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39.思い出しましょう

 「…よし、完成〜」


 僕の手には大きさ7cmほどの小さいが過剰なくらい精妙に彫られた木彫りの狐がいる。神社にいる様な神の遣い的なやつじゃなく、野生にいる獣の方だ。

 小さい物って大概可愛いと思う。大きかったらきっとかなり怖そうなそれは、小さいからなかなかに可愛らしくみえる。

 途中でマリーを起こし、朝食を挟んだが、結局11時過ぎになってしまった。まぁ、マリーが興味津々な目つきで僕の手元をじっと見ていたので問題はないだろう。子供って1つのことに夢中になる生き物だし。



 「マリー。あげる」

 「…くれる、の?」

 「うん。はい、マリーのお友達〜」

 「…ありがとう、なの!」


 僕がマリーの手のひらにそれを乗せてあげると、パァっと花が咲くような笑顔をくれたよ。そのうちマリーのフィギュアでも作ろうかな?

 そういえば、このぐらいの歳の子供に友達がいないのってちょっと問題だよね。精神の成長とか人間関係の生成とか、そういったことの成育に支障をきたしそう。早いところ住居を用意して、テラとロメを呼ぼう。テラなら生きてる年齢は離れまくってるけど、精神年齢的にはちょっと上ぐらいだし、きっと仲良くしてくれるだろう。少なくとも、住居さえ準備したら近くの人とも友好関係を築くだろうし、マリーと近い年齢の子供がいればなおのこといい。

 とにかく早いところこの国を出て、王国経由でスリングに行こう。スリングは多種族国家だし、魔法学園もあるし…そうだよ、学園都市に行こう。あそこならきっとマリーにも友達ができるはず。確か寮もあったはずだし、それを住居しすればいい。よしそうしよう。

 まぁでも、何はともあれ戦争が終わらないことには学園も休校になってるだろうし、マリーの【修正】も消さないことには入れないんだけどね。ま、学園に入るのは少なくとも1年後。戦争のことも考えれば2年半後ぐらいになるかな。それまでは戦争とかの状況を知るためにスリングと皇国の国境あたりの街に家でも買うかな。


 

 「さて。マリー、今日は何したい〜?」

 「…おそとに行きたい、の?」

 「おお、珍しくマリーが何処かに行きたいって言った〜。よし、じゃあ外に行こう。そうだね…サンドイッチでも作ってピクニックに行こう。せっかくだしね」

 「…さんどいっち?」

 「パンに食材を挟んだやつだよ〜。よし、じゃあちょっと待っててね〜」


 僕はポーチの中から色々な食材を取り出し、”影人(シャドーマン)”を出して大量生産する。

 包丁で食パンの耳の部分を切り落とし、野菜や肉やソースなどをどんどん挟んでいく。出来上がったものをバスケットに入れていき、ポーチへ入れる。飲み物などはもとより入っているので、これで準備は完了だ。結構適当だけど、時間もないし、何よりこういうのは気分が大事だと僕は思ってるんでね。

 それを終えると、僕はマリーと手をつないで部屋を出る。当然、アルドも一緒だ。



 「おばちゃん、ちょっと遊びに行ってくるね〜」

 「そうかい。気をつけるんだよ」


 僕はおばちゃんに鍵を預け、宿を出る。

 さぁ、どこに行こうか?外とは言っても、結構いろんな場所があるし。

 できれば花畑なんかがあればいいな。街道を外れたところにあるかな?最悪は薬草の群生地とかでも構わないけど、どうせなら景色のいいところとかがいいよね。近くに湖があるとか…ああ、あるね。そういえばこの街のそばにそんなところがあったはず。

 森のちょっと奥に入ったところあたりだ。前に…とはいっても250年ぐらい前のことだけど、来たことがあるんだ。

 僕はその時のことを思い出す。


 * * *



 その時は大体僕が体をわざわざ作るのがめんどくさくなり始めてた頃のことだったはず。

 迷宮の大量発生によってその場所周辺で空間に歪みが発生してしまうのを見つけ、それの処理のためにわざわざ出向いたんだ。まぁ原因が僕にあるわけだし、その歪みを放置すると結構洒落にならないことになりそうだったんだからしょうがない。



 「ああ、これか〜」


 僕の目の前には水たまりに映った風景のように歪んで見える箇所がある。

 ちなみに、その時の僕は白くてところどころに暇潰しに刺繍を入れてあったワンピースに下着とかだけの状態で、森の中を歩いていた。見た目だけならかなり幻想的な感じを醸し出していただろうね。なにせ、美しい湖のほとりを少女が歩いているのだから。結構絵になる風景だったんじゃないかな。

 もうすでにその頃には完全に体に慣れてた。その体でいることに違和感がなかったし、その体でいることが多かったせいなのか結構精神が引っ張られてた気がする。

 

 

 「さて、さっさと終わらせようかな〜。『座標固定…空間干渉…空間の異常箇所修正……クリア』」


 僕の周辺に神力の銀色に近い光が漂い、歪みに吸収されて歪みが消滅する。

 これで終わりなので帰るはずだったんだけど…



 「お嬢さん。そんなところで何をなさっているのですか?」


 僕の背後から声が聞こえた。

 気配は察知していたが、結構遠くだった上に移動速度も遅いから邪魔にならないだろうと思って、人よけも何もせずにいたのが悪かったらしい。僕の真後ろには1人の人間の気配がある。他の人型の気配はないことから呼んでいるのは僕で間違いはないだろう。空間修正中は他のことにそこまで意識を割けないのが面倒なところだ。

 僕は後ろを振り向くと、そこに立っていたのは変わった服装に身を包んだ男、というより青年。ハープのような楽器を手にしており吟遊詩人であることが見受けられる。

 …参った。このまま消えでもしたら僕が未来でこの体で外で見つかった時に”幽霊”扱いされるか、”神の使い”みたいな扱いをされかねない。この世界の吟遊詩人をなめてはいけないのだ。見たものを楽器の演奏とともに幻影として映し出す技術を持つ者がいる。これによって観客により唄を美しく、時には残酷に魅せる。今、この青年を調べるとそういった能力…正しく言えば”幻影”の魔法属性を持つ人間であることがわかった。このまま消えるという選択肢がなくなった。適当な言い訳をしてさっさとここから逃げるとしよう。



 「僕はただ景色を見てただけだよ〜。ここって綺麗でしょ?」

 「そうでしたか。では私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?このような美しい景色と、可憐な美少女を見る機会など多くはありませんから」

 「ふぇ?あ〜…もしかしてそれって僕のことを言ってるわけじゃないよね?」


 本当にやめてほしい。だからこの体は嫌いというか面倒くさい。そんなことを言われると、気持ちが悪いというか、気分が悪いというか…だが内心で少し喜んでいる自分が一番気持ち悪いというか…



 「もちろん貴方のことですよ。貴方のような美少女は他にいないでしょう」

 「…あ、うん。それはどうも。じゃ、じゃあ僕はそろそろ帰るから〜」

 「そうですか。ではお送りいたしましょう。年も行かぬ少女を1人で帰らせるのは危険ですからね」

 「いいよ、別に〜。すぐそこだし」

 「いえいえ。それでも何かあってはいけませんから」

 「大丈夫だよ。僕は結構強いんだからね」

 「それでも貴方のような少女を1人で帰らせたとなれば、私は恥ずかしくて道を歩けませんよ」

 「大丈夫だよ。本当にさ」

 「いえ、私がそうしたいのです」


 紳士なんだろうけど、死ぬほどうざったい。僕こういう人は嫌いじゃないよ?でもさ、時と場合ってやつがあるんだよ…



 「はぁ…だめだこりゃ。わかったよ」

 「それは良かったです。では、参りましょうか」


 僕は言いくるめるのを早々に諦め、先導して前を歩いていく。

            









 「じゃあ、僕はもう帰るからさ」

 「そうですか。では、お気をつけて。ああ、もし良ければなのですが、本日の夕方にギルド前の広場で演奏することになっていまして、気が向いたらお越しください」

 「ああ、うん。気が向けばね」

 「では」


 街の中に入り、やっと僕は青年から解放された。

 僕は表通りを外れ、人気のない場所に入って体を男のものに戻す。もし誰かがこの光景を見ていたのなら、一瞬光った後白いローブと適当に見繕ったシャツとズボンを着た、元いた少女と同じ鈍い銀色の髪色をした長髪の男がその場に立っている光景が見られただろう。

 この場所から帰ってもいいのだが、せっかく教えてくれたのだ、演奏を聴きたい。幻影を使う吟遊詩人は数が少なく、見ることができるのは相当レアなのだ。ただし、あの体でいるのは嫌だ。恥ずいというか気持ちが悪いというか…



 「とりあえず、夕方まで時間を潰そう。確か、この辺に僕が教えたケーキ屋があったはず…」


 僕は近場にあるはずの店を探す。

 僕は時折この世界に来ては、いろいろなもののレシピを教えて回っていた。対価は受け取らず、代わりにいろいろなものをいろんな場所で食べられるように広めてもらっていたのだ。もう一度この世界に召喚される時のために準備していたというか、ただ単に食べれないのが嫌なだけというか…ね?

 裏通りから表通りへと戻り、その店があった場所を探したのだが…



 「そ、そんな…馬鹿な…」


 僕は店の前で膝をつく。

 そんなのあんまりだと思う。「弟子と修行の旅に出ます」だって?なんだよそれ〜!これじゃあ僕が頑張って布教している意味がないじゃないか。せっかく20個ぐらいのケーキのレシピを教え込んであげたのにさ。僕が食べたい時にいないんだったら意味がないよ。本当にさぁ。



 「しょうがない。適当にブラブラするとしようか。どうせ後1時間ぐらいだし、すぐに過ぎるよね」


 僕はボソッとそう呟いて道を歩き出す。露天に顔を出し、串焼きを買って食べ歩き、綿あめを買って食べ歩き、りんご飴を買って食べ歩き、焼きをばを買って食べ歩き…


 結局いろんなものを食べ歩きまくって時間を潰した。僕の体はいくらべも食べられるし、お金もまだ結構残っているので自由気ままに食べ歩きが楽しめる。

 時間になったのでギルドの前にある広場に行けば、すでに人だかりが出来始めていた。その人だかりの中には孤児なんかも混じっていて、老若男女関わらず人が押し寄せている。そんな中でスリや人さらいが起こっているのが見えているのが残念なところだ。多分、気が付いているのは僕とやっている本人とその周辺の人だけなんだろうけどね。

 そんなものに眉を潜めていると僕の横に立っていた炎のように真っ赤な髪色の女が僕の方を見て僕と同じような表情をしながらつぶやく。

 


 「どうしてあんなのがまかり通ってしまうんだろうね…」

 

 その表情はその行為を嫌悪するようで、しかしそれを止めることのできない自分への怒りのようでもあった。



 「仕方ないよ。治安が悪いのが悪い」

 「…それでも…悔しいんだ。あたいのような人間が笑っていられて、あんな小さい子供なんかが苦しむ世の中が」

 「君は笑っててはいけないのかい?」

 「そりゃあそうさ。だって、あの人さらいにはうちの連中もいるんだろうからね…」


 そうつぶやくとまた苦虫を潰すような表情を浮かべる。

 そんな時に唄が始まった。僕らの周りに霧が立ち込め周りに立つ人が誰一人見えなくなる。しばらくすると戦場の世界が映し出され酷い現実を憂い、それから戦争を終わらせる英雄が映りそれを讃え、この後の国の進歩を喜び、衰退を嘆く。

 それはきっとどこかの国の記憶。だが、それは今のこの国の現状を歌うようでもあった。

 唄が終わると霧が晴れ、再び周りに立つ人が見えるようになった。



 「あたいが…この街を変えるよ。きっとね」 

 「どうかしたのかい?」

 「いや、なんでもない」


 僕の横に立つ女はどこかへ立ち去っていった。

 後でわかったことなんだけど、その女はこの治安の悪い街を作り出している集団の団長の娘で、集団の中からこの現状を嘆く者たちと共に抜けて”ガーネット”という組織を作り上げた。僕も少しだけ手伝ったりもしたんだっけ。


 まぁ、人の願いは強かろうと叶うとは限らないのだからしょうがないよね。



 * * *



 「さて、到着〜」


 僕とマリーの目の前には小さいが湖がある。その周りを森が囲み、木々の間から差す木漏れ日が湖に反射してきらきらと光っている。



 「マリー、そっち持って〜」

 「…わかった、のっ!」


 マリーがシートの端を持ち、広げていく。

 走っていく姿がなんとも微笑ましい。



 「綺麗だね〜」

 「うんっ」


 僕はシートに座った。


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