二人目の主人公:知略の時
彼は悪魔になった。
* * *
彼はベッドで目覚める。随分と久しぶりの感覚だ。なにせ2月以上も洞窟で暮らしていたのだから。洞窟でもベッドは作ってあったが布団は作れなかったし、あるものだけで作ったために固く気持ちよくなかったのだ。
「んっ…ぁあ。おはよう」
『おはようございます、マスター』
彼は軽く伸びをしてベッドから立ち上がった。
「『水よ。ウォーター』」
顔を洗い、寝間着代わりに使っている服を脱いで普段着に着替える。
魔物の皮をなめして作った丈夫なズボンに剣でも簡単には切れない蜘蛛の糸でできたシャツ。その上から赤銅色に金糸の飾りのついた余裕のある大きさのローブを纏う。壁に立てかけておいてあったバスタードソードを背負い、部屋を出る。
「おっ、お客さん。もう起きたのかい?早いねぇ。早起きはいいことだ。朝食食べるかい?」
「お願いします」
「あいよ、その辺に適当に座りな」
彼は近くのテーブルに座る。
そして今日これからすべきことを考え始めた。
「昨日のうちにギルドへの登録は済んだから、今日は買い物と情報収集。この街を出るのは明日か…」
そして、聞かれれば間違いなく危険と思われるために口には出さなかったが”洗脳”の実験もしなくてはと思い、彼はステータスを開いて彼のみの持つ画面を出す。
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取得可能スキル:【スキル譲渡】【貯蔵】
既強奪スキル :【龍鱗】【魔眼:千里眼】【槍術】【斧術】【衝撃】
【投擲】【剛石化】【料理】【識別】【毒生成】【一閃】【呼吸補佐】
【耐熱】【耐寒】【爆撃】【威嚇】【盾術】【重閃】【重撃】【負荷】
【強大化】【重力緩和】【斥力操作】【引力操作】【脚力強化】【透過】
【擬態】【水中呼吸】【超音波】【溶解液生成】【感覚共有】【魔共鳴】
【浮遊】【立体機動】【射撃】【爆破】【魔法剣】【剣戟】【多閃】
【学習強化】【再生強化】【自己修復】【眷属吸収】【魔眼:石化】
【神経毒生成】【魔眼:誘導】【魔眼:混乱】【催眠】【視界妨害】
【魅了】【意識混濁】【視野強化】【竜息吹】【竜角】【竜爪】
【火吸収】【火精使役】【嗅覚強化】【跳躍】【腕力強化】【槌術】
【鍛冶】【消化】【憑依】【魔法唄】【潜伏】【奇襲】【圧迫】
【舌覚強化】【咀嚼】【触覚強化】【変温】【呪怨】【闇精使役】
【気体化】【泥化】【精神操作】【魔眼:強制】【感情干渉】
【思考誘導】【治癒】【逃走】【魔道槍術】【魔道斧術】【魔道】
【分解】【蓄積】【魔法調和】【合成】【意識共有】【獣牙】
再取得可能スキル:【スキル整理】【思考補助】【鑑定】【最適化】
【統合】【スキル複製】【改良】【金属操作】【錬金術】【物質操作】
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迷宮で彼の奪ったスキルは必要最低限を除いて取得せずにポイントに変えている。緊急時に即必要となったものが取得できるようにというのも理由ではあるが、迷宮はゴーレムが基本だったおかげで効果のないスキルが多かったのが実際だ。
ともかく、そのために彼の現在所有しているポイントは1153600pと今この中にあるスキルをもう一度すべて取得することも可能なくらい過剰にたまっている。
「さて…まずは飯だな」
彼は【生物探知】に引っかかった宿の親父の気配に画面をしまって料理が来たのを見る。
「うし、今日の朝食だ。存分に食え」
「よっしゃ。いただきまーす」
彼は料理に手を伸ばす。
今日の朝食は小松菜のような青い野菜と鳥系の魔物の肉の炒め物、黄身が4つもある目玉焼き、フランスパン、緑色のコーンポタージュ。
「あーうまぃ…」
(やっぱこの兄ちゃんいいやつだわぁ。いやぁ、なんでか俺の料理って人気ないんよな。そんな俺の料理をうまいうまいって食ってくれるっていうのは嬉しいもんだ。まぁ、おかげで宿もそんな繁盛しないし、どんどん料金を下げるより他なくなっとるし…今度ちゃんと誰かから料理でも教わればいいのかもしれん)
「いや、まぁ今の俺だからうまいだけですから。親父さんの料理って味が薄いですし…」
「…は?」
「え?あ、いや、なんでもないです」
彼は自分の今聞いていた声が親父さんが直接口に出して喋った物じゃなかったことに気がついてごまかす。
今の彼の耳に聞こえてたのは親父さんの考えていたこと…ようするに心だ。悪魔というのは人の心の欲望に干渉しその欲望を糧に人を惑わす。ゆえに彼の耳は悪魔になったことにより時折人の心の声が聞こえる。今はただ単に制御できていないだけで、本来は自由自在に聞いたりできるのだが。
「いやそうじゃなくってもういっぺん言ってくれんか?」
「え?ああ、だから味が薄いって」
「そうなんか?」
「ええ、俺は最近味のほとんどない物しかたべれなかったせいで薄味でも美味しく感じますけど、普通の人はもっと味が濃い物のほうが好きなんじゃないですか?というかそれ以外はすごく美味しいと思いますし」
「そうか…そうだったんか!ありがとぉな兄ちゃん。短に味見してくれる人がおらんくてそうゆう意見ってあんまもらえんでな」
「そ、そうですか。まぁ頑張ってください」
「おうよっ。じゃ、ごゆっくりなぁ」
「は、はぁ…?」
彼は威勢良く厨房へ戻っていった親父さんを眺めつつ、食事と思考を再開する。
再び画面を出して取得するスキルを考えていく。
「効果はだいたい体験してるから把握してるが、使えそうとなるとなぁ…」
一度は迷宮で喰らっているものなので効果はだいたい理解しているのだが、いざそれを使おうとなると効果の続く時間や範囲なんかは全くわからず、すべて試すなんてことになる。
「こういう時は【天の知識人】、人を操るために使えるスキルってなんかあるか?というか合成するとかでいいから俺の手にできるものってあるか?あるんだったら説明頼む」
『了解しました。まず、質問についてですが、肯定します。【魔眼:誘導】【魔眼:混乱】【催眠】【魅了】【意識混濁】【精神操作】【魔眼:強制】【思考誘導】等の合成により製作可能な【傀儡化】もしくは【魔眼:傀儡化】というスキルです』
「ちょっと待った。なんで2つスキルがあるんだ?」
『このスキル製作には”対象を誘導するスキル” ”対象の意識を混濁させるスキル” ”対象を操作するスキル”が必要であり、マスターはそれらを魔眼と通常スキルの両方を所有するためです』
「なるほど。続けてくれ」
『了解しました。このスキルは一定時間触れる、もしくは眼を合わせることにより任意で発動することができます。対象人数はスキルレベル×2人。効果は対象を自らの傀儡のように操ることができるというものです』
「効果の強制力とかってどれぐらいなんだ?」
『マスターのわかりやすいように言うのであれば、”ロボット”のようにです。完全にその対象を操ることができます。感情なき人形のようにマスターの言うことをすべてこなす傀儡へと変化します』
「…へぇ。じゃあ作ってくれ」
『了解しました。通常スキル、魔眼どちらにいたしますか?』
「魔眼だな。王女とかと触れる機会なんて少なさそうだ」
『了解しました。【魔眼:誘導】【魔眼:混乱】【魔眼:強制】を再取得。【統合】…【魔眼:傀儡化】を取得。レベルは上げますか?maxまで上げれば対象人数に制限がなくなりますが』
「そうだな、上げよう」
『了解しました。15600p使用…Lv.maxまで上昇しました』
「ふぅ…美味かった。じゃ、行くか」
彼は立ち上がり、宿を出た。
道を歩きまずはギルドに向かう。
「眼を合わせる時間っていうのはどのくらいあればいいんだ?」
『およそ1分程度です』
「意外と長いな…いや、それもそうか。ちょっと眼を合わせた相手を傀儡にするスキルとかだったら凶悪すぎる」
誰にも聞こえないように気を使いながら彼は呟いて自分の考えを纏めつつ歩き、しばらくしてギルドに到着する。
カランカラン…と心地いい音とともに彼はギルドに入った。そして昨日カードを作ってもらった受付嬢のもとに向かった。
「おはようございます。冒険者ギルドへようこそ。ご用件はなんですか?」
「ああ、えっとだな…………」
「はい…?」
彼の瞳に一瞬赤い魔法陣が輝く。
受付嬢は無機質な表情を浮かべて固まった。その様子はまるで起動していないアンドロイドのようである。
「命令とかってどうやって出せばいいんだ?」
『対象を意識しつつ、行わせたいことを言葉にすれば大丈夫です』
「そうか。じゃ、いつも通り普通にしてくれ。ただし俺がすることをいたって普通であるように動け」
「畏まりました……………ええと、ご用件はなんでしょうか?」
「なるほど…要するに俺の言うことを絶対に聞く奴隷みたいなもんか。多分、下着を見せろとか言ってもそれは当たり前のことだと思ってやるんだろうな。ああ、やるなよ?」
受付嬢が彼の言葉通り行おうとしたので彼はそれをやめさせる。
実際彼の理解したことは正しいだろう。
【傀儡化】とは言葉通り対象を操り人形にするスキルであり、行ったことを忠実にこなす奴隷にするスキル。まさに彼の欲していた能力そのものである。今彼がいつも通りにしろと言わなければ受付嬢はその場から一切動かず、彼が命令しなければ食事もとらずに餓死していたことだろう。つまり実際は彼が望むことを勝手に行うのではなく彼に命令されたことのみの行う不便なものなのだ。
「おい【天の知識人】今命令したけど、それってどこまでできるんだ?今見たところだと自殺しろって言えば自殺するだろうし、誰かを殺せって言えば殺そうとするのは想像できる。けど、無理なことはどうだ?火魔法が使えない奴に火魔法を使えって言ったら出来るのか?」
『否定します。当人に可能なことしか行えません。翼のない者が飛べないように不可能を可能にするような効力はありません。このスキルはただ命令をこなさせるという効果のみが存在します』
「なるほど…じゃあ死ぬなって瀕死の奴に言っても生きのびたりはしないってことだな」
『肯定します』
「意外と命令ってのは難しいかもな。相手ができることを把握しつつ、死なないように気を使ってやらないといつの間にか死んでるなんてことも起こりそうだ」
彼が今想像していたのは過労だ。
傀儡にした人を限界まで動かせばおそらく死んでしまう。もし死ぬなという命令で死ななくなるならその心配もないと思ったが、そううまくいかないということを理解した。
「もし、俺がスラムとかの奴に食事を摂れって言ったらどうするんだ?買うのか?盗むのか?」
『当人に可能な方法を選択して実行します。また不可能な場合は一番可能性の高いものを強行します』
「なるほど…言ったことのみをこなすんだな。俺が盗んで食事しろと言えばそうしようとして、買って食事を摂れって言えばそうしようとするのか…じゃあその金がない場合は金をどうする?稼ぐのか、盗むのか。稼いで買って食事を摂れと言ったら、どうやって稼ぐんだ?…根本的なことまで考えると大変そうだな」
彼は自分の思っても見ないところでボロが出そうだと思った。
もし、彼が情報を手にしたいとした時、情報を取って来いとのみ命令したとする。その場合、無理やり強奪する間もしれないし、忍び込んで盗むかもしれないし、情報を持つ者を拷問するかもしれないし、情報屋を頼るかもしれない。そうやって得た情報を手にした時その過程を知らなければ、その情報を手に入れた後のすべき行動がわからない。それに次に同じ人が持つ情報が欲しい時にできる手段も変える必要だって出てくる。
やはり命令するのは難しいと思った。
「そういえば俺を殺せっていう命令とかって出来るのか?」
『肯定します。マスターの命令したことは全て行おうとはするはずです』
「だよな。じゃあ…いや、これ以上ここにいるのも不審がられそうだな。適当に奴隷でも買って試すか」
「では、またのご利用を待ちしています」
受付嬢は彼の行動は普通だと思わされているため、彼が何も自分に何も用件を言わなかったことに対してそれがおかしいことだとは思わない。
いや、思う心が残っていないと言ったほうが正しいだろう。傀儡化された時からそれはすでに人ではなく彼の操り人形。そこに意識は存在せず、ただ彼に命令されたことのみを感じ、考え、動くのみ。
「あ、奴隷商がある場所を聞けばよかったな」
『奴隷の購入でしたら少し皇都に近い都市が良いかと思われます。ありとあらゆる奴隷が揃っていますので』
「そうか。じゃあそうするか。じゃあまずは荷物を揃えておくか」
彼は商店街をぶらぶらと歩いて旅人ぽい装いを買い揃えていく。
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