53.招待しましょう
「はぁ〜あ。疲れた」
周辺でアンデット化している敵兵をただの死体に戻してから消滅させていく。
あ、そうだ。勇者ってどうなったのかな〜?
「確か本陣は向こうだったよね?」
僕は死体を消しながら武器を回収し、闇魔法で汚れだけは綺麗にぬぐいとって…というかダークホール的なものに吸い込ませてポーチにしまいながら傾斜を登る。
皇国の陣営があった場所にはアンデット化した元兵士たちが戯れているのが見えた。
「あ、頑張ってる」
アンデットは生前関係の深かった物に執着する。
人ならば恋人、親、友人、ライバル、師、子…そんな感じにね。で、未だにアンデット化している元兵士たちは隊長や勇者と関係が深かったようだ。まぁ至極当然の事だけどね。
その結果がこれ。僕が他の兵士たち相手に無双ゲームをやっている間に一部がこちらに来て逃げるのを防いでくれた。さっき使ったのは支配下になんか置けないただ周囲の肢体をアンデット化するだけの魔法だったから実に都合のいい結果になってくれてありがたい。
「お、おい!お前!て、手伝っ…⁉︎」
ボロボロになっている隊長?司令官?なんかその辺の偉い地位についてそうな人が僕に向かって腕を伸ばしつつ、元兵士に取り込まれるかのように埋もれていく。
それと同時に女子の悲鳴が聞こえた。
「あ〜あ。さて『終焉は終りを告げる。不老不死は儚い幻想。全ての死は地に還る。最期のひと時』」
僕は詠唱と共に息吹を腰から抜き、右手にもてあそぶ。
アンデットと化していた兵士たちはその場に崩れ、ただの物言わぬ死体へと還る。
それと同時に気が抜けたのか大きく息を吐くのが聞こえた。その方へと目線をやるとメイドと女の勇者が各3名、それと男の勇者が2名。あとは偉い地位についてそうな奴が2名が背中を守りあってアンデットだった死体の中心にいた。
どうやら勇者は2人ほど死んだみたいだね。
「ハロ〜、ハワイユ〜。元気?」
敵意以前の問題でそいつらに戦える魔力はすでにないし、体力もつきかけて気力で立ってるだけの状態。
僕は返事を待つが誰も反応せず、そのまま地面に座り込んだり、崩れ落ちるという対応を見せてくれたのみだった。
味方だって勘違いしたのかな?
「ま、いいや。君と君と君、お偉いさん?この戦闘の首謀者?」
「…だとするなら?」
「じゃあ死んで…とは言わないけど、戦闘の責任は正しく負ってもらうよ〜。主に公開処刑とかで」
「…!」
「『闇よ。怨念と共に絡め。醜悪な拘束術』逃すと思った?」
僕の影から黒みを帯びた紫色の靄が這い出てそのお偉いさんっぽいのに絡みつく。口を塞ぎ、しゃべることは許さない。
お偉いさんっぽいのはそのまま転がしておく。
「さてと。本題はこっち。やぁ、勇者の皆さんや」
「あかね様っ!お逃げを!」
「あ、うん。別に今のところは害意ないからね?…まぁ、邪魔だから君らも捕獲で」
どうせならこっちの方が面白いかと思ってポーチから鉄の鎖を出し、それを【念動力】で操作して身体中を縛る。
腕に巻きつき足に巻きつき胴体に巻きついて僕の傀儡にした。これである程度僕の思い通りに操れちゃう。とりあえずはメイド3人で抱き合ってもらっておく。
ああ、別にそういう趣味はないよ?ただ普通にしててもらっても面白くないからやっただけで。
「やっぱり邪魔だし、置いてこよう。『影よ、踊れ。影人』」
別に必要のない詠唱をこなしてから影人を出して今転がしたお偉いさんたちを担いで街に帰らせる。
メイドたちには関係がある話だから残ってもらう。
「…おい。俺らをどうするつもりだ?」
「ん?ああ、初めまして…じゃないか。多分久しぶりって言うのが正解のはず。僕は松井新一郎。君らの同類だよ」
「…はぁっ?」
「君は…うん、鼻血くんでいいや。で、鼻血くんや今の君らの状況が聞きたいから話してくれる〜?」
「誰が鼻血くんだよ!俺は早瀬隆太だ。てか、今の状況ってんなんだよ?」
「あ〜、そこからなのか。とりあえず聞くけど、君らはなんで戦ってる?人間を救うためとか言わないでね?僕が爆笑するから」
「…へ?」
「なるほど。まぁ鼻血くんが大馬鹿なのはよくわかった。で、他のみんなもかな?」
それぞれの方へ僕が視線をやると首を軽く縦に振った。
どうやらあの中でも特にアホのようだね。
「さてと。じゃあ簡単に説明してあげよう。君らがいるゼノバルス皇国は人間種以外を迫害するという宗教の元成り立つ国。それはおよそ600年ほど前から続いているんだ。それで、皇国は他の種族が国に入ると即刻捕まえて奴隷にする、元からいた他種族を見下す、人間種至高主義で他国と接するといたことを続けてきた。で、次はどうなると思う?」
「そ、それは…他の国から」
「うん。経済的制裁だけじゃなく、厳重警戒をされるまでに至ったわけだ。で、国内だけの食料でやっていけず、首が回らなくなっちゃった結果がこちらになりま〜す。で、君らはどうする?」
僕はにっこりと微笑んで彼らを見回す。
あ、メイドが睨んできた。まぁ顔が半分程度しかこっちに向かないからあんまり見えてないけど。
「まぁとりあえずここから移動しようか。君ら的に死体に囲まれるのは楽しくないでしょ?僕は君らを見てて非常に愉快で楽しいけど」
「は?あ、いや、ああ。わかった」
僕はそこの死体たちを放置して歩き始める。この辺なら魔物が勝手に処理してくれるから放置しても問題はないのだ。
僕の後ろで勇者たちがゆっくりと立ち上がって肩を貸し合いながら歩き始めたのが聞こえた。男子は長剣を杖代わりに、女子に至っては半分抱き合うような形で僕の後ろを歩いている。メイドは足同士を鎖で絡められ、手も繋がれて斬新な三人四脚をやっている。
それに勇者たちもその状態がまさに戦争で戦って負傷した重症者みたいな感じでちょっと笑いそう。だって戦ってないじゃん?見た目だけだと仲間割れじゃん?負け戦じゃん?
かわいそうだから笑わないけどね。
「あ〜あ。結局間に合わなかったみたいだね〜」
僕は街の入り口でたむろしている竜に乗った兵士を見てつぶやく。
どうやら僕が戦闘を終えた直後あたりにこっちについた様子だった。
遅かったよ。全滅させた後だったよ。意味なかったよ。
…はぁ。
「先に行くから頑張ってね〜」
僕は勇者たちにそう告げて小走りで街の門に戻る。
足をとで竜が僕に気がつき、それにつられてこっちを見た兵士が僕に気がついた。
「シン様!」
「って、レイジュじゃん。元気だった〜?」
「ええ!この様子ですと私たちに出番はなかった様子ですな。はっはっは」
「まぁちょっと被害は出ちゃったけどね。ああ、あとそこに落ちてる奴ら、今回の主犯っぽいから住民の気がすむような方法で苦しめて。家族を亡くした人だっているだろうし、憂さ晴らしにさ」
「了解です!」
レイジュはそう言って近くにいた兵士に命令し、そのお偉いさんっぽいのを縄で束縛、そのまま連れて行かせた。
多分近いうちに公開処刑でも晒し首にでもなるだろう。
「お前…なんでもっと早く戦わなかったんだ?」
「うるさいよ。君は寄生してうまく人生やりきる側なんだからそこは追求しないのが頭のいいやり方だと思わない?」
「それでも…聞きたい。今までの俺はバカだった。愚かだった。だから、今この瞬間から生まれ変わる。これは第一歩なんだよ」
「ふ〜ん。まぁいいや。主な目的はこれ以上ここに援軍を送らせないためだよ。最初の時点でこの街の住民だけでも戦えるっていう証明を。援軍まできて圧倒的戦力差を見せつけたところで僕が戦って無駄だっていう絶望感を。さらにこっちに援軍が来たことを知ればこの街を襲おうと思わなくなるでしょ?」
「な、なるほど」
「まぁ、君が生まれ変わるって言ったんだ。頑張ってね?寄生虫くん」
「俺の名前は寄生虫じゃねぇ、ルンベルトだ」
「そっか。じゃあ君がまともになれたときにそう呼んであげるよ、寄生虫くん」
「チッ…わかった」
がっつりと嫌味を言っていたのだが、寄生虫の表情はえらく晴れ晴れとしていてあまり嫌じゃなかった。簡単に言うならば憑き物が取れたっていう感じだ。寄生虫卒業おめでとう〜。これからに期待しておいてあげようじゃないか。
僕はレイジュと寄生虫の後ろ姿を見送りつつ、門の前に椅子を出して座り込む。
ちなみにこの椅子はこの街まで来るまでの夜営中に作ったもので、手頃な大きさの木をそのまま彫って制作している。こういうのって温かみがあっていいと思わない?
「さてと。じゃあ勇者たちはどうしようかな〜?さっさと処分するか、それとも神野くんたちに押し付けるか」
こちらに向けてふらふらと歩いてきている勇者たちを眺めつつ僕はポーチから紙袋を取り出し、その中からクッキーを出してかじる。うん、甘くて美味しい。
で、何はともあれ一度全員の話は聞いておきたいとは思う。どうやら思った以上に事態が深刻だ。勇者がバカすぎる。多少自分たちで気が付いて戦争の最中に皇国が内部崩壊っていうのが良かったんだけど、そうも行かなそうだ。
下手したら使えない勇者とか奴隷にされて戦わされそうだし。
「…ああ、逆に運がいいかもしれないね」
それで死ねれば運がいい。だって帰れるんだから。
実はこの世界から勇者が帰る方法は3つ程用意してある。
1つは正攻法。時空間魔法”勇者帰還”をどうにかして復元、この世界で協力者を得て帰してもらう。
もう2つは邪道。僕みたいに存在自体が昇華して人間をやめちゃうのと、死ぬこと。まぁ僕みたいにっていうのはもちろんそのままの意味。もう片方の”死ぬ”っていうのは僕が向こうに帰った時のためのものだ。今現在こっちの世界で死んだ人は魂もろとも世界の構成物として吸収される。その場合魂の情報一つ残さずきれいに消滅するのでもし僕が気に入ってる人が死んだ場合に生き返らせられなくなっちゃう。
まぁ、そう言うからにはもちろん魂の情報が残っていれば生き返らせることができる。最低限な量はあるけど、ある程度残ってさえいれば元の魂を復元して甦らせられるのだ。そのために勇者たちは死んだら魂が吸収される前にその魂を丸ごと別の空間に転移するようにしておいた。死んだ勇者たちの魂はそこで保管する。ついでに補修してみんなが帰るまでにはもとどおりになって一緒に帰れるっていう寸法ね。
まぁ、みんなが帰るまでの間は帰すつもりがないから、どんなに時間がかかろうともその何もない空間に放置されるという未来が待ってるわけなんだけどね。
「さてと。やっと来たね〜」
やっとの事でたどり着いた今にも死に絶えそうになっている勇者たちが僕の前でへたり込んでいる。
僕は紙袋からクッキーを出して口に運びつつにっこりと微笑む。明らかに嫌味だね。やめるつもりはないけど。
地面に座り込んだのを見て、僕は椅子から立ち上がる。
「さ、行くよ〜」
「ちょ、ちょっと待て。少し…休ませてくれ」
「やだ。あと少しだからさっさと移動して〜。休むのはそれから」
「あとちょっと…って、どれぐらいだ?」
「数分。ま、入口入ってすぐだよ」
「わかった…」
鼻血くんがおとなしく僕の言うことを聞いて頑張って立ち上がる。
それにつられて他の人たちが立ち上がる。
ん?メイド?地面をのたうち回ってるけど?僕の操作で。
「さぁ行こう〜」
僕は椅子をポーチに放り込み、クッキー片手に歩き出す。
門の前で立っている兵士に頭を下げられ、肩を貸しあってよたよた歩いてる冒険者に異様なものを見るような眼差しを向けられたかと思えば、兵士に崇拝にも近い眼差しを向けられ、ありとあらゆる視線にさらされながら家まで歩く。
何だろう、やっぱりやりすぎちゃったかな?たかだか数千本の武器を飛ばして一方的な虐殺に及んだだけなのにな〜。おかしいな〜。
僕は家に着く。
扉を開けると、僕の腰のあたりに少女が抱きついてきた。まぁ言わずともこんなことをするのは…ってあれ?テラじゃなくてマリーがくっついてる。普段はテラが飛びついてくる…っていうかマリーはもっとこう、慎ましい?おとなしい?遠慮がち?なんかそんな感じでいつもはこんなことしないんだけどな〜?
「ん〜?…ま、いっか。ただいま〜」
僕はその頭を優しく撫でておく。
きっと僕があんまり相手をしてあげられなかった2日とちょっとの間に何かあったのだろう。成長したかどうかは不明だけど、遠慮がなくなったのはいいことだと思おう。
そのまま僕はマリーの手を取って客間だった部屋に入る。
今の部屋はソファーが乱雑に放置されている状態だ。どうせ人を呼ぶつもりはないし、物置として使おうと思って元々あった家具とかを収納している。
勇者たちにはこんな場所がお似合いだろう。
「今は他の部屋を片してる最中だからこの部屋しか貸せないんだ。適当に座って休んで〜」
「あ、ああ。わかった」
「じゃ、しばらくしたらくるね〜」
僕はメイドを捕獲している鎖を窓枠に固定して南京錠をつけ、それから部屋を出た。
「さて。マリー今日はどこに行きたい?」
「ん…?お外」
「う〜ん。今日はやめたほうがいいかな〜。ちょっと色々とあったからさ」
「…じゃあおにぃちゃんの部屋がいいの」
「うん。じゃあそうしようか」
勇者はこのまま半日ぐらい放置してやろう。
これまでやったことをよく考える時間は必要だろうしね。
…ま、過剰だろうけど。どうせそこまで長く考えはしないだろうよ。残りは単なる嫌がらせ。
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