66.勇者神野の物語〜その3〜
「ふぅ…何もなくってよかった」
暖かな昼の陽気の中やっとの事で目的の街が視界に入った。
ほんと長かったな。結局姫様をどうこうしようっていう輩は出てこなかった。まぁそれに越したことはないんだかが、無駄に気を張って疲れたような気がする。
そんなことを思っていると前から渡部が歩いてきた。こちらに来たってことは何かがあったんだろうか?
「…っと。どうした?」
「いや、前が止まったからな」
「ん?ちょっと見てくるわ。渡部、ここ頼む」
俺は先頭の方まで歩いていく。
前の方に行くにつれてざわめきが少し増える。
「ジント、どうかしたのか?」
「ああ、神野殿。実は彼女が魔法を感知したというのだが…」
ジントの目線の先には見知った顔があった。
「彼女?…ああ、結城か。結城、どうかしたのか?」
「ああ、拓巳。いいところに来たわ。この先で今一瞬魔力が霧散したのよ。だから罠があったりしたら困るから一度止まったってわけ」
「じゃあ、この先に敵がいるかもしれないってことか?こんな街まであと数分の距離に?」
「わからないわ。けど、被害を出すことだけを考えた攻撃魔法だったら…」
「なるほど。むやみに進むべきじゃないな」
これが姫様狙いのものであるなら姫様に攻撃またはその付近に攻撃が来ると限定できるが、そうじゃないならば話は別。無差別の攻撃を予測して防ぐのは極めて難しい。世界中でテロが成功してる理由と一緒だ。
どうするべきか…?
「神野殿、向こうに人影が」
「向こう?」
…ん?なんか見覚えのある白いローブ。
その横で2人の小さい女の子が跳ね回っているのが見える。
「…ああ、大丈夫だなこれ。多分新ちゃんが何かしてたんだろ」
「しんちゃん?…あ、もしかしてあれってしんちゃんなの?」
「いや、どう見てもそうだろ。小さい子が増えてるのは気になるけど、この世界であんな目立つ白いローブ着てるのって新ちゃんぐらいだろ」
「そうね…あんな魔物とか盗賊に見つけてくださいって格好してるのはしんちゃんぐらいだわ」
「ジント、あれは俺の親友だから。多分こっちを見る魔法とかを使ってたんだと思う。だから進んでいいぞ。あと何かアクション起こしても気にしなくっていい。多分俺に何かするぐらいだと思うから」
「そうか。ならば進むとしよう」
ジントはそう言うと再び移動を始めた。
俺は列の最後尾まで戻る。
「なんだった?」
「新ちゃんが魔法使ってこっち見てたみたいでその魔力を探知して止まってた」
「松井か…さて、俺は戻るな」
「おう。わりぃな」
渡部が元の通り姫様の護衛に戻った。
軍の移動が再開され、俺もリュックを背負い直して歩き出す。ああ、このリュックは別に食料とかを入れているわけじゃない。そう言うのは全部ネックレスにある。このリュックには魔法薬…直接傷に塗る回復薬とは違い、飲むことで回復を促す魔法の効果を持った飲み物が入っているのだ。俺らがいなかった600年の間に開発されたそうだ。緊急時に使えるということで幾らか量を持ってきたが、結局使用せずにここまで来ている。いや、いいことなんだがな。
で、それだけをリュックで持っているのは俺がネックレスを使えない時に備えてだ。俺が戦闘中でもリュックを別で持っていればある程度はどうにかなるだろうという考えからこういうものだけは別で持っている。
俺の前にまた人が来た。
また何かあったのだろうかと思い俺は顔を上げる。
「やっほ〜、神野くん」
目の前に新がいた。
「……は⁉︎いや、さっきまで向こうに」
「マリーとテラが今にも走って行っちゃいそうだったからさっさと来てみたよ〜」
「いや、どうやって⁉︎」
「飛んで?」
「飛んで⁉︎」
「うん。まぁ数歩だったよ?」
「いや、どんなんだよ…」
「普通にスキルだけど?まぁ、そんなことよりちょっと話があってね〜」
スキルという言葉に納得しつつ、新が俺にはなしというのはなんだろうか?
「何だよ?」
「勇者を捕獲した〜」
「へぇー…へぇ⁉︎今なんつった?捕獲?」
「ちょっと前に敵に攻めてこられてね〜。そこにいた勇者を捕獲した。ということでそっちに引き渡すから面倒見てあげてくれる?」
「いや、話が見えない。どうして攻められると勇者が捕獲できるんだよ⁉︎てか面倒ってなんだよ⁉︎」
「そのままだよ〜。向こうも戦争に勇者を使おうとしてて、たまたまそれを僕が捕まえたわけ。そこそこ戦力にもなるし、向こうの情報も多少は入るし、神野くんに任せておけば万事解決かな〜って」
「要するに面倒くさかったんだな」
「そうとも言うね〜。で、どうさ?」
確かに向こうの情報があるのは軍的にも嬉しい話だろう。それになにより新が戦力になるっていうんだから戦闘にも使えるってことだ。悪い話じゃないと思う。
まぁツッコミどころは多いけど別に問題はないだろうな。
「何人いる?」
「4人だよ〜。男1女3ね。うち女1人は男と付き合ってま〜す。人格には問題なし〜」
「お、おおう。そうか。はぁ…とりあえず俺の一任で決めるわけにはいかないから街に着いたらジントとかと1回話し合ってからな」
「了解〜。じゃ、一旦解散したら神野くんとその必要な人は僕の家まで来てね」
「おう。ってか家買ったんだな」
「うん。富豪商人の別荘だからそこそこいい物件だよ〜。楽しみにしてるといい」
「その金は一体どこから出てるんだよ…」
「当然自腹だよ〜。たまたま知り合った人が大家さんの関係者で安くしてもらったんだ〜」
「で、結局いくらだったんだ?」
「聞きたい〜?」
新がいやににっこりと笑っている。
これは聞かないほうがいいな。
「いや、いい。というかさっき魔法使ってたか?そのせいで1回止まったんだが」
「ん?別に使ってないよ〜」
「…え?じゃあ、さっき結城が探知した魔力ってのは…⁉︎」
俺の脳内に一瞬別の魔法使いが罠を仕掛けている可能性を考えたが、新の表情を見てやめた。
「マリーの魔力だね〜」
「…ああ、どうせそんなことだろうと思ったよ。で、一体何使ってたんだ?」
「念話モドキかな〜。僕の魔道具だよ。それでクロリスとおしゃべりしてた」
「なるほど」
「というかさ〜、なんでクロリスがいるのさ?」
「聞いてない?」
「うん。聞いてない。クロリスはお父様…ああ、王様ね。王様に行っていいって言われたって言ってたってことしか聞いてない」
「言い方がまどろっこしいな…まぁ、それはお前の家に行ったら話すか」
「ええ〜。気になるんだけど〜?」
「どうせ俺のほうの話もなあるんだから一緒でいいだろ。というか一応聞いときたいんだが、落ちてないよな?」
「どこから?別に転落した覚えはないけど?」
「いや、街の話だろ。攻められたんだよな?大丈夫だったのか?」
「大丈夫だよ〜。ちゃんと殺しきったから」
「…んー。すごく物騒な言葉が聞こえたような気がするけど聞かなかったことにしよう。まぁ大丈夫ならいいんだ。大丈夫なら」
内容が気になるが、どうせそれも新の家に行ったら聞くことになるだろうからいいだろう。
それからしばらく新に最近マリーが可愛いということを聞かされ続けて街に着いた。
「さて、じゃあ僕はレイジュとかに声をかけて…ああ、ロメに頼んでたっけ。もう話してるや。じゃ、解散して荷物置いてからだね。多分こないだ宿の空きを聞いたら一角の住居スペースが全部貸し切られてたからそこでしょ。歩いて結構近いし着いてくよ」
「準備いいな…」
外壁をくぐり、街に入る。
街の中はつい最近攻め込まれたとは思えないほど活気にあふれていた。戦争中になったのに不謹慎だと思わなかったわけじゃないが、魔王と戦ったときもそんな感じだったのであまり気にならない。
道をまっすぐ進み、街の中心の広場を左のほうへ曲がり、そのまま少し歩く。すると領主の家と思われる大きな屋敷があった。
「お、止まった」
『あー、聞こえているか?これより休息とする。明日からは以前より決めてある通りに行動を。問題が発生した場合は本部を設置しているため、そこまで来い。この屋敷の持ち主である領主様ロゼリグ様のご好意により別荘とこの街の北側の宿を借りていただいている。これより順に部屋の鍵を配るため、すでに取り決めてある組みで順に前に来い』
「だってよ、神野くん。神野くんの部屋って誰?」
「渡部と八尾と一人分空きだな」
「ふ〜ん。じゃあ早くもらって来なよ。僕はレイジュと領主の家の前で待ってるから」
「おう」
俺は荷物を持って同じ部屋のやつらを探す。
するとすでに鍵を受け取る列に並んで俺を待っていた。
「遅いぞ神野」
「ああ、わりぃ」
「そう思うのならば早く来てもらいたいものだね」
「ははっ。善処する」
「で、何をしていた?」
「新ちゃんが来てさ、ちょっと話してた」
「…来て?」
「ああ。マリーちゃん…ああ、あの小さい狐の子な。あの子が姫様に早く会いたがって大変だったらしい」
「そうか。さて次は俺らだな」
随分と早いうちに並んでいてくれていたからすぐに順が来た。
「次は…神野殿か。鍵は…これだな。場所はその奥にある”懐中亭”という宿だ。鍵は無くさないようにな」
「いや無くさないから」
「ああ、それと神野殿は荷を置き次第こちらに来てくれ」
「わかってる」
「では次の組」
俺は鍵を受け取って言われた宿に向かう。
ジントが指差した方向に行くとすぐに見つかった。アンティークな雰囲気の漂う宿だ。ただ、広さが半端ない。領主の屋敷と張り合うぐらいだ。
「ここで…あってるよな」
「入りづらいということについては同意だな」
「非常に残念なことに自分もだね」
なんというか一見さんお断りみたいな感じがするんだわ。
入り口にはドアボーイ、そこから見えるエントランスには赤いカーペット、執事のような風体の初老の男性がカウンターの向こうに控えている。
下手な高級ホテルより高級感が漂う。庶民な俺らにどうしろっていうんだか。
「…とりあえず、入ってみるか」
「お前が先に行けよ?」
「言い出したのだから当然のことでしょう」
「ああー!もうわかってるっつの」
俺は宿に向かって精一杯虚勢を張りつつ歩き出す。
こういうのはビクビクしてたら怪しまれるだけだってのは前にやったことがあるから知っている。ビクビクしてると怪しく見えるんだよな…
俺はドアボーイが開けてくれたドアを通りエントランスに入る。
「ようこそいらっしゃいました。お荷物、お持ちいたします」
「あ、ああ、ありがとう」
「当宿のご利用は初めてでございましょうか?」
「ああ。あっと…これ、鍵なんだけど」
「ああ!王国軍の方でございましたか。失礼いたしました。ではお部屋にご案内いたします」
エントランスの初老の男性は俺ら全員の荷物をワゴンに乗せて歩き出す。
俺らはそれについて歩き出した。
「では、お部屋にご案内するまでに幾つか当宿についてのご説明をいたします。当宿”懐中亭”はデルピエール卿のご好意によって設立され、異世界の高級ホテルをモデルに設計されております。そのため見慣れぬ設備等が多くあるかもしれません。そのために使用方法等を細かに記した説明書がお部屋に用意されておりますのでお部屋に入りましたらぜひお読みください。お食事はお部屋にお運びすることもできますが、当宿でのお食事はバイキング方式をとらせていただいておりますゆえレストランへお越しになることをお勧めいたします。夕食は18時から26時まで。朝食は6時から11時まで。また、申し訳ございませんが昼食はお部屋に運ぶ形でのみお受けしております。深夜帯はバーのみを開かせていただいきます。最後になりますが何かございましたらお部屋に設置してありますベルを鳴らせば係りの者がむかうようになっております。どうぞご利用ください。では、良い休息を」
ちょうど部屋に到着したらしい。男性はさっき俺から受け取っていた鍵を開け、部屋の中に荷物を降ろし、一礼して俺らの前からいなくなった。
てかデルピエールって新のこっちの世界で呼ばれてたやつじゃなかったっけ?
「…なんだろうな?」
「そうだな…」
俺らは顔を見合わせると、互いに苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、入ろうぜ」
そして中に入ってドアを閉めた。
「うわぁ…マジか」
「神野、ちょっとつねっていいか」
「なんでつねられる側なんだよ。まぁでもすごいな、ここ」
「…………!」
部屋はそれはもう豪華だった。
ダークブラウンを基調としたシックな雰囲気の部屋だ。もう語彙力の低い俺じゃ言い表せない。とにかく高級感あふれるすごい部屋だ。照明も机も椅子もベッドも何もかもに手が込んでる。
「おぉ…おぉ…」
「いや、何してんだよ八尾」
「座ってみたまえ。ベッドがベッドではない」
「いや、何言ってんだよ……ぉお。なんかわかる」
八尾がベッドに座ってフカフカとその感触を楽しんでいる。
ちなみに八尾はピシッとした格好の似合う黒ぶちのメガネだ。どう見ても真面目キャラにしか見えないようなやつを想像してくれればいい。
「で、どうするんだ?」
「どうするってなんだよ?」
「神野は出かける。その後の話だ。夕食は取るのか?それなら俺らは取らずに待ってるが」
「あ〜、どうだろ?わかんないから先取ってていいぞ」
「そうか。じゃあ鍵は俺が持っているかエントランスに預けておく」
「預けておけるのか?」
「これに書いてある」
「ああ、なるほど」
渡部が俺に向けて紙を見せている。
その紙の一番上の欄に”説明と注意”と書かれているのが見えた。多分それが説明書って言ってたやつだな。
「これお前もあとで読んでおけ。しばらくの生活に役立つ」
「了解だ。じゃあ、俺は出かけてくるな」
「ああ」
俺は魔法薬の入ったリュックを持って部屋を出る。
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