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36.見守りましょう

 「じゃ〜ん。どう?」


 僕はテーブルに焼きたてのパンケーキを乗せた皿を置く。マリーはそれを不思議なものを見るような身で見つめていた。

 まぁ、初めて見るならそうもなるよね。



 「これはパンケーキって言って、パンってあるでしょ?あれの仲間みたいなものだよ」

 「…なかま、なの?」

 「みたいなものだね〜。まぁ食べてごらんよ」


 僕はナイフとフォークを使って食べ始める。

 マリーはそれを見よう見まねでやろうとし、見てて危なかったので僕が後ろからマリーの手を持って一緒にナイフを使う。ちょうど子供に使い方を教えるようにね。

 マリーのパンケーキを一口大に切り終えると、危ないのでマリーのナイフを片付けてしまう。僕は再び自分の席についてパンケーキを食べ始める。


 でも昔は僕もこうやってやってもらったな〜。おばぁちゃんにさ。ああ、父方の方ね。母の方には嫌われてたらしいからさ。


 僕は家にいることより、おばぁちゃんの家にいる方がずっと好きだったんだよ。なにせおばぁちゃん子だったからね。というか、母親と父親が僕を追い払うようにおばぁちゃんの家に預けてたことも理由の一つではあるんだろうけどさ。


 なぜか週末になると僕はおばぁちゃんの家に預けられることが多かった。まぁ、毎度鈴からどこに行ってきたのかをよく聞いてたから僕を置いて遊園地に行ってたりすることもあったのは知ってる。でも、僕はそれよりおばぁちゃんの家にいる方がよほど好きだったんだよ。というか、僕の夏休みって全部それに費やされたこともあった気がするし。家族は旅行に行き、僕はおばぁちゃんの家ってなかなかだよね。

 おばぁちゃんの家は昔は喫茶店だったらしく、僕は行く度におじぃちゃんにこんな風にパンケーキを作ってもらって食べたんだ。僕が甘いものが好きなのって昔っからそんな風に育てられたせいかもしれないね。おばぁちゃんの家に行き、甘いものを食べ、幸せだった。だから未だに僕の脳には甘いもの=幸せっていう方程式が出来上がるのかもしれない。

 今の僕を形成することはおばぁちゃんとおじいちゃんによるものが意外に多いんだよ。例えば僕が読書好きなのはおばぁちゃんが本が好きだったから。僕はよくおばぁちゃんの横で一緒になって本を読んだんだよ。一緒にいるだけで喜んでくれる人っていうのは僕にはおばぁちゃんたちしかいなかったからさ。他にも僕はコマとかが実は上手だよ。おじぃちゃんとよくそうやって遊んだ。おじぃちゃんは喫茶店を始める前は大道芸人になりたかったんだよ、なんて言って、僕にいろんなことを教えてくれた。おばぁちゃんの趣味だったものは一緒になってやりたかったんだ。おじぃちゃんが教えてくれるものは全部できるようになって、一緒に喜びたかったんだ。

 まぁ、そんなおじぃちゃんたちはもう随分と前に死んじゃったんだけどね。確か僕が小学校に入って少ししてくらいだから、9歳くらいかな?遺品にあった物の大半は僕が受け取った。おじぃちゃんと遊んだコマやけん玉や喫茶店をやってるときに書いたレシピのノートなんてのもあった。今も持ってるよ。おじぃちゃんがタバコを吸うのに使ってたオイルライターとおばぁちゃんが使ってた懐中時計。

 この辺の物ぐらいだったね、僕がどうしても売れなかった物って。他のいろんな物は売っちゃったのに、どうしてもこれらは売り払えなかったんだよ。なんか、これがなくなったら僕が僕じゃなくなっちゃうような気がしてさ。今までの僕の全てをなかったことにするみたいで嫌だったのを覚えてる。


 …おじぃちゃんのパンケーキ食べたいな。



 「…おにぃちゃん?」

 「え?ん?どうかしたの?」

 「…よんでも気づいてくれなかったの」

 「それはごめんね。どうしたの?」

 「…もうない、の?」

 「ははは〜。ちょっと待ってて、今焼くから」


 僕はすでに食べ終わっていた自分の分を片付け、新しく1枚ほどパンケーキを焼く。小さめに作ったんだけど、普通の大きさで良かったみたいだね。

 僕は手慣れた手つきでフライパンを振ってパンケーキをひっくり返す。これってうまくいくと気持ちよくない?大体っていうか絶対うまくいくけど、それでもちょっと気分がよくなる。綺麗に焼き色がついたところで僕はフライパンをマリーの皿まで持って行き、それをフライパンから皿に移す。まだ少し生地が残ってるからそれも焼いておこう。そのうち外で食べればいい。ピクニックに行くのも悪くない。僕の数少ない子供の頃の楽しかった思い出の1つでもあるのだ。きっと楽しいだろう。

 まぁ、まずはパンケーキを切ってあげるとしよう。



 「…わたしが、やるの」

 「大丈夫?」


 マリーが僕からナイフを取って自分でやろうとしている。僕はそっとマリーにナイフを渡し、自分でやらせることにした。まぁ、怪我しそうになったら僕がどうにかするから問題はない。マリーが試行錯誤しながらパンケーキを切ろうとしているのを見るのは実に微笑ましくていい。きっとおばぁちゃんもおじぃちゃんもこんな気持ちで僕を見ていたんだろうな。

 マリーが試行錯誤して半分ほどまで切ったパンケーキは不格好だった。一口大にしては大きかったり、ボロボロだったりね。まぁ、でもこういうのも味なものだろう。自分でやるという行為が大切なのだ。僕はよく知ってる。


 というか、こうやって外でも話したり行動していられるようになってくれればいいんだけどな〜。



 「マリー。ナイフ、貸してごらん」

 「…わかったの」

 

 マリーは自分でやったことに満足し、僕におとなしくナイフを手渡す。

 僕はまだ切り終えていない残りの半分を切り、ナイフを片付け、フライパンと食器を洗ってしまう。時折振り返ってマリーを見れば、美味しそうにそれを頬張るマリーが見える。こういうのも悪くない。

 もともとは見てられなくてマリーを引き取ったけど、こうやって一緒にいるとむしろ僕の方が和むことが多い。助けられているのは僕の方かもしれない。マリーがいるようになってから、僕の薄っぺらい感情が多少マシになったような気がしなくもない感じがする。

 

 しばらくしてマリーが新しく焼いた分のパンケーキを食べ終わり、お皿を一生懸命僕の方へと運んできた。こういうちょっとした変化って親心としては嬉しいよね。前まではマリーはされるがままだったのに、最近は自分から何かをするようになってきた。まだ目が濁ってるような気がするし、どこか暗いところもあるが、それでも少しづつ快調へと近づいているような感じがする。



 「マリー。何かしたいことはある?」

 「…ない、の」

 「そか。じゃあ、お昼寝でもする?マリーまだ少し疲れてるでしょ。少しだけ寝ておきなよ」

 「…わかった、の」


 マリーはお腹がいっぱいになって眠くなっていたようなので、僕はマリーをお昼寝させる。

 ベッドにマリーを促し、マリーがスヤスヤと眠りについたところで僕はベッドから立ち上がる。



 「アルド。出かけてくるから、ちょっとの間マリーをよろしくね。まぁ、何体かは置いてくからさ」

 『どこへ参られるのですか?』

 「ちょっと幹部を消してくるだけだよ。大丈夫、すぐに帰る。『アープ、イマ。警護よろしくね』」

 『了解しました。王様』

 「じゃあ行ってくるね『悪魔の隻眼(イビルアイ)』」


 僕はどこか悲しそうに見えるアルドをよそに、右目の視力を置いて部屋を出る。

 今日は昨日潰したところとは反対に行こう。どうせなら順番があった方が怖いだろう。迫ってくる恐怖的なさ。

 僕は肉体を再構成する。髪色だけが鉛色に戻った。この方が僕が僕だってばれにくい。まぁ、すでに組織にはばれてるっぽいけど、別の人たちにまでバレる必要はないし、犯罪者扱いされると色々と面倒だからさ。


 僕は『扉』を開き、空中へ転移する。僕は空中に【天歩】を使って立ち、幹部のいる場所へと向かう。次の標的はボロいアパートのような外観の建物を居城にしていて、結構筋肉質な男だったはずだ。少なくともこの街からは逃げられないし、こういったタイプの男は大体自分が最強とか思っちゃってるから逃げないだろうし問題はないね。ちなみに言うと、この街に張った結界は「ガーネットに加担した」という自覚のある人間を外に出さないといったものだよ。これで少なくとも対象はこの街から逃げられない。一般人も巻き込んでるかもしれないけど、加担したっていう自覚がある以上”敵”だよね。

 

 僕は街全体を認識しながら空中を歩く。

 ついでに今の僕は、通常の人間ができないことをやっている。街に存在する魂を持つものすべての情報を処理し、必要な対象を探している。これを人間がやろうとしたところで数人程度にかできないから無理だ。




 「…やっぱりいるね〜」


 僕が立つ場所の真下の建物に男の魂と情報が確認された。

 僕はその部屋の真上に立ち、指を振り下ろす。


 ボコンッ!とその部屋の屋根…というか男の頭すれすれまで建物の高さを削り取り、吹き抜けにしてあげる。



 「へぇ、お前が…」

 「君、幹部…だよね?」

 「ああ、そうよ。俺は鉄筋のラムダスだ。よろしく」

 「そう。別にこれから壊れるものに興味はないんだ。とりあえず情報はもう取ったから、君を腹いせに拷問してボスに送り届けて帰るよ」

 「へっ。やってみろよ」

 

 男が粋がっているのが見える。

 もうこの幹部の部屋にいた男の1人からここ周辺地域の構成員の情報は得た。あとはこの男をズタボロにしてボスに送るだけだ。こういう奴って真っ向から叩き潰すと簡単に壊れるよね〜。

 プライドの高い奴は再帰不能にあるまでプライドをへし折るに限るよ。

 僕は10畳くらいの部屋に降り立ち、男と向かう会う…僕にむさ苦しい筋肉と見つめ合う趣味はないんだけどな。



 「ほら、おいでよ〜。真っ向から叩き潰してあげるからさ〜」

 「はんっ。死んでから後悔でもするんだ…なっ!」


 男は走り込んで僕の目の前で思い切り右の拳を振り上げ、それを僕の胸のあたりに叩き込もうとする動作が見える。

 今、僕の感覚はものすごくゆっくりだ。走馬灯を見ているときはこんな感じになるんだろうっていうくらいにね。思考速度が普通の生物と比にならないため、意識的に思考を加速させればこんなことができる。

 僕はその拳に手を添え、掴んでちょっと硬度を上げてから思い切り地面に叩きつける。


 …ああ、ちなみに僕が言う思いっきりってことは、ほとんど高速レベルの速度で動いてるとでも思ってくれるといいだろう。男には突然右手の手首から先が消滅し、その真下の床に丁度手の形に穴が発生した(・・・・)のが見えるだろうね。



 「へ…?お、俺の、右手が…ど、どこに消えた⁉︎俺の、俺の!」

 「床を見るといいよ。君の手形があるからさ」

 「おいおい…な、なんの冗談だ。嘘、だろボス?聞いてねぇぞ。これは…レベルが違うなんてもんじゃねぇよ。それこそ、人が神に逆らうようなもんだぜ……」

 「ああ、よく理解してるようで何よりだね。僕はこの世界の神様さ。僕はエクレイム。どうぞよろしく〜」


 僕は挨拶と同時にもう片方の手を同じように床に叩きつけてあげる。

 多分、今頃は地下数kmくらいのところに埋まってるんじゃないかな?



 「はは、はははは…こいつはシャレになんねぇ。俺にはわかる。こいつは敵に回しちゃあいけなかった奴なんだよ。喧嘩しか脳がない俺だからこそわかる。どうにもならないことってのは現実に存在するんだぜ。左手も消えちまった…次は、右足か?それとも左足か?」

 「痛くないの〜?」

 「痛ぇよ。すっげぇ痛ぇよ。でも、そんな場合じゃないってそれの頭が叫んでんだよ。どうにかして逃げねぇとってよ。だけどよ。俺ってばバカだからよ。もうどうにもなんねぇって思っちまうんだよ」

 「君、随分と変わってるね。君はなんでこんなことをやってるのさ?ちょっと気になった。話をしてよ」

 「い、いいぜ。どうせ俺は死ぬんだろ?俺が生きてたことを…だれでもいい。覚えててほしいんだ」


 男…ラムダスは少し悲しそうな表情をした。

 別に気の毒には思わない。だって僕に敵対したのはこの人たちであるんだからさ。でも、少しこいつに興味がわいた。たかが手の1つで戦ってもどうにもらならないと諦める人間はこの世界には少ない。もっと粘るんだよ。どうにかして生きようとするんだよ。なのに、こいつは生存を即座に諦めた。変わった人間もいるものだ。

 せっかくプライドをボロボロにしてボスの元にギリギリで生きた状態で送りつけようと思ったけど、なんかこんなやつじゃつまんなさそうだしさ。



 「俺はよ、ボスに拾われて育ったんだよ。スラムで生まれてよ、だれにも頼れなくてスリをやって生きてたんだ。うまくやってたんだぜ?こんなバカなのによ。で、ある日ボスの財布を盗ろうとしてボスに捕まったんだ。あんときはここで捕まって殺されるんだって思ったんだ。だがよ、ボスは笑って俺を飯屋に連れて行って飯を食わせ、その後には財布から金を出して俺に握らせたんだよ。憧れたよ。その日から俺はボスを探したよ。俺はこの人について行きてぇと思ったんだ。こんな人になら捕まっていいとも思ったし、何より恩返しがしたかったんだよ。それからしばらくしてボス…そん時はまだ幹部の次ぐらいだったんだがよ、ボスの下っ端になれた。そこからは俺はひたすら体を鍛えてボスの護衛になった。ボスはすごかった。どんどん功績を挙げて、いつの間にかボスになっちまったんだからよ…」

 「ふぅん。まぁ、よくある話だね。ま、君の話を聞いたってちっとも楽しくはなかったけど、この状態で比較的冷静に話してくれたことは称賛するよ。と、いうことで。さようなら。いい来世を」


 僕は男の心臓を取り出す。空間を切り取り、転移させた。僕はそれを僕の体の近くに漂うキューブを加工して作った箱に入れ、彼を頭だけ残してスライスした物をもっと大きい箱に入れて一緒にボスの部屋に送る。頭はちゃんと外から見えるように上に乗せておく。


 そして、この間と同じようにキューブを飛ばして建物を大量に潰した。


 

 「さて、帰るかな〜」


 まぁ、微妙だったけど悪くはなかった。あんまり拷問する気にはならなかったので、きれいにして送りつけてあげたのだ。喜んでくれるかな〜?

 

 僕は『扉』を開いて部屋に帰る。今日は15分しかかからなかったね。


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