32.急ぎましょう
「じゃあ、大体はすでに支配されていると言っても過言じゃないわけだね?」
「ええ、まぁそういうことになってしまいますね…」
大体のこの街の状態は理解した。
今、この街はガーネットという組織によって裏側から支配されている。ガーネットは僕の下にの4人の幹部がいて、その幹部たちが幾らかの下っ端を従えているようだ。その幹部たちはそれぞれ街の東西南北におり、そのまま東西南北に分かれてボスの指示に従って街を支配している。早速一種の国のようだった。その下っ端たちは幹部の上納金を収めることで仕事の許可を得ていて、それによって兵士たちに捕まることがない。ただ、これを納めない奴らはとことん裁かれるみたいだけどね。まぁ、他にもいろいろあったが、とりあえず覚えるべきことは1つ。
「関わらないのが一番だよね〜」
「…ですよね〜。すみません」
「ところでなんだけどさ」
「はい。借金なら金貨30枚ほどですよ?」
「いや、そんなのはどうでもいんだけど。次の乗合馬車っていつ出るか知ってる?シルフィード方面行きのやつ」
「ああ、それはちょうど今日出てしまったところです。次のは5日後ですよ」
「あ〜あ。じゃあ、適当なところに泊まるかな〜」
僕は席から立ち上がる。結局情報収集のためとはいえ、30分近く店にいることになってしまった。マリーもとっくの昔に話に飽きてバッグの中から本を取り出して読み始めてるし、そろそろ今宵の宿を探すべきだろう。またお断りを繰り返されたらたまったもんじゃないからね。
「え?ちょ、何もしてくれないんです⁉︎」
「え?あ、どこか人間以外も止めてくれる宿って知ってる?」
「それはこの通りの一番奥の宿が多と思いますけど、話をそらさないでくださいよ」
「え〜。ま、ちょっとは助言してあげる。ギルドとかで一度お金を借りて今月分だけでも返してもうちょっと待ってもらって努力するか、さっさと夜逃げするんだね。そんなに店がやりたいなら、ここじゃなくってもできるさ。何事にも諦めってものが肝心だよ」
「…はぁ。そうですよね」
「じゃあ、あとは君次第だよ。頑張ってね〜」
僕は本を読んでいたマリーの声をかけ、店から出る。
テーブルに頬杖をついて哀愁漂わせている店主は放置するのだ。面倒ごとに関わる気はない。今はマリーで手一杯…なわけでは全くないが、生憎それでも他のことにカマかけてる余裕はないのだ。
僕らは店主が紹介してくれた宿に向かうことにする。ギルドは宿を取ってからにしよう。
店から出て、大通りと反対の方向へ歩くこと約2分。
「”龍の巣”って、ねぇ?」
”龍の巣”というのはこの世界のおとぎ話だ。人の子が龍に拾われて、立派な人間になる話?的なやつだった気がする。で、その”龍の巣”っていうのは”成長して独り立ちする”っていう意味で今も使われたりするんだけどさ。
「どちらかといえば民宿だね」
僕の目の前にはアパートのような宿が立っている。かろうじて看板で宿であることがわかるが、看板がなければ完全にただの民家だよ。いくらなんでも、暮らし続けるために作られたような部屋ってどうなのさ?
…まぁ、泊まれるだけいいとしておこうか。
僕らはカラン…と音を鳴らす扉を開けて中に入る。
中はロビーというより、管理部屋と言ったほうが正しいような場所で、カウンターの向こうにおばちゃんが座ってる。
「いらっしゃい。宿泊かい?」
「うん。5日ほどお願い」
「5日間かい。随分と短いねぇ」
「まぁ、乗合馬車が来るまで待つためだからさ」
「そうかいそうかい。じゃ、150Bだよ」
「ほい。お釣りはいいよ〜。代わりにこの子のこと邪険にしないであげてね」
僕は銀貨2枚を支払う。というか、アルドに対して微塵も怖がらないことについてちょっと聞いてみたいところだ。
「あいよ。じゃあ鍵はこれだよ。出かけるときにはあたしに預けな」
「了解〜。ありがとね〜」
僕は鍵を受け取り、マリーを連れて部屋へと向かう。部屋は201号室。2階の一番左奥の部屋のようだ。
階段を登り、廊下を進む。部屋にたどり着き、鍵を開けて中に入る。
「おお〜。お?キッチンがついてるね」
部屋に入ると、まず目に付いたものがそれだ。簡素ながらキッチンが取り付けられていた。
僕は部屋に入って鍵を閉め、中をもう一度見まわす。
テーブルが1つ、椅子が4つ、ベッドが2つ、シャワーとキッチンと食糧庫、それとクローゼット。それだけのある狭い部屋だ。というか自分で暮らすことが前提のような部屋だね。
とりあえず、置いとくものだけ置いてさっさとギルドに行くとしよう。もう午後4時近くになるし、冒険者でギルドが混む時間帯になる前に行っておきたい。
「マリー、なに持ってるの〜?」
「…お手紙?なの」
「ん?」
マリーが多分この部屋のポストみたいなところから手紙を持ってきた。
それを開いて中を読む。もしかしたらこの部屋を前に使っていた人のかもしれないが、気にしない。
「自給自足…ね。マリー、夕食の材料買いに行くよ〜」
「…ざいりょう買うの?」
「うん。この宿は自給自足するのがルールらしいからね。他には規則がないのが面白いところ」
その手紙に書かれていたこの宿でのルールには、”自らの生活は自らで営むべし”とだけ書かれてた。つまり、食堂もなければベッドメイキングや掃除なんかも自分でやれということだろう。この時間から夕食を取りに行けばマリーが面倒に巻き込まれること間違いないし、今日はこの部屋で夕食にすることにした。
僕は簡単にポーチと”伊吹”だけ持って…というか元々それしか持っていないのだが、部屋を出て再び鍵を閉める。マリーと手をつなぎ、階段を降りておばちゃんに鍵を預ける。
「おばちゃん、鍵よろしく〜」
「あいよ。いつ頃帰ってくるんだい?」
「ギルドに行って夕食の食材買ったら帰ってくるから、そんなに時間はかからないと思うよ〜」
「そうかい。気をつけな。遅くなると治安が悪くなるからね」
「ありがと〜」
宿から出る。
外に出ると、てっぺんに昇っている太陽が少し沈もうと下がり始めたくらい…つまり、まだまだ明るい。この世界の日照時間などは日本の夏の終わりぐらいの時に近い感じだ。ただ、暗くなるのが結構突然なので、もう少ししたら冒険者が戻ってき始める。
僕らはギルドへと向かう。
大通りまで戻り、マリーに向かう嫌悪感を帯びた目線にアルドを見せつけながら通りを歩く。最近発見したのだが、こうすると大抵の人間がものすごいスピードで目をそらす。やっぱり見た目って大事だよね。僕がやってもそんなに強そうに見えないもん。どっちかというとお高いところに住む貴族様みたいな雰囲気を放ってる…らしいよ。髪型のせい?肩ぐらいまであるのを後頭部のちょっと後ろぐらいで結んでるんだけど、ちょっと癖っ毛でカールして結ぶのに困る。
そういえば最近結構伸びてきたんだよね。不思議なことに体の成長は止まってるのに、髪はなぜか伸びる。ああ、この体じゃなくて本来の方の女の子の体ね。こっちはがっつりストレートで、始めは背中の中ほどぐらいだったのにいつの間にかふとももあたりまで伸びてたんだよ。どうせなら身長とかが伸びてほしいな。
そんなことをボケーっと考えていたらギルドに着いた。
カランカラン…と毎度お馴染みな鈴が鳴って中に入る。
僕は僕がマリーを連れて入ったときに一番嫌そうな表情を浮かべなかった受付のところに向かう。というか嫌そうな表情ではなかったが、代わりに上から目線な感じがしたね。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件はなんでしょうか?」
「薬草を売りたいんだ〜。前に別のところのギルドで買った袋だけど、6つほどあるよ」
「そうですか。ではギルドカードの提出と薬草をこちらへ」
僕は2枚のギルドカードと薬草をそれぞれ別のトレーに乗せ、受付に渡す。
「…大丈夫です。では、お呼びいたしますので少々待ちください」
「ほ〜い」
僕はマリーを連れ、近くの席に着く。今日の僕は機嫌がいいので、何か言われても天井から吊るす程度で許せる気がする。
「マリー、夕飯は何が食べたい?」
「…?」
「うん。じゃあ選択肢を出そう。野菜を中心なものとお肉がメインなのどっちがいい?」
「…おにくがいいの」
「お肉ね。じゃあ、焼くのと煮るのと炒めるのどれがいい?」
「…にるの?」
「よし。じゃ、今日はビーフシチューにするね」
多分、よくわかってなかっただろうけどね。まぁ、とりあえず調味料と肉はポーチに残ってるはずだから、野菜とパンを買ってこよう。パンも自分で焼きたいところだけど、そんなに時間がないからね。マリーが眠たくなっちゃう。
僕は今日買うものを頭の中で整理し終える。ところで、薬草程度なのに随分と遅いね。他のところだとその場でできたんだけどな?まぁ、色々とあるんでしょう。この街はわけありだしさ。
「ネロ様。換金が終了しました。受付までお越しください」
あ、やっと呼ばれた。
僕は立ち上がり、マリーを連れて受付に向かう。
「では、まずギルドカードを返却いたしますね」
「はいよ〜」
「次に薬草6袋で50Bです」
「あれ?前は1袋7Bだったと思うんだけど?」
「今この街では薬草が枯渇していまして、買取額が上がっているのですよ」
「ふ〜ん。まぁいいや。ちょっと得したね」
僕はカードと銅貨50枚を受け取る。そしてそのままポーチへ放り込む。
「では、またのご利用を」
「うん。じゃね〜」
僕は受付を後にする。そろそろ早い冒険者が帰ってくるだろう。その前に夕食の材料を買い込んで宿に帰ろう。遅くなって酔っ払いの相手をするのは面倒なのだ。ルディが酷いからね…まぁ、僕もだけど。
僕はギルドを出て、通りに出る。通りには夕食の買い物に出ている主婦?とかでそこそこ混んでいる。
僕もその人混みに混じるのだが、ちょうど近くに噴水がある広場があったのでマリーとアルドにはそこで待っててもらおう。マリーも最近はアルドがいればある程度普通でいられるし、アルドが守っててくれれば安全だろう。はぐれたらマリーがさらわれちゃうかもしれないしね。
「マリー。そこで少しだけ待っててくれる?アルドと一緒に」
「…嫌、なの」
「でも混んでる中に入って、マリーとはぐれちゃったら大変だしさ」
「…わかった、の」
「よし。じゃあ急いで買ってくるからね」
僕はアルドにマリーを警護するように指示し、その混雑した人ゴミの中…もとい、人混みの中に入る。急いで買い物をすませるのだ。
あ、そういえばなんだけどさ。この街に入る寸前で初めて気がついたんだけど、アルドが僕と会話ができるようになりました〜。ステータスを見れば手っ取り早い。こんな感じになってた。
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名前:アルドグランテ
種族:ナイト・リビングアーマー
性別:ー
年齢:ー
称号:神の眷属 忠誠を誓いしもの
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職業:騎士 レベル:18
ランク:BB
筋力:4738
体力:ー
耐性:1654
敏捷:error
魔力:2910
知力:615
属性:風 闇 水
種族スキル:【不眠】【無痛】【外装変化】
スキル:【魔力強化Lv.2】【魔力吸収Lv.2】
【再生Lv.2】【魔纏Lv.3】【騎士礼儀Lv.16】
【剣術Lv.14】【馬術Lv.13】【弓術Lv.10】
【念話Lv.1】
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はい。【念話】をやっと習得したのだ。
おかげで意思疎通が随分と楽になりました〜。まぁ、まだLv.1なせいで長時間話すことはできないから普段はセーブさせてるけど、これで夜中の暇が潰せる。今日の僕がちょっと機嫌がいいのはこのせいだ。
「さて、早く戻って夕食作ろ〜」
僕は混雑に身を紛らせる。
意見、感想等あればお願いします。




