43.ゆっくりしましょう
ガチャ…とドアノブをひねって僕は部屋に入る。マリーをベッドに寝かし、アルドが入ったところで鍵を閉めた。
しばらくティータイムを楽しんだところで僕はマリーを椅子に座らせっぱなしでは辛いかと思って部屋に向かったのだ。結局、ミリーは僕とティータイムを楽しんだようだった。初めはぎくしゃくしてたんだけど、しばらくしたら慣れたようで普通に楽しくおしゃべりを楽しんだよ。あとでフレルドや他の王族達も交えて夕食を取ろうという話になった。
ま、今はマリーが結構疲れ切って寝てるから、しばらくしたらだけどね。
「部屋の状態も変わってないみたいだし」
僕の部屋は今も変わることなく、クローゼットとテーブルと椅子、シャワールームの場所を少し勝手に作り変えて作った風呂と洗面台、大きい天蓋の付いたベッド、そこそこの備品の揃ったキッチン。床はフローリングで、シャワールームのみがタイル張り。部屋の隅には数十体のぬいぐるみが置かれ、壁には勝手に増設した棚があり、その棚には魔道具がしまわれている。
部屋全体には”浄化”や”劣化防止”や”自動修復”など、壊れないように色々な付与が施されている。ちなみにそれらは神法を用いた物で、壁は床に直接大量の付与がされている。魔法ではできないことだ。
「さてと。何しようかな〜?」
僕は屋敷から運んできた椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏す。
今は5時少し前、夕食は7時。時間は有り余っているのだが図書館なんかには生徒がいる可能性が高いので行きたくないし、訓練室とかは神野達がいること間違いないだろう。まだ会うつもりはないのだ。どうせなら驚かせてやりたい。少ししたら…というか明日謁見があるらしい。どうやら明日王国からスリングに移動することを伝えるらしく、その時には勇者が全員呼び出される。僕はそこにちゃっかり参加するつもりだ。きっと驚いてくれるだろう。
で、今はバレるわけにはいかないのだ。でも、このまま部屋でぼーっとしているのは暇だし、何かをしに行きたいところなのだ。こんな時間からは外とかには行けないし、かといって城の中もウロウロできないのだ。消去法的に部屋にいるしかないのだが、部屋にいてもはっきり言うがやることがないのだ。ポーチには大量の素材が入っているが、これ以上この部屋にぬいぐるみや魔道具を増やす気はない。結局ぼーっとしてるよりないのだ。
…体戻せばバレずに遊びまわれるんだけど、そのまま誰かと遭遇したくない。もはや最終手段なんだよね。あ〜、でも夜中に風呂に行きたいかな。この城の中には大浴場があるのだ。僕が作らせたやつが。ハルの孫に作ってもらったというか、一度風呂を教えてあげたらいたく気に入って勝手に豪勢な大浴場を作ってたというか…まぁ、とりあえずそんなこんなで無駄に広い風呂があるのだ。久しく風呂なんかには浸かれてないし、せっかくだし入りたい。バラした後はミリーかゆーちゃんにでもマリーを風呂に入れてもらおう。
「あ〜。暇〜」
だが、何よりまずは今が暇なのだ。別にぼーっとして時間を潰すのも構わないのだが、今の僕は何かがしたくてたまらない気分なのだ。
「よし、お菓子でも作り貯めしよう」
クッキーとかカップケーキとかちょっとした物を大量に作ってポーチに入れておこう。いつでも食べれるようにいろんなお菓子を作って入れておこう。そうすれば食べたい時に何もせずにお菓子が食べれる。
よし、そうしよう。
僕はキッチンに向かい、ポーチからいろんな物を取り出してお菓子を作り始めた…
* * *
「アルド、マリーをよろしくね」
『わかりました。ではごゆっくり』
僕は夕食をとり、部屋に帰ってきていた。夕食の時間を生徒たちが広間で夕食をとる時間に合わせているおかげか、誰とも会うことなく夕食をとって部屋に帰ってこられた。
マリーを聖霊たちに手伝わせて部屋の風呂に入れ、本を読み聞かせて寝かしつけた後、僕は体を戻しいつもの着慣れたワンピースに戻していた。まぁ何をするのかといえば大浴場に行くのだ。ただ、途中に生徒たちにすれ違う可能性があるので体を戻しているのだ。本当は嫌なんだけどしょうがない。風呂に入るためなのだ。かれこれ70日以上満足に体を洗えていない。全部”浄化”で済ませている。実際のところ風呂に入ったりするよりずっと綺麗にはなっているのだが、気分的にね?
僕はポーチの1つ…とは言っても他のポーチは全てこの中に詰まっているが、それのみを持って部屋を出る。扉を開け、廊下に顔を出す。
「あ、あの…ご一緒させてもらってもよろしいですか?」
…部屋を出たところにミリーがいた。
うん、なぜだ。僕は風呂に行くとは言って…たね。夕食中にそんな話をしてたね。まぁいっか。別にちょっと落ち着かなくて、恥ずかしいだけだし。
というか、この体だと僕の方が身長が小さくてちょっと悲しい。男だったら圧倒的に大きいのになぁ…
「いいよ〜」
「本当ですかっ!」
「あ、うん。静かにね?マリーが少し前に寝たばっかりなんだ」
「あっ…それは、すみません」
「うん。じゃあ行こうか?」
「はい」
ちょっとしょんぼりしたミリーを連れて近くにある階段を下る。大浴場は水を循環させたりする構造上、1階に設置されている。まぁ、訓練後にすぐ使えるようにっていう配慮とかもあるんだけどね。ハルの孫は勇者…神野に憧れてて、僕が色々と教えてあげたことがあったのだ。大剣振り回すのは勇者の筋力あってのものだからどうにもならなかったけど、そこそこには強くなってたよ?
赤いカーペットの敷かれた階段を下り終え、城の中心側の通路をまっすぐ進み、途中にある訓練室の手前を曲がる。その先にあるのは木の扉の部屋だ。そこが大浴場である。2つの扉があり、扉にかかった札が赤い方が女湯、青い方が男湯っていう仕組みになっている。
僕らは赤い方の扉を開け、中へ入る。中は入ってすぐの場所に洗面台と鏡があり、少し進んだところに脱衣所が設置されていて、さらにその先に扉があり、そこが浴室になっている。僕らは脱衣所で服を脱いで、タオルとその他幾つかの物を持って浴室に向かう。
扉の先には大きな石造りの風呂がある。その手前にはシャワーなんかが用意されていて、周りは白い5mくらいある壁に囲まれている。まぁ単なる覗きとかの防止だよ。他にも防音だったり消臭だったり色々と効果がる壁だ。ここは僕が無駄に力を入れて作った。だって、僕の時間を邪魔されたくないんだもの。
「さて、とりあえず体を洗おうかな〜」
僕がシャワーに向かうと後ろをミリーが付いてくる。
にしても、こうやってみると僕の体ってなかなかに貧相だよね。身長は小さい、体は薄っぺらく、胸も無ければ、お尻もない。顔つきは幼い少女だし、特筆できるのは長い髪ぐらいだ。これだけは自慢できる気がするよ。自分で言うのもなんだけど、細くて絹みたいなんだよ。まぁ、ほとんどが僕の適当な神様のイメージによって構成されているから文句を言ってもしょうがないとは思うんだけどさ、ミリーがいるとつい見比べたくなる。ミリーは160cmくらいの身長に、ふっくらとした女性らしい体つき、顔はまだ幼さが抜けきらないがそれでも女性らしさを帯び始めているし、胸もそこそこにある。
まぁ、誰かに見せるわけでも見られたいわけでもないし、全く問題はないんだけど、時折テラにそんなことを言われるんだもの。ちょっとは気になるのだ。精神汚染ってこんな感じなのかな?などと最近になってよく思うのだが、あながち間違いでもないような気がするね。
そんなことを思いながらもさっさと髪を洗い、体を洗い、持ってきたゴムで髪を頭のてっぺんでまとめる。そして、浴槽に浸かった。久しぶりだけどもともとが日本人であるがゆえなのか、やっぱり落ち着くね。
僕はお湯に浸かって少ししてミリーが僕の横に入ってくる。なんで横にくるんだろうね?あんまり嬉しくないよ?僕はこの体でいること自体がそんな好きじゃない上に、誰かがいるのも嫌なのにさ。
「あ、あの…シン、様?」
「ん?どうかしたの〜?」
そんなことを思いながらお湯に浸かってポケーっとしていると、ミリーから声をかけられた。
「え、ええと…誰か来たみたいなんですけど?」
「…ぇ?いやいや、王族入浴中の板下げてないの?」
「確か…しましたよ。ちゃんと入口の横のところに」
「じゃあ気付かないで入ってきちゃたのか、知らなかったのかだね。はぁ…」
王族が他の一般人と入浴するのはそんなによろしくないんじゃないかという考えから僕が作ってあげたシステムだ。扉の色のついた部分の横に小さい板を下げてあるときは緊急事態とメイドたち以外の侵入を禁じている…はずなんだけど、確かに脱衣所の方から布の擦れる音が微かに聞こえてきている。
ていうか、よくミリー気がついたね。僕がボーッとしてたせいで周りに注意をしていなかったのもあるだろうけど、それを除いだとしても結構小さい音なんだけどな。それこそ小声で話している噂話を10m以上遠くからしっかりと聴きとるようなレベルなんだけど。
「どうしますか?」
「…1人しかいないみたいだからいいよ。というか、わざわざ追い出しに行く方がめんどくさい」
「そ、そうですか…。ところで話が変わりますけどシン様の肌って綺麗ですよね」
「あ〜、そうなのかな?まぁこれは作り物の肉体だし、本物と言えばそうだけどもともとの体とは違うからね〜」
「もともと、ですか?」
「うん。今日初めて会ったときの体の方」
「…もしかしなくても、シン様って男性、だったのでしょうか?」
「そうだったね〜。ま、男だったのは17年だけど、この体になってすでに1600年経つからこっちの方が今じゃ普通なんだけどさ」
「せ、千ですか…」
「僕は以外とおばあちゃんなんだよ?ま、君らからしたらだけど」
神魂へ変質したときに起こる書き換えによって僕の精神はほとんど固定されてるから、未だに高校生ぐらいの精神年齢だけどさ。
そんなことを言っているうちにガラガラ…と扉が開く音が聞こえた。
「あ、誰か入ってきましたね」
「だね〜。ま、あれを知らないのは勇者ぐらいだから多分生徒のうちの誰かだろうけど」
「そうですね」
僕はちょっと首をひねって後ろを向いた。そこには案の定黒い髪で背の小さい生徒…ん?
「…ゆー、ちゃん?」
「どうかしましたか?」
どう見ても見覚えがある顔はゆーちゃんだった。しかも僕がちょっと”ゆーちゃん”と声に出してしまったせいか、ゆーちゃんが僕らに気がついて…というか”ゆーちゃん”と呼ぶのは僕だけなので声の主である僕を凝視している。
気まずいのでさっと目をそらして背中を向けると、ピタピタと足音が近づいてきた。
「ね、ねぇ…も、もしかして」
ゆーちゃんが僕の肩に手を乗せてきた。
やばい、バレてるような気がする…。って、今はもっとやばいじゃん。こっちの体だし、それを知らないゆーちゃんからすれば僕が幻影か何かで覗きをしているようにしか見えないよね。
やばい、やばい、やばい…どうしよう。いや、本当に。
ゆーちゃんが続ける。
「しんくん…なの?」
「ひ人違いじゃないかな?」
「でも魔力の…同じだし」
あ、終わった。そういえばゆーちゃんは向こうの世界じゃ魔術師。つまり僕の魔力を見られてるし、魔力は1人1人異なっていて同じ人は絶対にいないと言っていい。つまり、僕だって判別できちゃうんだよね〜…
ミリー…ヘルプ〜。僕はミリーの方へ目をそらしつつミリーに目で訴えてみる。
「シン様?どうかしましたか?」
「…アウトだよ〜。それじゃ」
「?」
しっかり名前を教えちゃってくれました。おかげでゆーちゃんが確信したような顔してるよ。
「はぁ…まぁいっか。ゆーちゃんだし。久しぶりだね、ゆーちゃん」
「や、やっぱりしんくん⁉︎え、えっと、それじゃあ…」
「ああ、やっぱり気になるよね〜。これ」
ゆーちゃんが僕の体を見ている。小さくてひどく弱々しく見える僕の体を。
僕はペタペタと体を触ってみせる。
「も、もももしかして、幻影とか使って覗きをしてるんじゃ…!」
「いや、違うよ〜。はぁ…『解除』」
バッとゆーちゃんが僕の視線から逃げる。
シャワーの影からこっちを見ているゆーちゃんに僕は翼を展開する。鉛色に輝く3対の翼。神々しく、幻想的で邪魔な奴。
「ごめんね、ゆーちゃん。僕はすでに人じゃないんだよ」
「人…じゃない?」
「僕は神様。紛い物で、出来損ないのね」
僕は翼を大きく広げて、そう言い放った。
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