57.編み物しましょう
「暇だね〜」
今は夜中の2時過ぎ。すでに起きている人はおらず、僕の手を動かすもの音のみがえらく耳に残る。
僕の部屋は蛍光灯なんか比じゃないぐらい煌々と光が灯り、もはや昼間と同じぐらいの灯りが部屋中を照らす。僕の手は淡々と編み棒を動かしてマフラーを生み出していく。
結局2階の部屋を貸し、夕食をとり、風呂に入ってマリーを寝かしつけてテラを寝かしつけたところでやることがなくなった。その時点で10時半ごろ。みんなが寝るには早いので適当にトランプなんかをして時間をつぶしていたんだけど、疲れもあってか11時半ぐらいにはみんなが寝てしまい、ロメは家中の掃除などの仕事にアルドは外で素振りをしているしニーズとリューゼルドはこっちに来ていないため僕が暇になった。
仕方がないのでもう直ぐ大雪が来るからそれに備えてマリー用のマフラーを編んでいたんだけど、それも1時間かからないで終わり今はテラのを編み終わって自分のに手を伸ばしたところだ。
「寝れないって不便だよね〜…いや、本当に」
精神的には疲れたりはするんだけど、全く眠気は発生しないし、寝ようにもかれこれ2000年近く眠っていないおかげで寝方がわからず寝れないしで、精神的疲労は微塵も解消しない。まぁ、代わりにマリーを愛でたり、誰かを小馬鹿にして遊んだりしてストレスを発散してるわけなんだけど、それでもこうやって夜中じゅう暇になるのはいただけない。
初めの頃は気にならなかったとはいえ、さすがにこれだけの間だと時間が余る。もはや余暇とか寸暇ではなく過暇だよ。いや、そんな言葉はないんだけどさ。
とにかく何が言いたいのかというと、”暇”なんだ。これだけの時間があると一通りやれることはやりきってしまえるわけで、すでにこの時間をうまくつぶす方法が思いつかない。もうあれかな。この世界じゃ役に立つ時期が極端に短いし、外に出る酔狂な人はいないから防寒具なんて意味がないけど、マフラーや手袋やセーターなんかでも作ってみようか?一応一年中秋みたいな気候なわけで使えないわけじゃないし、マリーに着せたいし。
「さてと、終わっちゃったな…」
そんなことを考えつつ、僕は編み終えて毛糸の終わりの処理までした焦げ茶色のマフラーを手に取った。
ちょうど首に2周してぴったりのサイズ。というか僕が作ったのはスヌードっていうやつなんだけどさ。一応説明するとマフラーが繋がってるやつね。1つの輪っかになってるやつ。
マリーとテラのは普通に編んだんだけど、どうにも飽きちゃってさ。違う種類のものにしてみたんだよ。割と悪くないね。ただ、僕の髪の毛がちょっと長めでくるくるとカールしてるせいでドラマとかに出てくるチャラいやつみたいになってる。
…ま、いっか。別に変じゃないし、それに僕はどちらかといえば寒がりだから気温的にもちょうどいいし。これから出かけるときはつけてようかな。暖かい。
「さて。ロメにどうか聞きに行ってみようか」
とは言ってもちょっとは気になるわけで、ロメに意見でも聞きに行こうと思う。ついでにロメのサイズも測って作ろう。これであと1時間は時間が潰せる。
部屋を出て階段を下った。
とりあえず、後ろから僕を観察している人は見逃してあげよう。
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「おはよ〜。昨日はよく寝れた?」
僕はフランスパンをかじるマリーを眺めてほのぼのしながら食堂に下りてきた勇者たちに声をかけた。
寝ぼけたり眠い目をこすったり運動してきたのかタオルで汗を拭いたりしながらそれぞれが返事を返してくる。
「さ、座って〜。君らはとりあえず今日からしばらくここにいてもらうんだけど…ああ、鼻血くんは別。今日は僕と宿探しにね?まぁ、空いてなかったら大雪の時期が過ぎるまではここに置いてあげるから安心して。で、その間にちょっとやってほしいことがあるからいいかな?」
「ええと、何かな?」
「別に家事とかじゃないよ。ちょっと仕事を頼みたいんだ。大雪ってわかってる?」
「うん。知ってるよ。確か…えっとー…恭子ちゃん、なんだったっけ?」
「ふぇ?え、あ。ええと、ですね。”大雪”というのはこの世界特有の季節のようなものだと聞いています。確か、2週間ほどの間ずっと雪が降り続いて、建物が埋まってしまうくらいと」
「うん。まぁあってるよ〜。でさ、その間家から外には出られないんだよ。だからその間のことなんだけど、1人僕の仕事の手伝いしてくれない?ああ、ちょっとした魔物素材の片付けだからさ。血を洗い流したり、皮をはがしたりとか。お願いできる?1人でやるのはちょっと面倒なんだよ」
影人出してやらせてもいいんだけど、それだとすぐに終わっちゃって時間が潰せない。ついでに1人でやるよりほかの人がいた方が使い道にいい案が浮かぶかもしれない。売るとか武器や防具やアクセサリーとかを作ったりするとか以外の使い道ってあんまり思いつかないんだよね。
「ええと、それは誰でもいいのですか?」
「うん。あ、できれば多少そういうのに耐性があるといいかな。血まみれだったり生肉だったりとかいろいろあるわけだしさ。で、どう?誰か頼まれてくれない?あ、今すぐじゃなくっていいよ。」
「ねえ、誰かやる?」
「俺はやってもいいぞ」
「じゃあ私も一緒…いいよね?」
「でも1人って言ってたわけだし、それなら俺がやるよ」
「もしかしたら今日出て行くかもしれないんじゃないの?」
朝食とともに相談が開始された。
押し付け合いというより取り合いって感じの会話。一応ここにお世話になる身だから貢献しようと思ってるみたい。別にいいのね。
お、マリーが食べ終わったみたい。さて、今日はどうしようかな〜。
「マリー、ごちそうさま?」
「うん…」
「そか。じゃあ片そっか〜」
「わかった、の」
マリーは自分の皿を持って厨房に向かって歩いて行く。
いや、普通はこういうのって置きっぱなしにするものなんだけど、マリーが大人になってもそういうのができないと困るかな〜という僕の考えのもとちょっとずつそういうことを始めさせてみた。今はとりあえず皿を持っていくだけ。次は皿を洗う。その次は料理の手伝い。ってな感じで少しつずハードルを上げていこうと思う。まぁ別に深くはやらないよ。ただこれから生きていくのに必要になりそうなスキルを教えていくだけで。
「じゃ、夕食の時にでも教えてね〜。鼻血くんは朝食食べたら準備して階段のところに来て〜」
「あ、わかった」
僕はその後を追う。皿を落としちゃったら大変だからね。
少しばかりふらふらとよろけながらもマリーが厨房へ皿を運んでロメに手渡し、それから僕に向けてニコッと笑った。うん、よく頑張った。
「さて、じゃあテラを誘って出かけようか〜」
「どこに、行くの?」
「ん?ああ、今日は鼻血くんの宿探しだよ〜。ついでに遊びに行こう。もう少ししたら大雪だから外出れなくなっちゃうからさ。今のうちに外に出ておこうよ」
「うん…わかったの」
「よし。じゃあテラを呼びに行ってくるね。多分今は部屋にいるでしょ。マリーは出かける準備しておいで〜」
「うん」
とてとてとマリーが階段を駆け上っていった。
最近マリーが走り回ってるのをよく見かける。多分テラの影響だろう。テラは体を動かすのは好きだからね。きっと僕がいない間にそうやって運動でもしていたんじゃないかな?心なしか最近マリーにスタミナがついたような気がするし。
そんなことを思いつつ僕はテラの部屋に入る。
ノックをし、ドアを開ければ普段通りテラが僕に飛びついてきた。
「お姉ちゃんだー!」
「うん。テラ、今から出かけるんだけど一緒に行く?」
「今から?うーん…行く!」
「そっか。じゃあ準備しておいで。僕は階段下で待ってるからさ」
「わかった!」
テラは部屋にある物を漁って準備を始めた。
ちなみに、テラは整理整頓が苦手なためそこそこ部屋が汚い。定期的にロメに手伝わせて掃除をさせているが、今のところ効力を発揮した気配がない。
まぁテラが言うにはそこそこ基準があって片されているらしいんだけど、僕には全くもって理解不能だ。第一僕は荷物を片っ端からポーチかアイテムルームに放り込んでるおかげで整理整頓とか結構関係のないことだからね。ああ、一応ポーチとアイテムルーム内は綺麗に整理整頓されてるよ。というか勝手に整理整頓されるよ。ちょうどゲームのアイテムボックスとかみたいな感じに、ある一定の基準のもと入れた物を勝手に片付けてくれる。いやぁ、設定するのに結構苦労したんだよ?主に15,6年ぐらい。
僕は自分の部屋に上がった。
鍵を開けて中に入り、しばらくマフラーなんかを編むために使っていた道具とかを片付けたり使った毛糸のカスをゴミ箱に捨てたりと時間を潰してからハンガーに掛けてあるローブを羽織って再び部屋を出る。そして階段を下った。
ここのところ最近なんだけど、常にあの白いローブを着るのをやめたんだ。さすが数百年やってたわけだからに同じ物を着続けているということに文句はないんだけど、ちょっと人が増えたわけだししばらくは毎日ちゃんと服装を変えようかなって思って努力を始めた。普段着は色々シャツとかズボンとかを変えて着て、外に出るときは一応装備ってことでこのローブを羽織ることにしたんだよ。ちなみにポーチとかはそのままズボンのベルトに取り付けっぱなし。わざわざ物を取るときに部屋まで帰るのがめんどくさくって…ね?
「さて、鼻血くんは朝食食べ終わったかな〜」
食堂に入ってみるとロメがすでに食器を片付け、テーブルの掃除をしていた。
僕が入った時の音か気配かでロメが気がついたらしくこちらを向く。
「主、勇者たちはすでに朝食を終えましたよ。およそ…2分少々前ですね」
「そっか。ありがと〜」
「いえ。もったいないお言葉」
ロメがうやうやしく僕に頭を下げた。
僕はそれに軽く手を振って返し、食堂を出る。
「あ、来た」
「おにぃちゃん、おねぇちゃんは…?」
「行くってよ〜。多分少ししたら来るんじゃないのかな?」
軽い返事を返した後、マリーが僕の左手をそっと掴む。手がちょっと冷たい。
そういえば大雪の時期が近くなると突然気温が下がり始めるんだよね。今までは16度くらいだった気温が少しずつ下がって今は6度ぐらいになっている。まぁ、マリーは雪白族っていう向こうの世界でいうホッキョクギツネみたいな種族で、そこそこ寒さには強いはずだけど…幼少期の栄養失調と隔世遺伝とかのせいかな。純粋な雪白種の子供じゃないから多分普通の九狐種よりちょっと寒さに強い程度だと思う。
「あ、そうだった。えっと〜…ほい。マフラー」
「まふらー…?」
「そ。こうやって首に巻くんだよ〜。どう?暖かい?」
ふと思い出して昨日作ったマフラーを首に巻いてあげる。サイズは少し長めだけど成長したらきっと丁度良くなるはず。
一応服に合わせて和風なテイストを目指して桜の模様っぽいのを入れてみた。ちなみに夜中じゅう暇だったから何十回か作り直してやっと出来上がった力作だ。そこそこ自信ありだよ。
「うん。あったかい、の」
「よかった。じゃあマリーにあげるね。一応テラの分もあるんだけど…あ、来た来た」
マリーが不思議そうに自分の首に巻かれたマフラーを握ったり掴んだりして感触を楽しんでる。微笑ましくってほのぼのするね。
それを眺めているとテラが2階から飛んできた。ああ、言葉どおりだよ。飛んできた。一応テラは僕の使徒であり、普段は出してないけど背中には僕に似た銀色の翼がある。今はそれを出して2階から飛んできただけ。
でもね、
「いつも家の中で飛ぶのはダメって言ってるでしょ?テラ」
「えー、なんで?楽チンなのにー」
「下に人がいたらどうするのさ。こないだロメが花瓶運んでる時にぶつかりそうになったんでしょ?危ないからダメ。飛ぶのは絶対に人がいない時か外で僕かロメかアルドがいる時にしてね」
「うー…わかった」
「よろしい。じゃあテラにもマフラーをあげよう」
僕はテラの首に所々に銀色に耀く糸の混じった毛糸で編んだマフラーを巻いてあげる。
こっちはシンプルな作りだけど、素材にとことんこだわってみた。光の当たり加減でキラキラと光っているのはジュエルキャタピラーっていう魔物の吐く糸。この糸には微細だけどダイヤモンドのような宝石の粒子が混じっている。それが綺麗に見えるように工夫して糸にしたのを無理やり毛糸にして編んだ。おかげでシルクのような触り心地のマフラーが出来上がった。なんかこれじゃ無い感があるけど綺麗だし暖かかったし使い勝手も悪くなかったからそのまま。
「きれいー!これ何?」
「テラはマフラーってわからない?まぁいっか。首に巻いて暖かくするものだよ」
「ふーん…わかった!」
「ああ、絶対わかってないね。まぁいいけどさ」
とりあえず嬉しそうにはしゃいでるからいいとしよう。テラにこういうのをわかりやすく説明するのは面倒臭いから放置。
どうせそのうち勝手に理解するでしょ。
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