二人目の主人公:構想の時
彼は学んだ。
* * *
洞窟生活およそ2ヶ月と少し。
晴れた火も曇った火も大雪の火も訓練を続けた彼の生活は実に充実したものへと変化していた。洞窟内には岩肌などどこにもなく、内部は木でできた壁が囲む少し特殊な部屋にような状態。机もベッドも椅子もクローゼットも何もかも彼が【天の知識人】と協力して作り上げたものだ。何度も力加減を間違えて壊した結果、【製作】などというスキルを手に入れそれそうをうに技術まで上がってしまったほど。
だがそんな生活とも今日でおさらばである。
「んじゃ、行くか」
彼は荷物を全て異空間倉庫に押し込んで立ち上がった。もちろん彼の作った家具などもである。
この2ヶ月間、彼のやったことは単なる体の調整だ。
動かす時の感覚すらも前とは大きく異なってしまっていたため、それ相応の時間を要した。だが、入念に時間をかけて自らの体を理解したおかげで彼は見違えるほどに強くなった。
人並み程度に身体能力を装うこともできる。化け物じみた能力を適切な範囲で動かすこともできる。
「やっぱどうにかしたいよな…」
彼は洞窟を出てぼそっとつぶやく。
ただ、そのおかげで周囲には大きな代償があった。
洞窟周辺の木々は枯れはて更地になり、地面の一部は過剰な加熱によりガラスのように固まり、また一部は拳の形に凹んでいたり、巨大なクレーターが出来上がっていたり、儀式魔法の痕跡によって魔物すらも近づくかなくなっていたりと見るも無残な光景が広がっている。
『木魔法を使用し森を戻すのはいかがでしょうか?次こそは成功するかもしれませんよ?』
「やらないからな。トレント大量発生とか二度とやらないからな」
変化していたのは体だけでなく、彼の魔法も一部変化していた。
火や雷のようにある程度時間が経てば勝手に消滅するものはいいが、土や水などの形の残るものは彼の魔力だけでなく外気を吸収して魔物へと変化することが多々あったのだ。本来は意識的に魔法から魔物を生み出すことがでるようになっているのだが、彼の技術の問題で自分の意思では今はできていない。悪魔からは「慣れればできる」などと適当なアドバイスをもらっており、彼も今はまだできないが訓練すればそのうちどうにかできるようになるだろうと楽観視している。
「で、どっちに行けば皇都に近づくんだ?」
『レイリド方面…現在の地点から見て右側です』
「了解。じゃ、行くか…!」
彼は翼を生やして空を飛ぶ。
人には到底見えないような速度で滑空し、言われた方向に見える街の方へと飛んで行く。
飛ぶ練習などもこの2ヶ月の間に行っていた。ただし、本来は可能ではない能力であるために【飛行】というスキルを持っている。どういうことかといえば、背中から生えたコウモリのような皮膜のついた羽で人が飛べるだろうか?無論不可能である。それを可能にするのがスキルだ。そのため彼は2ヶ月の間に【飛行】を持つ魔物を探しては【強奪】し、【強欲の咎】で喰らい、ひたすらLvを高めていた。
その甲斐あって今では強い風や視界の悪い中では未だに飛ぶのは難しいがほとんど自由自在に飛ぶことができる。
彼は街からは見えない程度の距離で地面に降りて翼をしまった。
なぜ皇都まで一気に飛ばないのかというと幾つかの街で情報収集をするためと何よりもまず食料などを早く手に入れたかったからだ。
彼の食生活については未だにほとんど解決していないのであった。
「…そういえば俺って今街に入れるのか?所持金は大量にあるけど身分証明とかって必要じゃなかった?」
『肯定します。が、料金と危険と判断されないような理由であれば問題なく入ることができます』
「なら大丈夫か。ま、食料を買うのとギルドへの登録っていえば大丈夫だよな?」
『肯定します』
「じゃあいいか」
彼はこう言っているが、実際のところ相当怪しいだろう。
彼の今の格好を考えると至極当然のことなのだが、鞄も持たずにそこそこ高級そうなローブと魔物の素材から作った服を着てバスタードソードを下げただけの青年だ。荷物も持たずにここまでどうやってきたのか?お付きがいないことから貴族ではないと思われるのに街に入るのには十分すぎる金を持っているのはなぜか?
彼の不審な点を挙げ始めるときりがない。だが残念なことに彼はそのことについて全く考えていなかったし、無論【天の知識人】にそのことについて尋ねようともしていなかった。
ラノベのように「山奥で修行していました」なんて嘘はこの世界では通じない。戦時中ならなおさらだ。
「これに並べばいいかな?」
彼は街に入るためと思われる列に並んだ。
前には数人程度しかおらず、順番はすぐに来た。
「身分を証明するものは?」
「わるい、今持っていないんだ。これからギルドに入るつもりでさ」
門番をする兵士はあからさまに怪訝な目線を彼に向け、別の兵士を次の者の街に入る審査をさせる。
「…この街に来た目的は?」
「食料を調達と身分証明できるものを作りに」
「どこから来た?」
「そこの山?みたいなところだ」
「…⁉︎なぜそんなところにいた?荷物は何も持っていないようだが」
兵士の顔が驚きに変わった。
ここで彼は初めて自分の格好がおかしいということに気がつく。言い訳を頭の中で考え、それらしいことを述べてごまかす。
「えっと…ああ、迷宮の罠?マッシュルームマジシャンってやつの罠のせいで気が付いたらあの山の中に。おかげで荷物は剣とこれと財布ぐらい」
「そうか…それは運が悪かったな。ところでどこの迷宮だ?」
「皇都の近くのやつ。10階層あたりでみんなと訓練中に」
「訓練中…だと?」
「ん?…あ。お、俺って兵士見習いみたいなやつなんだよ。きつくってもうやめようかって思ってたんだけどその矢先にこんな状態になっちゃって」
彼の言動が一瞬淀む。
それが兵士の疑心を強めた。
「どこの所属だ?名前は?」
「あ、ああ兵士見習いって言ってもちゃんとした募集じゃなくって…何て言えばいいんだ、その」
彼は勇者召還で呼ばれたということをできれば言いたくなかった。
自分がここでバレてしまえば情報収集しながら自分のペースで皇都まで向かえなくなってしまう。
「貴族の三男以降の子か?確かにそれならばその高そうなローブにも納得がいく」
「あ、ああそうそう。そんな感じ」
「誰の子息だ?貴族ならば家名があるだろう」
「えっとそれは…」
彼は自分がカマかけられていただけだったことに気がついた。ここで嘘だとバレれば彼は街に入れないどころか牢屋に送られる可能性だってある。
これ以上は自力で切り抜けられなさそうなことを察して【天の知識人】に助けを求めた。
(ちょっと助けてくれ。何て言えばいい?)
『了解しました。あまり表には出せないということをほのめかしつつ奴隷の子だと言うといいでしょう。また装備品などのことを言われたならば、隠し事を隠すことを条件にしてきたなどと言えば良いかと思われます』
(なるほど。助かる)
「…ちょっと言いづらいんだけど…その、奴隷のな?」
「そうか。それにしては随分とお前の父は気前がいいようだな?奴隷の子にそこまでするとは」
兵士は彼の服を見てそう言った。
彼は【天の知識人】の有能さに感謝しつつ、それらしい雰囲気を装いつつ言った。
「いや、まぁその辺は察してくれると助かる。それを条件にこうしていられるんだし」
「なるほど…では名前は?」
「俺の?」
「当然だろう」
彼はそれっぽい名前を考える。彼の名前は当然日本人の名前であり、この世界には微塵も馴染まないような名前だ。そんな名前をこの世界の人がつけるだろうか?もちろんつけない。
ふと彼はゲームに使っていたキャラクターネームを思い出し言った。天才を意味する”genius”をそのままローマ字読みしただけのもの。
「…ゲニウスだ」
「そうか。再度聞くがこの街に来た目的は?」
「食料の調達とギルドへの加入」
「…はぁ。いいだろう。銀貨1枚だ」
「へ?」
「街に入るのだろう?」
「あ、ああ。もう終わったのか。入れなかったらどうしようかって思ったよ。もううまくない魔物の肉はごめんだ」
彼はホッと息を吐き、銀貨1枚を支払った。
本来ならばもっと尋問のように聞かれるのだが、兵士が彼の目的を言う表情に一切嘘がなさそうであることと見た目が弱そうで彼自身も訓練を逃げ出したいと言っていたことから街に被害も出せなさそうであると判断していたために早く済んだのであった。
「ようこそ、レイリドの街へ。変なことはしてくれるなよ。まぁ強そうにも見えないから大丈夫だとは思うがな」
「あ、ああ。ありがとう」
彼は遠回しに弱そうと言われたことを苦々しく思いながらも外壁を通って街に入った。
「へぇ…やっぱりこうやってみると皇都って広かったんだな」
彼は町並みを見てそんなことをつぶやいた。
「っと、まずはギルドに行こう。また今みたいに…あ、その前に格好か。バッグとか持ってる方が不自然じゃないよな。どういうのを持ってればいいんだ?長距離の移動なわけだし大きめのがいいのか?あーもうわからん。【天の知識人】何を買えばいい?」
『否定します。ギルドへ先に行くべきでしょう。冒険者には割引を行っている店も幾つか存在しています。また実際の冒険者を見ることでマスター自身も納得のいくものが買えるでしょう。百聞は一見に如かずとも言いますので』
「まぁ…そうか。で、ギルドってどっちだ?」
『多くのギルドは街の中心部に存在します。まずは中心を目指すのがいいでしょう』
「なるほど。じゃあそうしよう」
彼は大通りをまっすぐ突き進む。
そして、人間種の多さに驚いた。通りですれ違う人全てが人間種だ。商人も旅人も住人も冒険者も労働者も子供も親も誰も彼も。ごく稀に見かけても奴隷かサンドバックのように扱われているのみだ。
初めて彼は異常さを理解した。
「聞いてはいたけど実際意識し始めるとやばいな…」
彼は現状を【天の知識人】によってある程度は知っていたが、実際に見るまではここまでだとは思っていなかった。
「昔の人は平氏でなければ人であらずなんて良く言ったけど、まるでそれを見てるみたいな気分だ」
彼はなんとも言えない気分を味わいながら道を歩く。
これは間違いなく将来滅ぶだろうと予想し、他国に攻め滅ぼされていく様子がありありと想像できる。
そして、彼はそれと同時にこのまま勇者と戻った時のことを考えた。
「【天の知識人】の持ってた情報はあくまで客観的なもの。実際に見て考えればもうちょっと変わるかとも思ったけどどうやらもっとひどいみたいだな。このまま戻ったとすると戦争がどうなっているのとかがわからないけど間違いなく駒として使われる。この国は既に他の国との関係は最悪だって言ってたけどこれは想像以上にひどそうだし、戦力差もそれに比例してひどいんだろうな。兵なんて1人でもいいから欲しいはず」
ボソボソとつぶやきながら彼は歩き、いつの間にかギルドに到着していた。
一度考えることをやめて彼はギルドに入った。カランカランと心地良い音を鳴らして中に入るとカウンターの向こうに受付嬢がいるのみでギルドに他の人はいないようだ。
彼は目に付いた受付に向かった。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件はなんでしょうか?」
「登録がしたいんだけど」
「わかりました。ではこちらの必要項目を埋めてお持ちください。また、登録料として20Bがかかりますが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。ところでこれって全部本当のことを書かないといけない?」
「いえ、一応問題はありませんがステータスと名前が一致しないと身分証明として使えなくなります」
「なるほど。ありがとう」
「いえ」
彼は紙を受け取って近くのテーブルに腰掛けた。
そして紙に必要項目を書きながら考えを再開する。
「…ならある程度の強さを見せれば大手を振って歓迎するだろう。切り札的強さを見せれば…いや、そこまでやると動きづらくなっていざとなった時に国から抜け出せなくなるな。俺は図書館とその奥とかが使いたいわけだし、あまり見張りとかつけられるのも困る。俺の邪魔しないで都合のいいように動いてくれればいいんだけどそんなに……いや、ならいっそ」
彼の脳内に浮かんだのは洗脳系統のスキル。幻覚を見せたり、思考を誘導したり、感情を操作したり、その他にもいろいろなスキルが彼の強奪したスキルの中に入っている。
そう、いっそのことこの国の王などを洗脳して自分に都合よく動かせばいいと考えたのであった。
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