二人目の主人公:怠惰の時
彼は理解した。
* * *
彼が迷宮に落ちてから数日が経過した。
迷宮攻略は着々と進み、到達したのは100階層…つまり最終階層、ラスボス部屋である。
「な、なんだこれ…」
彼の眼の前にそびえ立つのは最後を締めるに相応しい禍々しい黒い靄を放つ異様な扉だった。また、扉にはよく見れば悪魔のような外見の魔物が埋め込まれており、ギチギチと嫌な音を立てながらうごめいているのがわかる。
「やっぱ開けるには触れないといけないんだよな?」
『肯定します』
「だよな…しゃーない。さっさと終わらせて外に出るぞ!」
彼は扉に手を当て、そしてその場から消え去る。
そして彼が次の瞬間眼にしたものは言葉通り『悪魔』だった。
コウモリのような飛膜のついたおぞましい翼を背中から生やし、頭部を侵食しているかのように捻れた角が長い髪から突き出している。肌は赤黒く、黒魔道士のような怪しげなローブの隙間からは引き締まった肉体が見え隠れし、尻部からは矢じりのように尖ったヌラリと光る尾が生えていた。
そいつは威厳のかけらもないような気だるげに寝転がっていた体制から立ち上がり、両手を広げて彼を歓迎する。
彼は身構えバスタードソードを構えた。
「よぉ〜!やっときたか侵略者ァ!」
「侵略者…?」
『おそらく、迷宮を侵略す勇気ある者という意と思われます』
「なるほど」
彼が脳内に響く声に納得していると、そいつは奇妙なポースとともに彼に向かって指を突き出した。
そして言い放つ。
「さぁ!望みを言え!願望を言葉にしろ!欲望をあらわに!」
彼は困惑していた。
戦闘を開始するのかと思いきやそうではなく、そいつは彼に望みを言えと言っている。この言葉の真意を考え、彼は頭を悩ませる。
それに加えて彼にはそいつが何者なのかもわからなかった。今までのボスに”意識”と呼べる者は存在しなかったが、そいつには確かにそれがある。【天の知識人】に尋ねてもただ『私のデーターベースに存在しない存在、または私の権限で閲覧不可能である対象と思われます』と返答があるのみ。それが余計に彼の不安を強める。
「…んだ?お前には欲望はないのか?心震わし、肉沸かすような欲はよぉ〜?」
「お前…一体なんなんだよ?いきなりそんなこと言われて答えられる奴がいるかよ」
「あぁ?俺か?この迷宮のラスボスだ。見りゃわかんだろ」
「そんなことはわかってる。今までのボスは喋りもこっちに干渉もしなかった。けどお前は違う。お前何者なんだよ?」
「ほぉ〜?男のくせにこまけぇな。まぁいいけどよぉ。俺は…#%$&’*…だ。あ゛?規制が入ったな。とりあえずこの迷宮の管理者みてぇなもんだ。わかったらさっさと質問に答えろや。何百年俺がここで暇してたと思ってやがる」
「わけわかんね…」
彼の困惑は深まっただけ。
だが、彼は一応自らの欲望を考えてみた。
力?…足りない。富?…足りない。名誉?…足りない。
俺が欲しいのはそんなものじゃない。もっと違う…何ヲ?俺ガ望ムノハ?
彼の瞳が狂気に染まる。
「さっさと答えろ。いい加減疲れてよぉ」
「俺ノ欲望……」
彼はゆらりと歩み出し、そいつに近寄った。
そいつは何かを期待したような目を向けその様子を眺める。
彼はそいつに手を伸ばす。
そいつはその手を見つめる。
「…全テダ。ナゼ俺ノモノニナラナイ?俺ガ上ダ。ナノニアイツハナゼ俺ノ上ニイル?フザケルナ!全テハ俺ノモノダ!ダカラ、オ前モ俺ノモノニナレ!【強欲の咎】!」
彼の手はそいつの首を掴む。そいつはニヤリと笑った。
「ガハッハッハ!こいつは愉快だなぁ。強欲だけじゃねぇ、傲慢と憤怒も混じってやがる。これから楽しみだ…』
そして、彼の手にそいつはズルズルと飲み込まれていく。首から消え、体が吸われ、四肢が取り込まれ、頭が取り込まれた。
彼の手が力無くだらりと垂れ下がる。彼の表情は今の現状を何ひとつ理解できないようであった。
「はっ…!今、なんだ…?」
『ガッハッハッハ!お前よくやってくれたじゃねぇの!』
彼の脳内に声が鳴り響く。
それは【天の知識人】のものではない。今さっきまで目の前に鎮座していた悪魔のものだ。
彼は【天の知識人】が消されて別のものになったのではないかと思い急いでステータスを開く。
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名前:本居 司
種族:人間種/怠惰の悪魔
性別:男
年齢:17
称号:異界人 勇者の可能性 天使の加護
強欲の者 迷宮攻略者 悪魔の咎
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職業:強欲の王 レベル:79
状態:半狂/憑依
筋力:751450(+7800)
体力:15001590+12300)
耐性:1126520(+4500)
敏捷:15000280(+21)
魔力:15001620(+7800)
知力:600090(+5670)
属性:闇 治癒 火 水 風 地 木 空間
種族スキル:【半不老不死】【怠慢の義腕Lv.max】
【悪魔化】【幻夢】
スキル:【強奪Lv.max】【天の知識人Lv.max】
【強欲の咎Lv.12】【偽装Lv.4】【体術Lv.5】
【剣術Lv.7】【並列思考Lv.5】【魔力操作Lv.7】
【聴力強化Lv.3】【鞭術Lv.7】【暗視Lv.9】
【気配探知Lv.5】【異空間倉庫Lv.max】【隠密行動Lv.5】
【肉体硬化Lv.3】【治癒力強化Lv.5】【魔法罠設置Lv.5】
【危険察知Lv.4】【魔眼:透視Lv.3】【生物探知Lv.4】
【空歩Lv.4】【魔力耐性Lv.7】【魔法攻撃耐性Lv.8】
【攻撃耐性Lv.8】【大地支配Lv.3】【毒耐性Lv.2】
【魔力探知Lv.3】【超過成長Lv.3】【魔力吸収Lv.17】
強奪スキル:【殴打Lv.8】【過眠Lv.17】【魔力回収Lv.8】
【自動反撃Lv.12】【帯電Lv.5】【空間把握Lv.15】
【腕力強化Lv.5】【鋭爪Lv.4】
振り分け可能値:1152000p
憑依:【怠惰の悪魔】
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「…は?」
『お前なかなか使えるなぁ〜』
「ちょっとまて、これ一体どういうことだ⁉︎」
『見ての通りだろ。俺がお前のスキル利用して憑依してんだ。…ん?ああ、わりぃな【天の知識人】さんや。しばらく待ってくれねぇか?今の俺にそこまでできる自由がねぇ。…おう。まぁそれくれぇならできるな。…どうだ?…ああ、じゃあ後の説明は頼む。ふぁ〜あ。俺ァもう眠くってよぉ〜』
そこまで言うと彼の脳内からそいつの声が消えた。
彼が困惑を続けるうちに今度は聞き覚えのある声が脳内に聞こえてくる。
『おはようございます。マスター』
「マスター?てか話し方がちょっと流暢になった気がするんだが気のせいか?…って今はそうじゃなくて、一体何があったんだ?」
心なしか今までよりも機械じみた発音ではなく人と同じような調子の声が聞こえてくる。
『ご説明いたしますね。まず、マスターの今さっきまでの行動についてです。マスターが彼の願い…即ち”欲望”について答案したことにより異常状態”精神汚染”が発生。それにより一時的に彼に意識を誘導され、【強欲の咎】を使用し彼を吸収しました。続いてそれによる結果です。それにより通常と同じようにスキルを強奪、うち重複した【魔力吸収】についてはLvに振り分けられ、さらに経験値を獲得しました。ただし、能力値については彼を完全に取り込んだのではなく、憑依という形になったために種族スキル【悪魔化】使用時のみ適応される形になっています。また、憑依という形になったため種族が半分ほど変質し”人間種/怠惰の悪魔”という状態になり、身体感覚の一部に変化が現れていると思われます。最後になりますが、これによるマスターへの被害はありません』
「…ああ」
彼の思考はいたって冷静だった。ここにたどり着くまでの経験によるものか、はたまた異常な状況下でかえって冷静になれてしまっただけなのか。どちらにせよ、彼の思考はいつも通り…いや、いつも以上に冷静かつ聡明になっていた。
彼は脳内で情報を整理する。自分に対しての利益、不利益、これから…
「つまり…俺が力を手に入れた。それでいいんだよな?」
彼の思考はいたって通常に戻っていた。
憑依されたことへの恐怖、悪魔への恐怖、自らの身に起こったことへの不安…全てを理解し、彼は納得した上でそういった。
『肯定します』
「で、なんでそいつはそうまでして俺に憑依なんかしたんだ?聞いたところだと俺が力を手にしただけなんだよな?」
『彼は制約により迷宮に縛られていました。ゆえに迷宮から出るためには死亡、または憑依するという方法以外がなかったためであるそうです。憑依とは言っても体を乗っ取るわけではなく、守護霊や怨霊のようにとり憑くだけであるのでご安心を』
「じゃあ別に問題はないか。で、どうすればいい?迷宮からは出られるんだよな?さすがにもう不味い飯は勘弁…」
彼に料理の才能がないわけでも【天の知識人】が料理に詳しくないわけでもない。ただただ調味料がないのだ。いくら知識を持とうが技術を持とうが材料がなくてはどうにもできなかったのである。
『肯定します。その玉座の裏の部屋が出口につながるそうです』
「どこだ?…あ、これか」
彼は玉座…もはや放置され続けたために雑草が絡みつき早速椅子とは呼べない代物と化しているそれの後ろにうっすらと線が入っているのを発見する。
そこに手を当てると、ゴゴゴゴ…といかにもといった感じに石造りの壁が2つに割れ、幅2m弱の細い道ができた。その道はかなり先まで続いているように見えるが、先は迷宮内と同じように薄暗くなっていてよく見えない。
「【暗視】…これでも見えないってどんんだけ長いんだよ」
彼の視界がすっきりと晴れて暗闇の中を見通したが、それでも道の先は全く見えてこない。
仕方がないといった風に彼は肩をすくめた後その道を歩き始める。カツーン…カツーン…と彼の足音がよく響く。
「ところでこの道の突き当たり?っていうのはどうなってるんだ?出口なんだよな?」
『肯定します。この先には転移陣と呼ばれるマスターの知識で言えば”ワープゾーン”のようなものが設置されており、それを利用することで外への脱出が可能です』
「なるほど……そういえば俺の格好も相当ひどいことになってるな。このまま出ても問題なさそうか?」
『肯定します。転移陣の転移先は迷宮入り口であり、そのような格好であればマスターの要望通り”命かながら生き延びた”といった状態を演出できるでしょう』
「ならいい」
彼はこの迷宮から生き延びた場合、どうにか助かったといった状態で皇国に保護されるつもりだった。今の彼にはまだ知識面などで足りないものがあり、それを補うためには皇国に”勇者”という待遇で匿われるのは必須。だが、有能であると知られれば行動に制限がつくことはまちがいなく、いざという時に皇国から抜け出すことが難しくなると考えていた。
「…ん?あれはなんだ?」
彼の目の前にあったのは転移陣とは到底思えない別のもの。それは人が1人分の大きさの卵型の物体。表面はつや消しの銀で、なぜか淡い光を放っている。
彼の脳内に再びそいつの声が聞こえた。
『んぁ〜…そいつについては俺が説明してやんよ。それは”武器の種”最初に触れたやつの理想の武器を勝手に作り上げるっつう優れもんだ』
「使うと何が起きる?」
『そいつがお前の武器になる。それ以上でも以下でもねぇよ』
「迷宮が崩壊したりは?」
『しねぇだろ。多分。第一に俺が迷宮から消えてんのに壊れてねんだから大丈夫のはずだ』
「はぁ…まぁいいか。どちらにせよ俺に利益はありそうだ」
彼はその卵型の物体に手を伸ばす。
それに彼の手が触れた瞬間、一瞬強い光を放った。そしてその卵型の物体が崩れ落ち、彼の手には1本の鞭。彼の現在使っていたものより少し短く、先端には緋く光るひし形の刃が取り付けられ、鞭全体は光を吸い込むほどに黒い。
「やっぱこっちか」
彼は迷宮内での戦闘で自分に向いているのは剣ではなく鞭であると確信していた。初めはサブウエポンとして考えていた鞭だが、戦闘を繰り返すうちに明らかにその技能に差が出ていたのだ。今の彼は狙った場所に当てるのは朝飯前、それどころか目をつぶってもほぼ正確に当てることすらも可能。それほどに彼の才能は卓越していた。
「【天の知識人】鑑定してくれ」
『わりぃが今は俺だ。自分でやれ。スキルの使用はお前でもできるだろ?』
「それより詳しい情報がもらえるんだよ。…まぁ後で確かめるからいいけどな【鑑定】」
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名前:緋星の魔導鞭
種類:鞭
説明:鞭としても魔法媒体としても使用可能、かつ魔法を宿すこと
もできる。さらに_#%$s&*5?#gl!%p&’ww$#”sh#t8e
4#kr h”s#…
追記:【自動修復】【魔法補助】【魔力操縦】【伸縮】【攻撃回復】
【防具透過】【形状変化】【召喚】【保持者固定】が付与されている。
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「よ、読めない…」
『文字化けか。お前のスキルLvが低かったんだな』
「だから【天の知識人】に視てもらおうと思ったんだよ。少なくともこの付与されてるスキルの説明ぐらいはしてくれただろうしな」
『説明か?俺でもできるぞ……………寝みぃ。じゃあな』
「は?ちょっ勝手に…まぁ【天の知識人】に変わるんだから問題はないか。スキルの説明できるか?」
彼は感覚的にそいつが消えて【天の知識人】が戻ったことを感じ、呼びかける。
『肯定します。【自動修復】は名の通り、常に武器自体の修復を行います。【魔法補助】はこの鞭を伝っての魔法の行使に補正がかかります。【魔力操縦】は魔力を流すことによって鞭の動きを操作することができます。【伸縮】は魔力を流した状態下で鞭の長さを自由に変動できます。【攻撃回復】はこの鞭によって与えた攻撃に治癒効果を付与できます。【防具透過】は一定条件下で防具をすり抜けて攻撃ができます。【形状変化】は魔力を流すことによって鞭の形状を変化させることができます。【召喚】は鞭を”【異空間倉庫】”等に入れた状態でも呼び出すことができます。【保持者固定】は使用者を”マスター”として登録しそれ以外の生物の使用を不可能にしています』
「チートだな。まぁ好都合だ」
彼はヒュンと鞭を軽く振って使い心地を確かめた後、【異空間倉庫】へしまい【召喚】で呼び出してみたり魔力を流して動かしたり伸ばしたり形を変えたりして鞭の特性を理解する。
一通り振り回した後【異空間倉庫】にしまい、彼は再び道を進む。
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