんで新に行かされただろ。じゃあ、渡部はどうして俺たちと一緒に来てるんだろって思って。ああ、お前がいるのが嫌だとかそういうんじゃなくって純粋に」

 「なるほど…そう言われてみれば、何故松井は俺を推したのだろうか?」

 「いや、それは俺が聞いてるんじゃねぇの…」


 ああだこうだと考えるうちにふと気になった。

 新が何の理由もなく渡部を俺たちと一緒に行かせるとは思えない。敵の人数に合わせた?それとも単純な強さ?相性?あまり?見栄え?作戦への組み込みやすさとか?

 いまいちしっくりくる理由が思いつかない。



 「可能性が高いのは敵との相性だろうか?」

 「まぁ確かにそうだよな。お前は器用貧乏になってないで多才だし」

 「あまり褒められている気がしないな」

 「あはは。でも、きっとそんな理由じゃないと思うんだよなー」

 「どうしてだ?」

 「だってそれだったら結城とかでもいいだろ?」


 むしろ、単純に戦う経験だったら魔術師たちが圧倒的だと思うし。



 「確かに。ならなんだ?」

 「なんだろうな?」


 やっぱりさっぱりわからなかった。

 この戦いが終わったら新に直接聞いてみるもの悪くないだろう。どうせ適当に「なんとなくだよ〜」とか言って流されると思うけど。



 「やばい…すげぇリアルに想像できた」

 「どうかしたか?」

 「いや、なんでもない。でもなんか理由がわかったかもしんね」

 「なんだ?」

 「たぶん、適度な緊張感を保って俺の緊張を和らげるってのだと思う」


 こうやって少し話していただけで、頭の中がごちゃごちゃしていたのがましになった。

 たぶん、新が最近の俺の様子でも見て渡部が適任だと思って選んだんじゃないだろうか?

 


 「…そうかもしれないな」

 「いや、なんだよその顔は?」

 「またあいつに小馬鹿にされているというか、道具のように扱われているような気がした」

 「あ、うん。たぶんしてるな。というか、新にとって大抵はそうだろうな」


 むしろ、新がちゃんと人として扱うのってどのくらいいるんだろうか?

 …たぶん俺はおもちゃかなんかだと思われてる。マリーちゃんとかはお気に入りのぬいぐるみのような感じだろうな。



 「…っと、来客だ」

 「なら次は俺が相手をする。神野は先へ行け」


 少し先の方に気配を感じた。

 …まぁ、かっこよく言ってみてもせいぜいスキルの効果なんだけどな。この世界のスキルが元の世界でも使えればいいのにと本当に思うわ。



 「おう。死ぬなよ?」

 「お前に勝つまではまだ死ねないから安心しろ」

 「結局俺へのライバル意識は消えてねぇのかよ⁉︎」

 「当然だ」


 少し進んで左右にあった木々が消え、開けた場所に1人の男がいた。

 黒髮だからたぶん俺らと同じの向こうで召喚さてたやつだろう。やっぱり複雑だ。



 「葉山か…?」

 「って、知り合いか?」


 俺の横でボソッと渡部がつぶやいたのが聞こえた。

 というか結構遠くなのによくわかったな。渡部ってそういう遠視系のスキル持ってたんだったか?



 「いや、ただ近所なだけだ。さして仲がいいわけではない」

 「と言いつつも顔が暗いぞ?変わろうか?」

 「いい。行け」

 「了解だ。じゃ、とりあえず気をつけろよ」

 「わかっている」



 渡部の表情は暗かった。

 あまりいい感情を見受けられなかったので、仲がむしろ悪いのだろうか?俺はあまり渡部のことをよく知らないようだ。今度昔のことを聞いてみるのも悪くないかもしれない。



 「…急ごう。次は俺だ」


 大ぶりな斧を片手に竜から飛び降りた渡部を傍目に見つつ、俺は先を急いだ。


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