64.勇者神野の物語〜その1〜
ここからしばらく彼のお話
俺は今、非常に困っている。
それはもう非っ常に困っている。
なぜかって?そりゃ…
「おい!神野!こいつらどうにかしろって!」
「いや、頑張ってくれ。俺もちょっと手が離せない…」
今俺たちは、子守をしていた。
事の次第を説明しよう。
こんな事になったのは大雪に入る直前の事だ。
目的の街、シェルビートの1つ手前の街アランカで大雪のために足止めを食らう事になっていた。そこに着く直前にシェルビートからの使いがやってきて、皇国に襲われている事を聞いて早く行きたい気持ちでいっぱいだったが、俺らは大人数での移動だったために即戦力になる者のみを送り出し、俺らはもしシェルビートが落ちた時に備えてこちらに残る事になっていた。
俺らの人数は3000人と少し。そのうちの40人は勇者…つまり召喚された俺らで、ゲームの戦力だったら6000はくだらないと新は言っていた。つまり、約9000人分のの戦力でその街に向かっていたのだが、当然1つの街にそんなに大人数が一度には入れないので戦力が大体等しくなるように分配されて幾つかの隊に分かれて移動をし、そのうちの先頭集団が俺ら。
ただ、戦力が等しくという事は強い俺ら3人は分けられるのは必然であり、俺が同じ隊でよく見知っていたのは渡部のみ。
「おい神野!そっちの子が逃げる!」
「うっお、まじか⁉︎ちょっと待てぇぇええ!」
それがどうしてここにつながるのかといえば、住居が足りなかったからだ。
俺らの当初の予想では一番小さい街でも俺ら一隊を収容できるはずだと見込んでいたのだが、突然に宿の補強工事が重なってしまい、妥協案という事で一般の家庭にホームステイまがいな事をする羽目になった。それにより俺、渡部、多田、石田が同じ班になったのだが、俺は渡部以外の人とは関わりがない。だからこの家にいさせてもらえる間に仲を深められればいいと思ってはいたが、そんな余裕など存在しなかった。
俺らがホームステイ先として送られたのは、
「渡部!6番目の子がそっち行ったぞ!」
「嘘だろ⁉︎俺にもう手はねぇ!」
4つ児の子供のいる双子の姉妹の家だった。
つまり、8人の子供がいる家だったのだ。なんという奇跡的な確率だろうか。たまたま双子がほぼ同時期に結婚し、たまたま一年差で4つ児を産んだそうだ。しかも姉妹揃って双子の夫と結婚したそうだ。
要するに、双子が双子と結婚した。そしてどっちも双子だし一緒に住んでしまえという考えから一緒に暮らし始め、仲良く5歳と6歳で合計8人の子供を育てている。
「…冷静になっちゃいけない気がしてきた」
「おい神野!またそっちに行ったぞ!暖炉には近づけんなよ⁉︎」
「わかってる!くっそ、こんな時新だったら…」
そういやあいつ、割と子供好きだったな。
…おかしいな。普通に8人を1人であやしてる姿しか想像できない。なんだこれは。
4人を2人ペアで対応している俺たちがアホらしくなってきたぞ。
「お〜し、みんな。ご飯の時間だぞ〜」
そんな時、キッチンから父親の声が聞こえてきた。
その声に子供たちが一斉に走り出して、父親に向かう。
「「た、助かった〜…」」
俺らは揃ってため息をついた。
そして顔を見合わせてニッと笑う。こっちに来るまでは渡部のこと実はちょっと苦手だった。ことあるたび俺に対抗してくるし、新にしょっちゅういちゃもんつけてるし。だけど、こうやってしばらく過ごしていいやつなんだなって分かった。
もう1回召喚された甲斐があったと思ってる。
「ほら、勇者さんたちも夕食どうぞ。今日が最後になるんでしょう?私たち張り切って作っちゃったんだから」
「ほら、早く早く」
俺らはせかされてダイニングに向かった。
ダイニングにくると、いつもより豪勢…いや、寧ろ俺らのためにパーティを開いているがごとく豪華だった。
部屋の真ん中には”勇者さんありがとう”と子供たちが書いたと思われる垂れ幕が飾られ、パーティでよくみる折り紙を輪っかにして繋げた飾りなんかが部屋を彩っている。
そして何より眼を見張るのがテーブルの中心を陣取るケーキ。
「なぁ渡部。俺がいるのって結婚式場だったっけ?」
「奇遇だな神野。俺も今そう思ってたとこだ」
もはやウエディングケーキ。高々と四段のケーキがテーブルを占拠していた。
その周りにはローストビーフらしきもの、刺身らしきもの、七面鳥らしきもの…とにかく俺らの見覚えのあるような料理が微妙に異なる色合いで並んでいる。そんなところに異世界を感じるのは俺だけではないと思う。
「さ、座って座って」
「みんなで作ったのよ。あの子たちったらケーキの飾り付け手伝う何て言い出しちゃって」
「何せ俺らの子供だからな。きっと将来はいいケーキ屋になれる」
「ああ、俺らの店も安泰だ」
今更ながらこの家はケーキ屋を営んでいる。
このウエディングケーキっぽいものはそれが原因であると願いたい。たとえ毎日ケーキがワンホールでてきているとはいえど…
「さ、食べて食べて」
「いっぱいあるのよ。思う存分食べてね」
「遠慮なんかしてくれるな?これは2週間うちの子たちが世話になったお礼でもあるんだからな」
「あの全員を世話するのは大変だっただろう?」
4人の父と母が席に着いた。
「では、世界樹の恵みに感謝を」
「「「「「「「「「「「「感謝を」」」」」」」」」」」
そしてこれもすごく今更なのだが、彼らの種族は霊樹種という樹人種の親戚みたいな種族。その辺に生えてる植物を自在に操れるらしい。
あと、世界樹と呼ばれる樹を信仰している。
「じゃあ俺らもいただきます」
「「「いただきます」」」
俺らも料理に手を伸ばす。
青色のトマト、赤っぽいキャベツ、白いレタス、何か違うような気がするのだが味は全く変わりないし、向こうの世界でよく見かける料理と同じ味がする。なんとも不思議な感覚だ。多分青いカレーを食べたら同じ反応をすると思う。そんな感じだ。
こうしてホームステイ?最後の1日が過ぎていった。
料理はうまかったし、子供とはなんだかんだ楽しかったし、渡部とより仲良くなれたような気がするし、いろいろ大変だったけど楽しい体験ができた2週間になったと思う。
送別パーティが終わり、夜が更け取りの鳴き声が聞こえる。
みんなパーティで騒いだせいか、酒を飲まされたせいなのか静かな呼吸音が部屋中を占拠している。
「はぁ…」
「どうかしたか?」
「ん?ああ、まだ起きてたのか」
俺がベッドでため息をつくと、上の段から渡部が俺に尋ねてきた。きっと渡部もいろいろと考えて眠れないのだろう。
「まぁ、な?で、どうかしたのか?」
「いや、2週間楽しかったなって思って。結局子供達の面倒みたりして大変だったけど、意外と楽しかったと思わね?」
「そう、だな。ああ。いい気晴らしにもなった」
「そう思ったら明日には現実に引き戻されるってことに気がついて、こう、なんて言うんだ?気分が下がるっていうか…ああ、あれだ。日曜のあとの学校みたいな気分」
「なるほど。確かにそうだな」
「だろ?で、微妙な気分になってたわけ」
「そうか。まぁ俺も人のことはいえねぇな。多分2日後ぐらいには目的の街に着くんだろ?そこがもしかしたら占拠されてすでに敵の手に落ちてるかもしれない。そんなことを考えると俺らが遅かったことが悔やまれる。こんなところでこんな風にしてていいのかって、そう思う」
「まぁそれについては俺は大丈夫だと思ってるけどなー」
「それはなぜ?」
「新がいるからな」
「新?…ああ、松井か」
渡部が一瞬誰のことかわからないような声を出したが、すぐに気がついたようだ。
新が向こうにいるなら俺は安心できると思っている。今、あいつはマリーちゃんっていう亜人種の子を連れている。そんな状態で皇国に侵略されたら間違いなくあいつはその子を守るために戦うはずだ。
「ああ。だから大丈夫」
「なんでそんなことが言い切れるんだ?そんなにあいつが強いのか?たかが1人がいたところで戦場をひっくり返すことは無理だろ」
「そっか。俺らも知らないんだから当然だよな。あいつ、新は俺らよりも圧倒的に強い。どのくらいかってのはわからないけど、とにかく圧倒的に強い。考えてもみろよ。魔王を倒せるステータスを持ってる俺らがまとまってかかっても勝てる気がしない相手に普通の兵士が勝てるってか?無理だよなー…」
「…なるほど。確かにそれは無理だな」
「だろ?だから言い切れるんだ」
今度聞いてみるのもいいかもしれない。
あいつは俺らに何も教えてくれない。600年も生きてたって言ってたけど、その理由もどうやってなのかも何もかも一切俺らに話さなかった。信用されてないわけじゃないと思う。というか思いたいんだけど、少なくとも俺らが信用できなくて話さないわけじゃないような気がする。
「信頼…してるんだな」
「おう。何せあいつは中学1年の時俺を助けてくれたんだからな。きっと根本は変わってないと思うんだわ」
「何かあったのか?」
「ん?ああ、俺って昔はいじめられてたんだよ。理由は本当どうしようもないような子供の理由なんだけどな。中学入ってすぐの時、クラスで俺とあと米崎ってわかるよな?俺ら二人がクラスでいじめられる羽目になってたんだよな」
「お、おう。まじか…想像もつかねぇ。米崎はまだしもお前もか?」
「ああ。その頃の俺って暗かったんだよ。本当周囲もこいつなんなの?って思うくらいにな。で、たまたま席が隣だった新と仲良くなったのがきっかけだったんだよ。あいつ、自分の大切なもの以外に対して容赦が一切ないんだわ」
「それは結構周知の事実だと思うが?どうせいじめを見かけるたびに教師に報告でもしたんだろ?」
「いや、生ぬるい。俺らが何かされるのを見ると、その相手の筆箱を取りに行って目の前で外に投げてた」
「投げてた…?ってそれだめじゃねぇの?」
今でも思い出すだけで笑えるくらいだな。
新のやり方は中学生とは思えないほどバカバカしく、効果があった。
「まぁそりゃそうだな。で、そいつに教師に言われるたびについでと言わんばかりにそいつが俺らにしてたことを赤裸々に話すんだわ」
「まぁ自業自得っつうかなんというかだな…」
「それでも続いたら今度は目の前で筆箱の中身をわざわざ出してあっちこっちに向けて放り投げてた」
「随分と周到な嫌がらせだな…」
「もう教師も呆れて何も言えなかったみたいで、結局親一同が呼ばれて話し合いがされた」
「で、どうなったんだ?」
「いじめは続いた」
「って、終わるんじゃねえのか?」
「ああ。次は新に矛先が向いたんだけど…多分それがいけなかったんだろうな」
「な、何が起きたんだ…?」
「いじめの主犯がいつの間にかいじめの標的になってた。マジで何があったのかわからないけど、気がついた時にはいじめの主犯がいじめられてた」
「いや、なんだそれ。わけわかんねぇって」
「大丈夫だ。俺も訳がわからなかった。何せいつの間にか新をいじめてた奴らが主犯をいじめにかかってんだぞ?本当に訳がわからん」
それからというもの新とその周囲に矛先が向けられることは一切なかった。
まぁ、みんなが手を出しちゃいけないって悟ったんだろうな。
「それで信頼してると?」
「まぁ、理由はそれ以外にもいっぱいあるんだけどな。でも、あいつは大丈夫だって思えるんだよな」
「それは…まぁそうだろうな」
「だろ?だから安心して向こうの街に行ける。きっと大丈夫だ。新がしっかりと守ってくれてる」
「…そうか。なら、大丈夫なんだろうな」
「……?随分と普通に信じるな?渡部って新のこと嫌いじゃなかった?」
「いや、嫌いではない。正しく言うなら…”嫉妬”それか”羨望”だろうな。松井はすごい。心ではそう思ってるんだが、それを認めたくない自分がいる。それを認めたら何かに負けるような気がするんだ…」
「へぇ、そんな風に思ってたのか。ま、きっとそのうち仲良くなれるよ」
「そうだと…いいな。ああ」
「へへっ。さて、明日は早いし、もう寝るか。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
俺は少し明るい気分で目を閉じた。
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