40.笑いましょう
「じゃあアルド、今日は明日の朝まで帰ってこないけどよろしくね〜」
『…わかりました。お気をつけて』
僕は肉体の状態をもとに戻し、空中を歩き出す。風になびいて鉛色の髪が目にかかる。
今は午後9時過ぎ。今日で幹部は全員消える。後はボスのみになるのだ。
今日の幹部はどうやら臆病らしい。今日の昼間にマリーと街の散策をしていると、数十人の刺客が送り込まれてきたよ。それで殺せなかったから今度は街から逃げ出そうとしたみたいだけど、街の結界に引っかかって逃げ出せず、結局は幹部のいる建物の中で選りすぐりの手下に囲まれて今か今かと僕に怯えているみたいだね。
もう何もしなくっても勝手に死ぬんじゃないかな、この人。精神疾患とかでさ。
まぁでも、せっかくそんなに怯えてくれているんだし、どうせだから今日は存分に怯えてもらおうと思うんだよ。
しばらく空中を歩いた僕は1つの建物の上で立ち止まる。
そして指を振るう。
『う、うわぁぁぁぁぁ!だ、誰か!こここないでくれぇ!』
中で幹部が叫ぶ声が聞こえる。今日のメニューはお化け屋敷だ。中にいる幹部選りすぐりの手下たちをゾンビに変えてあげた。
本来、人はアンデットにはならない。なぜなら死んだ後に魔力の宿るものがないからだ。もともとアンデットっていうのは死んだ後に残った器に魔力がたまり、擬似的な魂を創生して微妙に生き返っちゃうことだ。だから人はアンデットにはなれない。
ただし、大抵何事にも抜け道というのもがあるのだ。体内に魔石さえ埋め込めば人間だろうと獣人だろうとエルフだろうとアンデットとして蘇らせることができる。そして、死んで蘇った人のアンデットには半分ぐらい元々の意識が宿る。なら、死ぬ前にアンデットに作り変えられた場合はどうなるのか。答えはほとんどもとと同じような人格を保つのだ。しかし、意識は人でもその体はアンデット。生への枯渇というアンデットの本能には逆らえず、意識とは別に体が生きた人間を殺そうとするだろう。だが、意識は残っているので幹部を殺そうとするのを抑えようとするはずだ。なので、殺しきれないダメージを食らいながら建物内を逃げ回ってくれるだろう。
ああ、もちろん外に危険が及ばないように建物に結界を張っておいたから問題はないよ。
「さて、じゃあ中はどうなってるかな〜」
僕は僕の存在を限りなく薄めつつ、人に探知されないレベルまで気配を無くして建物に侵入する。
この幹部のいる建物随分とお金がかかっているようで、3階建て、広さがちょっとした屋敷のようなものだ。まぁだからこそこんなことを思いついたんだけど。
僕は建物内を幹部の気配をたぐって移動する。今回の幹部君のクリア条件は建物の入り口まで逃げ切ることだ。なんで偉い人って高いところが好きなんだろうね?そんなんだから逃げるのに時間が掛かるのにさ。まぁで、クリアできたらお手紙をもたせてボスのところに逃がしてあげる。できなければ僕のおもちゃってことで。ま、無理だと思うけどね。だって幹部君の能力低いもん。まるで温室育ちの貴族だよ。
「ひぃい!だ、誰かおらんのかぁー!」
ああ、いた。階段からものすごい勢いで幹部君か降りてきたよ。
僕のいるのは現在2階通路の端。3階からの階段の目の前だ。この建物の造りでは建物の両端に階段が設置されていて2箇所から降りられるんだけど、今回は1階ごとに片方をつぶしておいたので交互に階段を使うことになる。まぁ、廊下もかなり長いし、頑張って欲しいところだね。
僕は幹部君が頑張って魔法で目の前にいるゾンビを蹴散らしながら廊下を走っていくのを追いかける。幹部君は既に満身創痍で、多分部屋に置いていた手下に殺されかけたってところかな?左腕に深い切り傷、背中に斜めに切られた傷がある。よったよったしながら走っているのはなかなかに見物だ。実に滑稽。
「ちち近寄るなぁ!『火よ、槍となりて我が敵を貫け。ファイアランス』!」
幹部君は残り少ない魔力を使って廊下にいるゾンビを蹴散らしていく。火の槍に貫かれて7,8匹のゾンビが燃え尽き、その火に当たって数匹のゾンビが巻き添いになる。
…そして、廊下が火の海になりました。やったね幹部君。これで廊下はもう進めないよ。さて、どうやって行くつもりかな?
「く、くそぉお!この…この私が!どうしてこのよう目に合わねばならんのだ!」
おおう。まさかの火の中を全力疾走。服に火がつき、髪が燃えて行くけど幹部君止まりません。廊下を全力で走り抜けてゆく。そして、廊下についていた火の中をくぐり抜け廊下を半分ぐらい進んだところで再びゾンビ。左右の部屋の中からぞろぞろ出てくる。
幹部君どうする?
「も、もう魔力が…だ、誰かこの私を助けろ!」
あらら。どうやら魔力が残っていないようだ。
幹部君、きょろきょろと周囲を見渡す。だが残念ながら燃え盛る周囲にはゾンビの屍体が転がっているのみ。後ろは火の海、前はゾンビ。やけでも起こしたのか幹部君は近くのゾンビの持つ剣を怪我をしていない左手に取り、それを無我夢中に振り回しながらゾンビに向かって走っていく。が、残念なことにゾンビは痛覚がない。いくら切り傷をつけたところで怯みはしないし、むしろ敵と認識して追いかけてくる。うまいことゾンビの中を駆け抜けてはいるのだが、どんどん切りつけたことにより敵が増えていってる。ゾンビは行動が遅いんだし、何もせずに走り抜けたほうが利口だったんじゃないかな?確かに斬りつけたことで当たりそうだった腕がちぎれて当たらなかったり、うまく頭を切ってゾンビを倒したりはしてるけど、むしろ痛みを我慢して何もしないで走ったほうが賢明だったと僕は思うよ。だってさ、後ろにゾンビの大群ができかけてるもん。
「く、くるなぁ!この私に!この私に近づくんじゃない!」
ぞんざいな使い方をして刃先が欠け、刀身にもヒビが入りかけている剣を振り回しつつ幹部君が廊下の端まで逃げ切った。まぁ、前を見ずに走り続けたおかげで壁にぶつかったのはちょっと面白かった。
幹部君は剣を後ろから追いかけてきているゾンビに投げつけ、階段を全力で駆け下りていく。
まぁ、ここまで結構頑張ったほうだと思うよ?
「く、くそぉおおお!私がっ、この私が何をしたというのだぁ!」
階段を降りたところにいるのは当然ゾンビ。道を阻まれ後ろを振り向くが、後ろに控えるも大量のゾンビ。幹部君の逃げ道は無くなった。幹部君はこれが最後とばかりに残る魔力のほとんどを費やして魔法を行使する。
「『火よ、弾丸となりて我が敵を穿て。ファイアショット』!」
一発の炎の弾丸が幹部君の前にいたゾンビの1体に当たり、ゾンビが燃える。それに触れていたゾンビが巻き添えを食らって燃える。目の前に人一人分の逃げ道ができた。幹部君はそこに走り込む。
…はい。お疲れ様でした。残念なことにその先にいるのもゾンビ。というか、1階には調理なんかをする部屋なんかも含まれており、戦闘能力は低いが料理人やメイドなどが大量にいた。おかげで幹部君は飛び込んだ先でゾンビに囲まれ腕を振り回すが、それは掴まれてゾンビに埋もれていくのみ。
「はい。しゅ〜りょ〜」
僕は指を振るう。
掴んでいたゾンビが魂が抜けたように地面に転がる…というか実際魂が抜けてるんだけど。幹部君はそれに反応して何が起きたのかわからない様子で周囲を見回し、僕を見つけて昨日の女幹部と同じように叫ぶ。
「し、白き…暴虐。い、いやだぁー!頼む!頼む、殺さないでくれぇ!なんでもするから、なんでもしますからー!それに私は悪くないんだ!そ、そうだ、悪いのはあの女だ。この私に命令したあの女が全て悪いんだ!だから、だから殺さないでくれぇー!」
「いや、よくこの状況でそこまで口が回るね。そこにはちょっと驚愕するよ」
こんな状況でここまで必死に言い訳ができるってなかなか残念な才能だと僕は思うね。まぁ、この幹部君は殺すつもりはないけど。だってちゃんとボスへの伝達役になってもらわないといけないんだからさ。
ああ、おもちゃにはするけどね。
「お願いしますー!殺さないでくださいー!私は悪くない。私は悪くないんだぁー!」
「はいはい。とりあえず、『我は奴隷王。捏造の忠誠と絶対の盟約を以って、永劫の契約をここに』さてと。じゃあ『動くな、しゃべるな』」
よく回る口は塞ぐとしよう。どうせ言い訳しかしないだろうし、何よりうるさいし。
幹部君は僕の目の前で正座し、片手を僕に伸ばした状態で固まっている。
「さてと。僕は汚い男を拷問する趣味はそんなにないんだ。どうせなら綺麗な女の子とかを痛めつけたほうが楽しい。まぁ、やらないわけじゃないんだけどさ。さぁ、選べ。3つ程選択肢をあげるよ。1.切り刻まれて最終的には四肢を失ってボスのもとに送られる。2.体を作り変えられてゴブリンような生物に変えられてボスのもとに行く。3.内臓と必要な器官のみと頭だけの状態にしてボスのもとに送られる。さぁ、どれがいい?『選択のみ許可する』」
人間ってさ、頭と心臓と骨髄と幾つかの内臓さえあれば生きてられると思うんだよね。ずいぶん前に医学書を読んだ時に考えたんだよ。どうすれば人間はギリギリで生きていられるかってさ。きっと必要な部分だけ残してホルマリンずけにでもすれば生きてられるんじゃないかと思うんだよ僕は。
「んー!んんーっ!」
「ああ、うん。ごめん、何言ってるのか全くわかんないや。今は君に選択肢以外のことを話すことはできなくなってるからさ。ま、僕としては1が一番長く生きてられると思うよ?」
「んー!んんんーー!」
「…早く選べよ。僕の気分が変わらないうちにさ『現在地から半径1m以内での行動を許可する』」
僕の声色が変わったことに気がついたのか、幹部君は静かになった。そして、しばらく考え込んだような後、僕に答えを言う。予想通りでよかった。
「…1。1にして…下さい。い、いやだ。死にたく、ない」
「よろしい。【武器創造】はい。これ持って『癒せ、神の涙』」
僕は作ったノコギリを幹部君に手渡し、幹部君の傷を完全に癒す。
このノコギリは血や油で切れ味が落ちることなく、普通の物よりも刃の数が多く、片手で持てるほどの小さい物だ。で、何をやらせようかというと、自分で自分の体を解体してもらうのだ。きっと自分の体が自分の意思に逆らって自分を傷つけていく様はこの上なく幹部君を恐怖に叩き落としてくれることだろう。
「さて、じゃあ解体ショーを始めてもらおうか。『そのノコギリで指先から順に細切れにしろ。左足、右足、左手、の順に。最後は口でも使って右手を切り落とせ』さぁ、始め〜。ああ、そうだった。悲鳴が木古内のは少し物足りないよね。『喋っていいよ〜』」
「や、やややめろぉー!動くな!動くんじゃあない!動くな私の右手ぇー!痛い゛ぃいいいいい!誰か私を止めてくれぇえええ!」
幹部君は泣き叫ぶ。誰も助けに来るわけではないので、1人の男の声が建物の中に響き渡るのみだ。
にしてもなかなかに愉快だね。なんというか道化みたいに見える。ほら、よく剣を飲み込む芸とかやるじゃん。あんな感じ?
「ふふふ〜…ふふふふ。そうだ。『笑え』」
「あははっ。あははは、あははははははは!」
幹部君は気が狂ったように笑う。笑いながら泣き、自分を解体していく。
僕も笑いながらその光景を眺めるのであった…
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