62.売り払いましょう
「な、何をする…のだ」
僕がシンディの顔の横に立ったところでシンディが逃げようと必死であがき出した。
さっきまでの威勢はどこに行っちゃったのかな?興ざめだよ?
「簡潔に言えば拷問かな〜?」
「い、嫌だっ!そんなもの聞いてない!私が悪かったのだ!だから、だから!」
「はいはい、そうだね〜」
多分テラたちが魔物でありながら人の姿になってることを見て僕が神様的な何かだと本気で信じたんだと思うよ。普通魔物が人になるなんてありえないからね。
必要以上に神様的な何かだって信じた結果、自分の置かれてる状況がいかに恐ろしいものなのかを理解したようだ。
「ああ、眼をそらすの禁止ね『影人』…ほら、こっちをよく見るといい」
僕はシンディの顔の横にしゃがみながら2体の影人を生み出して2人の顔をこちらに無理やり向けさせる。
僕がシンディに手を伸ばすと次に起こることに恐怖したのかシンディが目をつぶる。そのまま僕はシンディの着ているメイド服に軽く触れて燃やす。きっと目を開ければ自分の着ているものが燃えているのになんの暑さも痛みも感じないという不思議な現象に立ち会えるだろう。
「ほら、目を開けろ。自分の今後をしっかりと憂うといい」
「も、燃えて…⁉︎」
メイド服や下着や隠し持っていたナイフの留め具などが全て燃え、焼け落ちる。
僕の目の前には全裸で地面に鎖で固定された女がいるのみ。なんかマニアとかに喜ばれそうな構図だね。
「うん。やりづらい。『創造:作業台』」
僕は立ち上がってそのシンディの横たわる地面をちょうどいい高さまで持ち上げて理科室にあるような台にした。そこにシンディは全裸の状態で大の字に鎖で固定されている。
やっぱりどこかのマニアとかに受けそう。
「…み、見るなぁ」
「なんだ。羞恥心とかはあるんだね〜」
「くっ…!貴様も結局男だということか…」
「ん?ああ、そういうことを想像したわけね。別に僕は君をそういう目的で裸にしたわけじゃないよ?」
「な、ならば何を…」
「ここからは僕しか知らないような情報。どうせ聞いたところで誰かが真似できるようなことじゃないから普通に話すけどね。この世界における生物は魂を持っている。どの生物もね。で、その魂には肉体の形や性質や種族や外見など、全ての情報が保存されてるんだ。さて、ここで問題です。その情報を書き換えられるとしたらどんなことができるでしょうか?」
「な、何を、言って…⁉︎」
「お、気がついた。正解は多分想像した通り。肉体を好きなように変形したり別のものにしたりできるわけだよ。君への罰は簡単。ゴーレムに作り変えて売り払ってあげるよ」
「そ、そんな馬鹿なことが…あるわけ…」
僕が神様的な何かだと信じ込んでるシンディにはそれを完全に否定できない。
みるみる表情が凍りついていった。
「さて、始めようか」
「イ、イヤァ!イヤァ!」
「はいはい」
僕はちょうど心臓があるあたり、鳩尾から少し左にそれた位置あたりに手を当てた。
…胸が邪魔臭くて切り落としたくなってきた。ああ、それとも本体の僕にはないからかな?
「さて、じゃあ自分の体が自分の体じゃなくなるのをじっくりと見るといい」
「私が悪かった!私がぁー!頼む、頼む!やめてくれぇええええ!」
「残念。もう遅い」
魂へ干渉。
肉体情報へ介入。
性質を変質。
意識、記憶等を保存したまま肉体を形状を維持しながらクリスタルへ変更。
僕が手を離すと同時にその場所から肉体が透明な結晶へと変わっていく。
綺麗な肌は瞬く間に透けるような…というか透ける宝石へと変化する。赤い内臓が青白い光を反射するものへ、筋肉が光り輝く結晶に、頭髪がキラキラと光る透明なものへ。
そうして体全てが結晶へと変質した。
「よかったね。綺麗な彫刻品になれて。これなら中身がどんなにゴミでもきっと喜ばれるよ」
「……………………」
「ああ、声帯が結晶じゃ音がしないか」
僕の前の作業台の上には女性の裸体の彫刻があった。
勇者を籠絡するために選ばれた者だ。外見はそこそこにいいからきっと高く売れるだろうね。
僕は耳につけているキューブを1つ外す。
これは人工知能を搭載していて、地面なんかに置くだけでゴーレムを生成できる便利なもの。前の時に人手が少し足りないなと思って作った。
内部の陣を少し書き換えてそのキューブを額に埋め込む。
「さぁ、完成。うん。人間種というより宝眼種に近いね」
『オハヨウゴザイマス…ゴシュジンサマ』(私はどうなったのだ!これは…!)
「喜べ。体だけしっかりと別の意識が動かしてくれる。君の声はもう誰にも届かない。君はその中で永久に生き続けるといい。きっと存在し続ける苦しみが味わえる」
『メイレイヲ…』(い、いやだ!助けてくれ!姉様!私は…!)
無機質な声以外、この部屋に響くものはない。
残りの2人は凍りついて身動き一つしなくなった。姉Aに至っては心ここになしといった感じで、椅子に力なくかろうじて座っている状況。
「さてと。じゃあ売りに行こうか」
僕は体を再構成して元に戻り、扉の鍵を開けて部屋の外へ出た。ゴーレムとなったシンディが僕の後ろを人と全く変わらない動きでついてくる。
勇者がこちらを伺っているのがわかるが、気にするつもりは一切ない。僕が離れた後部屋に駆け入って残りの2人を揺さぶって起こそうとしているのが見えた。
「主、どちらへ?」
「ちょっとスラムに」
「そうですか。ではお気をつけて」
「うん」
僕は家を出て夜の街を歩く。
街灯がクリスタルの彫刻と化したシンディに反射する。
…目立つね、これ。
「これを着て」
『リョウカイシマシタ…』
僕はポーチからマントを1枚出してそれを羽織らせた。これで多少はマシになるだろう。
シンディを引き連れて道を歩いていく。
しばらく歩き、少し前にボサボサくんを改造した場所を抜け、地下への階段を下り、上がり、一軒の家の前に立つ。
その家は外見からして明らかに裕福そうなもの。一応ここらのボスの家だ。門は手入れの行き届いた銀色。庭にはガーゴイルのような趣味の悪い彫刻。完全に悪役の家。
「さてと。どうするんだっけ?門を開けるには……面倒臭いし壊そうか」
「ちょっ⁉︎やめろやめろ!これで何度目だ⁉︎いい加減覚えろよ」
「ああ、おじさん。いたんだ」
僕が門に手をかけた瞬間、家の扉が開いておじさんが駆け寄ってきた。
「いたわっ。第一俺がいないとこの門開かねえっての」
「ふ〜ん」
「この説明何度目だよ…とにかく、門を壊そうとすんのはやめろ。そこにボタンがあるだろうが。そこ押せって何度言えば…」
「ああ、そう言えばそうだったね〜」
僕は門の下の隅にちょとんと付いている小さなガーゴイルの置物を強く押す。
すると門がギリギリと音を立てながら開いた。
「ったく。門を壊して怒られんのは俺なんだからな。というか、なんで結界はってある門をそうも簡単にブチ抜くんだよ」
「ははは〜。まぁいいや。ボスに用があるんだけど…いいよね?」
「はいはい。つか断ったらまた殴り込むつもりだったろ?」
「うん」
「はぁ…付いて来い」
なぜか疲労しきってるおじさんの後ろをシンディを引き連れて歩いていく。
…それにしても悪趣味な家だよね〜。庭にはガーゴイル。家の扉には下級悪魔の彫刻。廊下には魔物の頭部の剥製。いたるところに訪れる人への嫌がらせとしか思えないような禍々しいオブジェ。
やっぱりどう考えても悪役の砦だよね。
「ボス、ネロさんが用があるそうです」
おじさんが扉をノックする。
中から女性の声が聞こえ、おじさんが扉を開けた。
「後は1人でやってくれ。俺はまだ死にたくねえ」
「ああ、今日は不機嫌なんだ〜?」
「そうだ。じゃあな」
おじさんがさっさか廊下を戻っていった。
僕は中途半端に開けられた扉を開けて中に入る。中は今までのラスボス感はなんだったのかと言うくらいファンシーな白い部屋。部屋の四隅にぬいぐるみがこれでもかと言うくらいに積まれ…というか積みきれずに崩れて部屋の中をぬいぐるみが埋め尽くし、その中心にまだ年も行かないような少女が座っている。
「なによ。なんか文句あるわけ?」
「いや〜、いつも通り楽しい部屋だなって。これお土産」
僕はポーチの中から羊のぬいぐるみを取り出す。
少女はそれをものすごい勢いでかっ攫っていった。
「ふふ〜ん。そういうのは早く渡しなさいよ〜」
「ははは〜。相変わらず自由にやってるみたいだね〜。シンシア」
「なにか悪い?」
「いやぁ〜。別に」
「ならいいじゃない」
少女の名はシンシア・ハイドベルト。数少ない幼人種でこの町のスラム街を治めるボス。年齢は自分から言うことはないが、326歳。種族の特性で精神が成長しづらいこともあっていつもはおじさんがボス代理という名目でスラムを治めている。戦闘についてはそこそこ。長く生きているため知識が豊富で、その知識をうまく使ってスラムを守っている。
「で、なによ?あたしに用があるんでしょ?」
「ああ、そうだった。これ、買わない?」
「なによそれ?」
僕は後ろに控えていたシンディを僕の前に押し出す。
そして、マントを剥いだ。
「僕自作のゴーレム。命令すれば大抵のことはやり遂げるよ。外観も悪くないし、この家に置くのにいかが?」
「ふ〜ん。で、あたしにどうしろって言うのよ」
「だから買わない?この家の警備っておじさんと数人の直属の護衛でしょ?護衛にも使えるしさ」
「考えとくわ」
シンシアがこういう時は買うつもりはないっていう意思表示。
「あ、買わないのね。じゃああげる」
「…は?なに言ってるの?あげる?なら最初からよこしなさいよ」
「いや、それで稼げれば儲けもんだなって」
「まったく、あんたいい度胸してるわ。このあたしに向かってそんなこと言うのあんただけよ」
「それはどうもありがとう。さて、じゃあ所有権移すからこっち来て」
「いやよ。あんたが来なさい」
「だってそこまで行くのに踏んじゃうよ?」
僕の目の前にはぬいぐるみの海が広がっていた。
「…わかったわよ」
シンシアは立ち上がり、ふわりと宙に浮いてこちらまで飛んできた。
「さて、じゃあ額についてる石に触ってくれる?それだけでできるから」
「これで…いいの?」
シンシアがシンディの額についているキューブに触れた。
するとシンシアから少し魔力を吸収して所有権と命令権をシンシアを主人として登録し直す。
『オハヨウゴザイマス…ゴシュジンサマ』
「しゃ、喋るのね」
「当然でしょ?これは命令さえすればその通りに動くから」
「ふ〜ん。じゃあ命令しないとどうなるのよ?」
「主人を守るために勝手に動く」
「なるほど。わかったわ」
そう言うとシンシアが額に手を当てて何かを考え始めた。
まぁどうせ。
「今日からあなたはクーちゃんよ」
『リョウカイシマシタ』
「ネーミングセンスがひっどい…」
どうしようもなく適当としか思えない名前をつけるのだ。
本人曰く真面目に考えてるらしいけど。
「なによ。あたしのものにあたしがどんな名前をつけようとあたしの勝手でしょ?」
「はいはい。そうだね〜。じゃ、僕は帰る」
「ふんっ。また何かあったら来るといいわ…別にお茶を飲むくらいでも」
「うん。じゃあまたね〜」
「あ、ちょっと人の話は最後まで」
精神が成長しづらいせいか、幼人種はひどく寂しがり屋だ。だからこんなにも部屋がぬいぐるみに埋もれてるわけなんだが。
…ついでに言うと一度気に入ったものにはとても懐く。おかげでロリコンがすごく喜ぶ種族。
僕は部屋を出て…というか部屋の前から立ち去って家を出た。
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