72.真面目に考えてみましょう
「デメリットは?」
「まぁ普通は聞くよね〜」
僕はシャンパンからアルコールを抜いたものを飲み干してグラスをテーブルに置く。まったくさ、てっきり普通のジュースかと思って受け取ったらアルコールが入っててびっくりだよ。なに高校生に酒飲まそうとしてるのさ。一応この世界じゃ14で成人だけど、向こうの世界は”お酒は二十歳から”なんだよ?
「やっぱりある…?」
「まぁね。君らの職業の条件は簡潔に言えば呪いを受けること。それは精神的苦痛を共にする。当然ちょっと辛い目にはあうことになるよ」
「…その話受ける」
「おお〜、受けてくれるんだ。富増さんは?」
「…ねぇ、それをあたしが受けることのあんたのメリットは何なの?なんであたし達にそんなことを教えるの?」
「それはもちろん戦争に勝つためだよ〜。向こうにも1人いることがわかってるからね。咎の王族シリーズの職業持ちは強い。だからこっちも戦力増強ってね」
まぁ半分の理由はそんなところ。もう半分は僕のゲームだ。
「わかった」
「そか。じゃあどうする?」
「どうする…何を?」
「進化の方法。君らに足りないのは呪い。何がいい?貧困?病弱?ああ、主人公体質なんてのもあるよ。あっちこっちで事件に巻き込まれるやつ」
僕は小説の主人公がいく先々で事件に巻き込まれるのは呪いだと思ってるからね。その意思を保ったままその呪いをかければできる。ただし、行く先々で本来起こるはずだった事件の矛先に放り込んで巻き込まれるようになるっていうのが呪いの正体だけど。
「ひどいことにならないやつってないの?」
「あ、タンスの角に小指をぶつけやすくなるとか?」
「そ、それはそれで嫌…」
「う〜ん。噛み易くなるとか、人とぶつかりやすくなるとか、あとは…うん。しょうもないような呪いは結構いっぱいあるよ。何がいい?適当に言ってみなよ。それに近いのをあげるから」
「えぇ…何かあたしにとっていいことになるのってない?」
「まぁあるといえばあるよ。酒に一切酔えなくなるとか、容姿が変化しなくなるとか、背が伸びなくなるとか、どんな難病とかにかかっても絶対に死なないとか?」
「いいそれ。でもなんでそんなのが呪いなの?」
「それはまぁ色々だね。酒に酔えないと辛い時だろうと何だろうと酒を飲んでもずっと冷静なままになるし、子供の時に容姿を止められたら永久にガキだし、背が伸びなかったらチビには致命的だし、病死出来ないと老衰するまではどんなにひどい体の状態でも生きながらえないといけなくなるし」
というか大半は今の僕だし。
「た、確かに呪いね。でもいいじゃない。あたしそれがいい」
「それって?」
「容姿が変化しないってやつ。ずっと高校生の外見でいられるじゃん」
「…え?それ?」
「なに?なんか悪いの?」
「いや、おばあちゃんになっても高校生の外見とか単なる化け物だなって」
「…あ」
「酒の酔えないとかを選ぶのかと思ったらまさかのそっちでびっくりしたよ。で、どうする?」
「…じゃあそれで」
「はいはい。で、遠野くんは?」
「老化が遅くなるとか、ないの?」
「あるね〜。エルフみたいになるやつ。60代になっても30代レベルの外見程度の成長しかしてないっていうの。まぁ正しく言うと成長速度を1/3にするってやつだけど、それがいい?」
「それで頼む」
「よろしい。『呪いよ、泥酔する者に贖罪を』『呪いよ、老いた青年に永遠を』」
僕の左右の手からそれぞれの呪いの情報を含んだ黒い光が魂に浸透する。
呪いなんて意外と簡単な構造だ。ただ負の感情を含んだ魔法陣を描いてそこに魂に共鳴する仕組みだとかを打ち込めば終了。
「終わった…?」
「…あっけない」
「どう?何か体に変わった感じはある〜?多分ないと思うけど」
「別にない。大丈夫」
「あたしも」
「そ。じゃあ頑張ってレベルを上げて進化してね。僕はこれから家に帰っていろいろとやることがあるから」
「いろいろとって何?」
「本読んだり、服作ったり、装備の確認したり、まぁいろいろ」
「それってほとんど個人的な用じゃ…」
「気のせいだよ。じゃ、またそのうち」
僕はなんとも言えない表情を浮かべている2人を放置して部屋を出る。
廊下にはメイドさんが待ち構えていたので、部屋を借りたことに対してのお礼を告げてさっさと退散する。どうせこのままここで待機してたら家の主人に無断で勝手に部屋を使うなんてどういうことだってヒーリガルばぁちゃんに怒られそうだしね。
「あ、そうだ。服装服装…」
僕は変えていた服装を指輪を外して解除し、いつもの白いローブの姿に戻る。
うん。やっぱりこれが落ち着くね。人が誰もいないなら元の体の方が落ち着くけど、今はこれが一番落ち着ける。なんか着慣れたものって落ち着かない?
「さて、じゃあヒーリガルばぁちゃんに挨拶して帰ろ。今日は帰ったらマリーの服新しくしないとなんだし。子供の成長っていうのは早いものなんだね。こないだまで着てた服がもうサイズ合わなくなっちゃってたんだから驚きだよ」
人の成長速度には目を見張るものがあると僕は思うね。
種族による成長加速もあるにしてもマリーの最近の成長っぷりはすごい。第一に人見知りがましになった。第二に結構喋るようになった。第三に僕にずっとつきっきりじゃなくなった。
だから最近はちょっと寂しくて嬉しい。親離れする時の親の気持ちってこんなのなのかなって思ったりするんだけど、まだまだ子供だしこれからもしばらくは一緒にいるわけなんだからこんなことを言ってると本当の親離れの時期の親に怒られちゃうね。でも寂しいんだよ〜…
まぁ、嬉しい限りなんだけどね。
あ、それにマリーの誕生日ももう少しだ。ちょっと前に誕生日とか知らないなぁ、って思ってマリーのステータス情報の中…ステータスって僕が余計な機能を付けたしまくったおかげでずいぶん便利になったんだよ。カレンダーとかも表示できるようになってるしね。で、まぁそんなことはどうでもよくて、そこから探してみたら実は1週間後だったことがわかった。これは誕生会を開くしか手はないよね?
「あ、せっかくクロリスもいるんだし、誕生日のこと伝えておいてあげないと」
マリー本人は一応僕が教えてあげたから誕生日がいつなのかはわかってるが、クロリスには言ってないから知らないはずだ。いや、マリーから聞いてる可能性もなくはないけど。
やっぱりプレゼントだとかクロリスからもあげると喜ぶよね。ということで伝えておこう。あと、そういうもの買うためのお金もあげないと。
あ〜、でも最近使ってばっかりだからそろそろ貯めないとかな?この街に来るまでの分は大半が家に消えちゃったし、残りも生活費と僕の趣味で消えてるしなぁ…やっぱり街を守った分としての謝礼金をもう少し踏んだくっとけばよかったかな?なくなった人分の仕事とかの手伝いの報酬は半減しちゃってるし、この辺魔物少ないから狩りに行っても稼ぎよくないし…
「あれ?この街って意外に稼ぎが悪かったりする?」
マリーとクロリスのお土産に幾つかの食べ物を包んでポーチにしまってて初めて気がついた。
この街で僕が大量に稼ぐのは意外に難しい。
っていうか、稼ぐ方法がこの世界に乏し過ぎるのが大半の問題だよね。自分で商会を建てる、魔物を狩る、職人として働く、農家をやる、街の手伝いで日雇い労働に勤しむ、貴族になる、研究所で働く。これがこの世界でお金を稼ぐ主な方法だ。そのうち大量に稼ぐことができるのは魔物を狩るか貴族になるか研究所で大発見でもしないと無理。
もうちょっとそういった分野についてもどうにかしておけばよかったかな?
というか、最近僕がわざわざ偽名使ってた意味がなくなってきてるんだよね〜。神野とかの勇者たちとこの世界にしばらくいた時からの知り合いのレイジュとかが”しん”って呼ぶもんだからさ、今じゃ大半が僕のことを”シン”って呼ぶ始末だよ。まぁいいんだけどね別に。そこまでこだわりがあるわけじゃないし、何か困ることもないし。
「とりあえず、しばらくは真面目にお仕事でもしようかな…」
いや、今真面目にやってないわけじゃないよ?というか結構頑張って働いてるよ。言いたいのは冒険者としての仕事の方ね。最近冒険者としての活動なんて滅多にしてなかったからそろそろ再開しようかなって思っただけで。
というか主な原因って僕にないよね?戦争起こさせたのは僕だけど、それで元から色々とダメだったことが発覚しただけだからこの街が悪いんだし。
ああだこうだ考えるうちに家に到着。
「ただいま〜」
「おかえりなさいませ、主。ご苦労さまです」
「全くだよ。喉乾いた〜。コーヒー淹れて〜」
「承知しました」
ロメが厨房へ向かった。
僕もノロノロと階段を上って自分の部屋に帰る…前に、マリーの部屋を覗く。子供のいる親と同じだね。寝てる子供の表情って日頃の疲れが取れるような気がするっていうのはよくわかるよ。なんというか和むんだよね〜。
ギギギ…と小さく軋む音をあげながら扉を開ける。
部屋に光が差し込み、部屋の中をうっすらと照らした。大きなベッドに2人の少女が並んで寝ているのが見える。
「うん。なんかやる気が出てきたような気がするねっ…さ、マリーの服作ろ〜」
そっと扉を閉めて僕はもう1階上がって自分の部屋に入る。
腰に下げてる息吹をネックレスに変えて首に下げ、ローブを脱いで壁のハンガーに掛け、ベルトからポーチを取り外して机に置き、髪の毛を結い直す。
「さてと。デザイン画は〜…っと。あったあった。やっぱり同じデザインばっかりだと飽きるよね」
数十枚の紙の束を机の上に置いたポーチから取り出して机に置き、さらに作業台をポーチから引っ張り出して裁縫道具や布などの道具と材料をその上に並べる。
こう見ると圧巻だね。もはやいろいろと揃えすぎてこの世界における仕立て屋とかといい勝負が出来るどころじゃないことになってるよ。もういっそ店でも開いちゃおうか?
「まぁとりあえず『影人』…で、マリーの体格をこないだ調べて更新したトルソーがあるからそれに合わせてサイズを〜…」
ポーチの中からトルソー…ああ、手足のないマネキンみたいなヤツのことね。それを取り出し稼業台の横に置く。それにメジャーをあててサイズを測り、型紙を製作していく。
相変わらずの部屋の中に黒い人型のものが作業する異様な光景になってるけど気にしな〜い。便利なんだよね、これ。一般的な人がやれば脳が焼き切れて大変なことになるけど、僕にはそれがないから一度に数人分の作業を同時進行できる。今だって僕がサイズを測ったのを1人が書き取り、1人がそれを元に型紙を作り、1人が型紙から布を切り、1人がそれを縫い合わせ、1人が仕上げをし、1人が最終調整を行っている。
あ、そういえばなんだけど別に好みで影人を使ってるんじゃないよ。一応全属性のこれが存在するけど、火だと燃えちゃうし、水だと濡れちゃうし、風邪だと切り刻みかねないし、地だと汚れるし、光だと実体がなくて使えないし。
「サイズ測り終わり〜。さて、僕の縫いに…」
サイズを測り終えたから僕も縫いに移動する。測った記録を書き留めていた影人も縫いに移動し、3人でマリーの新しい服を作り始めた。
今回のデザインは割とバリエーションに富んでいる。前回は僕の『狐といえば着物』っていう偏見を元に浴衣っぽいワンピースが作られたが、今回は別だ。もちろん同じデザインのも幾つかは作るが、今回のはどちらかというとゴスロリファッションみたいなやつとかが多い。
あ、別に僕の趣味じゃないよ?ほら、マリーって尻尾とか真っ白だし黒い服似合いそうだな〜って思って黒い服のデザインをしてたら、だんだんとファンタジーだったらこうだよねっていう僕の偏見と勝手なイメージをごちゃ混ぜにして出来上がっただけで。でも割といると思うんだよ、敵キャラとかにさ。
まぁちゃんと普通のなんのひねりもない服と外で戦ったり動き回っても大丈夫なように作ったマリーの戦闘服?まぁ見た目魔法少女だけど…も作ったから文句は言わせない。
「主、コーヒーをお持ちしました」
「ありがと〜。そこに置いといて〜」
「承知しました。では失礼します」
ロメが机にコーヒーを置いて部屋をそっと出て行った。
僕はコーヒーをチビチビと飲みつつ、ロメの気遣いかついでに置いてあったケーキを食べて作業に没頭した。
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