二人目の主人公:驚愕の時
彼は運が良かった。
* * *
「なぁ。そういえばなんだけど…ここってどこ?今何時?」
軽く自分の体の調子を確かめ、自分の能力の状態をある程度把握し終えたところで彼は思い出したかのように言った。
『現在時刻は午後10時。皇国領内、レイリドとリパーノの中間に位置する森林内の洞窟内です。この洞窟には現在何も住んではいませんが過去に小規模の盗賊が住んでいたようです』
「へぇ…じゃあ食料とかってあるかな?」
『肯定します。が、残念ながらそういったものはすでに腐って食べられないかと思われます。しかし、松明などが壁にあるので光源を確保することは可能かと』
「そんなものあったのか。まぁ今の俺の目は暗いとこも普通に見えるからあんまり必要ないんだけど、まぁ魔物を寄せ付けないために火は必要かな」
そんなことを言いつつ、彼は周囲を見渡す。
地面に散乱している木片などがもとは盗賊の住処の備品だったんだろうななどと思いながら壁にあった松明に向けて火を放つ。
「『火よ、灯れ。ファイア』」
小さい火が彼の指先から飛び出し、松明に当たるが火はつかない。
彼は首をかしげたが、それもそのはず。何年も使用されていない松明に油の染み込んでるわけがない。
「つかないな?」
『使用されていない期間が長かったため巻かれている布に染み込まされていた油が切れてしまったのでしょう』
「なるほど、それもそうか。じゃあどうすればいい?油なんて俺は…いや、持ってたな。確か【異空間倉庫】…あった。何に使うのかと思ってたけど、こんなところで役にたつとは。なんでも持っとくべきだな」
彼は【異空間倉庫】から1つの瓶を取り出す。それには赤茶色をした液体が入っていた。
これは彼が迷宮内で見つけた宝箱の中に入っていたもの。可燃性の油がひたすら出続けるだけの使用目的が全くわからないものだったが、意外なところで役に立ったと彼は喜んだ。
「よし、『火よ、灯れ。ファイア』」
彼の指から飛び出した炎は今度はしっかりと松明に火を灯した。
そして、彼はあたりが明るくなったことで周囲がよく見えるようになりそのひどい有様に苦笑いを浮かべる。
「汚い汚いとは思ってたけど、明るくなると余計に汚く見えるな…」
黒ずんだ血の跡、家具だったと思われる木片、折れた武器、焼け焦げた魔法の跡、くだけた地面…とにかくひどい状況が光にさらされたことで余計にひどく見える。もはやお化け屋敷の一室のようだった。
「なぁ、さっき言ってた街はここから近い?どのくらい?」
『しばらく歩いた先にあります。およそ1日程度の距離でしょう』
「なるほど。じゃあここで色々と魔法ぶっぱなしても文句はこないよな…」
『肯定します。この森林は比較的脅威となりうる魔物が多く生息し、近寄る人はほぼいないと言っても良いでしょう』
「よし。ここをしばらく俺の拠点にしよう。体に慣れないうちに人前に出てマズったら困るし…まぁ食事はもう少しの間我慢かな」
彼は悪魔になって体の調子がいいことはよくわかった。
走れば今までより俄然早く走れるし、動体視力だってそれに普通に追いつける。この狭い洞窟内で試せたのはそれぐらいだが、全部一度試す必要があることは確かだと思っていた。
そのためにはとにかく人目につかない広い場所が必要だ。そのためにはここが好都合だと思ったのだった。
「とりあえずは…掃除だな。さすがにここを拠点にするには汚すぎる。1回この洞窟内を見て回って把握してから掃除を始めよう」
彼は立ち上がって歩き出した。【天の知識人】は今は魔物はいないと言っていたがもしもの場合に備えてバスタードソードを軽く構えつつ、洞窟内を歩き回る。
そして結論に達した。
「どこもかしこも汚い…これは掃除しがいがありそうだな」
彼はそんなことをつぶやいて元いた部屋に向かって歩き出す。
「…!なんだあいつ。俺の【生物探知】に引っ掛からなかったぞ」
『魔物として登録されている生物にあのようなものは存在しません』
彼の眼の前には大量の銀色に輝く短剣を纏った眼球が浮いていた。
バスタードソードを構え、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「なら…今までにないようなスキル持ってるかもしれないよな?」
眼球がこちらを向いた。
彼はそいつに向けてバスタードソードを構え、斬りかかろうとした瞬間…纏っていた短剣全てが消えた。
「…っ!消えた⁉︎透明になったのか?」
どこから攻撃が来るのかと思い身構えると、眼球か彼の横をものすごいスピードで走り抜けていった。
…………そして何も起こらない。
「…なんだよあれ?」
『申し訳ございません。私のデータベースにあのようなものの知識が存在しませんでした』
「なんか損したような気分だな。とりあえずさっさとここを掃除して今日は寝よう…」
彼は肩を落として元の場所に戻った。
部屋の隅の方まで歩いて行き、端の方にあるゴミなどを軽くどけてそこを向いて立つ。
「さて、【天の知識人】。水を高圧で壁を壊さない程度に当てるのってできるか?」
『肯定します。どのようにすればいいですか?』
「ちょっとやってみるけど『水よ、収束し放て。ジェット』」
適当なイメージとともに彼は魔法を放つ。
彼の前に突き出した右手から少し強い勢いの水が壁に向けて打ち出された。
「俺だとこうなっちゃうんだけど、細かく制御して強く当てれば壁の汚れとかが取れると思うんだよ」
『かしこまりました。では、魔力の使用許可を』
「いいよ。俺が気絶しない程度にいくらでも使ってこの洞窟内をきれいにして」
彼が許可を出すと、彼の足元に巨大な魔法陣が発生した。
そして一気に魔力を持っていかれ魔法陣が作動する。足元から水がものすごい勢いで放たれ、ガリガリと音を立てながら入り口に向けて水が走り抜けていく。
「…うわぁ。マジか」
魔法陣が消えた後には水浸しの洞窟とぐっしょりと濡れた彼が立っていた。
ただ、壁にあったシミはきれいに消え去り灰色の岩壁が顔を出しており、床も凸凹としていたのがきれいになくなって平らにならされている。見違えるようにきれいになっていた。
「で、これって乾かしたり埃とか外に吐き出せる?」
『肯定します。ですが、そのためには一度マスターには外へ出ることを願います』
「なんで?」
『乾かすには火魔法を使用するためやけど、および服が焼失いたしますので』
「なるほどな。了解」
彼はびしょびしょに濡れた格好のまま外へ出る。
外には今排出されたであろう水で小さい湖が構成されていた。
「ははは…じゃ、頼む」
『かしこまりました。ですが、その前に少し出口から離れてください』
「はいよ」
彼は洞窟の入り口から少し横に避けた。すると再び彼の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、魔力がごっそりと持っていかれたのちに入り口から強烈な熱さの突風が噴き出す。その突風は入り口付近にあった木々をなぎ倒し、枯らして薪のようにカラカラに乾燥させてしまった。
「自然破壊もいいとこだな。もう入っても大丈夫か?」
『否定します。火魔法を使ってすぐのため、内部に熱がこもっているのでもうしばらくお待ちください』
「はいよ。じゃあ俺はこの服をどうにかするか…にしても随分とボロがきてるよな。ローブももう使い物にならなそうだし、服なんかもはや布切れみたいになってるし。これ見た目からすると浮浪者だな」
彼は自分の着ている服脱いで近くにあった木にかけて乾かしつつ、それを眺めて思う。
「さてと。まずは着るものをどうするかだよな。これをそのまま着るわけにはいかないし。てかまずこんなもの着て街に入ろうとしたら止められそうだし。異空間倉庫内になんかなかったっけな?【異空間倉庫】」
異空間倉庫を開いてそこに何か使えそうなものがないか探してみる。
服の代わりになりそうなものといえば、これまた宝箱の中にあったローブ以外全く見当たらない。とりあえずそれを取り出して羽織る。
「これだけを着て街に入ろうとしたら間違いなく変質者になるな…俺も露出狂の仲間入りってか?お断りだっての。どうしようか?布と革と針と糸もあるけど、作るなんて技能は俺にないし」
『私が作りましょうか?』
「え?できるの?」
『肯定します。マスターのスキル【怠慢の義腕】の操作権を私に貸していただければ、私が物理的な干渉が可能と思われます』
「…ああ、あれか。これってどうやって使うんだ?【怠慢の義腕】!これで…あ、これか」
彼はとりあえずスキルを使ってみると、自分に今までなかった感覚が増えていることに気がついた。
それを探してみると自分の横に灰色の影の塊みたいなものが腕の形をなしているのが見える。動かそうとすれば自分の腕と同じように自由に動かせる。
「で、操作権ってどうやって渡せばいい?」
『魔力と同じように許可をいただければ大丈夫です』
「なるほど。許可する」
『では、道具と材料をいただきます』
「ああ、自由に使っていいぞ。というか結構便利そう…だな?なんか増えてね?」
彼の眼の前で飛び回る腕の本数がいつの間にか数十本に増えていた。
『一度に多く出せるようでしたので増やさせていただきました』
「へぇ。1本俺に操作権返してくれね?ちょっと何ができるか試してみるわ」
『かしこまりました。今マスターの眼の前に存在するのもをお使いください』
「はいよ」
彼はその腕を見つけると、他の腕から少し離れた場所に移動する。
「じゃ、試すか。あいつは結構色々できるって言ってたし。まずは能力値だな…」
彼はその腕で握りこぶしを作り近くにあった木に殴りかかる。
その腕は木にあたるときれいに腕の形を残して貫通した。
「…俺今かなり軽めに殴ったつもりだったんだけどな?てかもしかして俺のステータスでもこれできるのか?さっき洞窟内だと壊れて生き埋めになると困るからやらなかったけど」
彼は自分の腕で握りこぶしを作って今と同じような力で木に殴りかかる。
案の定、腕は木に突き刺さることとなった。ただ、さっきと違うのは腕が体とつながっているために貫通はしなかったことだ。
彼はその腕を引き抜こうとしてそのまま木をひっこ抜く。
「…感覚おかしいよな?絶対おかしいよな⁉︎」
腕が突き刺さった木を振り回して遠くまで飛んで行ったのをも届けた後、自分の体を触りなんてこったと彼は困り果てる。
説明しておくが、今までの彼のステータスでも同じようなことは可能だが、今までの彼はできなかった。それは肉体が人間でありそのための限界値が存在していたことと、それによって彼自身が怪我をしないよう無意識に脳がセーブしていたためだ。
だが、彼の体が悪魔になったことで限界値が大幅に増え、脳がセーブする必要がなくなったためにこのようなことが発生しているのである。
「…よし。まずこの腕の前に俺の能力値をどう生かしないといけないってことがよくわかった。でもこんな格好で走り回ったりはしたくないからこの腕の別のできることを探す!」
さすがに素っ裸にローブなんて格好で走り回ったりする気にはならなかったので彼の能力値を確かめるのは【天の知識人】が服を作ってくれてからにすることにし、彼は引き続き腕の調査をする。
「力とか早さとかの関係は今無理なことがわかったから…そういえばあいつが持ってた他のスキルに【帯電】があったよな?それってこれに使って攻撃とかするためじゃね?【帯電】!」
彼は自分の体が雷を帯びていることを確認し、腕には全く何も起きていないのを見た。
「違うのか?意識の問題?腕が帯電してるのをイメージしながらならできるとか?」
そう思った瞬間、目の前の腕が雷を帯び始めた。
灰色の腕が白い雷を帯びてバチバチと音を立てている。
「なんかカッコイイな。とりあえず、これにもスキルが使えるのか…他のはどうだ?腕でできるものって他に……あ、【魔法罠設置】!」
彼はその腕に地面に触れさせてスキルを発動する。
本来は自分の手で触れていないと発動できないスキルがキチンと作動したのを確認できた。
「成功っ。次は【大地支配】!」
触れた地面が彼の思った通りに変動する。
「あと…肉体硬化は俺の体とかもわからないから変わってるかわからないしな。もうないか。でもこれでスキルが使えるってことはこの腕は俺の腕と同じ扱いになってるってこと?それなら【強奪】【強欲の咎】も使えるかもしれないってことだな。これは明日試してみよう」
彼は腕を近くまで戻す。
「他に何かできそうなことってあるか?」
彼は腕に触って自分の腕を触っているような感覚がきてちょっとびっくりし、感覚が共有…と言うより新しく腕が増えた感じだということを発見してから他にできそうなことを探し始めた。
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