38.絶望をあげましょう
僕は朝の5時前であるのにもかかわらず、今日はすでに外にいる。
で、なんでこんな時間から外にいるのかといえば、ボスへの当て付けにちょうどいい方法を思いついたので実行するためだ。ボスは未だに女性であるらしいし、今日の予定の相手も女性だ。ならば、同性として見ていられないような酷い状況にしてあげようじゃないのさ。
僕はそんなことを思いつつ、空を歩く。
しばらく行った先の2階建ての建物。これがここの幹部の住処らしい。一度職場と思われる建物にも行ったのだがいなかったので、そこの建物内にいた人の記憶やらあった書類やら残ってる魂の痕跡やらを辿って見つけたのだ。周辺の情報を処理しつつその幹部を探すと、しっかりとそこの中の部屋にいた。どうやら布団をかぶってガタガタ震えているらしい。
そんなにも怖いのかな?まぁ、実際その幹部の主な能力といえば魅了だけみたいだし、戦闘能力はないに等しいからね。今その幹部の情報を処理してわかったんだけどね。
「さて、じゃあお邪魔するとしようかな。今日は無駄に何かを壊したりはしないつもりだから、窓からの侵入がいいかな〜?」
僕はつかつかと空中を進んでその建物の中の幹部の部屋の窓の前に立つ。
そして、窓をコンコンとノックする。すると、幹部はビクッと飛び跳ねるがごとく一瞬動き、被っていた毛布を少しだけ持ち上げて僕のいる窓の方へと視線を向けた。そして、僕を見つけるやいな大声で叫んでくれたよ。
「し、白き暴虐!あ、ああ…ややめて、私は悪くないのよ。お、おおお願いだからこ、来ないで!私を殺さないでぇ!」
うん、なんだろう。見てて滑稽というか、バカみたいというか、むしろ哀れというか…うん。とりあえず小物臭がするね。どうせ、うまいこと取り入って生きてきたようなタイプの人間なんだろう。
僕は窓の鍵を【念動力】で外して中に入る。
甘く、人間を誘惑するような…そんな香りが部屋に立ち込めている。おそらく、【魅了】の効力なのだろう。まぁ僕には効果がないけどね。一応、作戦上かかってるようなそぶりは見せておく。
「ね、ねぇ…わ、私といいこと、しない?」
「へぇ、いいこと…ねぇ?」
「そうよ。いいこと」
そう言って、その幹部は僕に艶やかな動きとともに手招きをする。さっきまでの慌てようがなんだったのかというくらい自信満々に笑みを浮かべている。
これは【魅了】の効果で人の意識をスキル保持者の思った通りに誘導するものなのだが、効きが悪い人にはちょっと聞き入れやすくなる程度の効力しか発揮しない。その幹部はおそらく僕が少し効く程度だと思い、他の行動を含めて僕を誘惑し、近くまで完全に近づき油断しきったところで暗器の類で僕を殺すつもりなのだろう。毛布の中に小さいナイフがあるのが感じられた。
僕はゆっくり、まるで吸い寄せられるような動きで幹部に近づく。
「ほら、こっち。早く…」
「…うん。今、行くよ」
僕は虚ろに見えるように意識しつつ、だんだんと距離を縮める。
まぁ、実際こんな面倒なことなんかしなくってもいいんだけど、どうせだし全力で絶望感でも味わってもらおうと思うのだ。この幹部、この街の奴隷やら何やらを一手に引き受けるようなやつで、人攫いや誘拐、なんでもするようなゴミ屑。僕のマリーに手を出した奴らもこの女が最初にボスに送りつけてあげた幹部に貸し付けた者だった。
ということで、こいつには死ぬよりつらい目にあってもらおう。
僕がベッドに妖艶に座る幹部に近づくと、幹部が扇情的な動きで立ち上がり、僕の首に手を回そうとしてきたところで…ゲームオーバってことで終了とさせてもらおうか。こんなやつに触られたくない。
「はい、終了〜。残念だったね〜」
「え…?は、ヒィイ!な、なんでよ!私の、私の【魅了】は⁉︎効いてるんじゃなかったの!」
「何それ気持ち悪い。ちょっと黙ろうか。僕は君とおしゃべりがしたいな〜」
僕はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつ、その女の首を掴んでベッドに座り直させる。
「お、おしゃべりなんて冗談じゃないわ!どうせそう言って殺すんでしょ!なら、今死んでやるー!」
「はい、ちょっとスト〜ップ。別に僕は君を殺すつもりはないから安心してよ」
「へ?はぁっ⁉︎だ、騙されないわよ!どうせそんなこと言ったって…」
「大丈夫だよ〜。殺しはしないからさ」
「ほ、本当なの?」
「ああ、本当だとも」
僕が真剣に見えるように心がけながらそう言い切ると、幹部は安心しきってそのままベッドでへたり込んでしまった。
さて、じゃあもうそろそろ2回目の絶望でも味わってもらおうか。
「な、なら、私をどうするつもりなの…?」
「とりあえず、僕らに手を出さないようにしてもらうだけ〜」
「そ、それはどうやって…?」
「こうやって〜♪」
僕は幹部の首に手を当てる。
「『我は奴隷王。捏造の忠誠と絶対の盟約を以って、永劫の契約をここに』…はい、終了〜」
「えっ?…な、なな何をしたの⁉︎い、いや!これ奴隷印じゃないの!」
「ふふふ〜。ちがうよ〜」
「え?じゃ、じゃあこれは…」
「”契約印”。奴隷印っていうのは、これの劣化版。これは主人の命令を絶対遵守させるためのもので、あんなのとは比べ物にならないよ。だって、『右手を挙げる』…ね?」
僕が声に出せば、幹部が僕が言ったように右手を上に挙げた。
「い、いやぁー⁉︎な、何よこれ!こんなのもっとタチが悪いじゃないのよ!」
「『うるさいだまれ』」
「んー!んー!」
「さて、話を続けようか〜」
僕は見下すような表情と共に幹部に言い放つ。
幹部の顔はすでに恐怖に塗りつぶされ、絶望と悲観の色を濃く映している。
「で、こうやってどうやっても僕らに手を出せないようにするんだ。とりあえず、僕らに手を出すことを完全にこれで辞めてもらうんだ。『僕とマリーへの手出しの全てを禁じる』まぁこれだけだよ。『話していいよ』」
「じゃ、じゃあ…私は、助かるの…?」
「うん。ちゃんと生かしておいてあげるよ。ほら、目一杯喜べ」
「よ、よかった…つまり、私は殺されずに済むのね?これはそのためのものなのね?」
「大丈夫、僕が下す命令はあと1つだけだからさ」
「あと1つ?」
「そう、あと1つ」
僕はニンマリと笑顔を向ける。
ヒィ…と小さく悲鳴をあげて幹部がベッドから壁に向かって退く。
「な、何…?私を、どうするつもり…?」
「とりあえず、服を脱いでもらえる?」
「へ?…あ、ああ!そんなことでいいなら喜んで脱ぐわ」
「うん。じゃあ早くしてね〜」
先に言っておくけど、別に僕がヤるわけじゃないよ?何が嬉しくってそんなことをしないといけないのさ。気持ちが悪くて吐きそうになるね。こいつに経験してもらうのはもっと絶望に満ちたことだよ。
そんなことを思ってニヤニヤしているうちに、その表情を別のものと捉えた幹部がスルスルと服を脱ぎ、恥ずかしげにこちらへと向き直る。
さぁ、3回目の絶望をくれてやろう。
「ぬ、脱いだわよ…こ、これで、いいの?」
「うん」
「じゃ、じゃあ早くあなたも…」
「ん?何言ってるのさ。僕が相手じゃないよ。さ、最後の1つの命令を下してあげる『そのまま外へ出て、求められた男女全てに股を開け。全ての行動を相手に委ね、相手の命令を絶対に聞け。兵士などに捕まり牢へと送られた場合、【誘惑】を以って逃げてその行為を再開するか、奴隷に身を落とせ。死ぬことは許さない。壊れることも許さない。自暴自棄になるも許さない。さぁ…行け』ああ、いい物もあげよう『スキル付与:自己再生』」
「え…?」
幹部はそのまま歩いて外へ出て行く。何が起きたのかを一瞬理解していなかったようだが、その言葉の意味を理解し、泣き叫ぶ声が廊下から聞こえてきた。
やったね、これで人が寄ってくるよ。
「ほら、殺しはしない。全力で絶望に染まれ。苦しみ泣き叫べ。生きた全てを後悔しろ」
僕は今まで通りキューブを飛ばし、建物と関係者を押し潰して部屋を出る。
というかさ、入る前に言われた”白き暴虐”って何さ。僕の二つ名?すっごく厨二臭いんだけど。
…ステータスに書かれてたら確定だよね。
『ステータス』
僕はつぶやく。
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名前:松井 新一郎
種族:人
性別:男
年齢:16
称号:異界人 天使の加護 白き暴虐
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職業:魔物使い レベル:23
状態:肉体変化
筋力:73
体力:132
耐性:89
敏捷:72
魔力:237
知力:98
属性:闇 風
種族スキル:
スキル:【仮想技能Lv.error】【武器創造Lv.max】
【眷属化Lv.max】【天歩Lv.max】【威圧Lv.max】
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「だぁあああああ⁉︎何それ恥ずい!い〜や〜だぁ〜…」
空中を歩きつつ、僕は叫ぶ。
いや、確かに格好は真っ白いし、髪も白に見えなくはないよ?でも何その二つ名。”悪霊”とかは悪口にしか聞こえなかったから許容してたけど、これは嫌だよ…
地上で連れていかれる幹部の姿を見下しつつ、僕は溜息をついて宿に帰る。
空中を歩いていて、今日になって初めて気がついたことがある。
建物が急に潰れて平らになって驚く人。街道にある建物が消えてゆく様に気絶する人。この世の終わりだと叫んで逃げ惑う人。悲鳴をあげて混乱している人。
地上は混沌としている。
…これは一応民間人に被害を出してることにはならないよね。うん。
しばらくすれば3割ほど建物の減っただけの区域に変わって、静かになったし。
まぁ、問題はないでしょう。
僕が脳内で言い訳をしてうちに宿に着く。
玄関手前で地上に降り、髪色と長さを戻しつつ宿に入る。受付でおばちゃんが「おかえり」と言い、僕はそれに「ただいま」とだけ答えて部屋に帰る。鍵はアルドが部屋にいるので開けたままにしていたので普通にドアノブをひねって中へと入る。
「アルド、ただいま〜」
僕の声に相変わらずヘルム部分を下に向けていたアルドがこちらへ頭を上げた。
『お疲れ様でした、主人』
「うん。どう?体はちゃんと直った?」
『はい。およそ5分程度で完治しました』
「そっか。じゃあ…続きでもやる?それとももう少し反省点でも見直しておく?」
『もう少し我自身で反省を』
「そう。じゃあ、僕は遊んでるかな〜」
僕は再び頭を下へ向けたアルドを放置し、僕はポーチへ手を突っ込む。
取り出したのはペンと大量の彫刻刀と木材と小さいノコギリ。
さて、置物を作りたいと思います。最近こういった芸術系のことを一切やってなかったな〜と思い、久しぶりにやっていようと思うのだ。
僕は絵を描くより、こういった工作系統の方が得意である。まぁ、絵を描くのもそこそこに上手だよ?絵画展とかによく持ってかれるぐらいにはね。
「さて、じゃあ何がいいかな〜」
ずいぶん前に木彫りの熊を作ったのだ。今回もそういった感じの物を作ろうと思う。
そうだね…狐にしようか。小さめなやつ。ちょっとマリーを見て思いついただけだけどさ。
僕はペンで大まかに絵を描き、小さいノコギリで輪郭を切り出す。
そして、あとはデザインとイメージに沿って彫刻刀で彫っていくだけ。
カリカリ…と色々な彫刻刀に持ち替えて彫り進める。
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